SIDEフオウ:謀略
イルルは郊外にある寂れた屋敷の中庭に降り立つと、フオウを降ろして獣化を解いた。
さすがに裸を見られるのは恥ずかしいのか、半獣化して羽毛で体を隠してはいるが、均等に整った細い肢体は赤面せずにはいられなかった。
「フオウ、ようやく出会えてよかったわ。初めましてのときはちょっといろいろとあったけど……貴方とはこうして二人きりで落ち着いて話たかったのですの」
「それって……拉致して言うことじゃないよな……」
「そんな警戒しなくてもよろしいですわ。私は下賎に人を襲ったりしませんわよ」
学校に襲ってきたのは下賎じゃないのか……とは思っても言わないでおく。
「着替えがしたいですわ。どうぞこちらへ、ティータイムでもしながらお話しましょう」
落ち着いた物腰で付いてくるように促した後、フオウが付いてくるかどうかも確認せずに屋敷の中へと入っていく。
しばらくどうするべきか迷ったものの、結局フオウは付いていくことにした。
もしかしたらイルルも話せば分かってくれるかもしれない。下賎に襲わないって言ってることだし……
甘い妄想だとは思いつつも、期待せずにはいられなかった。
俺は勇気を振り絞って屋敷内へと足を踏み込む。
屋敷の中は外とは違って結構洒落た感じの綺麗な内装だった。
おそらくイルルが丁寧に飾り、こまめに掃除しているのだろう。
玄関口のエントランスはシャンデリアで照らされていて、巨大な扉の左右に階段が一つづつ付いていた。
二階に上がる頃には婉曲して真ん中で合わさるようにゆるいカーブを描いている。
床は絨毯が敷き詰められていて、角までぴっちり占領していた。
靴を脱ぐ場所は見当たらない。おそらくこのまま入っていいのだろう。
イルルの姿を探す。
壁には沢山の肖像画や風景画が掛けられ、西洋騎士の像が幾つか置かれている。
だけど人の居る様子はなかった。
しばらく中央付近でぼーっとしていると、二階からイルルが声を掛けてきた。
着替えが済んだようで、麦藁帽子を被り、白いワンピースを着込んでいる。
「どうぞこちらへ、お茶の用意が出来てますわよ」
言われるままに二階へと向かう。
「凄い家だな……ここ」
「お父様の補助金で他国と貿易をしてみましたの。人間の真似というのもなかなか面白いですわよ」
イルルに案内されるように廊下を歩く。
エントランスから伸びた廊下にはいくつものドアがあり、その分の部屋があることをイヤでも知らされた。
「この屋敷は安値で買いましたの。支度に一年を要しましたけれど本来は夫となる男性体のための下準備ですわ。一応他のシンキングセルも住めるよう大きめの屋敷を選んだのですわよ」
「え? それじゃイルル姉さんは……」
「相手が下賎な輩でさえなければ殺す必要などありませんわ。これでも私は貞淑さと大らかさが売りですわよ」
「そ、そうなのか……」
イルルは一つのドアの前に立ち止まる。
「この部屋が私の部屋ですわ。どうぞ中へ」
部屋に迎え入れられ、緊張しながら入っていく。
とたん、さわやかな風が頬をなぶった。
窓が開かれている。カーテンが風に踊り新鮮な空気がきらびやかな部屋をさらに輝かせていた。
丸テーブルが中央に置かれ、その上にポットとティーカップが2客置かれている。
椅子はフオウとイルルの分であろう背もたれつきの丸い座椅子が置かれていた。
「ここも絨毯?」
「エントランスの余りを使ってみましたわ。ベットはウォーターベットに羽毛の掛け布団ですわよ」
「あ、いや……ベットのことは聞いてないんだけど……」
「何をおっしゃいますやら。最終的には使用するものですわよ」
「んなっ!?」
「あ、あらイヤですわ。私ったらはしたない」
笑いながら顔を赤らめイルルは座椅子に座る。
「どうぞおかけになってくださいな」
「あ……ああ……」
促されるままに椅子に座る。なぜだか嫌な予感がした。
「ところで、女性恐怖症でしたわね。空中で叫んでいらしたのは」
ティーカップに紅茶を注ぎながらイルルが聞いてきた。
なんだ。知ってたのか俺が女性拒絶症だって……ん恐怖症? とフオウは少し首を捻る。どうやら少し間違って認識しているようだ。似たような症例なのでフオウは訂正はしない事にした。
「どういうことですの? 言葉から察するに女性を受け付けないとでも? それとも男の方が好みとか?」
「そ、そんなんじゃないッ! ええと、俺が出来損ないだってのは聞いたことありますよね?」
「ええ。女性体と交わろうとして失敗したとか……まさか不能!? これは予想外ですわ……」
「だから違うって! その……その時の女性体に酷い目っていうか……そいつせいで女性に触れられることを拒絶してしまうようになったんだ」
「まぁ……下賎な女のせいでそのようなことに? まさかその女性とはすでに?」
「まさか!? 鞭でたたかれたりしただけで噛み終わったガムみたいにポイ捨てされたよ……」
「それはまぁ……お気の毒に……」
紅茶を一口飲んでイルルはため息をついた。
「つまり……女性に触れられることを恐れるようになったと?」
確認するように聞いてくる。
「う、うん……獣化している場合は大丈夫だけど……女性だって認識できる相手だと……つい……」
「そうですか……」
「ああ。それで……もしよかったら子作りは出来ないけれど……イルル姉さんも一緒に住まないかな? 皆で仲良く出来ればもしかしたらそのうち俺も大丈夫になるかもだし……」
「そうですわね……それもいいですわね」
笑顔で頷くイルルに内心ほっとする。
よかった。イルルは良い人だ。話して見てわかった。
突拍子も無く学校に突撃して来るような世間知らずっぽくはあるけど。
そう思って紅茶を一口。
「あ、これおいしい……」
「そう……お口に合ってよろしかったですわ。ふふ」
瞬間。何故だか空気が変わった気がした。
目の前に居るイルルは絶えず笑みを浮かべているが、何か先ほどまでの笑みとは違う気がする。
暗黒面が見え隠れしだした笑みに、フオウは知らず恐怖を覚えた。
「あ、あの……イルル姉さん?」
「なぁに?」
「え? いや、なんでもない……のかな?」
おかしい。何かが変だ。でも……気のせいか?
