第六十六話
シャルパンティエに戻って四日目、ユリウスが戻ってくる気配は全然なかったけれど、ヴェルニエから仕立屋さんが到着した。
「毎度のお引き立て誠にありがとうございます、パウリーネ夫人」
「無理を言って悪かったわね、ダンクマール」
「いえ、これもまた新たなご縁の広がりでございますれば、このダンクマール、心より感謝致しております」
パウリーネさまがわたしの為に呼んで下さったのは、ヴェルニエで一番の仕立て屋さん、『大輪の白百合』服飾工房の大親方ダンクマールさんとそのご一行様だ。
残念ながら、この『大輪の白百合』服飾工房は東方辺境に住む貴族や豪商が主な顧客の大店で、冒険者向けの商品を気軽に注文できるようなお店ではなく、うちの『地竜の瞳』商会は取り引きをしたことがなかった。
「こちらのお嬢様が、今回ご紹介いただくお客様でございますか?」
「ええ、そうよ。ほら、ジネット」
「お初にお目に掛かります、『地竜の瞳』商会のジネットと申しま……す」
あああ、違うってば。
相手も商売人でしかも大店の大親方だからと、いつもの調子で丁寧に挨拶したのがそもそもの間違いだ。
ダンクマール大親方がわざわざシャルパンティエまで来たのは一体『誰の』ドレスを仕立てるためなのか、気付こうよわたし……。
「……おほん、失礼しました。レーヴェンガルト領の筆頭家臣、ジネットことヤネット・フォン・クラウスです。本日は、遠路ようこそ」
「ほう、では貴女様がかの『洞窟狼の懐刀』でいらっしゃったのですな! このダンクマール、是非とも張り切らせていただきますぞ」
「は、はい……」
……その二つ名は、もうわたしから離れてくれそうにないんだね。
挨拶もそこそこに、わたしは着ている物をはぎ取られ、陶器のお顔が付いた飾り人形のようにして全身の寸法を計られた。
衣装箱や採寸道具の入った行李が開けられ、見慣れているはずのアロイジウス家の応接間は別室のようになっている。
「では、ジネットお嬢様、腕を水平に上げて下さいまし」
「は、はいっ!」
布を当てられ、紐を当てられ、首をぐるんと回される。
……お嬢様って育ちでもないしそんな歳でもないけれど、未婚の娘であることも間違いないので反論は控えておこう。
弟たちに着せていた子供の普段着ぐらいならわたしも作れるけれど、やっぱり本職のお針子さんは全然違うね……。
「アデーレ、エミーリア。お預かり物の用意をなさい」
「はい、マルティナ様」
「カーリン、あなたも先に、ジネットお嬢様の髪色に合わせた髪飾りの用意を」
「はい、マルティナ様! ジネットお嬢様、お嬢様の髪はとても素直でいらっしゃるので、飾り甲斐がありますわ!」
ダンクマールさんの連れてきた針子さんや装飾品係の女性達は、てきぱきと動いてわたしを表替えし、裏返し、両手を上げさしたり下ろしたりしながら、帳面を付けていく。
もちろん、男性であるダンクマールさんはパウリーネさまと一緒に食堂へと場を移している。わたしについてのあれこれをお話されている真っ最中だろう。
そちらの方の中身もものすごく気になるけど、今のわたしはお人形さんだから自分の意思じゃ動けない。
ちなみにアロイジウスさまは、今日は俺の出番はないからと『魔晶石のかけら』亭へと早々に避難されている。少しだけ、申し訳ない。
一通りの採寸が終わる頃には、わたしは当然へとへとになっていた。
もちろん、休んでる暇なんてない。
「マルティナ様、こちらを」
「……噂には聞いていたけれど、素晴らしいわね」
「はい……」
ちらりとそちらに目をやれば、お針子さん二人が、濃いめの藍色にところどころ宝石のあしらわれた美しいドレスを広げていた。
たぶん、パウリーネさまがお持ちの一着だ。
噂でしか知らないけれど、ドレスを一から作ろうとすれば、刺繍から裾飾りまで、ものすごい手間暇を掛けて作られるので、普通は数週間から数ヶ月かかると聞いたことがある。
