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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
新たな決意
20/28

~新たな決意~ 一話

「――申し訳ない、こちらから提案したというのに」

「いや……」


 謝罪と共に立膝で頭を下げる暗天衆の一人に、夜叉は小さく息を吐いた。

 ここは広島県の瀬戸内海を望むある場所。夕方から降り続く雨はいつしか強まり、この小屋の窓や壁を叩きつけていた。


「……目的のその男は暗闇の中走り逃げ、最終的には海へと落ちて行きました。しかしこの荒天、死体を確認することは……」

「仕方ない。気にするな」


 夜叉たちが逃がしてしまった真鍋という男は逃げ足には定評がある。これまでもしぶとく生き残っていただけに、雨で海が時化ていても死んだとは思えなかった。


「それで取引の事ですが、こちらが失敗した以上これで」

「――いや、気にしないで良い。お前たちは最大限の努力をしてくれたと思っている。だから最初の取引通り手を貸そう」

「おお……協力に感謝致します」


 昔の自分だったら何も言わずに立ち去っていただろうなと思う。しかし大切な何かを守りたいと思う気持ちを僅かながら理解した今、それを無碍には出来なかった。


(少なくともあとしばらくの間、あの二人を守らなくてはな)


 陰神が崩壊し、福井から脱出した後四国、中国地方と渡り歩いて来たが、それは全て彼女らを安全な場所に送り届ける為。しかし安息の地は未だ見つかっていない。


「それでは数日中にまた連絡を。手引きは任せてください」

「ああ、頼んだ」


 鷹のような目の男は力強く頷いた。











「……まだ、生きてる」


 知らない天井を見つめ、口をついたのはそんな言葉だった。声に反応したのか、がたっと音を立てて誰かがこちらを見つめているのをまだぼやけた視界で認識した。


「良治ぅ……っ!」

「まどか、か……って、痛いから」

「ご、ごめん」

「まったく……」


 横たわったままの彼の身体に飛びついたまどかに、顔を顰めながら苦言を呈する。泣きそうな表情を見て、気持ちはわからないではないが痛いのは変わりない。


「あ、みんな呼んでくるわねっ!」


 木製の簡素な椅子を蹴飛ばし、彼女にしては珍しく乱暴に扉を開け放ち飛び出していく。顔だけを扉に向けて苦笑いした。


(さてと、まずは現状の把握だな)


 身体はあちこちが痛み、動かすのも億劫だ。しかし完全に動かないような箇所はない。千切れたり骨折してるわけではなさそうだ。周囲を見やると、自分が今横になっているのは、小部屋の隅にあるベッドだと理解した。しかしさすがにこの建物が何処に在るのかは推理できなかった。


(恐らく明石支社じゃない。全部見たわけじゃないがこんな部屋はなかった……はず。違う支社……ならあの夜は負けたのか……?)


 良治には天音に斬られた後の記憶はない。たどたどしい動作で布団の下を見ると、上半身には包帯が巻かれていた。


「……ノックくらいしろよ」

「リョージッ!」


 和弥が駆け込んでくるのを予測した良治が溜め息を吐く。予測通り現れた彼らの姿を見て身体を起こした。


「落ち着けって」

「お前死にかけたんだぞ……!」

「そうです。和弥の気持ちも考えてください」

「……まぁそうですね。悪かったな心配かけて」

「まったくだ、本当に……」


 綾華は和弥の気持ちと言ったが、それは後ろに続いて来た皆の気持ちだろう。まどか、葵、結那、眞子、そして勿論言葉を発した綾華自身も含まれているはずだ。


「――さて、良治くん。私は現状を君に伝えなければならない」

かけるさん……」


 神妙な面持ちで前に出てきたのは、安松の治療に当たっていた宮森翔だった。一番最後に入ってきたようで視界に入っていなかった。見覚えのあるハイネックのベージュのセーター姿に東京支部を思い出して少し安心する。

 しかしそんな良治の心情とは裏腹に、翔はゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。


「……もう限界だ。半魔族化した二日前の夜に死ななかったことは奇跡としか言いようがない。胸の傷は何とか致命傷ではなかったが、それは即死を避けただけだ」

「……なるほど」


 包帯越しに胸の傷を撫でる。まだ痛むが深手ではなかった。あの瞬間、村雨を盾にしようとしたのが命を拾うことになったようで、悪足掻きはしてみるものだと小さく笑う。


「君の身体は魔族の力に侵され死の淵にいる。だが……生き残る可能性はまだある」

「それは遠慮します」

「リョージ……?」


 助かる方法はある。良治自身その方法は知っていた。それも三年ほど前から。


「なぁリョージ、どういうことだよ。ちゃんと教えてくれ」

「和弥……」


 困惑する友人に申し訳なく思いながら視線を交わす。その様子から、誰も彼に自分の状況を説明してないことを察した。


(……まぁ気軽に言えることじゃないか)


