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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
辿り着いた場所
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~辿り着いた場所~ 三話

「暗天衆の潮見天音か……!」


 正門前に陣取る高遠幾真は渋い表情で呟いた。

 その存在を忘れていたわけではない。むしろ対応を考えなければならない重要な存在。しかし的確なタイミングで現れられると、眉根が寄るのも仕方のない事だった。

 魔獣の群れは毎回のこと、そして魔族が現れるところまでは想定内だった。しかしあの竜は想定外だ。誰も予想など出来なかっただろう。


(柊さんは抑えられ、大きな戦力が竜の対応……)


 今高遠は敵の一番少ない安全な場所に居る。だからこそ出来ることがある。


「相坂さん、前に出ます。前線部隊の掩護を。怪我人の手当てと、その間の敵の足止めをします」

「はい!」


 サイドポニーを靡かせて相坂未亜が走り出し、周囲に伝えていく。高橋が亡くなったことで一時離脱していたが、今はもう迷いはないようだ。


「前線を崩させるな! いくぞ!」

「おお!」


 頼りがいのある返事に満足しつつ、高遠たちは前線に歩を進めて行った。











 それが現れた時、葵の思考は一度止まった。有り得ないと、そう思った。

 しかしそれは弟弟子の指示で現実に戻された。


(やっぱり、頼りになるわね)


 三歳年下の少年にこんな信頼をおくことになるとは、彼と初めて会った時には想像もしなかったことだ。十年ほど前に憎しみに満ちた表情で、父親に連れてこられた少年。今では一人前の退魔士として、自分に指示を出すような力量にまでなった。――こんなに嬉しいことはない。


「朝倉さん正面から引きつけて! 眞子さんは左から!」

「はい!」

「了解しました!」


 葵の言葉に俊二が土の壁を展開し、眞子が斬りかかる。

 三人が相手をしている竜は強敵だ。生命力や体力はその身体の大きさに比例する。緑色の皮膚は固く、十分な体勢で斬らねば大した傷はつけられない。


「ブレス、来ます!」


 そして最も脅威なのはこの炎の吐息だ。竜といえば火。なんとなくそんな印象を持っていたが、実際に吐き出すのを見るとそのインパクトに身体が震えた。

 俊二の声に葵と眞子が距離を取る。俊二自身は二人とは別方向に移動しつつ土の壁で炎を受け止める。真正面から相手をしている彼はブレスの範囲から逃れられるほどの余裕がない為だ。


「ぐぅっ……」


 俊二の呻き声が聞こえ、土の壁が熱でぼろぼろと崩れていく。しかしすぐに炎の勢いは弱まり消えた。先程も同じ対処で耐えきったが、段々と消耗しているようだ。


「朝倉さん!」

「大丈夫です!」


 煤に汚れた顔だが躊躇のない返事。まだ数度は耐えられるようだ。


「足を狙って! まずは動きを止めます!」


 だからと言ってこのままでは俊二が耐え切れなくなって瓦解する。最低でも身動きの取れない状態にしなければ自分たちも援護に行けないし、竜が離れた場所で戦闘中の味方を攻撃するかもしれない。


「っ!」


 指示を出しながら自らも前に出る。しかし左腕の爪を避けたところに尻尾が唸りを上げて振るわれる。


「はっ!」


 姿勢を低く、そして尻尾の軌道に逆らわないように後ろに跳びながら刀で受け流す。

 受け流しこそ《碧翼へきよく流》の真髄。そして受け流しとは相手の攻撃、行動を正確に読み取り、理解することから始まる。物心ついた頃から、今は亡き父親から教えられたことだ。

 葵が尻尾を相手にしている間に、逆方向から眞子ががら空きの右脚を斬りつける。しかし固い皮膚に阻まれ、大した傷は与えれない。


「くっ!」


 眞子の技量はその辺の退魔士より一枚も二枚も上だが、それでも竜相手には分が悪い。葵も俊二も大差ないだろう。


「――っ!?」


 離れた場所で大きな音が聞こえ、葵たちはそちらの方を向いた。誰かが水系の術を使ったのは理解したが、それ以上はここからではわからない。

 そして更にほぼ同時に、少し離れた場所の上方から光が散った。


「南雲さんっ!」


 声に反応すると、竜が大きく息を吸い込んでいた。これはブレスの用意。

 近すぎる。今から逃げるのは至難の業だ。


「――!」


 しかしこの状況で、南雲葵は一瞬小さく笑った。











「あれは……」


 戦場から最も遠い場所、鳥取支社の壁の上から援護射撃をしていたまどかは違和感を覚えた。竜が現れた地点の間近。まどかはそれを門から出現した何かだと判断した。そして。


「魔族……!」


 段々と近付いて来る気配、そして自慢の視力でその姿を確認した。

 あれは魔族以外の何者でもない。赤いマントをした人ほどの黒い卵。ふざけた姿だが、纏うその魔族特有の気配は隠せない。


「……はっ! ……えっ」


 一筋の矢が煌めき、黒い卵の真上で散る。光自体は小さなものだったが、前線で戦う者たちには見えただろう。

 しかし光とほぼ同時に、轟音が鳴り響いた。高台に居るとはいえ、周囲を完全に把握できているわけではない。この暗さの中では何が起こっているのかわからない。


(私はどうしよう)


 まどかの役割は、壁という少し高い所からの索敵と狙撃だ。勿論鍵里正輝が最優先目標。しかしまだ標的は発見出来ていない。魔獣や竜、魔族の出現方向から、彼女の予想ではここからでは見えないギリギリの位置からだと思われた。

 だがそうだとすると彼女の出番は、鍵里正輝が近付いて来るまでない。もしかしたら近付いて来ることはないかもしれない。それが彼女の判断を迷わせる。


(このまま待つか、あの魔族の相手をする……?)


