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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
辿り着いた場所
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~辿り着いた場所~ 四話

「――結那、綾華! 新手の魔族を!」

「オッケー!」

「わかりました!」


 新たに現れた魔族を任されたまどかは、良治の元を離れ前線に到着すると指示通り二人に声をかけた。


「勅使河原さんは少し様子見を。私とまどかでまずは攻撃します」

「任せるわ!」

「氷河と凍土に宿りし氷を司りし精霊よ――」


 綾華が指示を出し詠唱を始めると、まどかも背負っている矢筒から一本の矢を取り出しつがえる。

 良治から指示を受けたのはまどかだが、それを伝えて指揮を執るのは綾華だ。しかしお互いに不満はない。普段チームを組んでいる四人には明確な順番があった。

 良治、綾華、まどか、和弥。全員が上に立つ資質があるが、誰もが納得して決めた順。


(良治は和弥にもうちょっと頑張ってもらいたいみたいだけど)


 良治は和弥のことを非常に高く買っている。全体、前線での指揮の両方とも間近で見せることで覚えてほしいと考えているようだった。――今後のことを予想しているらしい。


「ふっ!」

「――完成せよ! 氷棺永眠!」


 綾華の術が完成する直前に矢を放つ。綾華のこの術は敵を凍り付かせるものだ。あとに放っても氷に阻まれて十分な効果は見込めないと判断した。

 マントをした黒い卵に真っ直ぐに向かっていく雷の矢。


「っ!?」


 卵はマントを回転させて矢を弾く。もしかしたら卵ごと回転したかもしれないが、まだ距離があるためわからない。そして、その直後回転していたマントごと卵が氷漬けになった。


「ふぅ……」

「さすがね」


 綾華が息を吐き、結那が感嘆の声を上げる。

 先程放った『氷棺永眠』とは違い、通常通り狭い範囲を氷漬けにするものだ。その威力は狭くなったぶん強力だ。


「私の出番はなかったわね」

「……いや、これからよ」

「まどか、全力でもう一回!」


 綾華の声がかかる前に、まどかは既に行動に入っていた。

 凍り付いた卵の周囲に、いくつかの小さな黒い球体が浮遊している。それらは急激に動き出すとぶつかって氷を砕きだした。


「はあぁぁぁっ!」


 力と気合を込め、蒼い雷を纏った矢が一直線に半分ほどになった氷に向かっていく。そして轟音と共に氷を打ち砕いた。


 ――柚木まどかは一人前以上の力量を持っている。しかし周囲の三人が個性的過ぎて埋もれてしまっている感は否めない。

 射手としては日本でもトップクラス。術士タイプに区分されているが詠唱術は使えない。しかし詠唱術よりも短時間で打ち出せる弓のウデがあり、それは大きな欠点ではない。

 最大の長所は彼女の放つ矢。それは和弥の奥の手としている『退魔剣』と同じものだ。力を炎に変換して木刀に纏わせる和弥、力を雷に変換して矢に纏わせて放つまどか。

 退魔剣を長時間使用するのは難しい。そもそも変換させて纏わせるのにもセンスか相応の修練が必要だ。和弥は前者、まどかは後者だ。まどかは射手というスタイルの為、長時間保つ必要がない。彼女に打ってつけだと言っていいほど相性が良いものだった。


 そんな彼女の全力の一撃。それが黒い卵になんのダメージも入っていないことに愕然とした。


「うそ……」

「前に出るわ!」

「勅使河原さんっ!」


 呆然とするまどか、卵に向かって走り出す結那、それを制止する綾華。


「……勅使河原さんは時間稼ぎを! 無理はしないでください! まどかも次の準備を、さっきのは命中していません!」

「……了解!」


 ばらばらになりかけた三人だったが、綾華が瞬時に指示を出して纏める。まどかもすぐに持ち直して次の矢を放つ準備に入る。

 正直、一番動揺したのは綾華だった。必殺としていた術をあっさりと打ち破られたのだ。しかしそのあとのまどかの矢が起こした轟音で正気に戻ることが出来た。


「はっ!」


 結那が華麗なステップで、高速で襲い掛かる小さな球体を躱しながら黒い卵との距離を詰めていく。しかし卵はマントをひらひらとさせながら一定の距離を保つように後退していく。


