SIDEエンド:禁止三日間
「な、なんですかこれは?」
服を渡された私は、開口一番そう発していた。
渡された服は前と後ろにプリントの入った服で、まぁ市販されてるどこにでもあるような服だった。
ただ、一つだけ。
プリントされた柄……長い耳。
ふさふさの毛に覆われた小型動物の体。
赤い瞳、短い尻尾……ここまでならちょっと可愛らしい。
が……異様に発達し、肥大化している後ろ足。
鍵爪状の前足に顎まで伸びた上の歯……
どうみても化け物の絵だった。
「何って、ワグラビットじゃない? ほら、そこいらじゅうの山に住んでるでしょ? 遥か昔はウサギっていう動物だったそうだけど、環境適応のために進化した奴」
「いえ、まぁそれは睡眠学習で知ってますが……なぜ敢えてこの柄を選んで買ってこられたのかと……」
「可愛いから!」
メイリィは胸を張って即答した。
エンドは何も言えなくなった。
「酷いだろ、メイリィの服センス」
フオウがエンドの後ろからやってきた。
振り向いたエンドは苦笑いだけを返す。
「あ~ふ~ちゃんったらそんなこと言って~実は着たいんでしょう?」
「あ、いや……」
うろたえながらエンドの後ろに隠れるフオウ。
このセンスの悪い服を着るなどしたくはないだろう。エンドも嫌なのでさすがに手に持っても着るまでには至らなかった。
ただ、ここはエンドにとってチャンスといえる。
フオウの力を先に奪い、いつでも殺せる状態にしておくか……と、背後のフオウに手を出したその瞬間、
ガチャバタンッドタドタドタッ
玄関のドアが乱暴に開け放たれ、けたたましい音と共にそいつはやってきた。
「お兄ちゃんッ!」
居間の前に来ると、仁王立ちで床をドスッと蹴りつけた。
「き、キリス?」
「今日は私と外食するって待ち合わせしたよね? ……したよね?」
「……あ」
「あ? ああ? あって、今あって言った? つまりあれか? 私との約束なんて忘れてたと? ってかその人誰? メイリィと買い物してきたの? ふ~ん……そう……」
突然、腕捲りをしたキリスは右手を小指から順にパキポキと折り曲げていく。
「三日ほど逝っとくか? ああ? お・に・い・ちゃん?」
その表情はまさに鬼女。
頭からは枝分かれした突起が二本。腕を鱗が覆い始める。
関係のないはずのエンドでさえ身震いしてしまうほどだった。
「我は汝の行為を禁ずッ!(プロハビット・アラウズ)」
右掌を拳で固め、フオウに向って跳躍する。
「うわッ」
咄嗟に避けるフオウ。
目標を失ったキリスの力は、突き出された腕の先にいたエンドに向かって開放される。
何とも言えない沈黙が、場を支配した。
「……あ……」
キリスから流れる冷や汗。
エンドを上目使いで見上げ、手を離し、頬をポリポリと掻きながら可愛らしく苦笑いする。
「あ、はは……ごめん、間違えちゃった」
「あ……はは……何を間違えたのでしょう?」
さすがにエンドも許せるはずが無かった。米神に青筋浮かべエンドは思う。
……殺す。何をされたかは分からないけど……とても不愉快だ。と。
「あ、よ~ちゃん、能力使っちゃメ~だよバリバリ来るから」
バリバリ? 疑問には思ったものの、エンドはキリスに向かって光の束を向ける。
さすがにフオウたちの目もあるので傷付かないくらいには威力を弱めて……放とうとした。
「ッ!?」
力を解き放とうとした瞬間、右手に痛みが走った。
「これは……」
「キリスの能力だよ。多分自分で言ってたから三日くらい能力禁止になるのかな?」
三日……能力禁止? 言葉を反芻し、エンドの顔から血の気が引いていった。
咄嗟にキリスの腕を掴み念じる。
(我は汝が力を複製する)
身体に走る痛み。力が発動しない……
これはマズい。まさかのコピー能力禁止である。三日間、エンドは無防備になってしまうという事実だった。
複製もできないから相手の力を手に入れるという目的も果たせない。
「あ、あの……私の手を持ってどうしたの?」
「え? あ……いえ。面白い能力を発動してくださり、ありがとうございますわお姉様」
目一杯の皮肉を込めて言ってやった。
「彼女はヨーティ・ヒュリケって言って、今巷で話題のシンキングセルだよキリス」
「あ、ああ~、それでここに来たのね」
「でも、来る途中でい~ちゃんってのに追われてて……」
当のエンドを無視して繰り広げられる会話。
そのうち、キリスが頷いた。
「そうだね、彼女一人放り出すのも悪いし、能力も封印しちゃったからイルル姉さんに襲われないとも限らないし……いいわ。泊まってもらうことに異論ないわよ。私のせいでもあるんだし……ただ……」
寝る場所がない。キリスはそう私に告げた。
空いた部屋はいくつかあるものの、掃除もしてないので今日中に使える場所がないそうだ。
布団も同じ。今使えるのはキリスの布団か、お兄様の布団だけだった。
メイリィの家は狭いので論外。
居間や台所だと寝冷えの危険もあるし、第一布団が無いので寝るに寝られない。
順当ならキリスと二人でというのが安全なのだろうが、エンドとしてはキリスと寝るのだけはごめん被りたい。
となると……残るのは……
エンドとフオウか、キリスとフオウ。ま、兄妹同士なんで後者かな?
