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星天に想いは輝いて  作者: 榎元亮哉
倒れる者と救う者
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~倒れる者と救う者~ 一話

「ようやく落ち着けたな」

「ああ……。だがすぐに準備に取り掛からないとな。やることは多い」


 夜が明けた頃、なんとか戦場を離脱した和弥たちは姫路支社の一室にいた。とはいえ到着したのは二時間ほど前になる。その間、赤穂支社での被害の確認と分析を行っていた。勿論それは和弥ではなく、作戦担当と自他ともに見られている良治、そして陰陽陣の高遠をメインにしたものだった。


「なぁ、リョージ。ここで守り切れるのか?」


 素直な感想を投げかける。和弥でさえそう思えるほど、この姫路支社は守るのに適しているとは見えなかった。姫路市にはあるが姫路駅から山の方へ位置している。郊外のなだらかな平野の平屋造り。周囲に民家がないのは赤穂支社と同じだが正面には草野球が出来るほどの、砂利が敷き詰められたスペースがある。


「まぁ、無理だな。ここは守るには不利過ぎる。正面から数で押されたらそれで押し切られるだろうな」

「んじゃどうするんだ。姫路は放棄するのか?」

「いや……出来るだけ相手の戦力を削りたい。戦闘のチャンスを逃したくはないな」


 守れないが戦いたい。そして戦力を削りたい。つまり。


「つまり、ここで戦わない?」

「半分正解だな。一般人に被害の出ないギリギリのラインで奇襲する。でもきっと勝ち切れはしないだろうから、適当なタイミングで撤退する。姫路支社に後詰は置いておこうと思ってるが、必要なさそうならそのまま明石まで後退だな」

「なるほど……」


 守りきれないなら打って出て、そのまま撤退する。姫路支社が最後の拠点でないからこそ出来る戦術だ。被害を出さないことをまず考え、こっちの有利な場面で勝負に出ようとする。良治お得意の策だ。


「……被害が予想以上に出たからな。死者六人、重軽傷者二十二人……まどかと綾華さんも含めて」


 二人は今この姫路支社にはいない。まどかはあの魔族の攻撃で頭部に怪我、綾華も足に打撲を受け、更に一つ後退して明石支社に移動していた。


(『文字通り足手纏いですからね。仕方ありません』か)


 一旦姫路に寄った後、意識のないまどかと一緒にマイクロバスで明石に向かう前に彼女が呟いた言葉。俯きながら言ったそれは力になれない不甲斐なさを帯びていた。


「綾華さんが心配か?」

「ん、ちょっとな。でもまぁ大丈夫だろ。そろそろ気持ちを切り替えてるはずだ」


 彼の知る彼女はいつまでもくよくよと悩んでいる人間ではない。それは彼女の大きな魅力の一つだった。


「和弥がそう言うなら大丈夫だろう。さ、俺らは作戦の詰めだ。あと朝倉さんのこともある」

「ああ、朝倉俊二さんだっけ。何者なんだろうなあの人」

「聞いてみればわかるだろ。行くぞ」

「だな」


 わからないことは当人に聞けばいい。確かにその通りだなと納得し、良治の後に続いて部屋を出た。










「――なるほど。朝倉さんは四国の『北斗七星』の退魔士だと」

「ああ。でも北斗七星の一員としてここに来たわけじゃない。ただの旅行者だよ」

「ふむ……」


 澄まし顔で語る青年に良治は考え込んでいた。さて、このイレギュラーをどう扱おうかと。

 現在時刻は午前七時。和弥と良治、葵、あの乱戦の中大した怪我もなく帰還した眞子、安松と高遠、そして朝倉俊二が広めの和室にいた。姫路支社は平屋だがその分広く、この部屋よりも大きな部屋もあり、そこに他の退魔士たちが待機していた。


