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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
辿り着いた場所
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~辿り着いた場所~ 五話

「ん……?」

「どうかしたか」


 いつも使用する暗い小部屋でズイサと話をしていた竹中は、不意に何かの気配を感じて振り返った。しかしそこには扉があるだけで不審な点はない。

 ここは三次支社、今戦闘が行われている鳥取からは距離がある。誰が来ようというのか。気のせいだと判断して前を向く。


「いえ、ズイサ殿、なにも――」

「ぬっ!」


 黒い影が盛り上がったような姿の魔族に向き直った瞬間、バタンと大きな音を立てて扉が開かれた。扉から現れたのは鷹のような瞳の黒衣の男だった。


「が、はぁっ!?」

「まずは一人」

「……人間風情が不意を突いたところで勝てると?」

「その魔族によるな。お前程度なら勝てそうだ」


 無表情で背後から心臓を一突き、すぐに抜いて竹中の首を落とした夜叉は魔族に向き合う。身長は夜叉の方が高いが、体積はズイサの方が大きいように見える。


「ほう、そんな人間を殺した程度で調子に乗ったか」


 赤い瞳が細まり、気配が濃く、強くなっていく。


(そこそこ、か)


 両手で日本刀を構える。この狭い部屋では距離を取ることは出来ない。二歩も進めば十分に射程内だ。

 ――つまり接近戦。そして接近戦で後れを取るつもりは露程もなかった。


「――がっ?」

「……」


 ズイサの力が膨れ上がり、夜叉に襲い掛かろうとしたその刹那。攻撃に移る瞬間の隙を突いた夜叉の斬撃は、影の魔族を切り裂いていた。

 まさに、一刀両断。


「これで依頼完了だ」


 消えゆく魔族から注意を逸らさずに、扉の外に待っていた黒ずくめに声をかけた。ゆっくりと出てきた彼は深々と頭を下げる。


「本当に、本当にありがとうございます……!」

「お互いの手が足りないことをしたまでだ」


 夜叉は逃げた真鍋の追跡の為に、暗天衆の追跡術と人数を借り、暗天衆のこの男は部下を人間とも思わない竹中と、力を貸していた魔族の討伐を依頼した。

 真鍋は瀬戸内海に落ちたのを確認されたが未だ行方不明。しかしもう一方の依頼は完遂された。


「これで少しは陰陽陣もまともになると思います。今までは本当に……」

「壊すより造る方が何倍も難しい。途中で諦めないことだ」

「はい。……本当にお世話になりました」

「もういい」


 そう言うと夜叉は小部屋を出て、まだ夜明け前の空を眺める。星がとても綺麗だった。


「行くぞ」


 外にいた女性二人を見ないまま告げ、静かに歩き出す。三つの影は、陽が昇る前に三次から消えた。










「なっ、これは……!?」


 ぶちを下がらせ、無理矢理出血を止めた天音。しかし突如として力が抜けるようにその場にへたり込んだ。


「なんだ……?」


 正直今が好機なのは間違いない。今の天音は隙だらけだ。一刀のもとに斬り伏せることが出来るだろう。

 だが良治は見守ることにした。その様子が尋常でなかったからだ。


「何故、力が……」


 彼女の瞳の色が金色から黒い瞳に戻っていく。身体を包む力も収まり、小さくなる。それが示すことは唯一つだ。


「魔族からの力の供給が途切れた、のか」


 彼女の意に反して効果が切れたのなら、それは魔族側が強制的に流れを切った。もしくは――


「……どうやら、契約主は死んだようですね。あの方が私が死ぬからと契約を切るような者ではありません。なら――死んだのでしょう」


 淡々と、独り言のように呟く。ぶちが負傷し、自らは傷を負ったうえに魔族からの力も途切れた。もはや天音が良治に勝つ道筋はない。


「……諦めろ。悪いようにはしないから」

「……――っ!」


 良治の声に天音は走り出した。下ることは嫌だったのだろうか。それともこうなった原因を調べにでも行ったのだろうか。


「……まぁ、仕方ないか」


 良治は追おうとは思わなかった。本当に魔族が死んで契約が破棄されたのなら、彼女はきっと自由に生きるだろう。陰陽陣を離れる可能性は高い。

 それに彼女は怪我を負っている。無理に追って意地を張られ、悪化するような事態も避けたかった。


「和弥は、行ったか」


 もう視界内に魔獣の姿も魔族の姿もない。あの大きな竜は遠くの方で倒れているのがうっすらと見えた。

 良治は戦場の端の方に位置していた。天音の術で周囲に被害が出ないように、術が放たれる瞬間に方向を誘導したためだ。だから他の場所の詳しい戦況は把握できないでいた。


(でもまぁ、きっと大丈夫だろう)


