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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
辿り着いた場所
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~辿り着いた場所~ 二話

――見えた。見覚えのある、まるで城のような壁と堅固な三階建ての建築物。退魔士として働いていたとき、何度か来たことがある。

 鍵里正輝は死相の出た顔でにやりと笑った。ぞくりとするような狂気を感じさせる笑みだ。


「さぁ……俺の全てを出し尽くそう……『開門』ッ!」


 大気が震えだすようなざわめきの中、鍵里の前に現れた黒い穴が広がっていく。今までの比ではない。それは二階建ての建物を飲む込むほどに大きくなり、中から強大な気配がゆっくりと、大量に吐き出されていった。


「く、ははっ……」


 力を出し切った開門士は近くの木に背を預け、そのままずるずると座り込む。最後の時を見届けようと。

 もうこの門は自分では閉じられない。閉じるのは自身が死んだ時だけだ。


「これで、終わりだ……」








「――来ます」

「ああ、大群だな」

「では、いきます。氷河と凍土に宿りし氷を司りし精霊よ――」


 綾華を始めとした術士たちが詠唱術を唱え始める。と言ってもそれは彼女を含め四人しかいない。更にそのうちの一人は良治だ。詠唱術を扱える術士は数少ない。詠唱術を使える者は一人前、ではなく一流と言って力量レベルらしい。和弥は自分の周囲のレベルの高さに改めて感心した。


(二人とも凄いよな、本当に。俺に出来ないことを簡単にやっちまう)

「――完成せよ! 氷棺永眠ひょうかんえいみん!」


 右手を魔獣の群れに向け術を解き放つ。この術には覚えがある。陰神との最終決戦、あの羅堂道元に放った氷の塊の術だ。しかしこの術の対象はあくまで個人で、こんな横に広がった魔獣の群れには適していないはずだ。


「おお!」


 しかしそれは杞憂だった。綾華の放った『氷棺永眠』は前回見た物より遥かに横に広がって、遠目にだが二十体以上を凍り付かせていた。


「術はイメージですからね。これくらいなら出来ます」


 ふふん、とちょっと自慢そうな綾華。実際凄いなとまたも感心した。正直以前綾華自身が、師匠である浦崎から教えられたと言っていたので受け売りなのだろうが。


「綾華さん、もう一発!」

「は、はい!」


 少し離れたところで同じく詠唱術を放っていた良治から指示が飛ぶ。慌てて再度詠唱に入る。

 東から現れた魔獣の群れ。それに当たる退魔士たちを指揮するのは良治だ。つい先日まで臥せっていたとは思えないほど生き生きとしている。色々と吹っ切れたように見えた。


「へぇ、これが術ってやつなのね」

「そうだよ。近くで見るのは初めて?」

「ええ、凄いわね。ゲームやアニメの魔法をそのまま再現されるとは思わなかったわ」


 前回はすぐに撤退、更にその前は高台に居たせいで近くで見る機会はなかった。間近で見るとその大地を伝う振動や音は凄まじい。


「さて、勅使河原さん行こうか」

「結那でいいわよ、都筑クン」

「こっちも和弥でいいよ。――ここからは俺たちの出番だ」


 更に詠唱術が放たれ、土煙の中から見えた魔獣たちに矢が射かけられる。壁の上に陣取ったまどかたち弓兵の攻撃だ。しかしその矢の数は多くはない。


「術士は下がって! 剣士は前へ。蹴散らすぞッ!」

「おうっ!」


 良治の指示に和弥たち剣士タイプの退魔士たちが答える。


「はぁっ!」

「やっ!」


 気合を入れた声を上げながら犬型の魔獣を屠る。隣で結那も犬型の顔面を右フックで吹っ飛ばすのが見えた。犬型の魔獣は普通の犬よりも素早く獰猛だ。それを初見で、しかも一撃で的確に殴りつけていた。感心するほどの格闘センスだ。


「凄いな結那!」

「それほど、でもっ!」


 和弥と結那を中心として魔獣の群れを削っていく。魔獣たちは鳥取支社を襲うよりも和弥たちを標的としているらしく、彼らを包囲し始めた。


(さすがに数が多い!)


