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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
辿り着いた場所
23/28

~辿り着いた場所~ 一話

「ん……?」

「どうしたの良治?」


 葵に電話連絡を入れ、二人で伊丹支社から鳥取支社までどうやって行こうかと思案していると、良治は不意に背後に気配を感じた。


「貴女は……」


 時刻は黄昏時。夕暮れと影で異世界のような不安を覚える景色の中、相坂未亜が佇んでいた。その表情は良く見えない。サイドポニーを揺らし、ゆっくりと二人に近づいてくる。


「――運転手と車、欲しくないですか?」

「え?」

「移動手段、欲しくないですか」

「……欲しいですね、是非」


 立ち止った彼女の表情が見える。暗くなりつつある中にはっきりと見える、覚悟を決めた面持ち。


「向こうに車があります。行きましょう」

「行こう、まどか」

「え、え」


 戸惑うまどかの手を引いて、既に歩き出している彼女を追う。その歩みに迷いは感じられなかった。


「それにしてもどうしてここに?」

「避難について来ただけ、だったんですけどね」

「けど?」

「ここ数日、考えてたら思い出したんです。なんで退魔士を目指したのかって」

「……」

「孤児だったから、適性があった。それも理由の一つです。でも」


 立ち止り、ワンボックス車のドアを開いて振り返る。


「周囲の人たちを護りたいから。それが一番大きな理由です。――それはきっと、いっちゃんも同じだと思います。だから、私はこれからも護る為に戦います」

「そう、ですか」


 あの墓標で見かけた彼女とはもう別人だ。良治は感心すると同時に何よりも安心した。悲しみを乗り越えられたのだと。


「はい。だからまずは戦場に向かおうかと。間に合わなくなる前に」

「ですね。急ぎましょう――北へ」








「――では、私にこの鳥取支社の指揮を任せて頂けますね?」

「はい……」

「では早速防衛の準備にかかります。皆さん、宜しくお願いします」


 指示を出すのは高遠幾真。その前で若干不満そうにしているのは、現在居る鳥取支社の支社長代理。そして鳥取支社の退魔士たち、高遠の後ろには今まで共に戦ってきた和弥たちが立っている。本来の支社長は当時出雲本社に出向していた。そしてそれ以降行方不明。それが意味するところは一つしかなかった。


「鳥取支社の方、どなたかこの周辺の地図と支社の見取り図をお願いします。あと戦闘に参加できる退魔士の人数を。非戦闘員の方は米子支社に避難してください」


 一向に戻ってこない支社長、少しずつ入ってくる凶報。出雲本社に使者を送ったが、わかったのは出雲が壊滅したという事実だけだった。


「時間はありません。出来るだけ速やかに。……ここが最後の踏ん張りどころです!」


 支社長代理は些細なプライドが邪魔をして、突然現れた高遠に苛立っていたが、それを通り過ぎればもう安心感に包まれる。ようやく上に立って指示を出す人間が来てくれた、と。


(これでなんとかなると良いが……)


 彼は誰にも見えないように、部屋に一つだけある小さな窓から空を見る。――雲一つない青空だった。









「――なるほど。なら東と南からだけ気を付ければいい感じだな」

「はい。今まで空を飛ぶ魔獣も水の中を泳ぐ魔獣も確認されていませんから。まぁあの扉の向こう次第でしょうが、それを計算に入れて行動はしないと思います」


 この鳥取支社は湖山池こやまいけから日本海に続く湖山川こやまがわ沿い、真ん中あたりにに建っている。北と西は湖山川に接しているので、鍵里たちが攻めてくるとしたら二方向からだろう。ちなみにこの湖山池は池と名のつく中では日本最大の広さを持っている。


「しかしここの造りは立派だな」


 白い壁に囲われた、三階建てのしっかりとした建造物。川にも接しているためまるで要塞のようだった。今までの支社と比べて威圧感を感じる。


「そうですね。これまで訪れた陰陽陣の施設の中で最も頑丈そうです。まさに最後の砦と言ったところでしょう」

「米子支社は小さなところって聞いてるからな。それにリョージたちも来る。……なんとかならないわけがない」


 連戦連敗が続いてるが、これ以上は許されない。


「東と南、両方ともにそれなりに広い敷地があります。どっちから攻めて来たとしても結局戦線は広がりそうですね」

「それなら配置はどうする? 十分な戦力があるとは思えないんだけど」


 鳥取支社の戦力はほぼ手付かずのまま残っている。しかしそれでも戦闘に参加できる退魔士は十人程度。それにここまでついて来た各支社の生き残りが十人、そして和弥たちだ。ちなみに安松は居ない。結局怪我の具合は悪く、伊丹支社に残っている。だからこそ高遠が気合を入れて頑張ってくれていた。