「そうですね……とりあえず四国を出た理由と、四国から出てどうやってここまで来たかとその理由をお願いします。それを聞いて判断しましょう。それで良いですか葵さん」

「え、ああそれでいいわ」


 急に話を振られて驚く葵。一応白神会の代表だろうに、という言葉を和弥は飲みこんだ。確かに普段から作戦立案や持ち場の担当などほとんどのことは、良治に任せきりなのだが。


(まぁ確かに葵さん、細かいこととかあまり得意じゃなさそうなんだよなぁ……)


 大まかな目標を葵が立て、それを達成する方法を良治が考えるというのが東京支部のやり方だ。和弥たち他の支部員は良治のフォローをすることもある。


「では朝倉さんお願いします」


 安松と高遠の了解を視線で受けて先を促す。


「ああ、そうだな。まずは理由だが――」


 自分の中で整理しながら話しているのだろう、ゆっくりとした口調だ。いくつか疑問を挟みたいことがあったが、隣に座る良治が何も言わないのでそれにならって黙っておくことにした。


「……なるほど。大体のところは解りました」

「つまり、四国でも事件があってその最中に陰陽陣のことを聞いたと。で、瀬戸大橋から渡って広島へ。そこで鍵里正輝に遭遇したと」

「まぁそういうことだな」


 和弥なりに彼の話を理解して言葉にする。大体あっているようで内心ほっとした。


「広島での一件を詳しく教えてもらっていいですか? もしかしたら何かわかるかもしれないので」


 現在持っている情報は多くない。少しでも情報は増やすべきなのは当然だ。良治の問いに、彼はまた思い出すように話し出す。


「そうだな……あれは広島に到着した日だったな。近場の適当な安宿に泊まってたんだが、深夜に何かの気配に気付いて外に出たんだ。そうしたら……」

「鍵里正輝がいたと」

「ああ。と言っても俺が辿り着いた時には、襲撃された建物は酷いものだったけどな。……ああ、そうだ」

「なにか思い出しました?」

「俺が到着してすぐに、あの、なんだったかな……名前忘れた。四国で見かけた……そうだ、陰神の外法士を見かけたんだ。黒いコートの眼つきの鋭い奴で、他に二人の女を連れて――」

「リョージ、それって」

「間違いないな。夜叉と、桜と楓だ」

「ああそう、夜叉って奴じゃないかって言われてたな」


 思いもかけない名前が出たせいで、白神会側の皆の表情がこわばる。あの決戦からまだ二か月しか経っていないのだ。あの時の記憶が生々しく思い起こされる。


「それで、夜叉たちはなにを?」


 脱線しそうなところを良治が修正しようと促す。再度視線が彼に集まり、それを確認して話を再開した。


「とりあえず一人じゃ敵わないのは解っていたから隠れて様子を見てたんだ。なんだか誰かを探しているみたいな感じだったんだけど、そこで魔獣に遭遇して、残っていた魔獣たちをあいつらが片付けてたよ。良い手際だったな」

「誰かを探す、か」

「ああ、それは多分だけど予想はついてるんだ。四国で見かけた時に追っかけていた外法士……これも名前忘れたけど、そいつの姿がなかったから、逃げたそいつを探していたとかだと思う。あくまで予想だけど」

「なるほど……」


 今まで確認していた他にもう一つ、『夜叉たち』という勢力がこの陰陽陣領内に存在していることは理解した。しかし魔獣と戦っていたことを考えると、鍵里正輝と連携して何かを画策している可能性は低いように思える。だから味方だとは到底思えなかったが。


「それから何処に向かったとか目的は?」

「いや、さすがにわからないな。魔獣が片付いたのを確認してさっさと逃げたからな」


 苦笑しながら言うその中に、少しばかりの悔しさが混じっていることに和弥は気付いた。自分より強い者を目の当たりした時に感じる当たり前の感情だ。


(また戦うことになった時、俺は勝てるのか?)


