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シャルパンティエの雑貨屋さん  作者: 大橋和代


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第七十話


 夜会は無事に終了し、わたし達は与えられた客間に戻って疲れを癒した。……というか、夜食にも手を着けずにすぐ眠った。


 明けて翌日の早朝、アリアネに大荷物を預けたままヴェルニエを後にする。……竜で送ろうかってリヒャルトが気を使ってくれたけど、流石に遠慮した。


「あっと言う間、だったね」

「ああ。これで一つ、肩の荷が下りた」


 勢いに任せて走るメテオール号が、とても頼もしい。




 お昼前には、シャルパンティエに戻ることが出来たわたし達だった。途中でペガサスに乗ったギルドマスターさん達に追い抜かれたけれど、これは仕方ない。


「領主様のお戻りだー!」


 領主の館の城壁の上、かんかんかんと鐘もどきを鳴らしているのは、『英雄の剣』のヨルク君達だ。一足先に、こちらに戻っていたらしい。


「メテオール、ご苦労だった!」


 ひひん!

 ふぃあ!


「俺は『孤月』のところに行くが……」

「後でご挨拶に行くつもりだけど、とりあえず、お店に戻るね」

「うむ」


 広場に人影がないのを確認してから、口づけを交わす。


 ギルドの裏手、奥の道に向かうユリウスを見送ってから、わたしはお店の扉をかららんと開けた。


「お帰りー、お姉ちゃん、フリーデン」

「ただいまー」


 ふぃあー。


「あれっ? アリアネは?」

「後から馬車に乗って戻る予定だよ。大荷物になっちゃって、ちょっと大変だったの」


 カウンターの下からいつものエプロンを取り出し、アレットと交替する。

 うん、やっぱりここがわたしの定位置だ。一番落ち着く、かなあ。


「夜会、どうだったの? やっぱりすごかった?」

「冗談抜きですごかったよ。もうね、ほんとにきらきらしてた」

「あたしも行きたかったなあ……」

「マリーに頼んでみれば? レーヴェンガルト男爵の義理の妹です、とか案外理由になるかもよ」

「……それはちょっと、どうかと思うなあ。あ、そうだ」


 明日の打ち合わせがあるからと、アレットはそのまま出ていってしまった。


「……ふう」


 ……ふぃあ。


 フリーデンと顔を見合わせ、なんとなくため息。


 明日結婚式なのに、何故かいつも通りに店番をしているのはいいけれど。

 どうしてか、このまま今日一日、店番をすることになりそうな気もしてきたよ。




 その予想は見事に当たり、結局、夕方までは留守中の帳簿付けとお掃除をして過ごしたわたしだった。


 お客さんは一人も来なかったけど、これは理由が思いつく。

 結婚式には、冒険者の皆も手伝いに来てくれると聞いていたし、『魔晶石のかけら』亭の方から結構騒がしい音がしてたからね。ダンジョンに入ってる人がいないんじゃ、堅焼きパンもランプ油も売れないや。


 そんな感じで寂しく過ごしていたけれど、夕暮れ時になると一気に馬車の列が到着して、広場が人で溢れかえった。


 窓からこっそり覗いてみれば、黒馬車の列に荷馬車が混じりあい、馬車から降りてきた代官夫妻や騎士様が、あちらこちらを指さしながら談笑されている。付き人の数も多いので、そりゃあもう大騒ぎだ。あ、アリアネも無事、戻ってきたね。


 今日はヴェルニエで泊まって明日の朝、竜で来る人も多いけれど、みんなわたしとユリウスのために、忙しい時間を割いて下さった人達だった。


「……よし!」


 ユリウスの姿はないけれど、お出迎えのご挨拶は必要だ。……これも奥さんの大事なお仕事、だよね。


「ようこそ、シャルパンティエに!」


 わたしはかららんと扉を開き、その中に飛び込んでいった。


 しばらくお客様と立ち話をしているとアレットが走ってきて、お姉ちゃんはこっちとアロイジウス家に引っ張って行かれる。


「最後の仕上げはお姉ちゃんじゃないとね」

「……婚礼衣装の?」

「まあね」

「準備、ありがとね。大変だったでしょ?」

「んー、でも、楽しかったよ」


 えへへと笑うアレットに、腕をからめる。


「そうだ、お料理は慣れた?」

「ちょ、ちょっとだけ、かな」

「落ち着いたらさ、うちの朝食はアレットに任せるからね」

「あー、うん。落ち着いたら、ね」

「ラルスホルトくんも呼んでいいからさ。そしたら、頑張れるでしょ」

「……うん」


 んー? 何かアレットの様子が変だ。

 さては結婚式の準備にかこつけて、お手伝いから逃げてたかな?

