~束の間の平和の終わり~ 三話
「で、だ。ようやく詳しい話を聞かせて貰えるんだな?」
「うん。いやー、悪いね。君たちにこの件を任せたいと思って、とりあえず来て貰おうかと。ここで説明を聞いたらすぐに現地に行って欲しいかな」
「……拒否権はないのか」
「仕事だし、既に被害も多く出ている。正直話を聞いたら拒否するとは思っていないよ」
「なるほど」
明日からゴールデンウィークを控えた和弥は、白兼隼人の呼び出しを受けて京都本部に来ていた。ちなみに学校はサボり。早朝に綾華に叩き起こされ、そのまま連れてこられていた。家族には学校に行ったその足で旅行に出ると説明だけしておいてある。というかそう綾華が言っていたので、何か理由があるのだろうと思って乗っかっただけだが。ちなみにマンションの向いの部屋に住む綾華は、今では家族ぐるみの付き合いをしている。彼女として認められ、ちょくちょく食事も一緒に取っていたりしていた。
「では説明を、兄さん」
出されたお茶に手も出さず、隣に座る綾華が話を進めようとする。
ここは京都本部に五つある応接室の中で二番目に狭い部屋。だが狭いと言っても全く手狭な感じはしない。それなりの人数が居るのにも関わらず、だ。
「そうだね、では早速」
大きなテーブルに着いた面々を見渡し、それぞれの表情を確認する。隼人に呼び出されたのは和弥と綾華の他に、良治、柚木まどか、南雲葵、宮森翔という東京支部のメンバー、そして福島支部に所属する伊藤眞子。そして京都本部の浦崎雄也と柊彩菜が隼人の後ろに控えていた。
「今から約半月前、中国地方を治める『陰陽陣』の本拠地たる出雲本社が一夜にして壊滅。そして翌日から陰陽陣の各支社が順に襲撃を受け陥落。こちらで確認してる情報だと、全体のおよそ半分が壊滅している。これは由々しき事態だ」
「半分も、ですか……」
眉根を寄せる眞子。長い黒髪が鮮やかな、凛とした雰囲気を持った整った顔立ちの女性だ。和弥たちよりも年上で、頼りに姉といった印象を持っていた。
「まだ半分じゃないのか」
「冷静に考えてください和弥。白神会でも半分支部を失ったら組織として当分動けません。陰陽陣は白神会よりも規模が劣ります。しかも出雲本社という核を失った。……これはもう壊滅一歩手前です。現時点で全てが解決したとしても、以前のような状態に戻るのは十年以上の歳月が必要だと思われます」
和弥の疑問に綾華が淡々と丁寧に答える。
「そ、そんなに酷い状態なのか?」
「そうだね。各支社の壊滅ということは、その支社に所属していた退魔士たちは根こそぎ殺されているということだ。ほとんど生き残りはいないようだよ」
顔を伏せながら、隼人が雄也からの情報を口にする。周囲に沈黙が降りた。今回の件が、どれほど甚大な被害をもたらせているのか皆理解したのだ。
「くっそ……! 誰だよ、こんなことを起こしてるのは!」
テーブルを叩きたい衝動を我慢し、拳をぎゅっと握り締める。何かに当たっても意味はない。
「それは未だこちらでは掴んでいない。だけど、それを知っていそうな人から連絡が来てね」
「知ってそうな人?」
「ああ。今回の仕事の依頼人。陰陽陣兵庫支社の支社長、安松隆夫殿だ。依頼の内容はこの件の解決・沈静化。……やってくれるね?」
真っ直ぐに隼人は和弥を見つめる。彼は臆することなく、意志を込めて言葉を紡いだ。
「もちろんだ。一刻も早く、出来るだけ多くの人たちを助けたい」
「良い覚悟だね。では葵くんは指揮を。眞子さんはそのサポートを頼むよ」
「はい、了解致しました」
「はい、心得ました」
二人とも神妙な面持ちで頷く。今までこなしてきた仕事とは規模が段違いなのだ。それを痛いほど理解している。別組織の領内に入っての仕事。これまでとは危険度が桁外れなのだ。
「長期戦になるようなら加勢も考えているが、出来るなら早急な解決を。……任せたよ、みんな」
「それにしても、なんで俺たちにこんな大仕事が回ってきたんだ?」
「今更か……」
電車での移動中、ふと思ったことを呟くと良治が溜め息を吐いた。もっと早く思い至れよ、と言わんばかりだ。
「まぁそーね。色々隼人さまも考えたうえでみたいよ。今回のメンバーは」
がらがらの車内ということもあって、彼らはゆったりとそれぞれの時間を過ごしていた。しかし和弥の言葉を切っ掛けに皆が耳を傾ける。
「葵さん、そうなんですか?」
「隼人さまと雄也さん、彩菜ちゃんとかで相談したみたい。眞子さんは何か聞いてます?」
「いえ、葵さん。私も特に詳しいことは聞いていません。私は臨時のサポートのような立ち位置ですし」
「そっか……」
「ならリョージと綾華は何か知ってるか?」
短い髪の毛を揺らしながら、うーんと唸って悩む葵。眞子にも心当たりはないようだし、誰も把握できてはいないようだ。そこで和弥はこういう時にに当てになりそうな二人に話を振った。