 重大な事態が起こっていたなら、誰かが伝令に来ているはずだ。先程来たまどかにしても、問題なく魔族を倒しただろう。


「このまま倒れこみたいところだけど……最後を見届けないとな」


 疲れ切った身体を引きずり、柊良治は和弥が向かった先へを歩き出した。








「……鍵里、正輝」

「……来た、か」


 木の根元に倒れていた男を見た時、和弥はそれが死体だと思った。それほどまでに生命の気配がなく、ぼろぼろだったからだ。


「ふふ……」


 小さく笑いながら、木を頼りによろよろと立ち上がる。それは弱々しく、吹けば倒れそうなほどか弱いものだ。


「この門を消す方法を教えてくれ」


 鍵里正輝の真後ろには巨大な黒い闇が広がっている。しかし今はもう魔獣や魔族が出現する気配はなかった。


「俺が死ねば、消える。安心しろ……」

「それ以外に方法は?」

「もう、俺の手では消すことは出来ない……俺が死ぬことでしか、無理だ。そう時間はかからないさ……」

「……そうか」


 和弥は、出来れば彼が死ぬ以外の門を閉じる方法を取りたかった。自己満足なのは重々理解しているが、鍵里正輝が死んで解決という結末は後味が悪かった。門を閉じ、そして彼を救いたかった。


「そんな顔をするな、お前たちが勝ったんだろう」

「勝ってない。だって目的は果たせたんだろう?」

「そうだな……出雲から目的の鳥取まで、ここまで来れた……」


 やはり彼の最終目的地はこの鳥取だった。この先には彼の元居た米子支社しかない。そこを襲うつもりは最初からなかったらしい。


「ああ、みゆき……俺は、君の元へ……」


 虚ろな目のまま、ずるりと木を背にして座り込んだ。

 満足そうな、いや心底満足した微笑みのまま、鍵里正輝は死んだ。


「……」


 和弥はかける言葉を持ち合わせていなかった。彼は復讐を果たし、最愛の彼女の元へ旅立った。ぼろぼろの姿を見て感じるのは、目的の為に全てを犠牲にして走り抜けた愚直さ。


「……死んだか」

「ああ」


 振り返らず友人の声に答える。鍵里の躯から目が離せない。


「……こいつは、生き残っても死んでもどっちでも良かったんだろうな」

「多分、な」


 良治の同意の言葉に、きっと良治も同じ気持ちを抱き続けてきたんだろうと和弥は感じた。良治もまた、母親を殺されたことからこの世界に身を投じたと言っていた。


「リョージは、もう復讐はいいのか?」

「……陰神が滅びたことで一応復讐は終わったと思ってるよ。シグマは行方不明だしな。それに……復讐だけに生きるのは疲れるし楽しくない」

「そっか」


 良治がもう復讐に囚われていないことに安心する。きっともう死に急ぐようなことはないだろうと。


「そうそう和弥。パティからの伝言だ。お前はどうやら天使の魂を持っているらしい」

「ああ、それはなんとなく理解してる。なんだろ、前世? みたいな光景がさっき少し見えたんだ」


 ツナシゲとの戦闘中に見えたあの景色。あれはきっとずっと昔の出来事だ。


「ならまぁいいか」

「ああ、別に今の俺が変わるわけでもないしな」

「そういうとこがお前は凄いよ、ホント」


 振り向くと小さく苦笑する良治。軽く拳を合わせると二人で笑った。

 もう夜明けだ。

 陽が昇りだし、輝いていた星天の一つ一つがその姿を消していく。命を落とした彼のように。


「帰ろう」


 夜明けの光を背にした和弥の元に、長い黒髪の少女が走ってくるのが見えた。

 護れたものと護れなかったもの。幾つもの想いを抱いて、彼はまた歩き出した。




「辿り着いた場所」完


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