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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
一つの結末
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~一つの結末~ 二話

 空が東から白々と明けていく。夜空に輝いていた星は段々とその姿を消し、それと引き換えに太陽が昇っていく。夜が、明けた。


「もう、今日は来ないな」

「ええ。……助かりましたね」


 撤収の笛が鳴り響き、周囲に潜んでいた者が続々と森から砂利道へと現れる。和弥と綾華もそれに続いて腰を上げた。


「これで勝負になる、か」

「はい。良治さんも無理をしてでも参戦するでしょうし。軽傷の人も戦えるはずです」

「ここが最後の勝負所って感じだな。こっちも怪我人は多いし、これ以上被害が出るとまともな戦闘にならなくなる」

「そうですね。鍵里正輝も疲弊しているようですし、決着といきましょう」


 こちらの戦力が消耗して戦えなくなるのが先か、それとも鍵里正輝が力尽きるのが先か。最早どちらが先に音を上げるかという勝負になってきていた。


「ああ。障害は多いがなんとかしないとな。こっちの拠点も後がないもんな」

「この明石支社と更に西の神戸支社。後は北にある豊岡支社と鳥取支社くらいしかないと聞いてます。しかしそこまで人員は持たないでしょうね」

「少なくともここで致命傷というか、決定打が欲しいとこだな……」


 それが最低ラインだろう。それが出来なければもう押し込まれるしかない。


「まぁなんにせよ今夜だ。綾華、頑張ろうな」

「はい。共に戦いましょう、和弥」


 ゆっくりと朝陽を浴びながら歩き出す。一晩後には笑顔で立っていることを祈って。









「来なかったわね……」

「みんなは準備期間が延びて嬉しいんだろうけど、私たち的には微妙ね」


 ぞろぞろと撤収していく面々を支社近くの高台から眺めていたのはまどかと結那。その声は他の者とは違い、重く小さいものだった。


「これで良治は……」

「戦闘に参加……するわよね」


 疲労と怪我の影響で今晩は参加を見合わせた彼が、さすがに一晩経ってしまえば無理をしてでも復帰するだろう。二人としては、彼の居ない今晩中にケリを着けておきたかった。


「出来たら支社で指揮をしてほしいとこだけど、良治の性格上無理そうかな」

「そうなの? もっと冷静そうに見えるけど」

「ううん。ある程度自由に動けそうな時には前線に立ちたがるわよ、結構。だからこそ心配なのよね」

「なんだか冷静そうな中に強い意志を感じることがあったけど、それがそうなのかな。でも、今は嬉しくないわねそれ。……惚れ直すけど」

「まったくね」


 お互いに顔を合わせて苦笑する。まったく難儀な男に惚れてしまったな、と。


「出来るだけ援護しましょ、まどか」

「まさか結那とこんな場所でこんなことを協力することになるなんてね……。人生何があるかわからないわねホント」

「ほーんと。でも悪くないわね。そう思わない?」


 悪戯っぽく笑う結那。この笑顔は彼女の大きな魅力の一つだと思う。友人にして恋敵ライバルの、この勅使河原結那という人間にあっさりと負けるなんてこと、あってたまるものか。


「――そうね、悪くないと思うわ。でも、負けないからね」


 結那に負けないくらいの笑顔をまどかは浮かべ、挑戦状を叩きつける。


「――上等っ!」


 それを、一瞬きょとんとしたが結那は受けて立った。










 ゆっくりと浮上していく意識の中、彼は昨夜襲撃がなかったことに気付いた。戦闘の可能性がある中睡眠を取るという有り得ない行動をしていたが、さすがに本当に襲撃があったのなら気付いて起きるだろうし、誰かが彼を脱出させようとするだろう。それがないということは即ち襲撃がなかったことを示していた。


「……問題なさそうだな」


 布団から上半身を起こし、少し腕を動かして調子を確認する。どうしようもない部分を除けば疲労も抜け十分許容範囲だ。


(最後の一日か)


 良治は覚悟していた。数年前隼人から寿命の話をされた時から。受け入れるのにさほど時間はかからなかったのを覚えている。人間でない力を持っている以上、それは身を滅ぼすだろうと。


(俺は人に恵まれたな)


 幼い頃母親と逃亡中に助けてくれた葵の父の孝保。組織で引き取られた後養父母となってくれた柊の両親。東京支部で姉のように接してくれた葵。一人前になる為の仕事からずっと背中を預けてきたまどか。そしてこの一年共に戦場を駆けた和弥と綾華。誰も彼にとって掛け替えのない人々だ。


「……さて、起きてまずは現状把握からだな」


 まどかと結那のことに思考が移動しそうになったところで現実に意識を戻す。申し訳ない気持ちはもちろんあるが、それはもう決めてあることだ。だからこそ今まで特別な一人を選ばず生きてきた。


 ――さぁ、最後の朝陽は昇った。無駄にしていい時間なんて一片たりともない。命の尽きるその瞬間まで、鮮やかに生きよう――











「凄いな、リョージの奴。鬼気迫るというかなんというか」

「集中力が今までと段違いですね。高遠さん、追いついていくのがやっとっていうところですね」


 夜明けまで待機後昼まで寝ていた和弥は綾華に起こされた。身支度を整え明石支社で会議に充てられている一室に二人で向かうと、そこにはきびきびと報告を受け皆に指示を出している良治の姿があった。傍らにいる高遠は情報を纏め整理するので手一杯、葵と眞子はばたばたと走り回っていた。


「おはよう和弥、綾華さん。昨日は休んでいてすいません」

「おはよ、リョージ。なんだか凄いなこの状況」

「やれることはやっておきたいからな。もう後がないしな」


 苦笑する良治の中に何か追い詰められているような陰が見えた。しかし和弥はこの現状なら仕方ないかと納得した。作戦は彼が考えているのに、ここまで結果は付いて来ていない。追い詰められるのも当然だと。


