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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
交差していく糸
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~交差していく糸~ 三話

「会いたくない場面で、会いたくない奴に会うなんて、な」

「それはこちらも同じですよ。厄介な場面で厄介な相手に会うなんて、です」


 やや茶色がかったくせっ毛、ショートカットの少女。良治が見覚えのある制服姿ではなく、隠密業に適した黒ずくめの服。こっちが本職と理解できるほど着慣れたものだった。

 しかしこの場面で出会うとは本当に思っていなかった。おそらく安松たちを追撃していたのは、支社本部を襲撃した魔族だと予想していたからだ。だがその姿はここにはない。それが気にかかった。


「目的は安松さんの暗殺か……?」

「まぁそんなところです。私の主は鍵里正輝でもなければ出雲に居た大総長でもありません。そして主は鍵里正輝を止めろとも命じていません。むしろ陰から助力しろと仰せです。――申し訳ありませんが、ここで御命頂戴致します」


 半身の姿勢になって構える天音。それに合わせて良治も刀を構えた。油断出来る相手ではない。


「潮見、天音……? まさか三次の竹中力也が配下・暗天衆の潮見天音か……?」

「よく解りましたね、その通りです。我が主はこれを成り上がる好機と見ています。その為には鍵里正輝にもっと暴れてもらわなければなりません」


 安松の呟きにあっさりと答える天音。話しても問題ないと判断したのか。それともこの場から生きて返すつもりがないという自信の表れか。


「なるほど、自分より力のあるやつを排除して欲しいってことですか。でも鍵里正輝はどうやって倒すんです?」

「お、おそらく彼女ら暗天衆を使うのだろう。暗殺・諜報が専門だと聞くからな……」


 高遠の疑問に若干怯えが見える安松が答える。確かに暗殺者として名が通っている者に命を狙われていると聞かされれば怯えもするだろう。生来の性格もあるようだが。


「ええ。安松さんを殺した後、私が鍵里正輝を排除してみます。その為にも、ここで貴方がたには退場してもらいましょう」

「皆さんは逃げてください。ここは俺がなんとかします」

「だ、大丈夫なんですかっ?」

「安松さん行きましょう。彼がそう言ってる以上大丈夫ですって」

「はい、大丈夫ですから行ってください」


 安松たちと天音の間に移動し、後ろに居る彼らにはっきりと言う。守りながら戦うなんて無理な話。一人ならどうにかなるかもしれない。その為にはまず逃がさなければならない。


「柊さんすいません。……またあとでっ」

「了解」


 高遠が殿となり、安松と護衛四人が走り出す。しかしそれと同時に天音の後方の森から飛び出す三つの影。それが暗天衆だと瞬時に悟った。


「――っ!」

「ぐえっ!」


 良治から一番近くを通ろうとした暗天衆の一人を、跳ねるようにジャンプし背中をばっさりと切り裂く。そして着地と同時に転魔石で喚び出した武骨でシンプルな鉄槍を、もう一人の後頭部目掛けて投げつけた。


「……っ!?」


 後頭部を貫いた槍は勢いを落とさず、そのままモズの早贄のように近くの木に突き刺さった。こういった場面、良治には迷いはない。殺さなければ後で後悔することになるのは自分だということを経験から知っている。


「――っ!」

「良い反応ですね。手傷くらいは負わせられると思ったのですが」


 他の暗天衆を仕留める隙に、一気に懐に入ってきた天音の攻撃を辛うじて刀で受け止める。良治が振り返ると同時で、肝が冷える思いだった。


「……物騒な武器を使うんだな」

「ええ、全然似合わないと言われます。でもそこが良いと思いませんか?」

「怖いとしか思えないっての」


 彼女の持つ武器、良治が今刀で受け止めているもの。それは鈍い銀色の大鎌だった。草刈りをするような小さなものではない。彼女の身長よりも巨大に見える大きな鎌。まるで死神の持つような恐怖の象徴のようだ。


「しかし良いのですか? もう一人は逃がしたようですが」

「一人くらいなんとかしてくれないと、今後信頼できなくなるからな。それくらいはね」

「良い性格してますよ、貴方は」

「そりゃどーも!」


 ガキン、と金属音を響かせ、距離を取る。大きな武器を使う相手には、懐に入るのがセオリーだが、それはあくまで隙を突いてのという注釈がつく。


「安松さんのことは今回は置いておきましょう」

「へぇ、それは有難いね」

「しかし……」

「しかし?」

「その代わりと言ってはなんですが、柊良治。貴方はここで排除させていただきます」


 大鎌を、重さを感じさせずに構える天音。周囲の気温がすっと下がったような気がした。冷たい、嫌な予感。


「……ただじゃ殺されてやるもんか。俺を殺すというならそれ相応の覚悟で来るといい」












「葵さん!」

「二人とも来たわねっ」

「現状はっ?」

「本隊の残りは私たちの他はほぼ撤退、森の方の部隊が合流するまで後退しつつ削るわよ!」

「りょーかい!」


 まだまだ周囲には魔獣がうようよしている。ざっと見渡すだけでも数十はくだらない。そして森の方にも現れているようで、そちらと裏手の方と合わせれば二百を超えるのだろうか。


