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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
交差していく糸
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~交差していく糸~ 二話

「お前は、誰だ……」


 掠れた、抑揚のない小さな声。鍵里正輝は和弥を眺めながらそう呟いた。


「俺は白神会の退魔士、都筑和弥だ。あんたは鍵里正輝で間違いないか?」

「そうだ……だがお前に、用はない……。どけ、邪魔だ……」


 興味を失ったように視線を逸らすと、和弥の後方にいる陰陽陣の退魔士たちに目を向ける。


「そうはいかないな。あんたが人を殺すっていうなら、それを止める。その為にここまで来たんだからな」

「……お前には、関係ない」

「人が殺されるのは良い気分じゃないんでね。止められるなら止めたいんだよ」

「そうか……邪魔をするなら、殺す」


 諦めの言葉と同時に、小さくなっていた扉はまたも開き魔獣が溢れる。


「本当に際限ないなっ!」


 魔獣一体一体の力は和弥にとっては問題なく対処出来るレベルだ。しかしこうも数が多くては後手に回らざるを得ない。再び鍵里と距離が空く。


「なんでっ、こんなっ、ことをするんだよっ!」


 魔獣を木刀で倒しながら声を上げる。良治からもまずは目的を確かめたいという話を聞いていた。今鍵里と話が出来る距離にいるのは和弥だけだ。


「ただの、復讐だ……」

「くっ! 誰に、何故!」


 鍵里の方を振り向いた瞬間、左腕に魔獣の爪が掠める。その魔獣を地に叩き伏せると、鍵里との距離を詰める。


「みゆきが、俺の婚約者は陰陽陣の大総長に殺された……」

「……っ」

「殺されるようなことは何もしていない……白神会(お前ら)と戦う力を手に入れる為に、俺の力を手に入れる為に……」


 平坦だった声に、段々と力が込もっていく。これは、怒りだ。


「俺は、この組織が許せない……こんな組織、消えてしまえばいいんだ……!」

「だからって言って、陰陽陣の退魔士を全員を殺す必要なんてねぇだろっ!」

「必要なんだ。もうこんな間違いを起こさせないために、全て消し去る必要が!」

「何も知らない奴もいるだろうにっ!」

「悪いが……もう止まるつもりはない……!」

「またかよっ!」


 怒りと憎しみを原動力に繰り返される開門。今までで一番大きいものだった。


(力でしか、止められないか……っ!)


 復讐に染まり切った鍵里はもう、実力行使でしか止められない。言葉は届かない。和弥は苦い思いと共に覚悟をした。


「――和弥!」

「綾華? どうしたっ」

「赤穂支社が落ちましたっ、撤退始まってます!」

「なんだって……!?」


 追いついてきたパートナーの言葉が信じられず、一瞬身体が固まる。しかし彼女が嘘を吐くはずもない。魔獣に注意しながら後退し、綾華と合流する。


「こっちは問題なかったよな?」

「はい。しかしどうも支社の裏手が突破されたようです。既に裏手の部隊と支社に残っていた人たちは姫路支社へ向けて後退していると」

「良治たちの言ってたところか……」


 良治と高遠の予感が的中した形だ。恐らく裏手に配置されていなかったら支社に残った安松たちの逃げる時間はなく、そのまま討たれていた可能性は高かった。


「はい。流石と言うところですね」

「だな。で、その良治たちは?」

「私たち本隊の撤退を支援した後、殿しんがりを務めると。……出来る限り被害を少なくするためには、私たちの速やかな撤退が必要です」

「……仕方ない、か。すぐに葵さんたちと合流、撤退しよう」

「それが良いと思います」

「おっけ!」


 会話をしながら魔獣をいなしていた二人は、和弥を先頭にして道を作る。突破は和弥の得意分野だ。後方を振り返り、ちらりと鍵里を見る。


(悲しい、な……)