「いえ、私も特には聞いていません。陰陽陣の事件自体今朝が初耳でしたから」
綾華はずっと側に居たし、何か情報が入っていればすぐに教えてくれていたはずだ。まぁ確かにそうだよな、と和弥は納得する。
「なんでこのメンツになったのか、なら少しは推測出来そうだけどな」
「リョージ?」
「まず実戦経験の有無から、前回の陰神戦が選考に大きな影響を与えたんだろうな。だからメインは東京支部の経験者。長野支部は未だ復旧してない。福島支部は蓮岡勝夫さんが残れば十分と考えて伊藤さんが参加。ってとこじゃないですかね。翔さんは領土外への遠征の為の保険でしょうし」
「……なんでそんなすぐに考えられるんだ。って翔さんの保険ってどういう意味だ」
相変わらずの思考スピードに感嘆しつつ、自分の疑問点を投げかける。理解できてない点は今のうちに解消しておくに限る。
「それは『医術士』だからですね、きっと。期間がどれくらいになるかわからないですし、そして危険度の高い仕事です。もし重傷を負った場合でも迅速な治療が受けられるとは限らない……ということですね?」
「ご名答です綾華さん」
代わりに回答した綾華に、満足げに良治が微笑む。もう十分に成長したなと感慨深げに。
(もう一人前、いやそれ以上か。一年前とは実力的にも精神的にもかけ離れたな。これでまだ十八歳。先が楽しみだ。そして……)
綾華はいずれ白神会を背負っていくことになる。隼人の次を継ぐ可能性は低いが、それでも補佐として高い能力が必要になることは間違いないだろう。それは一人の退魔士としてもだが、それよりも組織を組織として機能させるための事務能力。頭の回転の速さが必要になる。元々その片鱗は見せていたが、退魔士として現場に立つことによって本当に必要な物や情報、コミュニケーションなどを学び、それを自分のものと出来るようになっていた。
(近々リーダーも変わるかな)
良治は自分でリーダー気質ではないと常々思っていた。だが周囲に適性を持っていそうな人材がいなかった故に、それならば自分がと思い務めてきた。しかし綾華が成長してきた今、その役目も終わりが近付いてきたなと感じる。もちろんもう少し成長が見られれば和弥に譲ってもいいとも思うのだが。
「おお……なるほどな。まぁ確かに言われてみれば必要だな」
「はい、その時は頑張りますね」
納得した和弥に、ひょこっと彼の方を見ておどける翔。いつも通り気さくなお兄さんといった、柔らかな雰囲気だ。少し線の細い印象で気弱に見えるが、医術を行使している時の彼は近寄りがたいほどの気迫を見せる。
「――ああ、そういえば」
「ん、なんだ綾華」
「出発前に少し聞いたのですが、近々『副属性』というものの検査があるみたいです」
「副属性?」
オウム返しする和弥。頭の上に疑問符が浮かんでるのが誰の目にも見えるようだ。
「はい。得意属性以外で扱える属性のことのようです。私のように他の属性を扱える人がいるかどうかを調べたいようですね」
「ああ、なるほど。綾華みたいな術士がいるか確認したいのか」
「そういうことですね」
和弥は納得すると思考を巡らせた。確かに一つの属性しか扱えない普通の術士よりも、綾華のような別属性も扱える術士の方が活躍の場面は多いだろう。
「で、だ。なんでさっきから無言なんだ。まどか」
「…………」
「……なぁ」
「だってさぁ……」
京都本部から、というか東京支部からここまで最低限の言葉しか口にしていないまどかに、良治はしびれを切らして話しかけた。彼に心当たりはない。まどかが不機嫌な理由に見当が付いていなかった。
「なんなんだ。言ってくれないとわからない」
むー、とちょっと頬を膨らませて、トレードマークのポニーテールを揺らしながら言い辛そうに渋々口を開いた。
「……この間、結那に会ったでしょ」
「あ」
嫌な予感が凄まじい勢いで良治の全身を駆け抜ける。まどかの友人である勅使河原結那。つい最近会ったことを思い出した。
「結那、すっごく楽しそうに会ったこと話しててね。あれってさ……」
「あー、その。確かに会ったけど、別に何もなかったからな。すぐに別れたし」
「そうみたいだけどさぁ……」
それでも不満そうに呟く。良治も色々なことに気付いてはいるが、それはどうしようもないことだ。
「だからなぁ……」
「確かに結那は綺麗でスタイル良くて強くて性格も良いけどさ……」
「だから……」
頭を抱えた良治は、早く神戸に着かないかなと切実に願った。
「……リョージ、大変そうだな」
「モテる人は大変ということですね」
「良治君、結局まどかちゃんとどうなるのかしら」
「柊さん人気あるんですね」
こそこそと言いたい放題言われてるのが聞こえるが、それは聞こえない振りをする。ある意味否定できないことでもある。
「良治のばかぁ……」
「……すまん」
謝るしかない。彼には選択肢はなかった。