「戦力配置は高遠さんと良治さんがやってくれるでしょう。ただ、足りないのは確かです。相当の負担は覚悟しておきましょう」

「まぁ、これで最後だと思うしな。……全力、出し尽くすつもりでやってやるさ」








「――伝令頼みます。予測通り明日の夜、鍵里正輝は鳥取支社に到着すると。全ては予定通りに進んでいると」

「はっ」


 背後から気配が消え、沈黙が落ちた林の中で溜め息を吐いた。


(これでもうどうしようもない……)


 恐らくここで鍵里正輝は死ぬ。しかしそれは鳥取が陥落してからだろう。今の鍵里は強固な意志だけで命を繋いでいる。彼自身を倒すことは難しくないが、しかし彼に辿り着くことが難しい。数百にものぼる魔獣たちや魔族を退けるのは至難の業だ。


「陰陽陣は壊滅し、隠れて行動していた卑怯者が新たな王国を創る……」


 主にとっては新世界の幕開けだが、彼女にとっては悪夢の到来。永遠に覚めない悪夢だ。


(感情など失ってしまえばいいのに)


 主と魔族に縛られた自分は人形のようなものだ。ならばいっそのこと心も失くして完全な人形になってしまえればいいのに。

 鳥取支社を虚ろな瞳で映していた暗天衆の少女は、足音一つさせずにその場を去った。









「リョージ……!」

「お疲れ。心配かけてすまなかった」


 その日の夜、鳥取支社の二階にある会議室の扉を開いたのは澄ました顔の良治だった。その後ろにはまどかと相坂もいる。


「それはいいよ。だけど、その……もう大丈夫なのか」


 それが何よりも気になる。葵から伝え聞いたが、やはり本人から訊かずにはいられなかった。それだけ良治のことが心配だったのだ。


「ああ、大丈夫だ。……まどかと、契約をした。もう少し生きようと思う」

「契約って確か……。ええと、なんだ。つまり付き合うことにしたのか」


 確か契約はずっと続くと聞いた気がする。これから先ずっと傍に居て生きるというなら間違っていないはずだ。


「……いやまぁちょっと違うが……似たようなもの、か……?」


 うーん、と悩みながら歯切れの悪い言葉が出てくる。彼も完全には把握していないということなのだろう。後ろのまどかが頬を膨らませているのが和弥から見えるが気にしないことにする。


「あれ、相坂さんはなんでここに……?」

「こんばんは都筑さん。私は……私も戦いを続けることにしました。いっちゃんの為にも、私自身の為にも」

「そっか……なら、改めてよろしく」


 あの後良治から彼女の様子を聞いて気になっていただけに、今の表情を見て安心した。悲しみを乗り越えられたのだろう。


「綾華さんもすいませんでした」

「いえ。ただ、もう戻ってこないのかと思ってました」

「ははは……」


 さらりと厳しいことを言う綾華に良治は苦笑で返す。相変わらずだな、と。


「と、結那も悪かった」

「……良いけどね。生きてまた会えただけで満足しておくわ。まどかに先越されたのはちょっと不服だけど」

「それはまぁ……」

「う……」


 口ごもる良治とその契約者。少し後ろめたいと感じているらしい。あの後起こったことを考えると当然かもしれない。


「まぁあの場で残らなかったのも私の判断だしね。気にしないようにするわ。……諦めたわけじゃないからね」

「……助かる」

「ありがと……」


 また苦笑いを浮かべる良治とまどか。これに関して特に言い訳や申し開きをするつもりはないようだ。ある意味潔い。


「さて、現状はどんな感じなんだ? 高遠さんたちは?」

「ああ、三階で色々指示してるよ。……なんかやる気満々って感じだなリョージ」

「そうだな、今までの悩み事とかすっきりしたせいかな。今の俺に敵はいない、ってくらいにやる気はある」

「でも無理しちゃダメだからね? まだ身体は本調子じゃないんだから」

「善処するよ」

「もう」


 生死の境を越え、どうやら火が付いたらしい。その瞳から本気が窺えた。


「心配はいらないみたいだな」

「ああ。――任せてくれ、親友」





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