「和弥?」

「いや、なんでもない。急ごう」







「同時、か。鍵里正輝はそれなりに繊細みたいだな」

「ね。――じゃあ行きましょうか!」

「おう! 深追いはしなくていい、戦線の維持と身の安全を第一に。突出に気を付けて!」

「はいっ!」

「了解ですっ」

「かしこまった!」


 十人ほどの退魔士に指示を出し、良治自らも前線に走る。こちらの人数は少なく、魔獣は多い。呑気に指揮だけを出来るような状況ではない。


「まどかは一歩引いて比較的でかい奴中心に! あとは前線を突破した打ち漏らしを!」

「おっけ!」


 大きな返事をしながら矢をつがえ、魔獣を射る。相変わらず俊敏で正確な射撃で、良治は後ろを振り返らないまま小さく微笑んだ。


(素晴らしい才能だよ、ホント。それに努力を苦に思わない。メンタル面さえ安定すれば超一流の射手だ)


 まだ十八歳の女子高生に精神面を求めるのは酷なことだが、つまり年齢を重ねて安定すれば直にトップクラスの弓の使い手になる。そう良治は考えていた。


(……その姿を俺は見れないだろうけどな)


 それは仕方のないこと。だが少しだけ寂しかった。


「……良治っ!」

「っ!」


 意識を戦闘に引き戻されると、目の前に魔獣が二匹。足に力が入り、今にも飛びかかろうとするところだ。それを認識した瞬間、良治の愛刀『村雨』が煌めき、一息に二匹を切り裂いた。


「油断しないでよっ、いつも自分で言ってるのに!」

「悪いっ」


 普段から周囲に注意している自分がこんなことでは、今後言い辛いのは確かだ。もう一度気を引き締め直して魔獣の群れに向かう。


(今のところ脱落者はなし。何処も問題ないな)


 良治の居る中央、そして右翼・左翼も持ち堪えている。後方のまどかも大丈夫だろう。段々と敵の密度が減ってきていることを感じる。


「良治、裏手からの伝令に翔さんが来たわっ!」

「了解! 一度下がる、田沢さんと橋本さん、こっちはお願いします」

「任せろ!」

「かしこまったぁ!」


 威勢の良い声に見送られ、村雨を持ったまままどかに駆け寄る。その傍らには言葉通り翔がいた。


「裏手が突破されました。そのまま支部の中に敵が……。本隊にも伝令が行っています」

「やっぱり裏手にも襲撃が来ましたか……眞子さんは?」

「眞子さんは魔獣の群れを少しでも減らそうと残っています。救援をっ」


 裏手の襲撃がこの森と同じ規模と考えれば、難しいが生き残っている可能性はある。ただ全て倒せるとは思えないので、眞子の体力次第、消耗しきる前に助けに行かなくてはならない。


「まどかは翔さんと裏手の救援に――」

「伝令です! 柊さんはいらっしゃいますか!」

「俺です! 何処からの伝令ですか?」


 聞こえた声に振り向きながら声を上げる。裏手からの伝令ではないだろう。となると赤穂支社か本隊かのどちらかということになる。


「支社の本部からです、裏手からの襲撃で魔族が侵入、支えきれないと判断して支社の人間は離脱しました。これから本隊にも連絡しに行きます」

「安松さんたちは? 姫路支社の方へ?」

「はい。他の皆様もそちらへ逃れるようにと」

「了解しました。連絡ありがとうございます」

「はい、それでは!」


 赤穂支社は落ち、これでこの作戦は失敗で敗戦。あとはどれだけ被害を増やさずに撤退できるかが勝負だ。それなら一番回避しなくてはならない事態とはなんなのか。


「……翔さんはこっちの戦力の半分を連れて裏手の救援に。立ち止らずにすぐに戦場を離脱してください。もう無理に戦う必要はありません」

「そうですね……わかりました」

「右翼の五人はこちらにいる宮森さんについて裏手の救援に向かってください! 左翼の五人は魔獣の攻勢が弱まるタイミングで少しずつ幹線道路方面に後退。本隊と合流します!」

