SIDEフオウ:脱兎
ふと、フオウは誰かの笑い声で目が覚めた。
誰かの背に負われているのが分かった。
意識が徐々に覚醒する。
見慣れた背中だった。女性の背中だった。
自然と嫌悪感で体を悪寒が走り抜ける。
声を上げて離れようとして、周りの状況に気付く。
イルルが嫌な笑みを浮かべて目の前の何かを叩き割っていた。
今、フオウがここから離れるのは簡単だった。
でも……でも今離れたら……恐怖を抑え必死にしがみ付く。
イルルが両手に炎を纏い、エンドを掴もうとその手を振りかぶる。
一瞬早く、エンドが浮いた。
驚くエンドとフオウを抱え、ミディが翼を広げたのだ。
「え? 浮い……え!? ミディお姉様!?」
背中から青い羽を生やしたミディがエンドの両脇を抱えて飛び上がっていた。 フオウの後頭部にミディのお腹がくっつけられる。
フオウは状況を理解できなかったが、ただひたすらに嫌悪感に耐えていたので状況を観察する余裕などなかった。
「と、とにかく逃げます!」
「え、ええ、お願い」
ミディは羽を広げると、上空から一気に直下向で滑るように斜め下へと突っ込んでいく。
「な、なな……」
エンドの声にならない声。
当然だ、ミディの飛び方は燕と一緒。
超低空を滑空して大空へと飛び立つを繰り返すという、まさにジェットコースター並のド迫力。
生身で体験させられて悲鳴をあげない奴はいない。
というか……これでは悲鳴すら上げられない。
イルルが獣化形態を取り即座に追ってくるが、時速数百kmという燕に敵うはずなどなかった。
しかも超高層ビル群の真横を、時には開かれた窓から入って向かいの窓の外へと飛びだしていくミディ。目視で追えるはずもない。
イルルの巨体では高層ビルを抜けるなど出来るはずもなく迂回、あるいは上空へ避けなければならない。
そんな時間のロスをしている間にミディの姿は豆粒のように、そしてすぐに街中に紛れて見えなくなった。
余りに華麗な逃走劇に鳳凰化したイルルは悔しげに嘶く。
見失った以上、彼女たちが再び姿を見せるまでは旋回して周囲を見るしか彼女には出来る事が無かった。
そしてミディは錐揉み回転しながら迷路のような街中を突っ切り、道路を走る車の頭上ぎりぎりを飛行して行く。
どこかで見たような廃ビルの中に突っ込みフィニッシュ。
ようやく解放されたエンドは、フオウを手放し床にへたり込んで動かなくなった。
ついでにようやくサンドイッチの絶望から解放されたフオウは、揺り返しとでも言うべきか、我慢していた分の震えが一気に来たように体が震えだした。
隅っこに向う体力すらなくその場でガタガタ震えだす。
「あ、あの……大丈夫?」
「え……ええ……乗り物酔いがこれほどきついとは思いませんでしたが……うっ」
口を押さえてよろよろと洗面所を探してエンドは姿を消した。
「ミディ……姉さんだっけ……」
痙攣しながら声を絞り出す。
「あ、フオウさん……起きてらしたんですね」
「ありがと、助けてくれて……」
フオウも途中目を瞑ったとはいえ、激しく気分が悪い。
媚薬の効果がまだあるのか、嫌に体が熱を持ってるし……目を閉じれば今にも死んでしまいそうだ。
でも、今までエンドから離れずにいれたのはこの薬のおかげだと思う。
いつものフオウなら確実にヨーティから離れて震えていたか、耐え切れずに気絶していただろう。
今だってこうしてミディと会話ができているのが不思議なくらいだ。
「あ、あの……私……あの……」
何かを言おうとし、考えが纏まらないのか言葉が続かなくなる。
ついで何度も深呼吸。
「その……ご、ごめんなさいっ」
なぜか謝られる。
気分的にはまだ動きたくないが、無理矢理体を起こして壁にもたれかかり、フオウはミディ姉さんに聞いた。
「なんで……謝るんだよ?」
「あ、それは……」
「この廃ビルでの出来事のことを言っているのですわお兄様」
「ヨーティ?」
「はぁ、まだ気分が悪い……」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ、謝んなくても、ミディ姉さんはケリアル姉さんに言われたことを実行しただけなんだろ?」
「そ、それは……」
「それより……ヨーティ、助けてだしてくれてありがとな」
「当然です。イルルお姉様などにお兄様を渡してたまりますか」
「んでも……これからどうする? このままじゃまた追ってくるだろ?」