 ほんと、落ち着いたら、この子のこと、なんとかしなきゃ。


「こんばんは!」

「おう、来たか!」

「はい、いらっしゃい」

「待ってたわよ、ジネット!」

「え、コルネリエさん!?」


 アロイジウス家にはアロイジウスさまとパウリーネさま以外にも、思わぬお客様、『ワーデルセラムの聖女』コルネリエさんと、ユーリエさんがわたしを待っていた。もちろんユリウスは招待状を送っていたけれど、コルネリエさんに来て貰うのは難しいかもと唸ってたからね。すごく嬉しい。


「昨日のうちに、こちらには来ていたのよ。コンラートが竜で迎えに来てくれたからね。うちの旦那は、そこの宿でユリウスと飲んだくれてるはずよ」

「ユーリエさんも宿の方が忙しい日なのに、ごめんなさい」

「いいのよ。ジネットちゃんの婚礼の前夜って、本当に今日しかないもの」

「さあ、いらっしゃい。こっちよ」


 応接室には、婚礼衣装が大きく広げられていた。

 これは想像以上かも……。


「うわ……」

「ふふ、素敵でしょ」

「みんなで頑張ったんだよ、お姉ちゃん!」


 真っ白で、とても裾が長くて、えっと、その……うっとり見入ってしまう。

 これ、明日着るんだよね……。


「最後の一縫いの前に、試着してみましょ」

「あ、はい」

「俺はちょっと行って来る」


 アロイジウスさまが孤児院から院長先生とシスター・アリーセを呼びに行って下さっている間に、簡単にお着替えして寸法違いがないか、ユーリエさんに確かめて貰う。


「あ、袖口もいい感じです」

「これなら大丈夫です、パウリーネさま」

「じゃあ、急いで脱いで頂戴」


 着替えたら、今度は明日のお式の備えてわたしの身を浄め祝福を授けて貰わなきゃいけない。

 別に普段から汚れてるわけじゃないんだけど、まあ、結婚式に付き物の儀式の一つだ。


「では、皆様」

「ええ、お願いね」


 アロイジウスさまとパウリーネさまは、親代わりを引き受けて下さっている。何から何まで、本当にお世話になりっぱなしだ。


 コルネリエさんは聖職衣に着替え、大きな聖杖をしゃらんと鳴らした。

 聖水が振りまかれ、お香が焚かれる。


 わたしは跪いて、目を閉じた。


 三人の聖職者が順に言祝ぎ、アロイジウスさまとパウリーネさまが聖神へのお礼と祈りを口にする。


 潔斎の儀式は最後にもう一度、コルネリエさんがしゃらんと杖を鳴らして無事に終了した。


「さあ、あなた達は『魔晶石のかけら』亭に行っちゃいなさい。今ならまだ、お料理も沢山残っているはずよ」


 院長先生とシスター・アリーセが孤児院に帰ると、パウリーネさまはコルネリエさんとアレットを追い立てた。……身を浄めたわたしはもちろん、明日の朝までアロイジウス家から出てはいけない決まりになっている。


「そうだ、ジネット。ちょいと耳を貸せ」

「アロイジウスさま?」


 ちょいちょいと手招きされたので、耳を寄せる。


「あいつ、な」


 ……もちろん、ユリウスのことだ。


「なんでもお構いなしにばくばく食うように見えて、実はにんじんが苦手なんだ」

「ぷ……」

「夫婦喧嘩でもした次の日にゃ、にんじん尽くしの朝食でも出してやんな。すぐに向こうから頭下げてくると思うぞ」


 にやっと笑ったアロイジウスさまは、ぽんとわたしの肩を叩いた。

 ……ふふ、ほんとに『お義父さん』みたいだ。


「おう。三人とも、行くぞ」

「はーい!」


 その後ろ姿に大きく一礼して、そっと玄関の扉を閉める。


「ジネットもお疲れさま。さ、お茶でも飲みながら、少しお話ししましょうか」

「はい。あ、わたしが用意しますよ」

「じゃあ、お願いね」


 勝手知ったる……ってほどじゃないけれど、アロイジウス家の台所は何かと使わせて貰うことが多く、お茶の用意で迷うこともなくなっていた。


 婚礼衣装を広げた応接間は明日まで使えないので、台所のテーブルで向かい合う。


「……『夜風』のこと、聞いたかしら?」

「はい。あの……精一杯、頑張ります!」

「駄目よ、そんなに肩肘張ってちゃ。……陛下に飾らず世情をお伝えする大事なお役目だけど、あるがままのあなたが、あるがままにお手紙を書かないと、意味がないの。だから……そうね、お友達にお手紙を書くのと同じでいいかしら」