「でもあまり無理はしないでくださいね。また倒れられても困りますから」

「はは、気を付けますよ」

「リョージ、俺たちはどうしたらいい。手伝えることはあるか?」

「んー、いやないかな。今回はもう基本的に真正面からのガチバトルだ。二人は担当部隊の面通しと、士気の上がるような口上を考えておいてくれればそれでいい」

「口上……それは難しい注文だな」


 常に思ったまま行動している和弥にとって、士気の上がるような口上と言われても何を言えばいいのかよく解らない。でもまぁその時に思ったまま言えばいいかなと思ったので後回しにする。もしくはどうしても思いつかなかったら綾華に任せよう。


「……私に丸投げしないでくださいね」

「う」

「まったくもう」


 勘の鋭い彼女が溜め息を吐く。察しが良すぎるのも考え物だなぁと思う。


「ま、そんな感じだからそれ以外は適当に休息しておいてくれ」

「了解。まどかと勅使河原さんは?」

「待機予定場所の確認に行ってるよ。まどかたちはお前らとは違う場所だからな」

「なるほど。……あの二人一緒にさせて大丈夫なのか?」


 気になっていたことを二人が居ないこの機会に聞いてみる。空気のあまり読めない和弥でも、当事者二人の居る場では聞き辛いことは理解していた。


「大丈夫だよ、きっと。全てのわだかまりが消えているわけじゃないだろうけど、今はそんな場合じゃないのは理解しているはずだ」

「まぁ、リョージが大丈夫って言うなら信じるか」

「和弥」

「う、綾華すまん」


 首を突っ込むなと言われたのを思い出して、ちょっとだけあった好奇心を封じ込めて謝る。なんとも言えない表情を浮かべる良治に軽く手をあげて和弥たちは会議室を出た。










「結局最前線なんだな、リョージ」

「悪いか? ここが大事なとこだってのは和弥にだってわかるだろ。それなら出し惜しみしてる場合じゃない」

「いやまぁそうなんだろうけどさ。それにしても……」


 彼の言いたいのは良治は他の場所、つまりは明石支社に居て作戦指揮を担ってもいいはずだ。快復したとは言っても全快ではない。それならそっちのほうが本領発揮出来るのではないか。


「今までの傾向から言って、鍵里正輝は正面から来るはずだ。他の方向からの襲撃の可能性はあるが、それは鍵里とは違う別働隊だろう。それなら戦力を集中させて一気に鍵里正輝を討つ。これが一番シンプルで効果的だ」

「その通りですね。正面から迎え撃つにはこちらも戦力を結集しなければなりませんからね」

「そういうことです」


 後ろに立っていた綾華も納得したのを見て、和弥はこれが最善なのだと理解した。大通りから曲がりくねった道を入り、隣に小さな崖が置く場所に数十もの退魔士が集結していた。


(全力で真っ向勝負、か)


 ここには和弥を始め綾華と良治、そして道の逆側に葵と眞子が待機している。更に彼らの背後には陰陽陣の退魔士が控えていた。俊二は高遠の護衛として支社に居る。


「お、リョージ。勅使河原さんが手を振ってるぞ。……あれいいのか」

「よくない」


 そう言いながら崖の上に居る結那に手を振り返す良治。そして結那がまどかに怒られているのが見えた。


「そういやなんで勅使河原さんも崖上なんだ。遠距離攻撃とか出来るのか?」

「いやそんな話は聞いてない。単純にまどかと一緒の方が御しやすいし、崖上の遠距離部隊の護衛も出来るかと思って。さすがにいきなり素人を最前線に配置はしないよ」


 確かに不確定要素を一番過酷な場所に参加させることは出来ない。何が起こるかわからないし、何よりも生き残ることが難しいからだ。口には出さないが、きっと良治は生存率を重視したのだろう。


「――来るぞ」

「――来たな」


 和弥と良治が同時に口を開き、お互いを見て笑う。


「術士は前へ。合図を待ってください」

「はい、任せてください」


 良治の指示で綾華たち術士が前に出る。中央に立つのは綾華、そして良治だ。


「おい、リョージも参加するのか?」

「ああ。威力は落ちるが俺も詠唱術は使えるからな」

「なんつーか、反則だよなリョージ……」

「それに見合った代償はあるけどな。……無駄話はここまでだ」


 一気に緊張感が高まり、曲がった道の向こうから数えきれないほどの足音と影が現れた。しかしまだ合図はない。各々が一番威力の高い詠唱術の詠唱に入り、魔獣の群れを凝視する。


「――打てぇっ!」


 良治の声と同時に氷や炎、石飛礫や風が轟音を響かせて戦場を覆う。凄まじい土煙が舞い、状況を把握出来なくなる。


「戦闘準備!」


 その声の一瞬後、数匹の『狼』が土煙から抜け出し向かってくる。しかしそれを複数の矢が風音をさせ地面に射止めた。崖上のまどかたちの攻撃だ。


(この暗闇でもなんてピンポイントな。あれは真似出来ないな)


 内心舌を巻く和弥。目の良さ、正確な射撃。どちらも彼にはないものだ。


「第二波、来るぞ! 接近戦行くぞっ!」

「任せとけっ!」

「おおぉっ!」


 野太い声が後ろから上がるのを聞いて笑いが込み上げる。安松が戦線離脱して落ち込んでいるかと思っていたが、戦意は予想を遥かに超えているようだ。


「突っ込むぞ、和弥!」

「言われなくてもっ!」


 大声で答え全力で大地を蹴ると、和弥たちは戦場に身を投じた。




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