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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
倒れる者と救う者
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~倒れる者と救う者~ 二話

「身体の調子はどうですか」

「……うん、なんとか歩けるくらいには」

「安心しました。あの時はもう危ないかと思いましたから」

「骨折してなくてホントに良かったわ……」


 姫路支社の西方、明石支社の離れを綾華は訪れていた。彼女自身も怪我をしていたが、同行した宮森翔の治療によってある程度回復していた。

 こじんまりとした部屋のベッドに横になっていたまどかは、ゆっくりと上半身だけ起こす。身体が軋むような感覚に彼女の表情が曇った。


「そうですね。もし骨折なんてしていたら、そのまま京都に戻されていたでしょうからね……」

「そうね。戦えない以上留まっても意味はないものね……」


 動けなくなれば敵の的になるだけ。彼女らが最前線から外れただけで済んだのは、なんとか回復が見込める程度の怪我だったからだ。もし重傷を負っていたら問答無用で帰されていただろう。葵も良治も、そういった場合での判断は早い。


「私たちに出来るのは早く怪我を治して戦列に戻ることです。まず間違いなく明日か明後日にはこの場所が戦場になるでしょうから」

「姫路支社では止められない……?」

「まどかは見ていませんが、あの姫路支社の立地と構造を考えてみると守りきるのは難しいかと。……最悪の事態を想定して考えておくのも大事です」

「確かに、そうね……」


 目を伏せ、小さく呟くまどか。彼女にとって最悪の事態とは姫路支社の陥落ではない。――彼の命だ。


「ではまどか、そろそろ私は戻ります。何かあったら遠慮なく呼んでください」

「うん、ありがとね綾華」


 部屋を出ていこうとする背に、まどかの視線が向けられているのを綾華は感じた。まだ微妙に足を引きずっていることに気付いたのだろう。


(……もう一度、翔さんの所へ行って少しでも早く治癒させておかないと)


 自分に出来ること。今はそれだけを考えよう。

 そして彼女は扉を閉めた。









 夜の闇に紛れるように息を潜め、森の中に姿を隠す。和弥の隣には親友が厳しい表情で来るだろう道を凝視していた。和弥たちがいるのは最前線。既に良治の指示で出した斥候から、鍵里正輝の侵攻ルートとタイミングは掴んでいる。もう間もなく姿が見えるはずだった。


「――来たぞ」


 良治の鋭い声がかかり、和弥たちに緊張が走る。この場に居るのは他に高橋一之助と相坂未亜、そして姫路支社から付いてきている退魔士たち。葵と眞子は他の退魔士と共に少し離れた場所に待機している。


「もう魔獣たちが出て来てますね」

「そうですね。奇襲を警戒してるんでしょうか……読まれてましたね」


 和弥の背後に居る高橋の言葉に隣の相坂が頷く。高橋の少し楽観的な表情とは対照的に、相坂の表情は固いものだ。


「まぁ仕方ないよみーちゃん。でもなんとかなるって」

「ちょっといっちゃん、作戦中にその呼び方やめてよっ」

「……二人とも、静かに」


 良治のちょっと呆れた声に静まる二人。普段から仲が良いのだろう、距離を感じさせない親近感があった。


「仲、良いんだな」

「……幼馴染で腐れ縁なだけです」

「ま、そんな感じです」


 溜め息交じりの相坂に両手を軽く挙げて答える高橋。それを見てなんとなく緊張がほぐれていく。程よい緊張感が周囲を包む。


(ムードメーカーってのはこういうことを言うんだろうな)


 前日の敗戦の影響で、過度の緊張を持った者も多かった。それがこのやりとりで幾分か和らいでいった。それはとても重要で得難いものだ。昨夜の戦闘を見て、中々のウデを持っていることはわかっていた。そして今回のことも合わせて、和弥は二人を信頼するに足る退魔士と感じていた。


「準備はいいな? ――行くぞ」

「おうっ」


 響かない程度の声を上げ、良治の合図で一斉に走り出す。


「無理はしないでいい。危ないと思ったらすぐに姫路支社、もしくは明石支社まで下がってくれ」

「わっかりましたっ」

「了解しましたっ」

「良い返事だ。さぁ、蹴散らすぞ!」








「――ふっ!」


 黒色の獣たちを切り伏せ、薙ぎ払う。前夜よりも明らかに増した獣の密度に、誰もが皆生きることに精一杯だった。それは和弥とて同じことで、目的の人物の居場所すらわからないほどだった。


「リョージ、このままでいいのかっ!」

「和弥は当初の予定通りで頼む! 高橋と相坂は孤立しないように! あと少しだけ防御に集中っ!」

「はいっ!」

「おっけーです!」


 愛刀の村雨を振るいながら指揮を両立している良治。自分の戦闘だけでなく戦場全体の状況をも把握するなど彼には出来ないことだ。親友の凄さを再認識してしまう。


「――来たっ!」


 魔獣を蹴飛ばしながら良治の声に振り向く。すると何人もの大きな声が戦場の逆側から響いてきた。作戦通りの展開だ。


(葵さんたちが来た!)

