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第九話



 ユリウスが帰ってきたのは見送ってから十日ほどした月半ば、小雪が舞いはじめた頃のことだった。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「……ただいまだ」


 大きなユリウスを乗せた大きなメテオール号の背中には、ぐるぐる巻きにされた毛皮が積まれている。やっぱり魔銀のタグは伊達じゃなかったらしい。


「留守中、どうだった?

 変わったことはなかったか?」

「お手紙が幾つかと、王都から本が届いたわ。

 それから、巡察官さまがいらしたわよ」

「何だと!?」


 あ、驚いてる。


 ……わざとじゃないならしょうがない、流してあげようかな。

 寒い中、言葉通り熊狩りを頑張ってたようだし。


「すまなかったな。

 巡察官が来るなら、例のアレを表に出してからだと思っていたのだが……」

「また来るみたいよ。

 お手紙と書類束をお預かりしたわ」

「……そうか」


 例のアレ───ダンジョンがあるなら領地の収入も大きく伸びるだろうし、巡察官もさぞ問いつめ甲斐があるはずだ。今度はご当人にお相手して貰わないとね。


「そっちはどうだったの?」

「狩るには狩れたが……正直言えば、見込み違いだった」

「あらら……」

「森の浅いところで2頭仕留めたが、思ったより数がいそうでな」


 むむむと眉根を寄せてユリウスは唸っているけど、わたしも小さくため息をついた。


 いまギルドから依頼を受けて調査に出ている冒険者やユリウスのような、腕に覚えがある人なら、ベアルが出ても勝てる可能性は高い。でも普通の人には無理だというのは、わたしにもわかる。

 砦の再建に来てくれる石工さんや大工さんの安全に関わるし、資材を運ぶのにも都合が悪い。


 そうなると、当然お店の開業も遅れるわけで……。

 ついでにわたしなんかは、日常的に困りそうだ。

 まさかユリウスに仕入れは頼めないし、人を雇うにしても荷役馬だけで済むのか荷役馬にくわえて護衛まで必要なのかで、出ていくお金が全く変わってくる。


「まあ、春になって様子を見てからだな。

 地道にやれば俺一人で狩れる数か、ギルドを頼みにせざるを得ないほどの数か、その時点で見極める」

 

 どちらにしてもベアルは退治するつもりのようで、ちょっと安心。

 取り敢えず肝と毛皮を売りに行ってそのままギルドに寄るからと、ユリウスは来た道を戻ってしまった。


「……」


 わたしに顔を見せる為に、わざわざ宿屋を先回しにしてくれたんだろうか。

 豪快かつ破天荒なようでいて、やはりどこかで律儀な人だった。




 ▽▽▽




 熊狩りから戻ってきて二、三日、ユリウスは手紙の返事やら巡察官に命じられたらしい書類の用意で、部屋に篭もっていた。


「書類仕事は苦手?」

「読むのが精一杯だ。言葉なんぞ浮かばん」


 数字を埋めるだけの書類なんかは聞き取りついでにわたしも手伝ったけど、最後には商工組合に駆け込んで代書屋さんを呼ぶ羽目になった。巡察官───お貴族さまに出す不在の詫び状なんて、どう頑張っても元冒険者と元雑貨屋の店番には思いつけない。


「これはグランヴィルの貴族院、それはオルガドの工房、あっちはアルールのまだ向こうのエヴルー……」


 それをまとめてギルドに持ち込むと、宛先を告げるたびに係の人が台帳をめくり、料金が加算されていく。


 大きな街同士なら、ギルドの連絡馬車が定期便を結んでいた。その先は配達の依頼が出されて誰かが宛名を訪ね歩くけど、手紙一通なら自分で行くよりは安い。わたしの実家があるアルールのラマディエ市街までなら4グロッシェン半、たまになら出してもいいかなと思える金額だ。