もちろん、来月には間に合わないからどこかでお借りできる算段を付けなきゃと、最初は考えていた。パウリーネさまが大丈夫と仰って下さったから、心配はしてなかったけどね。
本物のドレスを間近で見るなんてわたしももちろん初めてで、少し緊張しながらも目が離せない。
よく見れば、袖口のレースも細かなら襟元は少し大きめに空いているけれど上品なカットで、裾は引きずるほどじゃないけれど、静かに歩くだけでふわふわと広がって目を惹くだろう。
女王様が着るドレスだと言われたら、そのまま信じてしまいそうだよ。
「さあ、ジネットお嬢様」
「へ!?」
「さあ、さあ!」
「あの、私達が着るわけではございませんでしょう?」
……それもそうだ。
流石に気後れしたけれど、断りを入れようかとする暇さえ与えて貰えず、わたしはまた飾り人形にされた。
しばらくして、そのドレスを身につけ終わると、今度は軽く髪を結われて銀の髪飾りを飾られ、あちらこちらを細かく確かめられた後、パウリーネさまとダンクマールさんが呼ばれた。
……腰のコルセットは無茶な絞められ方ではなく、『ちょっと苦しい』で済んでいる。
ものすごく安心したけれど、お針子さんが言うには、王都の流行とこちらの流行ではそんな部分にも差があるらしい。
「とてもいいわよ、ジネット。綺麗だわ」
「あの、ありがとうございます……」
「ユリウスくんが、照れて目を合わそうとしなくなるぐらいで丁度いいんだけれど、これなら大丈夫だわ」
「……あはは」
鏡でもあればと思ったけれど、全身を映せるような大鏡なんて、このシャルパンティエにはあるはずがないので、今の姿は想像するしかない。……どう首を捻っても、服に着られてるとしか思えないけれどね。
「さて、ここからが本題でございますな」
「ええ。素人目にはこのままでも良さそうに思えるけれど、ダンクマール、あなたの本領を発揮して頂戴」
「もちろんでございますとも!」
ダンクマールさんはわたしを立たせてその周りをぐるぐると回りながら、お針子さんを指揮してまち針を打ったり細かな寸法を記録したりしつつ、鋭い目でドレスの様子を確かめていった。
「ジネット」
「はい、パウリーネさま?」
にこにことしながら様子を見守っていたパウリーネさまから、お声が掛かる。
「最初の夜会、せっかくのお披露目なのに私のお古で申し訳ないけれど、そのドレスを着ていきなさいね」
「いえ、パウリーネさま。用意さえどうしようかと思っていたので、本当に助かります。大事にお借りしますから……」
「あら、そのドレスは私からのお祝いよ」
「え……!?」
まじまじと、パウリーネさまを見つめてしまった。
「あの、こんな高価な物を戴くなんて……」
「いいのよ、『もう決めた』から。夜会に行かない私が持っていても衣装箱の中でずっと眠らせるだけになるし、ジネットに着て貰う方が何倍も嬉しいわ」
「パウリーネさま……」
「そのドレスはね、魔法も掛かっていないし流行とは外れるけれど、ほんの少しだけ特別なの。……必ず、夜会でジネットを守ってくれるわ」
改めて、身につけたドレスを見下ろす。
夜空のような深い藍の中、星のように散らされた宝石の飾りがきらりと輝いた。
「そのドレスで、ユリウスくんをしっかりと支えてあげなさい。うちの『不肖の息子』はね、ああ見えてとても繊細なのよ」
「……はい」
涙がこぼれそうになったけど、我慢する。
ドレスを頂戴したその意味と、パウリーネさまの思い。
……そうだね。
パウリーネさまがアロイジウスさまと人生を歩まれたように、これからユリウスを支えていくのは、わたしだ。
「新しいドレスは、ユリウスくんに買わせなさいね。ふふ、それぐらいの甲斐性は期待してもいいでしょ」
「はい、パウリーネさま」
本当に。
ありがとうございます、パウリーネさま。
行儀作法に夜会のこと、おまけでお茶会の礼儀や貴族夫人として旦那様を支えるための心遣いや、お客様への接し方などなど。