「……それについては秘策がありますわ」
「秘策?」
「キリスお姉様……あの人の力ならイルルお姉様の再生能力も無効化できるはずです」
キリス? ああ、そっか。とフオウは納得する。
イルルの再生能力も元はといえばシンキングセルの特殊な能力。
キリスの能力の禁止なら封印できる。
「でも、あいつの力は数日しか保たないけど」
「一日あれば十分、イルル姉様を殺せます」
そっか、それなら……と納得しかけたフオウは思わずオウム返しに聞いていた。
「……殺す?」
ふと、無視できない単語を聞いた。
「当然でしょう? イルルお姉様はもはや完全に敵です。放って置けばこっちが殺られてしまう」
「待てよ! 何も殺さなくたって……」
「あら? いいのですか? イルルお姉様は……すでにメイリィお姉様を殺してますよ」
その言葉は、聞き間違いとしか思えなかった。
フオウは衝撃の事実を聞かされ、でも全く受け入れられないでいる。
登場人物
№001 ヲークス・ヲルディニア 蜉蝣の因子を持つ女性体。
能力名:??? 死亡
№274、 ケリアル・ツェマド 梟の因子を持つ女性体。
茶色の髪の毛と鳳眼ともいえる鋭い瞳。ヨーティ・ヒュリケを思わせるほどの妖艶なスリーサイズだった気がする
能力名:風流操作
真空の鉤爪
:真空波によりカマイタチ現象を引き起こす特技。
№275 ミディ・ネリィ 燕の因子を持つ女性体。
背丈は百四十前後で肩までの切り揃えた蒼い髪にカチューシャを填めた女の子
能力名:防御膜生成
遍く全てを防ぎし壁よ(トランス・ルゥセントウォール)
ミディのみ出入り自由な隔壁膜を生成する。内部の者はあらゆる攻撃から身を守ることが出来るが、効果が切れるまで脱出も不可。
地面の中も合わせた球体状のため、土を掘って脱出という方法も使えない。
№441 イルル・キリク 鳳凰の因子を持つ女性体。
麦藁帽子を目深に被った白いワンピースの少女。炎の様に赤いストレートヘア。
能力名:再生の焔
優雅なる火炎の灯
:掌から発生する炎の玉。
焼け恋がれし舞踊
:両腕に炎を纏う事で火炎舞踏を踊っている様な接近戦が可能。
消える事無き命の焔
:再生の炎に包まれることで自身を完全に復活させる能力。自動発動。
№444 フオウ・ワウン 龍の因子を持つ男性体。
能力名:空気操作
失われし真空
:特定空間の空気を押し出し真空を作りだす。
弾力ある空気
:空気の密度を固める事で足場を作る。
№445 キリス・ラーニリア 龍の因子を持つ女性体。
肩にすらかかってない自称ストレートヘアに左右から青いリボンを結び付けたいつもの髪型の少女。
能力名:禁止
我は汝の行為を禁ず(プロハビット・アラウズ)
:シンキングセルの能力を禁止する。禁止日数は最大で一年。
№446 メイリィ・スウ 蛾と蝶を持つ女性体。
ショートカットの黄色の髪の活発な少女。
能力名:電撃
雷撃を纏いし拳
:簡易版雷帝の鉄槌。
雷帝の鉄槌
:電気を拳に纏わり付かせ殴りつける特技。拳を前に突き出せば電撃が迸る。
№482、ヤオ・ソーティア ???の因子を持つ女性体。
ポニーテールの女。
黒のタンクトップと太股の部分で乱暴にちぎり取ったようなジーンズを着ている。
能力名:???
運命の三択
:能力とは少し違うが性格上三択として相手の未来を告げる。
告げる事による運命改変はなく、ただ相手への注意喚起にすぎないが、抽象的すぎて相手に伝わらない事が多い。
№998 ヨーティ・ヒュリケ 鶴の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、170くらいの背丈に爆乳を持つ。
エンドのプロトタイプとして作られたためか容姿はそっくりになっている。
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
№999 オメガ・エンド 人間の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、小柄な体躯に胸は動きやすさを追求しこじんまりとしている。
能力名:コピー&ペースト
我は汝が力を複製する(コピー)
:シンキングセルの能力または身体の状態をコピーすることができる。
コピー済み能力
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。