 今回は、ベルトホルトお爺ちゃんに手紙を出すというユリウスが声を掛けてくれたから、相乗りさせて貰ったけれどねー。


 配達依頼の控えを待つ間に、手紙の宛先などを話題にする。


「オルガドの工房にいたベルトホルト殿の弟子は、希望する徒弟が居れば連絡すると約束してくれた」

「来てくれそう?」

「わからん。

 例のアレは話題に出来なかったから、望み薄だとは思っている。

 また日を改めて訪ねるかな」

「それが良さそうね」

「雑貨屋はジネット、鍛冶屋はベルトホルト殿の孫弟子として、宿屋は『パイプと蜜酒』亭の親父に声を掛けてあるが……」

「ヴェルニエとは距離があるからパン屋さんも欲しいけど、最初は無理そうね」


「おい、そこの若夫婦」


「……!?」


 ほんの一瞬だけ、ユリウスと視線が重なる。


 ……ここで慌てないのが、慣れた店番というもの。

 心に浮かんだあれやそれをうち消しながら振り返れば、口をへの字にまげたギルドマスターが立っていた。


「ギルドに顔を出すなら声ぐらい掛けろ、この不精者。

 ……例の件、報告がまとまったぞ」

「おお、もう出たのか!」

「雪が積もる前には一度帰れと指示してあったからな」


 そのまま奥の部屋に引っ張り込まれると、先日と同じようにディートリンデさんが現れた。

 美人な上に出来るお姉さんって感じの人だから、領主代理の時はちょっとだけ仕草や言葉遣いを意識してたっけ。


「こちらが詳細な報告書です」

「……随分と分厚いな」

「当たり前だ。

 筋肉しか詰まっとらんお前の頭でも分かるように説明するなら、未踏破ダンジョンの初期調査に1000ターレルもの費用を請求する理由の一つでもある。

 白銀以上の専門職で組まれた調査隊への報酬以外にも、国への届け出や各ギルドへの情報回覧、危険度の判定、場合によっては再調査や支部の設置まで考えねばならんからな。

 事務方も忙しいのだぞ」

「むう……」

「……ジネット様にお預けしましょうか?」

「そうしてくれ」


 その紙束が、わたしの前にどんと置かれた。

 もちろんディートリンデさんが乱暴なんじゃなくて、羊皮紙混じりの紙束が分厚くて重いから。……よし、帰りはユリウスに持たせよう。


「で、どうだった?」

「ぶっちゃけると、当たりだ。

 支部は全額こちら持ちで出してやる。……いや、出さざるを得なくなった、というところか」

「ほう?」

「第二階層で魔晶石持ちのインプが出た。

 調査隊は最低限小規模以上の魔族型ダンジョンと判定している」

「浅いところでインプと言えば、ポンヌフの迷宮に近いのか?」

「どちらかと言えばレニエの大洞窟だな。

 半月潜ってやっと第二階層への降り口を見つけたそうだ。

 魔物はそれほど強くないが、直行でも丸一日という話でな」


 ダンジョンの中身がどうのという話は、重要だけれど実は……わたしにはあまり関係ない。


 それはユリウスのように強い人も駆け出しの少年も、雑貨屋で買うのは戦うための道具ではなくて、堅焼きパンにランタンの油、水袋や麻縄のような、生きる為に必要な品物だから。

 ダンジョンにいても街にいても、人は水を飲み物を食べる……生きていることに変わりない。

 お父さんの受け売りだけどね。


 広いなら一人が一度に沢山買うから、仕入れる量は多めがいいって考えるぐらいかな。

 本当は魔法薬───ポーションも仕入れたいけど、仕入れ値と手持ちのお金を天秤に掛ければ後回しになってしまう。わたしの生活費や商品全体の量も、きちんと考えておかないとね。


「でだ、ダンジョンの管理占有権はギルドに預けてくれるんだったな?」

「うむ。

 最初からそのつもりだが……」

「では提案だ。

 支部はこちら持ちで出してやるから、領主様よ、お前は砦までの馬車道を整備する依頼をギルドに出してくれ」


 うわあ……。

 魔晶石が出るダンジョンは、それだけ儲かるのかなあ。


 『ギルドが支部を出す』。

 これは何も、建物をぽんと建てておしまいって意味じゃない。

 人を派遣して滞り無く運営し、冒険者からの徴税も代行するということだ。


 ……ここのところ、領主代理としてユリウスだけじゃなくマスター・アロイジウスやディートリンデさんから色々教え込まれているわたし、いらない知識がどんどん増えていく。ユリウスには早々に代官でも雇って貰って、雑貨屋一本にしたいところだ。