合間にはお店のことも片付けなきゃいけないし、筆頭家臣のお仕事だって疎かには出来ないけれど、パウリーネさまからは努力の積み重ねが感じられるようになってきたと、お褒めの言葉を戴いている。
「そうでした、パウリーネさま」
「どうしたの?」
「先日、シャルパンティエに沢山のお針子さんまで呼んで採寸して貰ったのに、ドレスを戴いてしまいましたから、ダンクマールさんには申し訳ないことをしたなあって……」
「あら、あれも大事なお仕事よ」
ふふふと、いつものように優しく微笑まれる。
「ジネットは東方辺境でたった三つしかない男爵家の夫人になるのだから、私が声を掛けなかったとしても、喜んで来てくれるはずよ。ジネット、あなたがダンクマールの立場なら、そんな美味しい話、そのまま放っておくかしら?」
「いえ、何とかして自分のお店のお客さんになって貰おうと頑張ります」
「そうね。それに、採寸は本当に必要だったの。……下着は私もあげられないわ」
「……ごめんなさい、そうでした」
時々忘れたくなるけれど、ユリウスと結婚すれば自動的に男爵夫人になってしまう。
実は……ユリウスの持つレーヴェンガルトの男爵号は、この東方辺境に限っては本当に特別だった。
パウリーネさまも口にされたように、東方辺境にはヴェルニエ代官のグリュンタール男爵、少し離れた北のシェーヌを預かる代官リュッセルスブルク男爵、そしてレーヴェンガルト男爵のユリウスと、三人の男爵閣下がいる。……いらっしゃる。
でも前のお二方は、同じ男爵でも領地を持たない官位貴族で、王国から与えられた任務としてそれぞれの都市や衛兵隊を預かっているのであって、ヴェルニエもシェーヌも厳密な区分は『王領都市』、つまりは国王陛下の持ち物だ。平たく言えば、お給金を貰って都市を治めているから、好き勝手は出来ない。
それに対して諸侯であるレーヴェンガルト男爵は、シャルパンティエ領という自分の領地を持っていて、税収は私財とみなされる。代わりに従軍の費用も自前だったりするけれど、領地の開発は好きにしていいし税率の上げ下げも徴兵も自由だ。領内法だって、お触れ一つでその日から変えることが出来た。
つまりユリウスは、爵位と経済力と軍事力、その全部で東方辺境一番の男爵様になってしまう『可能性』を持っていた。
今のレーヴェンガルト男爵領は孤児院の子供を含めてさえ数十人しか領民の居ない弱小領でも、優良な農村になりそうな湖付きの広い平地もあるし、あろうことか自領にダンジョンまで持っているという恵まれすぎた状況に、わたしでさえ時間の問題だろうなあと思ってしまう。
ユリウスって凄いんだなあと、改めて考えてしまうわたしだった。
まあね、わたしまで特別ってわけじゃないから、そこはいいんだ。
これまで通り、ユリウスをしっかり支えていれば――二人で支え合っていけば、どんなことだって何とかなると思う。
冒険者の村シャルパンティエを盛り上げる雑貨屋の店主として。
領主様の留守を守るレーヴェンガルト家の筆頭家臣として。
そこに今度、レーヴェンガルト男爵ユリウスの夫人という新しい一つが加わるだけだ。
……今から慌てたってしょうがないし、出来ることをまっすぐしっかりやり抜くしかない。
「でも、夜会にはダンスがないと聞いて、本当にほっとしました」
「辺境じゃ、楽団を維持できるほど、夜会を開くことは無理なのよ」
楽器を専門に扱う人なんて、吟遊詩人がせいぜいの辺境じゃ、とても食べていけないのがその理由だった。
そのお陰で、半ば本気で逃げようかと思ってたぐらいどうしようかと悩んでいた夜会に付き物のダンスは、辺境では行われないのが常。そう聞いたその日、教会に行って聖神に感謝の祈りを捧げたぐらいには肩から力が抜けたのは、内緒だ。
夜会のダンスは、見るだけならものすごく見てみたいけれど、いやあ、残念ですこと。
「少し休憩にしましょうか。ジネットがかみ砕けないうちに詰め込みすぎても、逆効果だわ」
「はい。お茶、入れ換えてきますね」
「ええ、ありがとう。……あら」
