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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
束の間の平和の終わり
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~束の間の平和の終わり~ 一話

「なるほど、新たにきちんとした定義を作るということですね」

「はい。今まではあくまでイレギュラー、推奨もしていませんでしたが、今後はその方が幅が広がるかと。雄也さんも同意見です」

「ふむ……」


 ようやく肌寒さが抜け、暖かな風がこの京都にも訪れていた。昼下がりに柔らかい日差しが射し、夏の足音が遠く聞こえだそうとしていた。

 白神会京都本部、その党首である白兼隼人の私室の隣にある応接室に、普段通り和装の隼人と柊彩菜はテーブルを挟んで意見を交わしていた。この部屋の使用は隼人に近い者にしかなく、それは彩菜が隼人の側近の一人だという証明だった。


「つまり、今後はその必要があると?」

「はい。白神会の戦力の把握、個人の戦術の幅を広げることが出来るかと思われます」

「副属性か……」


 少しクセのある黒髪をいじりながら、もう一度思考を巡らす。これは考え事をする時の隼人の癖だった。それが解っている彩菜は何も言わずにただ返答を待つ。


(副属性の定義化、か)


 退魔士の扱う力。それは色々な属性と言われるものに変化させることが出来る。炎や水、雷や風、その他にも幾つもある。一般に最も扱うのが得意な変化物を得意属性として各支部・本部に登録される。それは戦術面の偏り、効果的な配置などに生かされていた。今まではその属性の術を磨き、強化していき、一流となっていくことが術士としての生き方だった。


(しかし……)


 最も得意な属性以外の術もある程度以上扱える術士もいる。それは元々少ない術士の中でも一握りだが、確かに存在していた。これまでは得意属性以外の術を使うことは、本筋の得意属性の鍛錬の邪魔や寄り道とされ、一流になるには得意属性のみに血道を上げることが最善とされていた。


(そうだな……)


 しかし、確かに複数の属性を扱える方が戦術の幅は間違いなく広がる。もしかしたら別の属性の鍛錬が得意属性の術に良い影響を与えるかもしれない。そしてそれを証明した者が居る。別の属性を扱うことによって成長した術士が。


「……綾華の例もある。一度所属する全退魔士に属性の適性検査を。剣士も術士も、両方に」

「はい、かしこまりました」


 その言葉と共に退出しようとする彩菜。しかし正座をした彩菜が立ち上がりかけた瞬間、音もなく襖が開いた。そこに現れたのは。


「……遅くなった」

「師匠……」

「雄也、早かったね。首尾はどうだったかな」


 彩菜はそのまま立ち上がり、雄也の入ってきた襖から静かに退出していく。ショートカットの少女は、自分の師は必要ならば声をかけるし、必要なければ何も言わないのを熟知しているが故に迷いなく立ち去った。


「……陰陽陣本部、出雲本社は壊滅。およそ十日から二週間前。その他も主要な支社のおよそ半数は致命的な打撃を受けているようだ。暗天衆あんてんしゅうの邪魔もあって詳細までは調べられなかった」

「そうか……暗天衆はまだ問題なく動いているか」


 黒一色の服装、髪と瞳の長身の男は襖を背にして立ったまま淡々とした口調で報告をする。隼人も雄也は決して座らないことを知っているのでそのまま聞く。


「……ああ。壊滅した支社は、出雲から日本海側を山口方面にある。魔獣の目撃方面とも一致する」

「つまり出雲から魔獣の集団が日本海側の支社を襲撃しているということか。しかし、支社以外に影響が出ていないとするならば……」

「……誰かの意図的な襲撃だろう。魔族の可能性もある」

「確かに。シグマも逃がしたままだ、可能性はあるな。雄也、引き続き調査を頼む。こっちは一応境界上の警備を強めておこう」

「……了解した」


 話すことが終わると現れた時と同じように無音で襖を開け去っていく。その様子を見届けると、隼人は一つ大きく息を吐いた。


「また、楽し(キナ臭)くなってきたねぇ」










「なぁ和弥、綾華ちゃんの二の腕をちょっと触ってくれないか?」

「ん? 綾華、ちょっといいか」


 初夏の匂いが色濃くなってきたゴールデンウィーク直前、ここ弦岡学園三年のとある教室に彼らはいた。相変わらず唐突に話しかけてきたのはクラスメートの細井。珍しく神妙な顔をしている。そんな彼を訝しげに思いながらも、和弥は一つ年下である自分の彼女に話を振る。


「……まぁ、構いませんけど」


 意味のわからないまま右腕を上げ、和弥が制服のシャツ越しに二の腕をふにふにと揉む。


「うん、ありがとう和弥。そこで一つ質問があるんだが、二の腕の柔らかさと胸の柔らかさが同じであるという俗説があってだな」

「……っ!?」


 細井の発言が終わるのを待たず、ばっと長い黒髪を乱して腕を後ろに回す綾華。真っ赤に染まった顔で和弥を睨み付ける。


「いや、違ったぞ。そもそも胸がそんなに大き――」

「あなたはバカですか和弥っ!?」

「ごふぅっ!?」


 細井の問いに律儀に返答する和弥に、綾華の渾身の右ストレートが炸裂する。腰を使った、やや下から抉り取ろうとするような拳。腹部に突き刺さった一撃に、両手で抱えながら膝を着く和弥。喉から声にならない空気が漏れていく。