「馬鹿野郎、そんな金はどこにもないぞ。

 砦の修理代で俺の財産はほぼ消える予定なんだが……」

「なきゃこっちで貸し付けてやる。

 実際は、ダンジョンの管理権貸与で発生する上納金から引かせて貰うことになるが……どうだ?」

「確かに道は優先したいが……」

「ああ、お前は借金が嫌いだったか」

「まあな。

 人に金を借りると、碌でもないことになると決まってる」

「しかし、馬車が使えないとなると、砦の再建どころかその後が大変だぞ」

「だがな……」

「……」


 借金はわたしも好きじゃないしその気持ちも分かるけど、馬車は絶対に必要だ。

 名ばかりの領主代理、あまり出しゃばるべきじゃないことは分かっている。ユリウスの気持ちをまげるのも、本意じゃない。


 でもここは勝負どころだった。


 どうしようか。

 ちらりとマスター・アロイジウスを見ると、小さく頷いてくれた。


 よし。


 わたしは意を決して、隣に座っているユリウスの袖を小さく引いた。


「旦那様」

「うん?」

「借金がお嫌いなのはわかりましたが、もう少しアロイジウスさまに詳しい内容をお尋ねになられてはいかがでしょうか?」

「しかしな……」

「ジネット殿」

「はい、マスター・アロイジウス?」


 助け船かなと、小柄な老人と視線を交わす。


「貴女は『パイプと蜜酒』亭で、この筋肉馬鹿の胸ぐらを掴み上げて説教をしたと聞く。

 言葉遣いに遠慮などいらんから、この場でとっとと言いくるめてくれ」

「……おい、『孤月』」


 ……随分と酷い言われよう。


 それにしても……ギルドの情報網は、そんなことまでギルドマスターの耳に入れるほど暇なんだろうか?

 わたしはユリウスの胸ぐらを掴んだ覚えはない。ただ頭に来て、怒鳴りつけただけなんだけど……。


 あ、それも大概酷いか。


 でもここは一つだけユリウスに頷いて場を引き受け、マスター・アロイジウスに乗っておく。


「マスター・アロイジウス、ディートリンデさん。

 シャルパンティエまで馬車道を通すのに必要な金額は、どのぐらいになりますか?

 お顔を拝見する限り、見積もりが出ているように思いましたが……」

「石畳なんて贅沢を言わず田舎道で済ませるなら、一部の山がちな部分を考えても通しで2000ターレルはかかるまいよ」

「砦付近も元々馬なら楽に通れる程度の道は残っていますし、湖の少し先までなら今も馬車が使えると聞いております。

 その分も考慮して見積もっていますわ」

「ありがとうございます。

 ではダンジョンの占有権が生み出す上納金は、いかほどと予定されていますでしょうか?」

「暫定的にだが、月に100ターレルだ」


 12ヶ月分なら年に1200。差額は800。

 わたしからすればとんでもなく高い金額でも、2年で返済できるなら大丈夫かな。……熊の毛皮と肝も結構なお値段だったし。


 だけど……ここでそのまま頷いて、ユリウスに800出せと言うわけにはいかない。

 絶対に機嫌を悪くする。


 ほんのちょっとだけ、道筋をひねっておけばいいかな?


 ダンジョンの中のことはわからないけれど、ダンジョンの『外』のことならわたしも少しは知っていた。


「マスター・アロイジウス、騎士ユリウス、ご提案があります」

「ん?」

「ふむ?」

「年末決裁の売り掛けになさってはいかがでしょうか?」

「悪くないな」

「……何が違うんだ?」

「借金、したくないんでしょ?」


 わたしは渋るユリウスに詰め寄った。


「『来年の』年末まで、何ヶ月あると思う?

 ユリウスも、熊狩りとか村人集め……ううん、もっと直接的にダンジョン潜って稼いでもいいかもしれない。獣や野盗なら、余裕あるんでしょ?

 わたしもお店を頑張って、ユリウスの懐がなるべく早く潤うようにする。

 年末までに800ターレル集めれば、それは借金じゃなくなるわ。

 早い分にはマスター・アロイジウスも困ったりはされないと思うし……」

「無論だ」

「もちろん足りなくても、元々2年掛けて返すものだし。

 出ていくお金も入ってくるお金も変わらないから、ここはマスター・アロイジウスの仰ることを聞いて、先に道を広くしておくべきよ」


 お互いに支払いが発生するなら、相殺分をわざわざ用意することはなかった。

 年末にお互いの請求書を突き合わせて、過不足の分だけどちらかが用意すればいいのだ。


 これならユリウスはお金を借りたという気分にならなくていいし、今は手元不如意でも1年ほど余裕ができる。うちの実家もギルド相手には売り掛けが基本だったし、ましてや領主さまの信用度は雑貨屋の比じゃない。


「それに……砦の修理費用も、たぶん安くなるわよ。

 今の見積もりって、馬車使えない時のままでしょ?

 ついでに……ギルドにも恩が売れるんじゃないかな」

「恩!?

 何故だ?」

「マスター・アロイジウスが出さざるを得ないと仰られてる支部の開設費が、確実に安く上がるから。

 もちろん、わたしもよ。お店を建てる時、同じ理由で安くなるもの。

 ……で、どうするの?」

「……わかった。

 ここは『ジネット』の言うことを聞いておく」

「うん、ありがと」


 半分以上無理矢理に頷かせてから、これでどうでしょうかという顔でマスター・アロイジウスを見ると、何故か微妙な顔つきでユリウスと同じように頷かれてしまった。


 なんでだろう?

 この場でとっとと言いくるめてくれって言われたから、頑張ったのに……。



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