SIDEミディ:絶交/SIDEエンド:恋心
ケリアルは大きく息を吐いて起き上がった。
「やられた……まさか男性体が攻撃してくるなんて……雑魚だと思ってたのにやってくれるわ」
「ケリアル姉さん……」
膝を突いて視線を合わせるミディに、ケリアルは鋭い視線で睨みつける。
「ミディ……あの防壁を解けって言ったのに、解かなかったわね」
「え? そ、そんなこといわれても……」
「貴女のせいよッ! 貴女がどうしょうもない愚図なせいで私の計画はめちゃくちゃよ!」
それはミディのせいというにはあまりにも理不尽だった。
しかし、今のケリアルにそれを理解する力は無かった。
ただ、誰かのせいにしないと気がすまない。
そして、傍に居たのがミディだったと言うだけのこと。
「邪魔よッ! もう、二度とアンタとは組まないわミディッ!」
「そ、 そんな!? ま、待ってよケリアル姉さんッ!」
「五月蠅いッ! 邪魔よッ!」
すがるミディを払い退け、ケリアルは窓から飛び出した。
「ケリアル姉さん!?」
「さようならミディ」
ミディを残し、そのままどこへとも無く去っていくケリアル。残されたミディはどうすることもできず、その場に膝を折って崩れた。
ケリアルに捨てられた。そんな絶望感で、彼女はただ放心するしかなかった。
「ケリアル……姉さん……」
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急に、白色の光が注がれた。あまりの眩しさに無理矢理覚醒させられる。
「ここ……は?」
一瞬天国? とは思ったものの、自分がそんな場所に都合よくいけるはずが無い。
だけど、地獄と言うにはあまりにも質素な光景だった。
目を開けた先にあったのは木製の天井。
木の年輪が人の顔に見えるものがいくつかあるだけの板が何枚も張られて繋げられていた。
中央にある蛍光灯が白い光を放っていた。
視線を下げていくと白い壁と本棚が見えた。
ここは……知ってる。フオウの部屋だ。
(お兄……お兄様ッ!? なぜ? どうして? 私はケリアルに負けて……意識を失って……それから……それからどうなった?)
ベットから跳ね起きるように抜け出し、エンド部屋から外にでる。
廊下には人がいない。
下から何かにぎやかな声が聞こえる……私は誘われるままに階段を降りていた。
居間を覗く。
皆いた。
キリス、メイリィ、フオウ……三人一緒に楽しそうに笑い合っていた。
なぜか胸が締め付けられた。
(お兄様が笑っていた。照れていた。私以外の女と話していた……)
…………?
エンドは一瞬自分が何を思ったか理解できなかった。
気付いて思わず頭に手を当てる。自分の正気度を疑ってしまう。
(……私……今……何て思った? お兄様が……他の女性と話していた? それはいつものことだ。いつものこと……のはずだ。なのに、なんだ? この感情は? お姉様たちが羨ましい? 憎い? 違うッ! 気のせいだッ! 私はそんなこと思っていないッ!)
それは不思議な感情だった。
今までのように他のシンキング・セルは邪魔と能力を奪うためだけの贄にしか思っていなかったはずが、そんな彼らに羨ましさを覚えるなんて。ありえない。
その場でしばらく、自分の感情を整理する。意味不明の感情が大多数を占めているのに気付きさらに困惑した。
「お、よ~ちゃん起きた~?」
私にいち早く気付いたメイリィ。能天気に手を振って私を部屋に促す。
「あ……はい。私はどうして家に戻っているのでしょうか?」
さりげなく、聞いてみる。するとメイリィが苦笑いをして見せた。
「さぁねぇ?」
「だよねぇ。お兄ちゃんとヨーティがロープで括られて道路に寝ていたのをシンキングセル保護を訴える会の人が見つけて連絡くれて~、私たちが駆けつけた時にはお兄ちゃんが自分の持病に苦しんでのた打ち回ってたくらいしか覚えてないんだけどな~」
「二人ともパジャマであんな場所に行って~何してたのかな~ふ~ちゃん、よ~ちゃん」
「だからだな、俺としちゃ物凄く必死な思いであそこまで這ったんだぞ」
「というか、廃ビルだったら軍手とか落ちてなかったの? 工事用のロープや鉄骨は有ったんでしょ」
(そうか……私……お兄様に助けられて……じゃあ、あの心地よい誰かの背中は……)
「あれ? よ~ちゃん、顔赤いよ? 大丈夫?」
「だ、誰が顔赤いなんてッ!? 大丈夫です!」
つい口からでた言葉にエンド自身が驚いた。
なぜ自分は焦ったのだろう。と思うが答えは出ない。
何かが変だ。と思うがどう変なのかが理解できない。
「でね、ベットもなんとかメイリィが運んでくれたんだけど、今朝からお兄ちゃん探しで忙しくって、これから学校行くのもどうかな~って話し合ってたとこ。 ヨーティも一緒に遊びに行かない?」
遊びに?