「あ!」
微かに馬の足音が聞こえる。
もちろん、覚えのあるメテオール号の蹄の音だ。
「お茶は三杯でね」
「はい、パウリーネさま」
連絡はなかったけど、時間が出来たのかな、ユリウス。
お茶を用意する間に、もちろんユリウスはうちの店にかららんと入ってきた。
「ただ今戻った。……パウリーネ殿!?」
「お帰りなさい、ユリウスくん。ジネットなら、あなたのお茶を用意してくれているところよ」
「……失礼した」
茶杯を携えて店表に戻れば、ユリウスが照れくさそうな顔で座っている。
「お帰りなさいませ、『旦那様』」
「うむ。こちらは、どうだった? 問題ないか?」
「うん、大丈夫よ。ダンジョンは『荒野の石ころ』さんが仕切ってくれてるし、領軍の『水鳥の尾羽根』さんと『祝祭日の屋台』さんも、誰も怪我してないし魔物にも出会ってないって」
「ふむ……」
「そっちは何かあった? また、手伝いに行った方がいい?」
「いや、手伝いは欲しいが、魔物の駆逐もほぼ終わったし、大きな問題はなかった。……お陰で諸侯軍の正式な解散は来月、それに合わせて『東方魔族戦役戦勝祝賀の夕べ』とやらも、神鳴月の二十八日に決まってしまったのだがな」
「え!?」
「まあ! 夜会までひと月もないのね……」
思わずパウリーネさまとお顔を見合わせる。
ほんと、間に合うのかな、わたし……。
「それでもう一つ、これはパウリーネ殿にも聞いていただきたいのだが……ジネット」
「なあに?」
「祝賀会の二日後、結婚式をせざるを得なくなったのだ」
「そんな、急に……」
「忙しいので来年というわけにもいかぬし、住む屋敷がないと突っぱねることも出来ず、受けざるを得なくなってしまった。招待客の都合がどうしても、な」
ユリウスも額に手を当てて大きなため息をついているけれど、わたしだって同じようにため息をつきたい。
もちろん、結婚が嫌なはずはないけれど、もう少し時間が欲しかった。
「前司令官であるコンラートの都合は……まあどうでもいいのだが、リヒャルト殿下とアルールのマリアンヌ・ラシェル殿下も、こちらの祝賀会にご来駕いただくことが決まっている」
「お二人も!?」
「向こうからお声掛かりがあった。リヒャルト殿下はこの戦役が初陣であられたし、東方辺境とは何かとご縁のあるお二人だからな、祝賀会の話はすぐお耳に入ったらしい。無論、俺達の結婚についてはよくご存じだろう?」
そりゃあ、うん。
ユリウスでなくても断れないよね。
「代わりに貴族院への訪問は不要、審査の方もリヒャルト殿下が手を回されたのか、『白竜王』陛下の一声でそのまま通された故、式の準備はともかく、それこそ教会に誓紙を出せば済むところまできてしまっているのだ」
自分の結婚に大国の国王陛下が関わるなんて、実家にいた頃は想像もしなかったよ……。
人生ってほんと、分からないものだ。
「ユリウス、いつまでこっちにいられるの?」
「明日には戻る」
「そっか……」
「ねえ、二人とも」
「パウリーネさま?」
ぽんと手を打たれたパウリーネさまに向き直る。
ユリウスと二人、頭を抱えていても仕方がない。
「ユリウスくん、夜会はヴェルニエでも、お式はこちらでするのでしょう?」
「ええ、無論」
「じゃあ、お手伝いしてくれる人を集めて頂戴。それから、先に日取りのお触れだけでも出しておきなさいな。その方が皆も理由が付くからお手伝いをしやすくなるわ」
「……ユリウス!」
「うむ、悩んでいる場合ではないな。……御免」
ユリウスが出ていくと、店表がまた、静かになった。
「さあ、ジネット。あなたはあなたで忙しくなるわよ」
「はい、もちろん!」
ユリウスが頑張るなら、わたしだって頑張らないとね。
結果はともかく、こればっかりは譲れない。
意地でもユリウスに恥ずかしいところを見せたくないわたしだった。
その日の夕食には、藁紙とペンを持ち込んだ。
ゆっくり食べる暇なんて、どこにも転がってない。
