SIDEエンド:人質
……あぁ……そう……か……
と、エンドが思い至った時には遅かった。
エンドの腹に大きな穴が開いた後だった。
つまり、ここにフオウなんて最初からいなかった。
フオウの姿をした、成り済ましたヨーティこそがトラップ。
黒髪のウィッグと結ばれてすらいない縄をはずすヨーティ・ヒュリケが、倒した獲物を前に喜びの笑みを浮かべていた。
何もできず、何も言えず、エンドはその場に倒れ伏す。
「あははははははっ! ヨーティ! ナイスタイミングッ! アンタを見つけたときはいけると思ったけど……まさかホントに引っかかるなんてッ! ばっかじゃない?」
「ほんとに……馬鹿だな……ああ……本当に……」
私は呟くように口を開く。
面白おかしそうにケリアルは私の目の前まで来て大声で哂ってくれる。
「私も……それに……貴女も……」
「は? 私が? なんで?」
「わからないかな……どうして私がこの時間を選んだか……」
そう、どうして分からなかったのかな?
「どうして夕暮れ時まで遅れてしまったのか?」
腹の傷はエンドにとっても予想外だった。
でも……それだけだ。
彼女のプランに、自分が傷を負う事についての全く問題にしていない。
なにせ、意味はないのだから。
夕暮れ、つまり制約の三日が過ぎたということに。
それはキリスの禁止能力が解除され、エンド・オメガ特有の能力が解禁されたことを意味していた。
すなわちその能力は……
「我は汝が力を複製する(コピー)&」
「……え?」
そうして掴む。ケリアルの左足を……能力を複製し、さらにヨーティの右足を掴み取る。
「我の痛みは汝が痛み(ダメージ・ペースト)!」
ケリアルは予想もしなかっただろう。
ヨーティは予想くらいはできたかもしれない。
でももう遅い。
気が付いたときにはもう、すでに……二人の腹にできた丸い穴。
「……あ?」
「……これ……」
遅れて痛みがやってくる。
「け、ケリアル姉さん!?」
傷に呻くケリアルに、隠れていたミディがつい飛びだす。
「大丈夫……致命傷は避けてあるみたいだから……」
エンドはよろりと立ち上がる。
駆け寄ってくるキリスに支えられ、なんとか倒れるのを免れる。
能力を手に入れるチャンス。
だけどエンドはキリスお姉様から力を貰う気にはならなかった。
もうエンドは神になろうと思わない。
今はフオウに受け入れて貰えればそれでいい。
だからフオウの嫌がりそうなことをする気は無い。
「大丈夫?」
「なんとか……」
「ちぃ……一人で来いってあれだけ……」
「約束破りはお互い様よ。お兄様に会わせるなんて嘘じゃない」
ふらつく足でなんとか立つ。
ケリアルもミディに支えられて立ち上がる。
やっぱりまだミディお姉様は……とエンドは苦虫を噛み潰した。
「貴女の能力だけは未だに分からないけれど……絶対に殺してやるわ」
「へぇ。どうやって? 二人揃ってお腹に穴空けてるくせにこれ以上どうするっていうの?」
「こう……するのよ!」
ふらつきながら立ち上がったヨーティを無理矢理引っ張り、その右手をミディの頭に付けた。
まさかの、自分を救おうとしているミディに対し、人質にしてしまったのである。
予想外過ぎてエンドは何も出来なかった。
「……え? ケリアル……姉さん?」
ミディも予想外だったようで、ケリアルを見上げて目を見開く。
「ほんと、馬鹿で間抜けなミディ・ネリィ」
嘆くように、嘲笑するように、蔑むようにケリアルはミディを見下ろした。
その顔に、ミディはケリアルの本気を悟り目を伏せた。
うっすらと滲んだ涙が頬を流れ落ちる。
「さあ、ミディの頭を吹き飛ばされたくなかったら、次の一撃避けるんじゃあないわよ?」
最悪だ。エンドにとっては確かに有効だ。
ミディを救いたいと、一緒に暮らしたいと思った矢先なのだ。
これがまだ、ミディに慰められる前だったなら、彼女を見殺しにしてでも突っ込んでいただろう。
でも今のエンドにとってこれは、身動きを封じられるに等しい行動だった。
「な、んで?」
「さぁ、ミディ……貴女は私の役に立ってくれるのよねぇ?」
「でも……」
迷う。ミディはエンドとケリアルを見比べ……何度も見比べて、でも答えが出ない。
その脳裏に、ヤオの言葉が浮かんだ。
一つは滅び、残るは無。一つは共存、残るは悔やみ。一つは獣、残るは狂気。
その未来、なんとなく気付いた。
ここで下手な動きをすれば滅び、そしてミディは死ぬのだろう。
あるいはエンドたちのために動けば共存の未来に繋がるのかもしれない。
最後の獣というのがよくわからないけれど、それでも、自分が取る行動は……
結局、その場でじっとする。
ミディには、自分と長い間を過ごし、多くを助けてくれたケリアルを裏切ることなどできなかったのだ。
「ミディ……お姉様?」
「ごめんね? 私馬鹿だから、ケリアル姉さんがいないと何もできないの」
……裏切られたの? と思わずエンドは悔しがる。
だがすぐに思い直した。いや、そうじゃない。彼女は逆だと。
裏切られてでも最初に信じた人を信じぬく。間違ってると分かっているのに、愚直な程に相手を信じる。
そこには裏切りなどという浅はかな言葉は入れやしない。
一途に愚かに信じた者に殉教する。
ああ、嫌だ。この人も……私は絶対に失いたくなくなった。
エンドは思わず涙を流す。ミディの愚直過ぎる生き方に、敬意を持ってしまっていた。
でも、ミディを失わないためにはエンドが殺されなければならない。
どう……する?