 事情を知っているのは家族同然に暮らした葵、パートナーであるまどか、ついこの間説明をした結那。そして恐らく兄の隼人から聞いたであろう綾華の四人。良治は深呼吸をすると覚悟を決めて話し出した。


「和弥、聞いてくれ。まず俺が半魔族なのは理解してるな?」

「ああ、実際見たしそのことは綾華とまどかから聞いてる」

「なら説明は省く。それで、半魔族ってのは人間の身体がベースになってて、そこに魔族としての力が宿っている。そして魔族の力っていうのは強力なものなんだ。だから次第に人間としての身体に負荷をかけていく。それで俺みたいな半魔族の寿命は――十代後半から二十歳までとされている」

「おい……まさか」

「もう寿命ってことだ。特に俺は半魔族化を繰り返し使ってきた。むしろ長生きした方だろう」


 以前に隼人から聞かされた話。元々数少ない半魔族が増えない理由。それは成人を迎える前にほとんどが、身体が耐え切れず死んでしまうからだった。


「待てよ! まだ生きれる可能性あるんだろっ! 今翔さんが言ったじゃないか!」

「俺はその方法を取りたくない。だから――このまま寿命を迎えるんだ」


 拳を握りしめ声を荒げる和弥に、良治は全てを受け入れた声で答えた。


「なんっだよそれ……っ!」

「和弥、落ち着いてください。……一度出ましょう」


 納得出来ない、納得などしたくない。そんな表情を浮かべる和弥に綾華が声を掛けて退室を促す。まだ何か言いたげだったが、二人で無言のまま部屋を出て行った。


「良治、どうするの」

「どうするも何も、どうしようもない。納得してくれればいいんだけどな」


 出来たら自分が死ぬ前までに納得してもらいたいなと思う。そうでなければ拭いきれない後悔を抱えるかもしれない。それは少しばかり心残りだ。


「何か出来ることはない?」

「いえ、大丈夫です葵さん。すいません、色々と」

「別に良いわよ今更」


 寂しそうな微笑みに左目の泣きぼくろが本当に泣いているように見えて、ずきりと胸が痛んだ。


「とりあえず少しだけ一人にさせてください。……あ」

「なに?」

「葵さん、今の状況はどうなってます? あの夜からお願いします」

「そうね……。良治君が倒れてから二日半経ってるわ。明石支社は敵の別働隊の襲撃によって陥落、その次の日に神戸支社も陥落したわ」

「……厳しいですね」


 自分の知らぬ間に明石と神戸という兵庫での大きな拠点が落ちているとは思っていなかった。戦局は悪い方へ大きく傾いてしまっていた。


「じゃあ今居る場所ここは……?」

「ここは伊丹支社ですって。兵庫の隠し拠点らしくて安松さんもここに居るわ」

「なるほど……。隠し拠点ってことは、鍵里はこの場所は知らないってことですか」


 鍵里正輝は陰陽陣の一員だった。鍵里が知っていれば次の襲撃地点の可能性が出てくる。のんびりとはしていられない。


「うん、多分知らないだろうって。陰陽陣でも兵庫県所属で幹部クラスしか知られていないし、それに今日の明け方、姫路周辺で目撃されたみたい」

「姫路……?」


 姫路支社はもう落ちている。陰陽陣のメンバーは誰も居ないはず。何故そんな場所で目撃されたのか。


「それはきっと次の拠点が豊岡支社だからだろうって、安松さんと高遠さんが言ってたわ。そこから最後の鳥取支社に向かうだろうとも」

「なるほど、本当に中国地方一周ですね」


 豊岡支社は兵庫北部、京都との県境にある。そこに向かうには姫路から向かうのが一番早い。だから道を引き返したのだろう。


「本当は途中で止めないといけなかったんだけどね……」

「そうですね……ありがとうございました」

「いいわよこのくらい。……じゃあまたあとでね」


 手をひらひらと振って部屋を出ていく葵。それに眞子が続いていく。


「良治……」

「またあとでな」

「……うん」


 良治の言葉に何も言えず、まどかも出ていく。二人を交互に見て結那が少し不満そうに口を開いた。


「……さすがに冷たくない?」

「そうかもな。でも少し一人で考えたいんだ」

「私には時間切れを待ってるようにしか見えないけどね」


 そう言うと唯一普通の足取りで部屋を出ていき、パタンと静かに扉を閉めた。


「……察しが良すぎるよ、結那」










「ちくしょう、なんでなんだよリョージ……」


 この伊丹支社で一番広い会議室の椅子に乱暴に座る。一番広いと言っても伊丹支社自体大きな建物でないので、十人も入れば手狭に感じてしまう程度だが。