……たまに『領主様のご結婚に!』なんて乾杯の音頭が聞こえてくるけれど、それに照れる余裕さえなかった。
「ふむ、貴族の招待客はこんなところか……」
「わたしにはちょっとわかんないよ」
「正直なところ、俺もだ」
はあっと、ため息をつき合わせる。
ユリウスと二人、ああでもないこうでもないと悩んだけれど、どうしていいのか分からない。
平民の結婚式なら、ご近所さんや親戚筋に声を掛けて話を広げて貰うだけで、誰がお祝いに来てくれようと、そのまま迎え入れるだけで済むんだけどね……。
それこそリヒャルトやマリーとその関係者、コンラート様に出すような招待状は絶対に代書屋さんを使うことになるし、ユリウスの立場上、近隣の貴族全てを無視するわけにもいかない。
もちろん、親しいか親しくないかだけで決めると、とんでもないことになってしまう。……そのことだけは、わたしにも感じられた。
「この辺りでよかろう。……『孤月』」
「あぁ?」
「招待客の一覧だ、すまんが確かめてくれ」
「フン……」
というわけで、最終の確認はアロイジウスさまにほぼ丸投げだ。
貴族社会の作法どころか機微まで分かるのは、ほんと、いつになるやら……。
「いいんじゃねえか、俺もよく知らんが」
「おい……」
「冗談だ。……まあ、そうだな、ヴェルニエとシェーヌの代官は呼んでいい。後はオルガドの代官と、コンラートの実家とゼールバッハの前侯爵も追加しておけ」
「オルガドは東方辺境ではないし、代官とは一面識もないが……?」
「来る来ねえじゃなくてよ、ご招待に値するお相手ですってこっちから示しときゃあ、丸く収まる。しち面倒くせえが、それが貴族のやり方ってもんだ」
「……うむ」
本当に面倒そうだよ……。
慣れていかなきゃいけないんだろうけど、お腹が痛くなってきそうだ。
「あなた。……フェーレンシルトの大旦那様は?」
「フェーレンシルト家か……。要るな。おい、追加だ」
「聞かぬ名だが、どこの誰だ?」
「フェーレンシルト男爵、リヒャルト殿下の後ろ盾だ。……来るはずねえと思うが、出しといて損はねえ相手だから、お前も名前だけは覚えておけ」
こんな感じで、お式にご招待するお客様の表は徐々に埋まっていった。
「ユリウス、遠方のお知り合いには、手紙でお知らせするだけでいいんだよね?」
「俺の方は冒険者仲間がほとんどだからな、手紙が届くかどうかも怪しい。ジネットはアルールだけでいいのか? ヴェルニエの挨拶回りぐらいは、俺もついていくが……」
「落ち着いてから、時期を見てお願いするね。今そんな予定を立てても、ユリウスだって動けないでしょ」
「そうだな」
夜会までは二十日弱、結婚式はその二日後に迫っているわけで、もうね……。
ほんとに間に合うのかなあと、天井を見上げる。
夜会は招待客だけど重くのしかかり、結婚式は当事者なのに未だ実感が湧かずで、なんだか時間が流れていくのをぼーっと見送りたくなってきたよ。
もちろん、前向いて進むしかない。けれど、休憩ぐらいはした方がいいのかな、わたしもユリウスも……。
「ジネット」
「なあに?」
「この騒動が無事に一段落ついたら、な」
「……ユリウス?」
ふむと小さく頷いたユリウスが、わたしの方を向いた。
「アルールに行くぞ」
「え!?」
「ご両親は既に亡くなられていると前に聞いたが、ご家族への挨拶がアレットだけというわけにもいかんだろう」
「いいの?」
「うむ」
久しぶりに兄さんやブリューエット達に会えるのは、とても嬉しいけれど……。
「……無理そうなら、来年でいいからね」
「……すまん、口に出しておいてなんだが、俺もそのような気がしてきたところだ」
冗談抜きで、今は旅行に行けるような時間の余裕はない。
もちろん、二人でなら何があっても乗り越えていけるはず! ……と言い切れるのは、いつになるやら。
でも旅行の前には、夜会も結婚式もある。
この二十日間を無事に乗り切ったら、ユリウスと二人して絶対にのんびりだらけようと、わたしは決めた。




