SIDEエンド:失態
フオウに言ったとおり、今、他のシンキングセルを満足させてやるわけにはいかなかった。
満足すれば自分の巣に篭ってしまう。
三日間だ。その間に消息不明になられては再び探さなければならなくなる。
それはエンドの望むところではない。
でも、ここでフオウを死守すれば、相手は再びフオウを狙ってやってくる。
その時だ。その時にエンドの力が戻っていれば、他の奴らと一網打尽。
能力を奪って確実に消してやる。
「お待たせしたわね、フオウ」
やがて、声が聞こえてきた。
布団の間から覗き見ると、茶色の羽が見えた。
この二人は資料にあった。ミディ・ネリィは、燕だ。防壁を生成する能力を持っている。
その一個上の№が、確か……№274、ケリアル・ツェマド。
茶色の髪の毛と鳳眼ともいえる鋭い瞳。ヨーティ・ヒュリケを思わせるほどの妖艶なスリーサイズだった気がする。とエンドは脳内資料を思い出す。
能力は風を操る。動植物は……なんだったっけ? ああ、梟だ。
そんな思考をしていると、ケリアルが服を脱ぎ始めた。
今のところ厄介なのはミディの能力。
エンドたちを覆っている幕が解除されないことには脱出ができない。
でも、もしも、焦っていてくれていれば……アレに気付かないでいてくれたなら……
エンドはミディの愚かさに期待する。
一枚一枚服を脱ぎ始めるケリアル。
ブラジャーに手をかけたところでふと、手が止まった。
苛ついた顔でミディを睨む。
「ミディ、何を見てるの? 終わるまでいなくていいわ、外ででも遊んできなさい」
「あ、はい、ごめんなさいケリアル姉さん」
「ちょっと、待ちなさい」
出て行こうとしたミディを呼び止める。
……って、く、くくく、首、首だけ後ろ、後ろ向いてる!?
さすが梟、化け物じみている。
「何? ケリアル姉さん」
「防壁を取ってないわ。入れないでしょ?」
ごめんなさいと謝りながらミディが防壁を解き、慌てるようにして窓から空へと飛んでいった。
「さぁ、コレで邪魔者はいなくなったわ」
だんだんとベットに近づいてくるケリアル。
フオウがゴクリと喉を鳴らした。
「い、いやいやいや、ま、ままま、待て待て待てぃッ!」
妙に焦った声でフオウが後ずさる。
「どうしたの?」
「お、俺が女性拒絶症なのわかってるんだろ?」
「ええ、それが何?」
「だ、だったらさ、子作りなんて無理だって分かるだろ?」
「あら? そんなこと無いわ。私が襲えばいいだけだもの。貴方はそこで怯え、喚いていればいいわ」
妖艶に笑ってさらに近づく。
「そんなに嫌なら獣の方がいい? それなら女性拒絶症なんてのも意味が無いでしょう」
「た、確かに意味ないけどッ! 獣姦は嫌だぁぁぁッ」
「ならつべこべ言わずにそこに座ってなさいッ!」
急な怒鳴り声に背筋を正すフオウ。
……布団の中で私の足と触れてるんだけど……緊張してるのか気づいてないようだ。エンドは足に意識を集中させる。ちょっと顔が火照った。
気づいてさえいなければ女性拒絶症は発動しないらしい。
なんとも変な病気である。
ついにベットに辿り着くケリアル。
ベットに上がろうとして姿勢が前倒しになった。
視線がエンドと交差する。
「え? 人?」
「トロいッ!」
慌ててケリアルが顔をベットから遠ざけるより早く、私は布団を引っぺがしケリアルに覆い被せる。
「なッ!?」
「間抜けッ、戯けッ、虚け者ッ! 私なら防壁を解いたら自分が入ってからもう一度防壁を張り直すわ。そうでなければ逃げてくれと言っているようなものよケリアルお姉様ッ! さあ、お兄様!」
目の前の出来事に付いて来れてなかったフオウ、少しして慌ててエンドを追ってベットから飛び出した。
「やるじゃんヨーティ。マンドラゴラパジャマは伊達じゃないな」
「パジャマは関係ありません。それにまだです。本来ならこの後光の束を連発しておきたいところですが能力が使えないので、すぐに追ってきます」
「それじゃ捕まらずに家に帰らないとな」
「それでどうするんですか、相手に家から拉致されたんですよッ!」
「でも、キリスやメイリィなら何とかしてくれるさ」
「稚拙ですッ! 話して分かる相手ならこんなことはしてきません!」
ああ、もう……今すぐこの荷物を殺せるならどんなに楽なんだろう。
「ほら、こっちです! そろそろ巡回に出たもう一人も気づいてやってくるはずです!」
コピーできない以上フオウを相手に与えるわけにはいかないし、相手が死んでしまうほどに致命傷を与えることも今のエンドにはできない。
まだたった一つしか能力を集められていないのに……こんなに苦労しなきゃなんないなんてッ!