 自問自答するも、答えは出ない。それはまた戦場で出会った時にしか出ないだろう。


「朝倉さん、ありがとうございます。それで貴方はこれからどうするおつもりですか」


 探るような、見計らうような視線にたじろぐが、それも一瞬のことですぐに表情を戻した。


「出来るなら君たちと一緒に行動したいかな。鍵里正輝は止めないといけない。誰の為にも、な」


 彼の言葉に心の中で同意する。鍵里は復讐の為に襲撃を繰り返していると言っていた。そんなことをしても何も変わらない、それをきっと理解している。しかしそれでも衝動を抑えきれないのだろう。


「……わかりました。朝倉さん、よろしくお願いします。葵さんも安松さんたちもそれでよろしいでしょうか」

「ええ、いいわ」

「はい、それで良いと思います」

「ありがとう、よろしく頼むよ」


 俊二が上座に座る安松から順番に握手をしていく。律儀で義理堅そうな印象を受けながら和弥も手を握り返す。


「よろしくです」

「こちらこそ。都筑君だっけ」

「はい、都筑和弥です。なんとか鍵里正輝を止めましょう」

「そうだな……止めよう」


 止める。殺すではなく止める。その言葉にお互いの意思が同じことに思い至った。殺すことが目的ではない。止めてこの件を収束させることが目的なのだと。


「君とは上手くやって行けそうな気がするよ」

「俺もですよ。お互い頑張りましょう」


 この人は信頼できる。そう感じてもう一度強く手を握った。










「――隣、いいですか?」


 昼下がりの庭を臨む縁側。自由時間を与えられた和弥は、浅い仮眠を終えてなんとなくぼうっとしていた。こうして時には特に何も考えずに過ごす時間も必要だなと思う。そんな彼の後ろから声をかけたのは意外な人物だった。少なくとも和弥にとっては。


「良いですよ、眞子さん」

「ではお言葉に甘えて」


 すっと滑らかな動作で隣に腰掛ける眞子。鮮やかな黒髪が目を惹く。


「それで、どうしたんですか。てっきり寝てるかと」


 他の面々はこの貴重な時間を睡眠時間に充てているはずだ。現在は襲撃が深夜ということで、皆昼夜逆転の生活になっている。


「私、結構短時間の睡眠で大丈夫な方なので。もう問題ありません」

「なるほど……」


 ショートスリーパーというものなのだろう。確かにそういった人もいるなと納得する。しかし。


「珍しいですね、なんだか」


 眞子とこうして二人で話すのは初めてのことだったりする。陰神の決戦の時に会ったが、そのときは別行動だったし特に話す理由もなかった。支部の人間で以前からの知り合いは葵と綾華くらいなものだ。