「翔さんと眞子さんはっ?」

「二人ならもう離脱してるはずよ!」

「了解ですっ!」


 あとは良治とまどかだが、その二人はこっちに向かっている最中だろう。彼らが来るまでに、離脱可能な程度減らしておかないとならない。森方面からも魔獣が来て増える可能性もある。出来る限り削っておくことに越したことはない。


「――来たっ!」

「ごめん、遅れたっ」


 突然森から出てきたのは予想通りまどかだった。トレードマークのポニーテールを揺らしながら、周囲に注意して幹線道路に足を踏み入れた。そのあとに数人の退魔士が現れる。怪我をしたのか肩を貸された者もいた。部隊としては満身創痍と言っていいだろう。


「援護お願い!」

「おっけ!」


 まどかたちが出てきた付近に駆け寄り、周囲の魔獣を叩き切っていく。まずは安全を確保して合流することが一番だ。しかし和弥は森から出てきた一段の中に、親友の姿がないことに気が付いた。


「リョージは?」

「良治は安松さんの援護に行ったわ。こっちには合流しないと思う」

「なるほど、おっけ」


 予定にない行動だが、彼には彼の考えがあってそうしたのだろう。そう和弥は考え特に気にしなかった。彼なら自分より上手く切り抜けられると信じている。


「揃ったわね。じゃあ――」

「まどか、後ろっ!」

「――え」


 葵の言葉の続きは撤退の合図だった。揃ったからあとは敵中を突破して返るだけだと。しかしそれは彼女にしては珍しい、綾華の大声に掻き消され、そして泥だらけのまどかはその言葉通り後ろに振り向いた。


「がっ!?」

「まどかっ!」


 彼女が振り向いて見た光景は、真っ黒はケンタウルスが彼女目掛けて踏み荒らすように駆け抜ける瞬間だった。それをちゃんとした意識で認識したのは、ケンタウルスが走り抜けた後数秒してから。踏みつけられていた時には何が起こっているのか理解が追いついていなかった。


「このぉっ!」


 綾華の手に氷の槍が現れ、それをケンタウルスの身体に狙いを付け投げつける。陰神との事件後に新たに修得した術で、普段使用している複数の氷の矢よりも単体への効果は高い。詠唱術よりも弱いが、それでも時間がかからないのは大きな利点だった。


「――ふむ」

「っ!」


 引き返してくる黒いケンタウルスは、氷の矢を速度を落とさないままあっさりと躱すとそのまま綾華に突進してくる。槍を投げ終わった体勢の綾華は硬直状態にあった。


「ぐぅっ!」

「綾華ぁ!


 撥ねられた彼女を地面すれすれでキャッチする。すぐに状態を確認するが、大きな外傷はないように見える。和弥はとりあえず安心した。


「綾華、大丈夫か?」

「ええ……ギリギリで障壁を張りましたから……。和弥、まどかの方をお願いします」

「そうだな、見てくる」


 立ち上がる綾華を残し、横たわるまどかに駆け寄る。ケンタウルスは今、葵が距離を取りながら足止めをしている。今がチャンスだ。


「まどか、おいっ」

「うう……」

「くそ、おい、返事をしてくれ」


 ポニーテールはほどけ、身体には無数の打撲の跡。骨折している箇所もあるかもしれない。あとは内臓に影響がないことを祈るばかりだ。和弥は懸命に話しかける。意識を戻さなければならない。


「まどかっ」

「ん……和弥……」

「良かった、もう大丈夫だ。意識保てるか?」

「うん……ぐっ……!?」

「無理はしなくていい。意識があればそれでいいから」


 全身にダメージがある状態、動くだけで激痛が走る。身動ぎするだけで呻き声が漏れていた。


「きゃあっ!」


 その悲鳴に和弥が振り向くと、ちょうど葵が走るケンタウルスに弾き飛ばされる所だった。そしてその先には――なんとか立っているだけの綾華。


「綾華ぁっ!」


 今の位置からだと、ケンタウルスは彼から離れていくように走っている。和弥に遠距離の攻撃手段はない。手にした木刀を投げてもダメージにならない。まどかは腕の中で何とか意識を紡いでいる状態。葵は弾き飛ばされ体勢が崩れている。


「――っ!」


 何もしないままなんて、我慢ならない。一縷の希望を乗せ木刀を投げようとして、和弥の動きが止まった。


「な……」


 ごっ、という鈍い音。その前に誰かの声が聞こえた気がした。ケンタウルスの破壊をもたらす突進は、縦横二m程の分厚い土壁に阻まれていた。


「ふむ、何者かね」


 土壁に突き刺さっていた二本の前足を引き抜きながら、漆黒の体躯に赤い瞳のケンタウルスは言葉を発した。和弥に向けてではない。すぐ傍の綾華にでもない。その視線は綾華の向こう側、いつの間にかそこに立っていた一人の青年に向かってだった。


「ただの、目的のない旅好きの退魔士だよ」


 手に持った両刃の剣を構えて、彼はそう答えると不敵に笑った。



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