と、エンドが思っていると、キリスが勝手に決めようと口を開いた。
「そうだね、それじゃあ、私と一緒で……」
「嫌です」
キリスの申し出を即行却下。ここまでは予定通り。
「な、なんでよ!?」
「出会い頭に能力攻撃してくるような人と一緒になど寝れません」
エンドの言葉になぜか頷くフオウ。
「ついでに俺としてもキリスと寝るのだけはマジ勘弁だ」
「あ、はは……寝相凄いもんね」
「な、なによメイリィ! 私そんな凄くないよッ!? 寝るときと起きる時いっつも一緒の場所だし!」
「寝ながら三百六十度回転してるんだよ! 時々上下逆向きになったりもしてるし! 蹴られたよ何度も何度も……」
メイリィの反論に思わず押し黙る。
(……よかった。物凄く安心した……)
エンドは思わず安堵する。
「となると、必然的に残るのは……」
キリスがフオウを視線で射抜く。
「ふ~ちゃんとよ~ちゃんの組み合わせだね。ふ~ちゃんに限って間違いはないだろうけど……ま、間違い起こったほうがシンキング・セル的には全然おっけ~だけどね」
「だめだよメイリィ。そういうのはお互いの同意を得てからなの。結婚できるのは一人だけなんだからね! 規則だよ!」
「いやいや、き~ちゃん。それ人間はでしょ? 私たちシンキング・セルだし。別種だし。律儀にそんな規則守んなくても」
「だめよ。規則を外れた者は衰退するだけなんだから」
規則……とエンドは思う。
このキリスというお姉様。どうも規則、規律に関していろいろと五月蠅いようだ。
それに加えてあの能力……私にとっては危険人物でしかないわね。
能力が戻り次第殺さなきゃ。たとえお兄様たちに正体がばれる結果になっても、それだけの価値はあると思う。
エンドがそんな結論を出していることなど気付くはずもなく、キリスは夕食の準備に取り掛かるのだった。
登場人物
№001 ヲークス・ヲルディニア 蜉蝣の因子を持つ女性体。
能力名:??? 死亡
№274、 ケリアル・ツェマド 梟の因子を持つ女性体。
能力名:???
№275 ミディ・ネリィ 燕の因子を持つ女性体。
背丈は百四十前後で肩までの切り揃えた蒼い髪にカチューシャを填めた女の子
能力名:???
№441 イルル・キリク ???の因子を持つ女性体。
麦藁帽子を目深に被った白いワンピースの少女。炎の様に赤いストレートヘア。
能力名:再生の焔
優雅なる火炎の灯
:掌から発生する炎の玉。
消える事無き命の焔
:再生の炎に包まれることで自身を完全に復活させる能力。自動発動。
№444 フオウ・ワウン 龍の因子を持つ男性体。
能力名:空気操作
№445 キリス・ラーニリア 龍の因子を持つ女性体。
肩にすらかかってない自称ストレートヘアに左右から青いリボンを結び付けたいつもの髪型の少女。
能力名:禁止
我は汝の行為を禁ず(プロハビット・アラウズ)
:シンキングセルの能力を禁止する。禁止日数は最大で一年。
№446 メイリィ・スウ 蛾と蝶を持つ女性体。
ショートカットの黄色の髪の活発な少女。
能力名:電撃
雷撃を纏いし拳
№482、ヤオ・ソーティア
ポニーテールの女。
黒のタンクトップと太股の部分で乱暴にちぎり取ったようなジーンズを着ている。
能力名:???
№998 ヨーティ・ヒュリケ 鶴の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、170くらいの背丈に爆乳を持つ。
エンドのプロトタイプとして作られたためか容姿はそっくりになっている。
能力名:光線操作
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。
№999 オメガ・エンド 人間の因子を持つ女性体
金色のロングストレートに優しそうな眉、意志を宿した瞳、薄紅の柔らかそうな唇、小柄な体躯に胸は動きやすさを追求しこじんまりとしている。
能力名:コピー&ペースト
我は汝が力を複製する(コピー)
:シンキングセルの能力または身体の状態をコピーすることができる。
コピー済み能力
駆け抜ける閃光
:光を集め照射するレーザービームを放つ。




