SIDEエンド:過信
懸命に駆けてはいたものの、すでに町からあの廃墟までの距離を走ったせいか、足は思うように進んではくれなかった。
フオウを背負っているという重しもある。
それでもどうにか町と郊外との境目辺りまで辿り着いた頃の事。
空を一羽の大きな鳥が……こちらに向かって飛び込んできた。
エンドのすぐ真後ろに舞い降りると、人の形態へと姿を変える。
「はい、 無駄な徒労ご苦労様」
「イルル……お姉様……」
イルルだ……足止めをしていたメイリィの姿はない。
でも結果は想像しなくてもすぐに分かる。
つまり……目の前に現れたのが勝者。
「メイリィ……お姉様は?」
「聞く必要はあって? 次は貴女の番……とだけ言っておくわ」
両手に炎を纏わり付かせ、半獣形態のイルルが不敵な笑みを見せる。
「さぁ、そろそろ宴もお終いにしましょうか」
まずい……とエンドは軽い舌打ちをする。
走りづめで足は完全に使い物にならない。
加えてフオウを持っている以上機動力は当てにならない。
イルルの攻撃は100%エンドに直撃する。
ここはすでにアスファルト。砂掛け戦法も使えない。
どうする? どうすればいい? この状況を覆す方法は?
エンドは必死に考える。しかし、ここで追い付かれた以上詰んでいるとしか思えなかった。
この場にいないこと、自分の能力を禁止されたこと、二重の意味でキリスを恨む。
しかしそれで状況が良くなる訳もなく。
エンドに出来るのはイルルの攻撃を少しでも引き延ばすくらいだった。
「さぁ……舞いましょうかッ 火煙のようにッ!」
迫り来る炎の腕。
かわせるわけがない。逃げられるわけがない。
エンドにできることといえば……目を瞑って衝撃と炎に耐えることくらいだ。
……
…………
……………………ん?
おかしい。いくら待っても熱さも焼かれる痛みもない……
拳の当たった衝撃すらもない?
恐る恐るエンドは目を開ける。
目の前にイルルの顔があった。驚いてひゃっと声が漏れる。
鬼も裸足で逃げ出しそうな顔でエンドを睨みつけるイルル。
エンドとの間はわずか20センチ程度。
でも、エンドとイルルの間にできた半透明の膜によって行く手を阻まれていた。
半透明の膜はエンドを覆い隠し、イルルとの間に絶対的な壁として存在していた。
トランス・ルゥセントウォール。それに気付くのに、エンドは殆ど時間が掛からなかった。
「なん……ですのこれはっ!?」
イラついたように膜を殴りつける。反応はない。
「こ……このッ!! ヨーティッ!! 一体何をしたのッ!!」
近づけないと分かると声を張り上げる。ついで罵声。
この膜には見覚えがある。でも、その人物は確かフオウの家でヤオと粗茶でも飲んでいるはずだ。
どうしてここにその能力が存在しているのか、エンドには理解できなかった。
「あの……」
その声は、真後ろから聞こえた。
エンドはすでにイルルに危険はないと判断し、声のした方向に振り向く。
ミディ・ネリィが不安そうに結界内に立っていた。
「ミディお姉様? なんでここに!?」
「ヤオさんが、ここにくれば家にいられるようになるからって……」
(奴の差し金か。まあいいか、窮地を脱したのは事実)
ミディの力は防壁。
イルルを殺す力こそないものの、完璧に手を出させないことはできる!
生存の目が、向こうから手を振ってやってきた。
いきなり現れてくれた起死回生の一手に、エンドは思わず高笑う。
「ふふ……そっか……そうかッ!! あは、 あははははッ!!」
エンドは笑った。笑いが止まらなかった。
つまり、そういうことだ。
エンドもフオウも、ミディがいれば完全に安全なのだ。
ミディの力でエンドの力が戻るまで護衛、戻ってからはエンドが力を奪って殺す。
そうすればエンドはフオウを膜に閉じ込めたまま全てのシンキング・セルたちを殺しつくせる。
(勝てる。このお姉様を利用するだけで! 私は楽に神になれる!!)
「あ、あの……ヨーティ……さん?」
突然笑い出したエンドに気おされているミディの肩を鷲掴かむ。
「いいわ! いいわ! 全然いいですわ! お姉様も今日からお兄様の家にお住みなさい! 私が皆に紹介します! ええ、ご紹介いたしますとも!」
「え? い、いいの?」
「ええ、その代わり、私とお兄様を守ってくださいますよね? 貴女の力で!」
「あ……うん! うん!! わかった!」
心底嬉しそうに笑顔になるミディ。
なんとも愚かしい。今すぐにでもその首を捻ってしまいたくなる。
エンドは未だに膜に噛み付いているイルルに向き直る。
もう、彼女を脅威になどと思えはしなかった。
「さてお姉様。これからどうします? ミディお姉様がいる以上、あなたは絶対に手をだせませんよねぇ?」
「こいつッ、さっきまで逃げ惑ってたくせに……っ」
力いっぱい膜を殴りつける。
「あははははッ! 無意味、無価値、無駄無駄無駄ぁっ! 愚かしくてよお姉様ッ!」
「こ、殺すッ! 殺してやるッ! 出てきなさいッ! この手で焼き殺してやるッ!」
「わざわざでてやる義理などございませんわッ! イルルお姉様恐るるに足らず! そうやって阿呆みたいに一人で踊っていなさい! あはははははっ!」
もはやイルルの一挙手一即答に笑いが込み上げる。
憤慨して膜を殴りつけるごとにその場で笑い転げたくなってくる。
「あははははッ! 何がしたいのか分かりませんわよお姉様ッ!さっさと諦めて涙で枕でも濡らしていなさいなッ! 阿呆! 間抜け! 雑魚雑魚雑魚ッ!!何度やっても結果は変わりませんよお姉様ァッ!」
「くそッ! クソッ! 糞ォッ!! 憎らしいッ! 憎らしい憎らしいッ!!」
叩きつける拳が勢いを増す、思いのたけを全てぶつけるように膜へと叩きつける。
無駄だというのに。無意味だとい……?