「もう!」


 かっとなった結那が黒い球体を殴りつける。それはまるで金属のようで逆に結那の拳が痛んだ。


「結那、離脱!」


 まどかの声で大きく結那が後方へ下がる。そこに。


「『氷棺永眠』!」


 卵の足止め、ではなかった。綾華の術は飛び交っていた黒い球体の全てを凍り付かせたのだ。これで邪魔するものはない。


「勅使河原さん、本体を!」

「任せてっ!」


 全力で走りだし、卵を間合いに捉える。卵の動きは鈍い。


「こんのおぉぉぉっ!」


 結那の右フックが黒い卵の上部に入り、蜘蛛の巣上の罅が張り付く。卵の移動が止まり、その場にふわふわと漂うだけになった。


「今度は、外さないッ!」


 引き絞った弦から放たれた蒼雷の矢は動きの止まった卵に吸い込まれ、罅の入った上部をぶち抜いた。


「……貫通力という点では一生敵いませんね」


 綾華の呟きに、蒼雷の射手は小さく笑って右手の親指を上げた。











「このまま前線を保ってください! 敵の数は減ってきています!」

「高遠さん、現在死亡三名、重傷六名、軽傷多数です!」

「く……戦闘に参加出来なった者は支部へ! 宮森さんの治療を受けてください!」


 前線にやってきた高遠は、あと少しで戦闘が収束していくだろうという予感があった。それがどっちに傾くかはわからない。ただ人間はそう長い時間命のやりとりをするような状態で集中力を保てない。


「相坂さん」

「はい」

「……次の一波が来たら撤退です。その時は速やかに指示を」


 今までなんとか指示を出し、鼓舞し、支えてきたが限界は近い。次が来たら今戦闘をしている皆が絶望感を覚えるだろう。そうなったらもう終わりだ。


「……わかりました。でも最後まで粘りましょう」

「ええ。ではギリギリまで戦いましょう。彼らを信じて」









 竜から吐き出された炎。それを葵は受け流していた。

 風を纏わせた日本刀。炎を下からすくうように受け流し、炎は葵の上を通り過ぎていく。

 碧翼流は、受け流しを習得して一人前とされる。しかし、炎のような物質を受け流すのは非常に難しい。これは碧翼流の継承者としての力量、そして風を操る才能に恵まれた者にしか出来ない芸当。


「はっ!」


 ブレス最中の大きな隙。それを見逃す者はいなかった。眞子がブレスの範囲外から竜の顔に跳び、一瞬で両目を切り裂く。


「グアァッ!」

「王道だけど、有効だよなッ!」


 視界がなくなり叫ぶ竜。俊二は暴れる竜の腕を掻い潜り、ブレスの途切れた口の中に愛剣『地聖』を突き刺す。


「『槍よ』ッ!」


 四国を離れてから修得した新たな技。

 剣の先から岩の槍が生まれ放たれる。それは竜の口内を穿ち、内臓まで引き裂いた。


「……ッ」


 声も上げられず地響きと共に崩れ落ちる緑色の竜。三人は少しの間油断なく様子を見ていたが、動く気配がないのを確認すると笑顔を浮かべた。


「なんとかなったわね」

「ええ、さすがです葵さん、朝倉さん」

「俺は最後に良いとこ持っていっただけですよ」


 互いに湛えてハイタッチする。誰が欠けてもこの大物を打ち破ることが出来なかったことを全員が理解していた。


「さ、ちょっと疲れてるけど加勢に行かなくちゃね。眞子さんも朝倉さんも大丈夫?」

「もちろんです」

「まだまだいけますよ。勝ってこの戦いを終わらせましょう」


 三人は少し腫れた戦場を見つめると、黙って頷いて走り出した。









「ヌ、グッ……ハッ!」

「ちっ!」


 防戦に回っていたツナシゲの横薙ぎを木刀で受け止める。和弥の木刀は彼の力でコーティングされているため、そうそう折れることはない。

 骸骨姿の鎧武者、ツナシゲの斬撃は鋭いが受けきれないほどではない。和弥はツナシゲのウデは自分と同じくらいだと感じていた。


(なら……!)