エンドは自分の不運を嘆くが、今はそんな思いに駆られている場合ではないと足を動かす。
「待ちなさいッ、そこのシンキングセルッ! ああ、あの役立たずがぁッ! 余計なものが混じってるのに気づかず持ち帰って来るなんてッ!」
もう追ってきたケリアル。その顔は憤怒に染まっている。
エンドは後ろを見る。
怒りの形相で追ってくる幅広い羽の生えた女。全裸ではあるものの、半獣化しているせいで茶色い体毛が身体の主要部分をほぼ覆っていた。
「渦巻く風よ、切り裂け、真空の鉤爪ッ!(エア・スラッシュ)」
風の刃が襲ってくる。
フオウを避けて器用にエンドだけを狙い撃つ。
「ほらッさっさとお姉様にフオウを献上して謝りなさいな」
「幼稚ッ! お姉様こそ諦めたらどうかしら?」
右に折れ曲がり通路をひた走る。
相手は鳥人間。本気を出せばすぐに追いつけるだろうに、弄ばれているのが分かる。
能力さえ使えれば……とエンドはキリスに恨み事を吐きたい気分に駆られたが、もう遅い。
「ヨーティ……無理するな、やばかったら……」
「やばかったら? お兄様、本気で言ってますか? それこそ愚かです。自分が少し我慢してやればいい? でも、前例があれば次々とやってきます、やがては使い古されてボロボロになったお兄様が燃えるゴミの日にポイッと捨てられるだけです」
「さり気に毒舌だよなヨーティ……」
階段を降りて下の階へ、切り傷を幾つも作りながらフオウを先に行かせてケリアルを牽制する。
「ミディッ!」
窓の外に向けて一声。次の瞬間……
「ッ!?」
エンドと風を半透明の膜が覆った。
膜の中で急激に威力を増す風の刃。
「ンぐッ!」
体中に刃が刺さる。切り裂かれるのに血が出ない。
抉れる程の威力は無いものの、無数に切られ、やがて切られた場所もまた切り裂かれる。
「ヨーティ!?」
半透明の膜越しに、フオウが張り付いた。
切られる場所が深くなる。
痛みはすでに消え、徐々に意識が削られ始める。
(昨日の今日でまた死にかけている……私じゃ、神には……なれない……の……?)
ぐっとお兄様が両手に力を込める。
それくらいじゃこの膜は破れない。
(ああ……だめだ。……もう……体力が……)
エンドはやがて、怨嗟と共に意識を手放した。
登場人物
№001 ヲークス・ヲルディニア 蜉蝣の因子を持つ女性体。
能力名:??? 死亡
№274、 ケリアル・ツェマド 梟の因子を持つ女性体。
茶色の髪の毛と鳳眼ともいえる鋭い瞳。ヨーティ・ヒュリケを思わせるほどの妖艶なスリーサイズだった気がする
能力名:風流操作
真空の鉤爪
:真空波によりカマイタチ現象を引き起こす特技。
№275 ミディ・ネリィ 燕の因子を持つ女性体。
背丈は百四十前後で肩までの切り揃えた蒼い髪にカチューシャを填めた女の子
能力名:防御膜生成
遍く全てを防ぎし壁よ(トランス・ルゥセントウォール)
ミディのみ出入り自由な隔壁膜を生成する。内部の者はあらゆる攻撃から身を守ることが出来るが、効果が切れるまで脱出も不可。
地面の中も合わせた球体状のため、土を掘って脱出という方法も使えない。
№441 イルル・キリク ???の因子を持つ女性体。
麦藁帽子を目深に被った白いワンピースの少女。炎の様に赤いストレートヘア。
能力名:再生の焔
優雅なる火炎の灯
:掌から発生する炎の玉。
消える事無き命の焔
:再生の炎に包まれることで自身を完全に復活させる能力。自動発動。
№444 フオウ・ワウン 龍の因子を持つ男性体。
能力名:空気操作
№445 キリス・ラーニリア 龍の因子を持つ女性体。
肩にすらかかってない自称ストレートヘアに左右から青いリボンを結び付けたいつもの髪型の少女。
能力名:禁止
我は汝の行為を禁ず(プロハビット・アラウズ)
:シンキングセルの能力を禁止する。禁止日数は最大で一年。
№446 メイリィ・スウ 蛾と蝶を持つ女性体。
ショートカットの黄色の髪の活発な少女。
能力名:電撃
雷撃を纏いし拳
№482、ヤオ・ソーティア
ポニーテールの女。
黒のタンクトップと太股の部分で乱暴にちぎり取ったようなジーンズを着ている。
能力名:???
№998 ヨーティ・ヒュリケ 鶴の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、170くらいの背丈に爆乳を持つ。
エンドのプロトタイプとして作られたためか容姿はそっくりになっている。
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
№999 オメガ・エンド 人間の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、小柄な体躯に胸は動きやすさを追求しこじんまりとしている。
能力名:コピー&ペースト
我は汝が力を複製する(コピー)
:シンキングセルの能力または身体の状態をコピーすることができる。
コピー済み能力
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。