気のせいかと思った。でも、気のせいじゃない。
膜に僅かな亀裂が入っていた。
「えと……膜にも耐久値があって……」
「今はンなこと言ってる場合じゃないでしょ! そういうことは早めに言って! 逃げますよお姉様!」
「えと……膜の中にいるんで自力では抜け出せないです、膜の張り替えも膜を解かないと……」
…………
背中に冷や汗が流れた。
イルルが嫌な笑みを見せる。
亀裂は巨大なヒビとなり、既に半分にまで達していた。
「ラス……トぉッ!」
ありったけの力を込めて、イルルが膜に拳を振るう。
パキンと音が鳴って、覆われていた何かが砕け散る。
「……ええと……その……」
「さぁ。散々バカにしてくれたお礼をたっぷりと……楽には殺しませんわヨーティ」
もしかして……結局絶体絶命?
登場人物
№001 ヲークス・ヲルディニア 蜉蝣の因子を持つ女性体。
能力名:??? 死亡
№274、 ケリアル・ツェマド 梟の因子を持つ女性体。
茶色の髪の毛と鳳眼ともいえる鋭い瞳。ヨーティ・ヒュリケを思わせるほどの妖艶なスリーサイズだった気がする
能力名:風流操作
真空の鉤爪
:真空波によりカマイタチ現象を引き起こす特技。
№275 ミディ・ネリィ 燕の因子を持つ女性体。
背丈は百四十前後で肩までの切り揃えた蒼い髪にカチューシャを填めた女の子
能力名:防御膜生成
遍く全てを防ぎし壁よ(トランス・ルゥセントウォール)
ミディのみ出入り自由な隔壁膜を生成する。内部の者はあらゆる攻撃から身を守ることが出来るが、効果が切れるまで脱出も不可。
地面の中も合わせた球体状のため、土を掘って脱出という方法も使えない。
№441 イルル・キリク 鳳凰の因子を持つ女性体。
麦藁帽子を目深に被った白いワンピースの少女。炎の様に赤いストレートヘア。
能力名:再生の焔
優雅なる火炎の灯
:掌から発生する炎の玉。
焼け恋がれし舞踊
:両腕に炎を纏う事で火炎舞踏を踊っている様な接近戦が可能。
消える事無き命の焔
:再生の炎に包まれることで自身を完全に復活させる能力。自動発動。
№444 フオウ・ワウン 龍の因子を持つ男性体。
能力名:空気操作
失われし真空
:特定空間の空気を押し出し真空を作りだす。
弾力ある空気
:空気の密度を固める事で足場を作る。
№445 キリス・ラーニリア 龍の因子を持つ女性体。
肩にすらかかってない自称ストレートヘアに左右から青いリボンを結び付けたいつもの髪型の少女。
能力名:禁止
我は汝の行為を禁ず(プロハビット・アラウズ)
:シンキングセルの能力を禁止する。禁止日数は最大で一年。
№446 メイリィ・スウ 蛾と蝶を持つ女性体。
ショートカットの黄色の髪の活発な少女。
能力名:電撃
雷撃を纏いし拳
:簡易版雷帝の鉄槌。
雷帝の鉄槌
:電気を拳に纏わり付かせ殴りつける特技。拳を前に突き出せば電撃が迸る。
№482、ヤオ・ソーティア ???の因子を持つ女性体。
ポニーテールの女。
黒のタンクトップと太股の部分で乱暴にちぎり取ったようなジーンズを着ている。
能力名:???
運命の三択
:能力とは少し違うが性格上三択として相手の未来を告げる。
告げる事による運命改変はなく、ただ相手への注意喚起にすぎないが、抽象的すぎて相手に伝わらない事が多い。
№998 ヨーティ・ヒュリケ 鶴の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、170くらいの背丈に爆乳を持つ。
エンドのプロトタイプとして作られたためか容姿はそっくりになっている。
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
№999 オメガ・エンド 人間の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、小柄な体躯に胸は動きやすさを追求しこじんまりとしている。
能力名:コピー&ペースト
我は汝が力を複製する(コピー)
:シンキングセルの能力または身体の状態をコピーすることができる。
コピー済み能力
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。