 一歩後退し、一息つく。

 ツナシゲの技量は相当なものだ。それを打破するのは――


「……ムッ」


 和弥の構えを見てツナシゲも刀を構える。和弥は八相、ツナシゲは正眼。

 追い詰められた時に出来ること。勝負に出る時に必要なもの。


(それは――集中力!)


 目を閉じ全身から木刀に力を流す。身体の中央で練り上げた密度の高い力を淀みなく木刀へ集めていく。

 術はイメージ。先程綾華が言っていた言葉を思い出す。正確には力の操作にはイメージが大切なのだろう。それさえ理解出来れば自分の能力を最大限に引き出せるはずだ。

 そして、目を開いた和弥は駆け出し一刀を振るった。


「――ッ!」

「ガッ!?」


 ツナシゲと交差した瞬間、和弥の脳内に何かがフラッシュバックした。

 火に包まれた小さな木造の小屋。何かを祈るように寄り添うよう男と天使の女性。

 見たことがないはずなのに、見たことがあるような景色。


(既視感……じゃない)


 視界が変わる。小屋の天井あたりから俯瞰しているような感覚。

 和弥はそこに自分が存在していることに気付いた。女性の中に。

 崩れ落ちる小屋。成す術もなく下敷きに男女。

 そして、小屋を取り囲んだ数十人もの人間たち。火に照らされ赤みを帯びた空に浮遊するのは数百もの天使たち。


(――これは)


 なんとなくだが感覚で理解した。昔、自分の起こったことだと。


「……天使ノ、末裔ダッタカ」


 刀ごと真っ二つにされたツナシゲが、がしゃんと骨と鎧を鳴らして倒れる。和弥は自分の手に持った木刀が白い炎を纏っていることに気付いた。


「……半分は、そうみたいだな」


 自分の両親はまず間違いなく普通の人間のはずだ。あの怖い姉もきっと人間だろう。

 肉体ではなくその魂が、きっとそういうことなのだろう。

 時々現れた白い炎。パティの態度や言葉。フラッシュバックした光景。辻褄が合う気がした。


「相手ガ悪カッタヨウダナ……」


 アンデッド系の魔族にとって、天使の光は最も忌避すべきものだ。


(そういえば学園祭の時に魔界で戦ったやつも……)


 あの時和弥が戦った死霊の王(ワイトキング)。あいつも白い光で倒した気がした。


「……かもな」


 斬られた箇所から浸食するように塵になっていき、間もなく刀も鎧も全てが消えた。


「人間、って言えるのか……俺は」


 声に出した瞬間友人の姿が思い浮かんだ。長年人間じゃないことに悩んでいた彼の姿が。

 自分が悩んでいたら彼はもっと気にするだろう。少しだけ、彼の悩みが理解出来た気がした。


「……そっか。まぁいいか、まずは勝つことだ」


 周囲の魔獣はほぼいなくなっている。しかし一匹でも逃がせば後々一般人に被害が出るかもしれない。


「魔族は倒した、この戦闘勝てるぞ! あと少し、最後まで戦い抜くぞッ!」

「おお!」

「了解でござる!」

「がんばっぞおおお!」


 和弥の声に疲弊していた味方が呼応する。この士気の高さならもう大丈夫だろう。


「都筑さん、貴方は鍵里正輝を探してください。この場は私が」

「わかりました。高遠さんお願いします」


 魔獣の群れや魔族が出現してきた方向。その先に間違いなく鍵里正輝はいる。

 ――終わらせる。

 その決意を抱いて和弥は走り出した。



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