「うわぁ……」

「細井さんもいったい何を考えてそんなことを……?」


 ゆらり、と細井を振り返る綾華。小柄な彼女から恐ろしいオーラを感じて細井はがたがたと震え上がった。


「ひぃっ! ご、ごめん、ちょっと気になっただけなんだ、俺は女の子の胸を触ったことがないから触ったことがあるだろう和弥に聞いてみただけなんだ! 別にAカップの綾華ちゃんのことを――あ」

「細井、それは違う。綾華はAとBの間だッ!」

「和弥あぁっ!」


 余計なことをのたまう細井と、さっきのダメージを感じさせずに立ち上がった和弥。それを掻き消すような綾華の絶叫が教室に響き渡る。


「平和だな」


 ドタバタ劇を横目にのほほんとした口調で呟いたのは柊良治よしはる。特徴のない容姿だが、成績は優秀でいつもこんなふうに脇から冷静に眺めていた。


「平和って言っていいのかな……あれ」


 それに答えたのはクラス委員長の水樹真帆。メガネの似合う、少し地味だが整った顔立ちの少女だ。和弥と細井、良治と真帆の四人は一年からこの三年になるまでずっと同じクラスの腐れ縁でもある。


「まぁ良い方向に綾華さんも変わったし、良いんじゃないかな」

「良い方向?」

「ああ。昔というかこっちに転校してきた当初なら、こんな風に上級生のクラスで大声張り上げたり騒いだりなんて絶対しなかっただろうしな」

「あ、確かに」


 京都から引っ越してきた頃は、周囲に壁を作り距離を取って少し毒舌なところもあった。それが和弥たちと出会い、語り合い、手を取り合って変わっていった。それは綾華本人も、周囲の人間も良い方向への変化だと感じていた。


「綾華さんがこんな風に変われたのも、きっと……」

「うん、そうだね」


 きっと何より和弥との出会いが彼女を変えた。言葉には出さずとも、二人ともそう感じる。そう確信していた。


「お前はどっちだリョージ!」

「ん、なんの話だ」


 さっきから余計なことしか言わない細井が、友人である良治を呼び慣れた愛称で呼ぶ。この呼び方はクラスメートの男子で浸透しているもので、もう呼ばれ出して長いことになる。


「お前は貧乳と巨乳どっち派かと聞いている!」

「うわぁ……また大勢を敵に回すような議論を」


 やっぱり余計なことしか言わないなと思いながら返答する。ちなみに隣の真帆は本気で引いている。当然の反応だった。


「ちなみに俺は巨乳派だ! 大は小を兼ねる! E以上じゃない胸は胸とは認めないっ!」

「うわぁ。ホントに多くの敵を作ったよこいつ……」


 段々細井と話していると自分の頭が悪くなっていきそうな気がして、彼は頭を抱えだした。良くも悪くもシンプルすぎる思考回路だ。


「和弥は残念ながら敵だった!」

「いやー、どっちかと言うと小さいほうが……」

「あの、物凄くなんとも言えない気持ちなんですが。和弥が小さいほうが、というのは嬉しいのですが、なんかもう小さいとはっきり言われてしまうとそこはかとないやるせなさが……」


 和弥のストレートすぎる本音に、隣の綾華が微妙な表情で呟く。徐々に小さくなっていく声が少し切ない。


「胸の話って結構デリケートだよね……」

「まぁ身体的な特徴の話だからな……」


 一歩引いた立ち位置にいる真帆と良治が最もなことを言う。あまり関わりたくないという気持ちが如実に表れていた。


「で、リョージはどっち派なんだ」


 返答次第ではクラスの女子たちを敵に回す難問。しかし良治は深く考えもせず答えを口にした。


「んー、俺はどっちでも。胸の大きさが問題なんじゃない。誰の胸なのかが問題なんだ。だから俺はどっち派でもないな」

「くっ、模範解答を……!」


 裏切られたような表情で悔しそうに呻く。理解してくれると信じていたようだ。


「……そろそろホントに女子たちの視線が痛いからやめとこうな?」

「あ」


 当たり前と言うか当然のことなのだが、既に周囲の女子たちからはブリザードのように冷え冷えとした視線が細井一人に注がれている。


「ひぃっ……」


 尻餅を着いた彼に彼女らは何か言うかと思ったが、そのまま彼が視界に入っていないかのように思い思いにばらけていく。つまりは無視。


「まぁ、そりゃあそうだよな……」


 和弥がぽつりと呟くと、細井はそのままぐったりと仰向けに倒れた。

 しかし以後この事件は男子たちの中で『教室の中心で巨乳を叫んだ細井伝説』として広く伝えらるようになった。そして細井は一ヶ月間本当にクラスの女子たちに無視されたという。


「ちくしょう! だって大きいほうがいいじゃないかーっ!」





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