 少し落ち着いて考えると、収まっていくあの音は術のものだろうと見当がついた。誰が放ったかまでは特定出来ないが。


「え……?」


 何かが流れていくような動きに気付き、目を凝らすと水が流れているように見えた。ここは川沿いだが距離がある。川の水ではない。ようやくこの水が先程の轟音の正体だと理解した。


(でも誰が)


 今は混戦模様で、周囲を巻き込むような大規模な術はそうそう使用されないはずだ。つまり、これは敵が放った術。

 水の出処を遡った先には予想通り、今まで邪魔を繰り返してきたあの潮見天音の姿があった。つまりそうなると、標的は。


「良治っ!」


 血相を変えた彼女は、壁を飛び下り駆け出した。濁流の中に居るであろう、彼の元へ。









 川の中はこんな光景なのだろうか。周囲に流れる水と夜の闇の影響で視界はないに等しい。しかし音と衝撃で段々と勢いが収まっていくことを感じていた。


(水属性単発放出系統、ってとこか。なら……)


 防御陣の天井が水面に出る寸前に術を解除する。同時に良治は水面に飛び出した。


「っ!」


 このままではまた水の中だ。しかし足が着く間際、氷系の術を放ち足場を作って着地した。氷の足場は大きなものではない。地面にまで届いているわけでもない。水に流されそうになるが、だが一瞬使えれば彼には十分だった。


「――ッ!」

「なっ!」


 氷の足場から一直線に跳びかかる。動揺した天音が硬直したのを見て刀を振り被った。


「ガゥッ!」

「ちっ!」


 横から良治を妨害しようと牙を剥いて飛び出してきたのは黒狼ぶち。

 無視するわけにはいかない。そちらを迎撃しようとした瞬間、ぶちに雷を纏った矢が突き刺さった。


「キャンッ!」

「ナイスまどか!」


 術で風を操り、強引に再度空中で体勢を立て直す。天音はもう目の前だ。


「ぐっ……!」

「……浅い!」


 ぶちが邪魔に入った影響で僅かに勢いを殺された。体勢も完璧とは言えなかった。


(十分な体勢でなかったのもあるが、僅かな時間で致命傷を避けただと!)


 もし天音が魔族との契約者でなかったら仕留めることが出来ていただろう。魔族との契約による反応速度の強化が彼女の命を救った。

 だが、これで。


「く……」

「さて、どっちが有利かな」


 黒装束の左脇腹は裂かれ、血が滲んでいる。深くはないが浅くもない。天音が苦悶の表情を浮かべる。


「……どうでしょうね。貴方もぶちによる傷が多いように見えますが」

「いや、どれも深くはないから問題ないさ」

「そうですか。しかし」


 右手の掌を傷口に当てると、ゆっくりと撫でていく。


「無理矢理止めたか」

「はい。『力』で太い血管から塞ぎました。これで出血による体力の消費は抑えられますから」


 その方法は良治も知っている。

 しかしそれは身体の構造をしっかりと理解し、『力』の扱いに長けた者でないと難しい。それにあくまでこれは応急処置。血管を塞ぐということは血液の循環が滞るということで、長時間は身体が持たない。それに身体の外への出血は見えるので止めやすいが、いつの間にか内部へ出血していたということも度々ある。

 昔彼も行ったことがある為その長所も短所も理解していた。短所がわかったからこそ、彼は宮森家秘伝と言われる『医術』を我流で学んだのだ。


「だが、長くは持たないだろう」

「そうですね。だからすぐに終わらせれば良いだけです。……ぶち!」


 天音の言葉にぶちが駆け寄って来る。しかしまどかの矢に射抜かれた後ろ足を引き摺っており、もう俊敏な動きが出来るようには見えなかった。


「もどって。……ありがとう」

「くぅん……」


 小さく鳴くと、ぶちが彼女の指輪に吸い込まれていく。追い詰められても無理はさせないかと良治は感心した。

 と、背後にまどかが来たのがわかった。


「良治」

「どうした、まどか」

「近くまで新手の魔族が来てるの。……どうする?」


 先程放った雷の矢は、良治には見えていなかった。天音との戦闘でそれどころではなかったのだ。

 天音に注意しながら周囲を見渡すと、前線の魔獣たちの数が減ってきているを視認した。竜はまだ倒れていない。和弥もツナシゲとまだ戦闘中だ。


「まどか、結那と綾華さん連れて新手を頼む」

「わかったわ」

「……頑張れよ」


 背を向けたまままどかに声をかける。細かな気遣いに彼女の頬が緩んだ。


「――うん、任せてっ!」



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