 一見、簡単そうに思えて、とても難しいのかもしれない。


 でも、ユリウスと二人でもう決めたんだから……あ!

 前に『星の大河』を譲られた時に『もう決めたから』と仰られていたのは、『夜風』のことだったのか……。


「でも、もう『夜風』は『夜風』でなくるの。次からは、『洞窟狼の懐刀』、ね」

「……はい」

「さ、このお話はまた、落ち着いてからにしましょ。それよりも、ユリウスくんとジネットのことを聞きたいわ」

「わたしもアロイジウスさまとパウリーネさまのこと、たくさん聞きたいです!」


 微かに聞こえてくる『魔晶石のかけら』亭の喧噪を背に、その日はたっぷりパウリーネさまと話し込み、一緒のベッドで手を繋いで寝た。




 翌朝は快晴だった。

 冷え込むってほどじゃないけれど、夏の終わりはもう来ているなと感じる。


 パウリーネさまを起こさないようにしてベッドを抜けだし、台所の水場で顔を洗う。


「……【水よ集え、球と為せ】」


 いつまで外に出ちゃいけないのか、きちんと聞くのを忘れたし、誰かに会うのも少し恥ずかしい気分だった。


 ユリウス、どうしてるかなあ……。


 昨夜、アロイジウスさまはこちらに帰っていらっしゃらなかった。パウリーネさまが『お義母さん』としてわたしについていて下さったように、ユリウスの『お義父さん』をされてたんだと思う。

 ううん、もしかすると、お義父さんじゃ照れくさいから、冒険者の先達として振る舞っておられたかもしれないけれど、まあ、似たようなものだろう。


 でも、男の人はそういう面倒くさい矜持こそがどうしても譲れないのよと、昨夜教えて貰ったばかりだった。


 かりかりっ。


 何をするでもなく、窓から入ってくる朝日をぼーっと眺めていると、フリーデンが来てくれた。


「最初に出会った時からすれば、あんたも大きくなったよねえ」

 ふぃあ。

 育ち盛りの小さな毛玉はぐんぐん大きくなって、今じゃ襟巻きの一歩手前ぐらいには大きくなっている。


「来年には、あんたのお嫁さんも探さなきゃならないか」


 ふぃ?


 ……今度ユリウスに頼んで、領内ではテンの狩りは禁止って、お触れを出して貰おう。


「今日は忙しいから、シャルパンティエの警備をお願いね、フリーデン」


 ふぃあ!


 結婚式の日の朝は、とても静かに始まった。




 もちろん、静かだったのはパウリーネさまと朝食を食べ終えるまでで……。


「誰か水汲んできて! 手桶に三杯!」

「おう、あたいが行って来る!」

「こらジネット、動かないで!」

「お嬢様、足を少し伸ばして下さいませ」


 花嫁の控え室になったアロイジウス家の応接間、一瞬で激戦場になっている。


 パウリーネさまはもちろん、アレットやディートリンデさんらいつものシャルパンティエの面々に、『水鳥の尾羽根』のルーツィアさんや『祝祭日の屋台』のカミラさん、わざわざシャルパンティエに戻ってきてくれた新人のマルタにグ-ドルーンら女性冒険者達、更にお化粧術や着付けが本業の、ゼールバッハ家のメイドさんらが、鬼気迫る勢いでわたしを花嫁に仕上げていった。


