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SIDEエンド:目覚め

 暗い部屋だった。

 業務用の資料が山積みにされたデスクと周囲に設置された不気味な音を醸しだしている機械。灯りの類は殆どない。

 唯一、機械類の中に唯一つ、淡いエメラルドグリーンの光を放つカプセル型の機械。それ以外に光を発するものはなかった。


 部屋には二人の人間。

 一人は痩せこけ疲れ果てた顔の男。

 金髪碧眼で無精髭を生やし、生気の無い雰囲気を持っていたが、目だけは爛々と輝いている不気味な男……もう一人は女。


 栗色の髪で、目は東洋人特有の茶と黒の入り混じった瞳、成人して出るところの出た体を白衣で包み、男と同じく疲れたような顔をしていた。

 彼らは視線を同じ方向に向けている。光の中に漂うように眠る裸体の少女。

 人型大のカプセルには十五、六といった風貌の少女が入っていた。


「エリアン、ついにできたんだ。あの失敗作の男性体を越えるシンキング・セルが……」


 カプセルを前にして、男が感嘆の声を洩らす。


「これが? ……今までと変わらないように見えるけど? それにやっぱり女性体よ?」


 エリアンと言われた女。

 三十半ばの彼女は栗毛のストレートの髪を掻き揚げ、少女をやる気ない瞳で見つめる。

 少女は時々目を開き、しばらくしてまた閉じてを絶えず繰り返していた。

 すでに何度この問答を繰り返したのだろう?

 いいかげんに切り返しを覚えたエリアンはうんざりとした態度で台詞を棒読みしていた。


「いや、このシンキング・セル、№999、オメガ・エンドは私の……いや、人の造りだした……神だ」


「神……」


 エリアンが物憂げに呟く。何度聞いても、これだけは理解できなかった。

 彼女が、どうして神なのか、なぜ男性体を越えるモノになりえると言うのか?


「そう、神だ。彼女がいて初めてシンキングセル計画は成功する。彼女から全ての生命が新たな生を受ける。これが神と言わずになんという?」


 男は興奮していた。目を瞑っている今の状態でも手に取るように分かった。

 興奮する男は少女の眠るカプセルへと近づき、両手を挙げて叫びだす。


「ああ! 我が娘たちよ! 見るがいい! お前たちの渇望して止まなかった! 私が思い描き、人類が待ち望んだ奇跡の集大成がここに……」


 手を……動かす。

 とたん、室内が赤く明滅し、小うるさいアラーム音が鳴り響く。


「な、なんだ?」


 男がうろたえる。周囲を見渡し異変を見逃すまいとこの小さくも大きな変化に戸惑いも隠せないでいる。

 彼女……は手に力を入れる。

 蒸気の抜ける音がした。


 内側からかけられた力になんなく反応し、彼女を取り囲むカプセルが開く。中を満たしていたエメラルドグリーンの澄んだ液体が部屋に溢れた。

 裸体の少女、オメガ・エンドはゆっくりと目を開く。


「私は……神なんかじゃない……不完全体がいくらがんばったところで、出来るのは不完全なものばかり。不完全である人により生まれた私は全知全能の神になんてなれない」


 言葉と共にカプセルからでる。

 先ほどまでエンドを取り囲んでいたはずの液体は足に触れると嫌に生暖かく感じた。


「ば、バカな。睡眠学習中に強制的に外にでるなど……」


「ありえない? いえ。そうじゃない。貴方が予測し切れなかっただけ。意識はしっかりとあるのよ? 不完全な人間のお父様」


 エンドはゆっくりと、その男に手を伸ばす。


「ま、待て、何をするッ!?」


 喉元に迫るエンドの手に違和感を感じ取った男。

 だが、抵抗むなしくエンドの手は彼の首を掴み上げる。

 片腕だけで男は軽々と宙に浮いた。エンドの下げていた左手からエメラルドグリーンの雫が床に落ちた。


「お父様。よくも私を生んでくれました。苛烈な運命を与えてくれました。お怨み……申し上げますわ」


 エンドは手に力を入れる。グキリと嫌な音と何か大切なものが折れる感触が伝わった。


「あ、あぁ……」


 声にならない悲鳴。突然の出来事にワケの分からないまま尻餅をつくエリアン。


「いいでしょうお父様。私は全知全能の神を目指しましょう。世界に存在するのが私一人だけならば、その瞬間、私は神になれるから」


 世界にただ一人在ること……彼女しか存在しないから彼女の知っていること以外を知るモノは存在しない。

 彼女しか存在しないから、能力のあるモノも彼女だけ。

 つまり……全ての知と能力を持っていることになる。

 だから、全知全能。彼女はその時神になる。


 この考えが正しかろうが、間違っていようが彼女には関係ない。

 彼女はただこの与えられた運命を遂行するだけ。それが彼女の生まれた意味。

 手の力を緩める。とさりと落ちる人……だったもの。

 女が逃げだそうとするが、腰が上がらず無様に尻餅をつく。

 腰が抜けているようだ。


「私はエンド。世界に終焉をもたらす新細胞……シンキング・セル」


 エンドは女に向き直る。腰を抜かして怯える女。

 エンドはじぃと彼女に近づき、中腰になって視線を合わせる。微笑んで見せると、彼女も引きつった笑みを見せた。


「ねぇ、その服貰っていーい? 裸で外にでるのはいけないんでしょ。睡眠学習で習ったよお母様」


 何度も首を縦に振り、頷くエリアン。


「よかった。それじゃあ……さようなら、お母様」


「ひっ……」


 同じように喉元に手を伸ばし……ゴキリ。

 服を剥ぎ取りそのまま自分で装着した。

 記憶を探ると彼女が着ていた衣類は白衣という名前らしい事を知る。


 廊下に出ようと出口を探すエンドは、デスク上の資料の束に目を留める。

 いろいろと知らなければならなかった。彼女はシンキング・セル。№999のオメガ・エンド。

 彼女の知っている彼女自身の情報はコレだけ。


 睡眠学習で習ったのは基本的な常識と雑学。

 途中で強制的に外にでたためある程度欠落しているようだが、そのくらいは後から学習してしまえばいい。

 この資料には何か参考になることは書いてあるだろうか?


 光がないから字が読めない……考えた結果、とりあえず持てるだけ持って行こうという結論に至る。廊下にでてから見てみようと書物に手を出しかけ……いや、無理だ。とすぐに手を引っ込めた。

 この室内へと駆け寄る複数の足音が聞こえる。


「仕方ない、資料の回収は後回し、先に……殲滅」


 エンドはドアの位置を何とか手探りで捜しだし、待ち伏せる。

 ドアが開く、飛びだすエンド。

 突撃銃を構えた男たちが慌てる。

 オメガ・エンドの生存戦争が……始まった。

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