「良治さんはもう、全てを受け入れてしまっています。意志を覆すのは難しいでしょう」

「綾華はなんで助かる方法取らないか知ってるのか?」

「恐らくですが……嫌なんだと思います。誰かを犠牲にしなければならないことが」

「犠牲……?」


 犠牲とはなんの犠牲なのか。考え込もうとした和弥だったが、皆が会議室に入室してきた。全員がなんとも言えない暗い雰囲気で、かける言葉が見つからない。


「どうしたの、和弥君」

「葵さん……。いや、なんでリョージが助かる方法を取らないのかって気になって。助かる方法があるならするべきかなって思うんですよ。自分の命がかかってるなら当然」

「それは……」

「――私が話しましょうか」


 困った顔の葵に、というか周囲に向かって言ったのはいつの間にか扉の前に佇んでいた天使だった。悲しそうな表情で和弥を見つめた彼女は、静かに皆の前に歩いていく。


「パティさん、知ってるんですか。なんでその方法を取らないのか」

「その質問に答えるなら、誰にも迷惑かけたくないってことだと思います。だから――助かる為の二つの方法を答えます」

「翔さんの言ってた……」

「私は一つしか知らないけれどね」

「翔さん……」

「だがもう一つあるというなら聞いておきたい。可能性が広がるかもしれないからね」


 確かにその通りだ。翔も知らなかった方法もあるとするなら、まだわからない。――諦めるわけにはいかない。


「では一つ目から。まずは半魔族も魔族、即ち人間との契約が出来ます。これは魔族の力を貸す代わりに、死後その命を奪われるという昔からあるスタンダードなものです」

「なんでそれが助かる方法に?」

「魔族の力が人間の身体を蝕むというなら、魔族の力を弱めればいいのです。契約によって契約者に魔族としての力が流れれば、その分負担が減ります」

「なるほど。契約によって常に力の流出が行われるようになれば……」

「はい、身体にかかる負荷はなくなり、無理をしなければ問題なく生きていけると思います」


 綾華の言葉に頷きながらパティが答える。しかし。


「……問題は契約者、ですか」

「その通りです。この契約は確実に一人の人間を犠牲にします。契約の破棄自体は数年経てば効力が弱まり、お互いの同意のみで出来るようになりますが……。それでも破棄したらまた良治さんの身体は蝕まれ始めます」

「じゃあ、その契約者が死んだ後に破棄したらいいんじゃないか。それなら……」

「都筑さん、それは不可能です。死後の魂は魔族の契約に縛られ、助けることは出来ません。……契約者が死んだらまた元の状態に戻るので、再度別の人間と契約をしなければなりません」

「本人以外誰も救われない上に、契約者が死んだらまた犠牲者が増えるのか……」


 こんな方法良治が取りたいと思う訳がない。自分でも取らないだろう。仕方ないと思うが、まだもう一つある。翔も知らなかった方法が。


「パティさん、もう一つの方法ってなんですか」

「それはさっきのとは逆の考え方なんです。魔族の力を弱めるのではなくて、人間の身体を強化する方法です」

「身体の方を強化……どんな方法なんですか?」

「それは、私たち天使の加護です。人に祝福を授けることで、その人の肉体は加護を受け強化されます」

「それなら……!」


 それは今までにない選択肢。パティが居なければ無理なものだ。そもそもそんな方法があることすら知らなかったが、天使本人があると言うならそうなのだろう。


「天使の加護……伝説や俗説では耳にすることはありましたが、実際にあるとは……」

「はい、そうあることではないですから。私も今までやったことはないです。でもこれなら良治さんを助けられるかも……」


 翔の言葉にやや自信無さげに、しかし決意を感じさせる言葉のパティ。彼女も良治に生きてほしいと願っているのだ。


「――パティさん」

「あ、はい。綾華さん、なんですか」

「しかしそれは本当に大丈夫なのでしょうか」

「まだまだ未熟ですが、私の力でもなんとかなるかと……」

「いえ、そうではありません。私が気になっているのは――」


 一呼吸置くと、綾華は真っ直ぐにパティの青い瞳を見つめてこう言った。


「――良治さんは人間でもありますが半分は魔族です。それはつまり……神への叛逆になるのではないですか?」



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