~束の間の平和の終わり~ 四話
「どうなるかね……」
「鬼が出るか蛇が出るか。まぁ覚悟して行くしかないさ」
「だな」
あれからさしたる問題もなく神戸に到着し、駅で待っていた陰陽陣の車で彼らの拠点である神戸支社へと迎えられていた。黒いマイクロバスがなんとも怪しいなと感じてしまい、和弥は内心苦笑してしまっていた。
「あまり余計なことは言うなよ。外交問題になる可能性もある」
「う……気を付ける」
和弥は良治の注意で気を引き締めた。勢いでなにか言いそうだなと自分でも思ったのもある。少し熱くなりやすいのが欠点だと、自分でも感じていた。周囲から見るとそれも大きな魅力の一つでもあるのだが。
「ふむ……」
通されたのは広めの応接室。和弥たち七人が居ても手狭さは感じない。ワインレッドのカーペットに木製の調度品が落ち着いた雰囲気を醸し出していた。部屋の中央にあるテーブルの傍らにある、二人掛けのゆったりとしたソファ型の椅子には葵と眞子が座っている。今回の件のリーダーである葵、その補佐の眞子が話を聞くことになり、他のメンバーはその後ろに立っていた。
「――お待たせいたしました」
そう言って入ってきたのは壮年の白髪交じりで無精髭を生やした男と、恐らく二十代と思われる少しぼさっとした髪のやる気のなさそうな表情の青年だった。二人とも和弥と同じくらいの身長で体格も似ている。なんとなく親近感を持った。
「初めまして。陰陽陣で兵庫を預かる、神戸支社・支社長の安松隆夫と申します。こっちは部下で明石支社・支社長の高遠幾真です」
「高遠幾真です。よろしくお願いします」
「こちらこそ初めまして。白神会東京支部・支部長の南雲葵です。隣は福島支部の伊藤眞子です」
「宜しくお願い致します」
安松と高遠に合わせて立ち上がり、軽く頭を下げて挨拶をする二人。さすがに違う組織ということで、うっすらと緊張感が漂っていた。
「それでは早速、現状についての説明をお願いできますか」
「はい。高遠くん、頼むよ」
「……はい、それでは」
安松に話を振られ、ちょっと嫌そうな表情で説明を始める高遠。彼だけは緊張感とは無縁のように和弥には見えた。空気が読めないのか豪胆なのか。
「約二週間前に出雲本社が襲撃され、ほぼ壊滅状態。以降日本海側を西の方へ移動していき、海沿いに瀬戸内海側へ。東進し、昨夜の時点で岡山支社までの主要な支社が壊滅。……全体の拠点の損害率は五十パーセントを超えました。人的被害はそれ以上です」
本社である出雲が落ちた為、人的被害は拠点以上に酷いことになっているのだろう。それは想像に難くなかった。
「首謀者は、目撃情報によれば米子支社所属の鍵里正輝。彼が魔獣を使役し、出雲本社をはじめとする各支社を襲撃しているとのことです。次に襲撃が予想されるのは赤穂支社。つまり、私たちの管轄内になります」
「これ以上の進撃は止めたいのです。……どうか御力を貸して頂きたい。お願い致します」
深々と頭を下げる安松と、それほど下げていない高遠の違いに少し笑いそうになったがぐっと我慢する。これは立場の違いもあるだろうが、性格の違いが顕著に出ていた。
「頭を上げてください安松さん。解決するために私たちは来たんです。出来る限り助力致しましょう」
「おお、ありがとうございます……! もうこのままではどうしようもない状態なのです」
葵の発言に、涙ぐみながら感謝する安松。手でも握ろうかと思うくらいだ。葵も引きつった笑いを浮かべていた。
「それでは引き続き高遠から詳しい話を」
「わかりました。では……良治君」
「はい。詳しい話と打ち合わせは自分が」
来るまでにそんな話は出ていなかった。というのに和弥の隣で立っていた良治は、当然のように呼ばれて前に出ていく。綾華もまどかも翔でさえも澄ました顔だ。唯一眞子だけがちょっと驚いた表情をしているのが笑いを誘う。声には出さないが。
「良治……柊良治さんですか。《黒衣の騎士》と呼ばれるあの……」
「そんなふうに呼ばれることもあるようですね」
いつもの黒シャツとも相まって、簡単に高遠は名前を看過する。元々有名なのも一つの要因だろう。
「それでは別の部屋へ。詳しい資料もそちらにありますから」
「はい。では……綾華さんもよろしいですか」
「え……あ、はい。わかりました」
動揺しながら返事をし、一瞬まどかに目をやるとそのまま彼らに続いて部屋を出て行った。
「それでは私たちは今後の予定を……」
安松が葵にこれからのざっくりとした予定を話し始める。和弥はこっそり、両脇が居なくなって隣になったまどかに視線を移した。
(リョージ、一瞬まどかを呼ぼうとした……?)