「そうですね。あの時もそうですが今回もここまで話す機会はありませんでしたし」

「確かに」


 たおやかな微笑みに少しだけどきっとする。黒髪ロングの落ち着いた物腰。葵とはタイプは違うが、頼りになるお姉さんといった感じだ。


「以前からお話しをしたかったんです。何せ『神刀流』で『護聖十士』ですからね。興味はありますよ」

「ああ……あれですか。あれはその、隼人さんの悪ふざけだと思いますよ」


 年明け早々のあの発表を思い出す。あれからしばらく問い合わせの電話が毎日かかってきた。その対応に葵さんが四苦八苦してたのが脳裏に浮かんだ。


「そうなんですか? でも綾華さまとお付き合いしてますよね」

「……そうですけど。ただあの発表の時はまだ付き合ってませんでしたから」

「なるほど。でも隼人さまにはお見通しだったと」

「……結果的にそういうことになってるので何も言えないのが……。ただ凄く釈然としないんですけどね……」


 あの隼人の掌の上で転がらされているようで、なんとも言えない気持ちになる。見透かされていたと思うと叫びたくなったりする。


「ふふ、そうなんですか?」

「はい……」


 溜め息を吐いて青空を見上げる。ちょっと本気で叫ぼうかと思ったがさすがに止めておく。


「……飾らない人なんですね、和弥さんは」

「え?」

「いえ、陰神の件から今まで話してそう思っただけです。飾らず、真っ直ぐなんだなと。……そんなところに綾華さまは惹かれたんですね、きっと」

「……さぁ、自分ではわかりません」

「そうですか……。ではそろそろ行きますね。とても有意義な時間でした。それでは」

「あ、はい。また夜に」


 そんなに有意義な時間だったのかと不思議に思う。なにか特別な話はあっただろうか。


「まぁいいか」


 疑問はあったが、もう彼女の姿は見えない。まぁ些細なことだ。そのうち忘れるだろう。和弥は静かに目蓋を閉じ、思考を来たるべき今夜の戦いに移しだした。











 微かに軋む床の音に、良治の意識は微睡みから浮上した。聞き慣れた足音のリズムは部屋の前で止まり、一拍置いて控えめなノックが耳に届いた。


「……起きてる?」

「はい、起きてますよ葵さん」


 襖越しの声に起き上がりながら答える。するとゆっくりと襖が開いて葵が入ってきた。少し心配そうなその表情に、大体の話の内容を予感する。楽しい話でも建設的な話でもなさそうだなと。


「身体は大丈夫?」

「大丈夫ですよ、まだ」

「まだ、ね……」


 布団の横に腰を下ろした葵の表情は変わらない。それを目の端に置いたまま思ったままを口にする。白神会に引き取られ、ほとんどの時間を葵の居る東京支部で過ごしてきた。良治にとって彼女は姉のような存在で、自分のことをよく知る理解者の一人だった。


「でもなんとかします。魔族の力も出来る限り使わないようにしてますから」

「そう、みたいだけど……」


 心配そうからもはや沈痛と言える面持ち。逃れられない未来を想像してしまったのだろう。今にも涙が零れそうだだった。


「……まぁ、仕方ないというか。もう解っていたことですから。葵さん、泣かないでくださいよ」

「でも、それでも……」

「これまで生きてこれただけでも十分ですから。引き取ってくれた隼人さん、柊の両親、そして師匠や葵さん……みんなには本当に感謝してますから」


 母親を殺され、命からがら逃げ自分も殺されそうになったところを助けてくれたのは葵の父である南雲孝保。そして隼人の裁定で引き取ってくれた柊の両親。残念ながらその養父母はその直後にあった第一次陰神決戦で亡くなってしまったが、良治はその感謝を示す為に『柊』の苗字を捨てはしなかった。そのお陰で今でも義妹の彩菜との繋がりは切れていない。


「もう、時間はないのよね……?」

「はい。このままなら一年以内、半魔族化したら一回か二回で。翔さんがそう言ってました」

「そう……翔くんがそう言うならそうなんでしょうね」


 もう、時間はない。戦闘を重ねるなら半魔族化しなければならない場面が来るかもしれない。出し惜しみをして死んでは元も子もない。


「ああそうそう葵さん」

「……なに、良治くん」

「ちゃんと幸せになってくださいね。……翔さんと」

「んなっ……!? なななななな」

「なんで、じゃないですよ。わかりますよそれくらい」

「うわぁ……恥ずかしい」


 さっきまでとは一変、赤い顔で狼狽する葵。


「み、みんな知ってるの……?」

「いや知らないんじゃないですかね。和弥はまったく、綾華さんはもしかしたら、まどかは薄々察してるかも、くらいじゃないですか」


 一番長い時間を過ごしてきた良治だから気付けたこと。――初恋の相手だからこそ気付けたこと。


「……言わないでおいてね」

「もちろん。でもいつかちゃんと自分で言ってくださいよ」

「ん、そうね。……ありがとう」


 涙を目に浮かべ、赤い顔ではにかむ彼女を見て、良治はこれからの未来が輝くようにと切に願った。自分がいなくなったあと、大切な人たちが幸せに過ごせるようにと。





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