「第二部隊と挟撃開始、前に出ろっ!」


 守りに回っていた退魔士たちが一斉に攻勢に出る。その先鋒は勿論和弥だ。


「うおおおおっ! 続けえっ!」

「はい!」

「おお!」


 その後ろに数人の退魔士たちが続き、道を作る。更に分断された魔獣たちを後続の者が各個撃破していく。


「うへぇ、凄いですね都筑さん!」

「ありがとなっ!」


 高橋の賛辞に声だけで答えて木刀を振り回し、周囲の様子を窺っていく。未だに目標が見えず、段々と焦りが滲んでいく。


(あいつは、鍵里正輝は何処に……!)


 和弥に与えられた役割、それは敵主力の撃破。その目的に当て嵌まるのは鍵里正輝、魔族ラッゾ、そして暗天衆潮見天音だ。その次に魔獣の中でも強力な個体が挙げられる。しかし、鍵里を倒せればそれだけで劇的に情況は一変する。一気に収束する可能性も高い。だからこそ和弥はこの役割を与えられたとき、真っ先に鍵里を狙うことを決めていた。


(まぁその前に他の相手を見つけちまったら仕方ないけどな)


 さすがに目標に値する他の相手を発見してしまったら仕方ない。それを無視して鍵里を探すのは命令違反だろう。


「っ!?」

「ギャッ!」


 一瞬集中力の途切れた和弥を、背後から赤い口内を見せ魔獣が飛びかかってくる。避けられない、迎撃も間に合わないその攻撃の防いだのは高橋一之助だった。


「大丈夫ですかっ!」

「さんきゅ、助かった」

「これくらいなんともないですよっ」


 照れる高橋に、少しだけ安堵する。助かったが、まだ戦闘は終わっていない。ゆっくりする時間などない。しかし周囲を見渡すと、かなり魔獣の数は減っているように見えた。魔獣の相手に慣れてきたこともあるが、作戦が上手くいったのも一因だろう。


「和弥、無事か」

「リョージか。なんとか無事だよ。高橋さんに助けられた」


 駆け寄ってきた良治に報告をする。しかしむしろ彼の方が息も切れ始め、疲労の色も濃い。良治のこんな状態を見るのは二度目だ。


「なら良かった。……すいません、高橋さん」

「いえ、助けられて良かったですよ」

「そう言って貰えると助かります。それと一つお願い事が。姫路支社に向かって伝令を頼みたいのですが行って貰えませんか?」

「伝令……内容は?」


 結界内では著しく電波などが繋がり辛くなる。完全に繋がらない訳ではないが、直接伝えたほうが良いのは確実だった。


「こっちの戦況が予想以上に良いので殲滅も可能かと。待機している戦力も投入して一気に勝負を着けます」

「なるほど……了解しました、行ってきます!」


 小さく何度か口の中で復唱すると、大きく頷いて元気に走って行く。勝利が見えあと一踏ん張りだと感じたのだろう。走り出してすぐに相坂を認識した高橋が軽く手を出す。すれ違いざまお互いに手を叩き軽い音が鳴った。


「伝令、ですか?」

「ああ。本隊の方にね」


 高橋を見送りながら寄ってきた彼女の表情は、疲労が見えるものの暗くはなかった。戦況が優位に推移してるのを理解しているのだろう。


「っ!」

「和弥、居たな。任せていいか」

「ああ、あれは俺の仕事だ」

「え、え?」


 何のことか解っていない相坂を置いてけぼりにして、二人は戦場の奥を見つめていた。周囲を照らすのは月明かりしか存在しない闇の中。しかしそこに覚えのある気配の変化と、それと共に現れる多くの気配。それが示すのは即ち。


「見えないが、あそこに鍵里がいるはず」

「ああ、同感だ。鍵里本人は気配を消せても、『開門』や魔獣の気配までは無理だってことだな」

「確かに、たくさんの気配が……」

「そういうこと。じゃあ行ってくるよ」

「相坂さん、何人か連れて和弥と一緒に行ってください。まだ魔獣が増える、さすがに和弥単独だと危ないので」

「了解しました!」


 サイドポニーを翻し、周囲の退魔士たちに声を掛けていく。この周辺の魔獣はほぼ一掃されていて、数人連れて行っても問題はない。


「……先行っちゃダメか?」

「我慢しろ。単独先行が危ないのは何度も言っているだろうに」

「……だな」

「時間があるなら少しでも呼吸を整えておくのと、集中力の回復に努めておけ。些細なことが生死を分けることもある」

「おっけ」


 言われた通りに深呼吸をして目を閉じる。普段こういうことを注意する彼女は今この場に居ない。それが少しだけ寂しさを感じさせた。


(綾華……)


 いつもの定位置、左後方の彼から一歩下がった場所。今そこに気配はない。愛しい彼女、一緒に笑ってくれる彼女。そして共に前を向いて歩いてくれる彼女。


「――和弥、頼んだ」


 背後には良治と相坂、そして六人の退魔士。振り向かないでもわかる。準備が出来たのだろう。


「ああ――任せろ」


 その一言だけを残し、和弥は目を開き一歩踏み出した。


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