結局呼ばずに綾華を呼んだのは何故なのだろうか。少し考えてみたが、和弥には結局結論に辿り着けなかった。
「ではこちらにどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
良治と綾華が通された部屋はこじんまりとしたものだった。所狭しと本棚が置かれ、多くの本が溢れていた。少し埃っぽくもある。
「すいません、あまり掃除はしていないので。ただ資料のほとんどはここに置いてあるもので……」
「お気になさらず」
良治は本当にあまり気にしていなかった。この程度、他の部屋に資料を持ち込んだりそれを待ったりする時間など考えたら苦にはならない。良治と綾華は並んで、高遠は良治の向いの席に座った。
「それでまず提案なんですが」
「どうぞ、高遠さん」
「丁寧な口調はなしで良いですか?」
「……お好きなように」
苦笑して肯定を示す。なるほど、こういうタイプの人間かと高遠のイメージを固定する。
「じゃあ早速。今夜にでも襲撃がありそうなので。では何から説明します?」
「まずは首謀者の鍵里正輝について。彼の素性、能力がわかれば」
綾華が頷くのを確認しながら問いかける。
「素性、能力……了解。じゃあまず素性から。彼は『開門士』と呼ばれる一族の末裔。しかし彼の前の代にはほぼ消えていたようです。開門士としての能力がいつ開花したのか、原因はなんだったのかわかりません。ただつい先日までその能力はなかったはずです。それまでは平凡な退魔士だったはず」
「なるほど、突如目覚めた。もしくは……」
「目覚めさせられた、かのどちらかでしょうね」
「ですね」
現場に居なかった彼らには推測しか出来ない。しかしそれは真実に限りなく近いものだった。
「では次に、『開門士』とはどんな能力を持った退魔士のことを?」
「開門士とは、異界への扉を開くことの出来る者を示します。異界っていうのはつまり魔界のことですね。魔界への扉を開いてどうなるかと言うと」
「魔界の魔獣や魔族が現れる……」
「つまり召喚のようなことが出来る……?」
良治と綾華の思考が回転していく。二人とも視界には誰も入っていない。
「召喚と違う点……それは指定した魔獣・魔族を喚ぶことは出来ない……?」
「ということは毎回喚ぶ魔獣が変わる……?」
「変わる……確かに変わる。指定しないのだから……」
何かまだ見落としている。良治は今まで得た情報を思い出し再構築していく。土台から積み上げるように。
(話によれば大量の魔獣……でもそれまでは平凡な退魔士だった。能力が開花したからと言って、そんな大量の魔獣を召喚出来るのか? ……召喚じゃないから出来たのか!)
「『開門士』は扉を開くだけ、それには個別に召喚するより少ない力で使えるのか! だか容易に大量の魔獣を喚ぶことが出来る……!」
「なるほど。だからこんなに短期間に連続で……」
「……前知識なしですぐにそこまで辿り着くんですか。素晴らしい」
感嘆の声を上げる高遠。そこには嫌味は一切なく、純粋な感情しかなかった。
「襲撃されたあと、魔獣は?」
「綺麗サッパリ消えてます。恐らく扉から帰って行ったかと」
「魔獣、特に小型は魔界の瘴気が活力源。扉を閉められれば消えるほかない。もしくはそれを理解して戻って行ったか……」
「そんな説が……柊さん、魔獣に詳しいんですか?」
「いえ、それほどでも」
魔界のことや魔界に住む魔獣、魔族に関してほとんど情報はない。研究をしたくても、その方法は皆無と言って良かった。少なくとも高遠にその知識はない。
(魔獣しか出て来ていないのがまだ救いだな。しかし繰り返し使用して行けば……)
使えば使うだけ大物を引き当てる可能性は増す。それだけはなんとか避けたかった。早めに止めないとまずいなと心底思う。
「あともう一つ、良いですか?」
「はい。ええと、綾華さん」
「はい。その鍵里正輝の目的、目標に心当たりはありますか」
それこそが最も重要なピース。それを解明できれば解決策の模索が出来る。――鍵里正輝を倒す以外の方法が。