「遊ぶって行っても公園散歩程度なんだけどな。行くか?」
「そうですね。行ってみましょか」
フオウには四六時中付いていた方がいいだろう。
今回のようにいつ拉致されるとも分からない以上近くに居て守っておくべきだ。
なので、今回の公園とやらにもエンドは同行する事にした。
フオウたちはいつも行く公園にやってきた。
町の真ん中に位置する森林公園で、中央部には噴水がある。
その周りにベンチがいくつかあって、植えられた木が囲うように生い茂っていた。
一端には広場もあって、木製のアスレチックコースなんて遊び場も有る。
あそこのロープウェイは大人も子供も楽しめる人気の高いところだ。
日曜祝日は遊園地のアトラクションでもないのに順番待ちで並んでいる奴もいるくらいだった。
フオウたちは森林を散歩しながら歩く。
地面は舗装されてはいるが、自然臭さを残すためか土で地面を覆ってあった。
さて……キリスとメイリィは世間話をしているようだが、フオウの斜め後ろを歩いているエンドの視線が変で、フオウはついついそちらを意識する。
やっぱり熱があるんじゃないだろうか? と心配してしまうのだ。
心なし火照っているような顔で虚空をぼ~と見ている。
躓いてしまわないか心配で仕方がない。
「公園歩くの久々だねき~ちゃん」
「日曜は毎日のように来てる人が良く言うよ……」
「じ~ちゃんば~ちゃんはここの散歩が好きだからね。よく一緒に来るんだよ。よ~ちゃん? 大丈夫? なんかボーっとしてるけど考え事?」
聞いてもないのにメイリィがエンドに話しかける。
その言葉すら聴いていなかったのか、エンドは慌てて被りを振って、しかもフオウに向かって別の話題を聞いてきた。
明らかに詮索される事を回避するような慌て方だ。
「い、いえ……別に……それにしてもお兄様、我慢すれば女性に触ることはできるんですね。私はそれもできないとばかり思ってました」
とりあえず、エンドが少しおかしいのは熱のせいにして、フオウは無難に言葉を返しておく。
「まぁ……な。確かに我慢さえすれば大丈夫だと思う」
「ダメよ、お兄ちゃんのは我慢じゃなくて苦難なんだから。乗り越えないといけないってことは確かだけど、我慢しすぎるとストレスで大変なことになるでしょ。半年前に円形脱毛症になったの忘れた?」
「あ、ああ、忘れてない。忘れてないよ」
半年前のことだった。フオウはキリスとメイリィのおかげで少しづつ女性に慣れてきて、一大決心をしたんだ。
一日ずっとキリスかメイリィと手を繋いでおく。
初めは我慢だけではどうにもならないほどに嫌だった。
でも、お昼が過ぎて、次のステップに進んでもいいんじゃないかとキリスがフオウに言った瞬間だった。フオウの意識が一気に落ちた。
それから一週間は立ち上がることすらできなくて、頭には大きな円形の脱毛が……
シンキング・セルという得意な体のおかげですぐに治りはしたが、キリスが妙に心配性になってしまい、規律やルールに一層五月蠅くなった。
彼女なりに責任を感じたんだろう。フオウが傷つかないことを優先に選び始めたのもその頃からだ。
「ま、お兄ちゃんが女性に触れることができるようになるのも大切だけど、無理すると危険だから、様子を見ながらじっくり取り組もうねヨーティ」
「……そう、ですね。それがいいと思います」
そう、微笑んで返したヨーティは、心底安堵しているように見えた。
まるでフオウが女性恐怖症であり続けて欲しいとでもいうような……フオウはそんなことを思ったが気のせいだろうか? と首を捻るだけで記憶から消え去ってしまった。