フオウは必死に違和感の正体を探ろうとする。
「ああ、そうですわ。女性拒絶症……その状態でも発動するのかしら?」
え? その状態?
あ、あれ? なんだか頭がボーっとしてくる……
フオウの全身が熱く火照り出したことに彼が気付いた時には、既に遅かった。
「な……なんだこれ……」
「ごめん遊ばせ。紅茶の中に媚薬を入れさせていただきましたわ」
「び、媚薬!? って、イルル姉さんも飲んだんじゃ……」
「ですから、すでに発情してますわ。私が服用したところですることは同じなのですから」
「は、謀ったのか?」
「これが上流階級ですわ」
にやりと笑みを浮かべてイルルが立ち上がる。フオウの手に触れてきた。
イヤだ。瞬間的に意識と体が反応するが、それ以上イルルを払うことが出来ない。
体に力が入らないのだ。
「まぁ、男性用とは聞いてましたがこれほどとは……ふふふ……覚悟なさい」
意識が混濁としてくる。体中が熱を持ち。
目の前のイルルがとても愛しく、いや、目の前に肉を貪り喰らいたい衝動に駆られる。
男としての本能が呼び起こされ、フオウはイルルの胸に手を……。
「お兄様ッ!!」
混濁とした視界の中で、フオウの手を持っていた誰かがどこかに消えた。
腰砕けのようにその場にへたり込むと、別の何かがフオウを引っ張った。
登場人物
№001 ヲークス・ヲルディニア 蜉蝣の因子を持つ女性体。
能力名:??? 死亡
№274、 ケリアル・ツェマド 梟の因子を持つ女性体。
茶色の髪の毛と鳳眼ともいえる鋭い瞳。ヨーティ・ヒュリケを思わせるほどの妖艶なスリーサイズだった気がする
能力名:風流操作
真空の鉤爪
:真空波によりカマイタチ現象を引き起こす特技。
№275 ミディ・ネリィ 燕の因子を持つ女性体。
背丈は百四十前後で肩までの切り揃えた蒼い髪にカチューシャを填めた女の子
能力名:防御膜生成
遍く全てを防ぎし壁よ(トランス・ルゥセントウォール)
ミディのみ出入り自由な隔壁膜を生成する。内部の者はあらゆる攻撃から身を守ることが出来るが、効果が切れるまで脱出も不可。
地面の中も合わせた球体状のため、土を掘って脱出という方法も使えない。
№441 イルル・キリク 鳳凰の因子を持つ女性体。
麦藁帽子を目深に被った白いワンピースの少女。炎の様に赤いストレートヘア。
能力名:再生の焔
優雅なる火炎の灯
:掌から発生する炎の玉。
消える事無き命の焔
:再生の炎に包まれることで自身を完全に復活させる能力。自動発動。
№444 フオウ・ワウン 龍の因子を持つ男性体。
能力名:空気操作
失われし真空
:特定空間の空気を押し出し真空を作りだす。
弾力ある空気
:空気の密度を固める事で足場を作る。
№445 キリス・ラーニリア 龍の因子を持つ女性体。
肩にすらかかってない自称ストレートヘアに左右から青いリボンを結び付けたいつもの髪型の少女。
能力名:禁止
我は汝の行為を禁ず(プロハビット・アラウズ)
:シンキングセルの能力を禁止する。禁止日数は最大で一年。
№446 メイリィ・スウ 蛾と蝶を持つ女性体。
ショートカットの黄色の髪の活発な少女。
能力名:電撃
雷撃を纏いし拳
№482、ヤオ・ソーティア ???の因子を持つ女性体。
ポニーテールの女。
黒のタンクトップと太股の部分で乱暴にちぎり取ったようなジーンズを着ている。
能力名:???
運命の三択
:能力とは少し違うが性格上三択として相手の未来を告げる。
告げる事による運命改変はなく、ただ相手への注意喚起にすぎないが、抽象的すぎて相手に伝わらない事が多い。
№998 ヨーティ・ヒュリケ 鶴の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、170くらいの背丈に爆乳を持つ。
エンドのプロトタイプとして作られたためか容姿はそっくりになっている。
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
№999 オメガ・エンド 人間の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、小柄な体躯に胸は動きやすさを追求しこじんまりとしている。
能力名:コピー&ペースト
我は汝が力を複製する(コピー)
:シンキングセルの能力または身体の状態をコピーすることができる。
コピー済み能力
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。