「はいっ!」

「おっけー!」

「かしこまり申した!」

「よろしく! 指揮はまどか、任せた」

「え?」


 頭をフル回転させて戦局を確認する。そして的確だと思われる指示を速やかに出していく。こういった場合、スピードが明暗を分けることが多いことが多々あった。迷っている時間はない。


「良治はどうするの?」

「俺は……」


 裏手の救援は必要だ。もしかしたら無駄に終わる可能性もあるが、見捨てることは出来ない。そして良治の受け持っている森も敵を殲滅させたわけではないので、戦力をある程度置いておきたい。不用意に放置すると本隊の撤退に支障を来たす恐れがある。そして――


「安松さんたちの護衛に行く。あの人が殺されることが一番ダメージがでかい。今から走れば間に合うはず」


 安松、そして高遠が死ぬようなことになれば、自分たち白神会の退魔士がいる理由がなくなる。むしろ濡れ衣を着せる可能性すらある。陰陽陣で白神会寄りの指揮官は居て貰わなければ困るのだ。政治的な意味で、安松隆夫は今最も重要人物と言えた。


「……わかった。こっちは任せて」

「助かる。戦闘しながら適度に後退してくれ」

「うん!」


 まどかの返事に安心し、駆け出す良治。目指すは姫路方面だが、幹線道路は避けてこちらとは反対側の森の中を突っ切るルートを選んだ。敵から逃げるつもりなら目視しやすい広い道路は使わない。一般人に見つからないためにも選ぶ可能性は低いと判断したのだ。


(撤退は始まってるみたいだな)


 幹線道路に並走するように森の中を走っていると、道路の方では多数の人たちが走るような音と気配がした。伝令は問題なく伝わったようだ。


「……っ!」


 見えた。前方遠く、森を走る一団。その中の最後尾に高遠の姿がある。しかし良治が視認したのはそれだけではなかった。


(あれはっ……!)


 追い風を起こし、更に加速する。そして高遠たち目掛けて風を放つ。


「左後方に敵影ありっ!」


 声を、放った風に乗せ叫ぶ。反応した影が高遠たちに何かを放つが、一瞬早く気付いた彼らは散開しそれを回避したようだった。


(間に合った!)


 なんとか間に合ったことにほっと胸を撫で下ろす。良治の得意属性が風であったことも間に合った大きな要因だった。風で加速し、風で声を届ける。細かいことだが、術を戦闘でのみしか使用しない一般的な術士にはなかなか出来ないことだ。


「っと」

「た、助かりました、柊さん。声がなければ直撃していました……」

「いえ、間に合って何よりです」


 森の中の、少しだけ開けた場所に安松たちは待機していた。敵が追いかけてきたのを知り、良治と合流して倒しておこうということだろう。怯えた声の安松ではなく、今現在周囲を警戒している高遠の案だと思われた。


「柊さん、すまなかった。ある程度予想はしてたけどまさか魔族が来るとはね。敵わないと判断して一目散に逃げることにしたよ」

「良い判断だったと思いますよ。実際結界があっても短時間で侵入されてますし、狭い室内での戦闘は不利だったでしょう」

「そう言って貰えると助かるよ」


 顔を合わせずお互いに報告をする二人。報告することは一番重要なことではない。未だ周囲に存在する敵への警戒だ。撤退することにはなったが、その手際と状況確認と判断は的確で良治は高遠の評価を一段上げた。


「――やはり貴方は厄介な相手ですね。《黒衣の騎士》」

「おいおい……ここでお前が出て来るのかよ」


 木の影から堂々と現れたのは先程攻撃を仕掛けてきたと思われる襲撃者。小柄で黒ずくめの衣服。真っ当な退魔士ではない。暗殺を生業とする者だろう。しかし良治が驚いたのは暗殺者然としたその姿にではない。その声、その気配に覚えがあったからだ。


「ええ。久し振り……という程ではないですね、先輩」


 冷たい微笑みと共に、頭に巻いていた黒い布を片手でしゅるりと外す。そこにはやはり、予想通り見知った顔があった。当たってほしくなかった顔が。


「……潮見しおみ天音あまね



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