 今頃は、ここにいないユーリエさんにイーダちゃん、ギルドのウルスラちゃんやアリアネは、お式の後のお料理の方に取りかかっていて、手が放せないそうだ。


「まあ、なんて大きな翠玉!」

「……さっすが、『洞窟狼』。贈り物も半端じゃないねえ」

「愛されてるじゃん、ジネット!」

「お姉ちゃん、これはちょっとすごすぎるよ……」


 ユリウスから贈られ、大夜会でもつけていた翠玉のネックレスには、みんな大きなため息をついていた。

 宝飾品には今ひとつ疎いわたしは、すごいなあぐらいにしか感想を思いつかないけれど、本当にすごいものらしいということは少し分かってきたかな……。


 からん、からん。


 教会の鐘がその時を告げると、みんな一瞬固まった。


「きゃあああ、もう時間!?」

「花嫁さんのお支度、もう終わってる?」

「大丈夫、ばっちり!」

「ああ! ヴェール! ヴェールがまだ!」

「ねえ、旦那様もう玄関に来てるよ!」

「ルーツィアの姉御、あたしらも並ぶんだろ?」

「そうだった、急ごう!」


 ばたばたと人が入れ替わり、わたしもパウリーネさまに手を取られた。


「行きましょ」

「はい」


 長い裾はゼールバッハ家のメイドさんが持ってくれていたけれど、途中からマリーとアリアネとイーダちゃんに代わった。


「せーの!」

「ジネットさん、お幸せに!」

「うん、ありがとう」


 玄関口に向かえば、もちろんユリウスが立っていた。




 ……いつもの鎧姿で。




 これは……色々と諦めた方がいいのかもしれないし、この徹底振りはいかにもユリウスらしいとも思えた。


 王子殿下さえご出席される大夜会でさえ同じ格好だったし、マントが真っ白いからこれは婚礼の正装だと言い張るんだろうなとさえ、想像がついてしまう。


 ……あーあ。


 こうやって、徐々に慣らされてきたんだろうな、わたしは。このぐらいじゃ驚かなくなったよ、もう。


「ジネット、手を」


 言われて気付いたけれど、ユリウスの手には小さなブーケがあった。


「うん、ありがと」


 ブーケを受け取って、差し出された腕にそっと手を添える。


 最初の一歩は、二人同時に踏み出した。




 玄関先から教会までは、冒険者が等間隔に並んで、それぞれの武器を掲げていた。


 一番手前は、貰い物のマントだけを身につけ、ユリウスが削った素振り用の木剣を掲げたフランツだ。

 少し向こうには、ラルスホルトくん作の魔法剣を高々と突き上げているカミラさんもいる。


「おめでとうございます、『洞窟狼』殿!」

「ジネットの姐さん、お幸せに!」


 剣に槍に戦斧に魔法杖に聖杖に……みんなばらばらだけど、それがいかにもシャルパンティエらしくて、笑顔になる。


「今だけは、我らの『騎士』達だからな。遠慮なく受け取るといい」

「うん」


 がっしゃんがっきんと、武器を打ち鳴らして歓声を上げるみんなに笑顔で答えながら、ゆっくりと教会に向けて歩く。


 アロイジウス家と教会はお隣さんだから、すぐだけどね。


 教会の礼拝堂は前扉が大きく開け放たれ、見届け人の席でもある信徒席は、来賓の貴族様を中心に全部埋まっていた。


 笑顔で会釈しながらその間を通り抜け、台座の手前で頭を垂れる。


 神官様は、院長先生でもコルネリエさんでもなく、知らない方だった。お二人を……特に高位神官であるコルネリエさんを従えてらっしゃる立ち位置から考えると、気を回してどこかから偉い方をわざわざ呼んで下さったのかもしれない。


 ……ついでに言えば、年の頃は四十台に思えるけれど、若い頃はものすごい美男子だったに違いない。でも、誰かに似てるなあ……?


「これより、婚姻の儀式を執り行う」


 朗々としたよく通る声が、礼拝堂に響きわたった。


 お決まりの言祝ぎがあって、次に夫婦のあり方の説話。最後にご先祖様へのお礼とまだ見ぬ子孫への言祝ぎ。


 アルールとこちらでは少し違いがあるらしく、真面目な夫婦の小さな行き違いを題材にした神官様のお話は面白かった。


 やがてそれも終わり、神官様は聖印を切ってから、改めてわたし達の名を口にした。




「愛すべき聖神の子、新郎たるユリウス・フォン・レーヴェンガルトよ。汝、聖神の名に於いて、生涯このものを愛し、敬い、そして妻とすることを誓うか?」




「誓います」




「愛すべき聖神の子、新婦たるヤネット・フォン・クラウスよ。汝、聖神の名に於いて、生涯このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓うか?」




「誓います」




「では、誓約の口づけを」



 ユリウスの大きな手が、わたしのヴェールをめくる。




「……」

「……ん」




 わたし達はその日、夫婦になった。


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