「すいません、それに関しては何も。うちの直属の密偵が調査に行ったんですが、他の管轄の奴等に邪魔されまして。目的やこうなった経緯はなんとも」
「他の管轄の奴等?」
「はい。暗天衆と言って広島の三次を拠点に活動してる影の者です。出雲本社直属なんですが、壊滅してから独断が多いようで……」
どの組織には裏稼業を担う集団は存在する。諜報・暗殺を得意とする一団。白神会で言うなら黒影流のようなものだ。それは組織が大きくなればなるほど必要になる。
「今動いてる組織は、兵庫を拠点にする『神戸支社』、三次の『暗天衆』、魔獣を引き連れ襲撃を繰り返す『鍵里正輝』、そして『白神会』の四つですね。……暗天衆と鍵里正輝がどう動くのか」
「そうですね……」
目的の見えない二つの組織。これが今回の事件の鍵になる。綾華の上げた四つの組織の思惑は複雑に絡み合うだろう。しかし自分たちはそれを明かし、解決しなければならない。同意した高遠も難しいことを理解していた。
「じゃあこの辺ですかね、考えてわかる範囲は」
「ですね。では高遠さん、行きましょうか」
「はい。柊さん……《黒衣の騎士》の実力、見せて頂きますよ」
良治は小さく微笑むと、立ち上がった高遠に続いて部屋を出る。そこで後ろに居た綾華に小声で話しかけられた。
「良治さん」
「どうしました綾華さん」
「なんでまどかを連れてこなかったんですか?」
「ああ……」
少しバツの悪そうな表情で口ごもる。視線も辺りを彷徨っていた。
「まぁ、その。機嫌が悪かったので一瞬連れて行こうかと思ったんですよ。でも仕事は仕事なので、効率を優先したわけで」
「……なるほど」
普段から良治と綾華は作戦立案を担当している。だから良治が綾華を呼んだことは当然のことだった。しかし彼はまどかを呼ぼうとした。つまり私情を挟もうとしたのだ。結果として綾華を呼んだが、呼ぼうとしたこと自体彼らしくない行動。
「上司としては信頼できますが、男性としては微妙ですね」
「……自覚はあるんで勘弁してください」
「まぁいいですけど。早めに仲直りしてくださいね?」
「……はい」
これ以上トラブルが起こらないといいなぁと、窓から見える海を眺めながら心から祈った。
「あのー、こんにちはー。どなたかいらっしゃいますー?」
どんどんと、道場の扉を叩く音と声が聞こえて三咲千香は自主訓練を中断して扉へ向かった。今この東京支部には千香と浅川正吾、そして宇都宮支部から出向しているもう一人しかいない。支部長の葵をはじめ、東京支部の主力は出払っている。正吾はあまり真面目とは言えない性格なので、必然的に千香がメインに雑事をこなしていくことになっていた。
「はーい、っと」
扉を開くと、現れたのは長い黒髪のモデルでも出来そうな美しい高校生だった。女である千香でさえも見惚れるほどの整った顔の美人。
「どーも。不躾で悪いんだけど、良治かまどかいる? ここに居るって聞いたんだけど。電話にも出ないし」
「えっと。先輩たちとはどのような御関係で……?」
「ん? そうね、友達よ。この場所に来れるくらいの」
悪戯っぽく喋る彼女に親近感が湧く。とてもよく彼らを知っていること感じたのだ。
「そうですか……お二人なら支部の皆さんと一緒に仕事で京都に行きましたよ」
元々口が軽いのもあり、あっさりと喋る千香。本人は特に悪いとは思っていなかったりする。
「そう、ありがとね」
「ああでも、仕事先が京都なのか、京都で話を聞いてから何処か違う場所に行ってるかはわかりませんよ」
「あー、そっか。そういう可能性があるんだ……」
うーんと悩む女性。ひとしきり考えると結論が出たようだ。
「……まぁまた新宿に戻って姉さんに占ってもらうのが一番かな。もうこれ以上貸しは作りたくないんだけど」
「姉さん……?」
「あー、それはこっちの話。助かったわ、ありがとね」
それじゃ、と付け加えて立ち去って行く。揺れる黒髪と後姿がなんとも鮮やかで絵になるなと千香は思った。そして。
「……名前聞きそびれた」
溜め息を吐いて自分の失態を思い出した。
「束の間の平和の終わり」完
段々と現状を知る和弥たち。彼らはどう立ち向かっていくのか。
そして最後に現れた女性は一体誰?(笑