 そう思ったのも束の間、包囲が崩れ出す。綾華の術と良治だ。


「前線はここをキープ! 深追いと無理はするな!」


 背後から良治の声が響く。それに気を取られた一瞬。


「ッ!」

「集中力ガ足リヌッ!」


 斬りかかってきたツナシゲの一撃をすんでのところで受け止める。魔獣の群れに紛れて隙を窺っていたのだろう。危うく不意打ちでやられるところだった。


「こいつは俺に任せろっ!」

「任せた!」

「お願い!」


 良治と結那の返事を背に受け、骸骨姿の剣士に集中する。


「ここでケリを!」

「望ムトコロ!」


 負ける気はしない。必ず打ち破るという想いとともに木刀を真っ直ぐ振り下した。








「まだ、来るか……!」


 魔獣の一団の更に奥から大きな気配が近付いて来るのを感じ、良治は顔を顰めた。

 既に今までの襲撃の倍くらいの数が出現している。その上まだ現れるとなるとどうしても手が足りない。


「ってなんだあれ!?」


 夜の闇にあってなお揺るがぬ存在感。徐々に大きくなる地響きの方角を凝視していた良治は思わず声を上げた。


「は……竜……?」


 竜。所謂ドラゴン。ゲームや漫画で良く出てくる大きなトカゲ。翼はないが、ビル三階分はありそうな巨体に味方に動揺が走っていく。


「でかいぞぉっ!?」

「ドラゴンだと!?」

「うわああっ!」


 なんとか保っていた戦線が崩れていく。あんなものが出て来ればそうなるのも当然だった。しかしこのままにしておくわけにはいかない。


「……葵さん眞子さん……に俊二さん! あの竜をお願いします! 南の方の広場に誘導を!」

「おっけ!」

「わかりました!」

「任せてくれ!」

「……お願いします!」


 戦場の南方に居た三人に声をかける。あんな大物相手、誰もがたじろぐだろう。しかし三人は迷いなくそれを請け負った。心の底から良治は感謝する。


(三人ともありがとう……なんとか耐えてくれ!)


 戦況は劣勢。しかしあの竜を放置しておくことも、竜だけに戦力を集中することも無理だ。三人は竜に攻撃しつつ、段々と南の方に引きつけていく。今のうちに考えを纏めなくてはならない。


(和弥は骸骨魔族、三人は竜。結那は前線、まどかは壁の上。高遠さんと相坂さんは正門前……)


 正門はこの東側、中央にある。ここで決着をつけるつもりなので戦力はほぼ全て建物の外側に出してあった。高遠と相坂も前線を抜けてきた魔獣の相手をしている。数は少なく、問題なく対処出来ているようだ。

 前線は大丈夫そうだ。和弥がツナシゲを引きつけ、周囲の魔獣を結那たち剣士タイプが、そして綾華たち術士も援護をしている。


(一番手が空いているのは俺だ。指揮を高遠さんに任せて――)


 そう考え、高遠の方を振り向こうとしたその視界に、黒い影が見えた。否、感じた。

 この暗闇の中、黒い影など見えない。良治はそこまで目が良い訳ではない。だが、見えたと思えるほどはっきりとその存在を感じた。


「――潮見天音!」

「まさか生きているとは思いませんでしたよ!」


 お互い同時に『変化』する。四つの金色の瞳が闇に輝いた。


「結局魔族という訳ですかっ! 他人の命を犠牲にして生きるとはっ!」

「それは否定はしない! 少しだけ人生いのち借りたからな。でもそのうち必ず返すと決めたっ!」

「綺麗ごとを!」


 一文字に振り抜かれた大鎌を軽いバックステップで躱し、その隙を逃さずに斬りかかる。しかし。


「っ!?」

「ガウッ!」


 天音の背後から現れた『ぶち』の牙が右腕を掠める。一戦交えてから姿を現さなかったせいで良治の頭からその存在が消えていた。


「はっ!」

「な……!?」


 体勢を崩した良治に、天音が大きく腕を横に振る。そして野球のボール程度の大きさの水球がいくつも現れた。

 良治は思い出していた。彼女が自分で自らを『術士』だと言っていたことを。

 動揺は一瞬。襲い掛かる水球に向けて左手の掌を掲げた。


「このっ!」


 淡く光る円形の壁――防御障壁を展開すると同時に、鈍い衝撃と共に水球がぶつかり弾けていく。


(あぶねぇ……!)


 病み上がりの良治の反応ではギリギリのところだった。浸食による命の危険がなくなったとはいえ、いきなり体調が全快したわけではない。身体の反応はまだ鈍く、契約によりまどかに『力』が流れるようになって彼自身の全体的な力は以前より落ちている。


「ふっ!」


 短く息を吐いて更に襲い掛かるぶちの爪を避ける。このまま押し切ってしまおうということだろう。


「招くは水 捧げるは火 導くは我!」

「おいおいおいっ!」


 天音が術を唱え出したのを聞いて思わず声を上げる。

 距離は近い。さっきと同じ障壁では防ぎきれないだろう。詠唱術、近距離の直撃では、障壁を使っても致命傷の可能性すらある。

 ならば完成前に止めるしかない。良治は足に力を入れて一歩踏み出す。


「ガウッ!」

「くっそ!」


 それを見越したように前に立ち塞がるぶち。完全に時間稼ぎの足止めだ。


「塔をも押し流せし濁流よ――」


 纏わりつくように爪を振るう黒狼。近すぎて思うように刀を振るえない良治の腕や足に裂傷が刻まれていく。

 本来なら距離を取りたい。しかしそれでは天音の詠唱の邪魔が出来ない。


「全ての流転を司りし風の神、よっ!」

「ガフッ!?」


 詠唱をしつつぶちの横っ面を刀を持ったままの右手で殴りつける。もうこれしか方法がない。間に合わなければ死ぬか致命傷か、どちらにせよ負けは確定するだろう。


「我が願いに応じ荒れ狂え!」

「信奉者たる我にその加護を――」

濁流瀑布だくりゅうばくふ!」


 天音の術が完成する寸前、良治は鳥取支社の方に跳ねた。

 しかしそれを見逃す天音ではない。正確に彼を追うように、構えた両手から大量の水が現れた。


「与えたまえ! 円風陣えんふうじん!」


 大雨の後の荒れ狂う河のような水流があっという間に襲い来る。しかし一瞬遅れて彼の術が完成した。

 良治を中心に展開される半円の防御陣。だが圧倒的な水量はそれもろとも彼を飲み込んでいった――



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