自分の力を確認する。周りの状況を確認する。今できることを確認する。
「ヨーティ、左手でエンドの頭を照準」
「あ……うん……」
戸惑いを覚えながらも、エンドと同じ顔をした女はエンドに掌を向ける。
人質という負い目よりも、憎き私の抹殺の方が大きかったようだ。
エンドは何故だろう。その時、まるで生まれたばかりのエンド自身に殺されようとしている様な不思議な感情が襲ってきた。
「発射なさい」
ケリアルが声を発する。
対抗策はまだ思いつかない。何もできない。どうやったら……私が死なず、ミディお姉さまを救出できる?
エンドの自問自答。しかし、敵は待ってはくれなかった。
「駆け抜ける閃光!」
無情に放たれた光の凶器。
触れれば一撃でエンドの頭が消えてしまう。
焼きつくようなまぶしさ。
視界を覆いつくす光の点。
差しだされた……手?
登場人物
№001 ヲークス・ヲルディニア 蜉蝣の因子を持つ女性体。
能力名:??? 死亡
№274、 ケリアル・ツェマド 梟の因子を持つ女性体。
茶色の髪の毛と鳳眼ともいえる鋭い瞳。ヨーティ・ヒュリケを思わせるほどの妖艶なスリーサイズだった気がする
能力名:風流操作
真空の鉤爪
:真空波によりカマイタチ現象を引き起こす特技。
№275 ミディ・ネリィ 燕の因子を持つ女性体。
背丈は百四十前後で肩までの切り揃えた蒼い髪にカチューシャを填めた女の子
能力名:防御膜生成
遍く全てを防ぎし壁よ(トランス・ルゥセントウォール)
ミディのみ出入り自由な隔壁膜を生成する。内部の者はあらゆる攻撃から身を守ることが出来るが、効果が切れるまで脱出も不可。
地面の中も合わせた球体状のため、土を掘って脱出という方法も使えない。
№441 イルル・キリク 鳳凰の因子を持つ女性体。
麦藁帽子を目深に被った白いワンピースの少女。炎の様に赤いストレートヘア。
能力名:再生の焔
優雅なる火炎の灯
:掌から発生する炎の玉。
焼け恋がれし舞踊
:両腕に炎を纏う事で火炎舞踏を踊っている様な接近戦が可能。
消える事無き命の焔
:再生の炎に包まれることで自身を完全に復活させる能力。自動発動。
№444 フオウ・ワウン 龍の因子を持つ男性体。
能力名:空気操作
失われし真空
:特定空間の空気を押し出し真空を作りだす。
弾力ある空気
:空気の密度を固める事で足場を作る。
№445 キリス・ラーニリア 龍の因子を持つ女性体。
肩にすらかかってない自称ストレートヘアに左右から青いリボンを結び付けたいつもの髪型の少女。
能力名:禁止
我は汝の行為を禁ず(プロハビット・アラウズ)
:シンキングセルの能力を禁止する。禁止日数は最大で一年。
№446 メイリィ・スウ 蛾と蝶を持つ女性体。
ショートカットの黄色の髪の活発な少女。
能力名:電撃
雷撃を纏いし拳
:簡易版雷帝の鉄槌。
雷帝の鉄槌
:電気を拳に纏わり付かせ殴りつける特技。拳を前に突き出せば電撃が迸る。
№482、ヤオ・ソーティア ???の因子を持つ女性体。
ポニーテールの女。
黒のタンクトップと太股の部分で乱暴にちぎり取ったようなジーンズを着ている。
能力名:???
運命の三択
:能力とは少し違うが性格上三択として相手の未来を告げる。
告げる事による運命改変はなく、ただ相手への注意喚起にすぎないが、抽象的すぎて相手に伝わらない事が多い。
№998 ヨーティ・ヒュリケ 鶴の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、170くらいの背丈に爆乳を持つ。
エンドのプロトタイプとして作られたためか容姿はそっくりになっている。
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
№999 オメガ・エンド 人間の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、小柄な体躯に胸は動きやすさを追求しこじんまりとしている。
能力名:コピー&ペースト
我は汝が力を複製する(コピー)
:シンキングセルの能力または身体の状態をコピーすることができる。
我の痛みは汝が痛み(ダメージ・ペースト)
:自身に付いたダメージを全て相手に複製する能力
コピー済み能力
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
能力名:風流操作
真空の鉤爪
:真空波によりカマイタチ現象を引き起こす特技。




