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第六十一話

 さてもとかくも。


 大きな戦を上手く乗り切ったシャルパンティエの領主様は、王子様から褒められて男爵に叙せられましたとさ、めでたしめでたし。




 それでお話が締めくくられれば大団円……で終わるんだけれど、現実はそうじゃない。


 まずは竜騎士の群だ。

 殆どが王都へと帰って行ったけれど、先の四頭に加えて十頭ほどが降りてきた。広場だけじゃ足りずに、領主の館でも翼を休めている。


 もちろん騎士様達はリヒャルトの護衛で、今夜はシャルパンティエに一泊するらしい。


 ……当たり前だけど、十数頭もの竜の食欲を満たすような数の家畜なんてシャルパンティエのどこを叩いても用意出来るはずもなく、ユリウスが領内での狩りを許可している。ついでによくきく竜の鼻を使って、魔物の残りがこっちまで来ていないかどうか、歩いてちゃ日帰り出来ないほど向こうの方まで見て回ってくれるそうだ。


 当のリヒャルトは早々に『じゃあ、今からはお忍びです』と宣言して、フランツらに駆け寄っていた。……みんなの前でそれ言って意味があるのかな? ううん、そうじゃなくて、直答を許す……なんていうやり取りの代わりなのかもね。


「え、ほんとに、お、王子様なのか!?」

「うん。黙っててごめん」

「……じゃ、じゃあ、もしかしてマリーも!?」

「マリーは隣国アルールの王女様だよ」


 しばらくはフランツも真っ青になっていたけれど、その後ろでイーダちゃんとアリアネもどうしようって顔になっていた。そりゃ、驚くよね……。


 でも、もう大丈夫かな。


 地方貴族の子息と聞いていたリヒャルトが、本物の王子様と知ってへっぴり腰になっていたフランツも、今はお忍びの王子様と手の甲を合わせて楽しげに笑っている。


 まあね、子供達はいいのよ。

 お忍び宣言をした王子様はただのリヒャルトで、さっきまでと違ってよそよそしかった雰囲気もどこかへ吹き飛んでしまっている。フランツ達も、大事な友達が久しぶりに遊びに来てくれたってだけで済ませていいし、それが許されていた。


 ただ、わたしは……更なる緊張を強いられ続けている。


 リヒャルトと一緒に竜に乗ってやってきた、表情はにこやかなのにどこか油断ならないぞって印象の老貴族様とその娘さん――コンラート様のご家族の前に引っぱり出されていた。


「ジネット、先にお二方を紹介しておきたい」

「まずは我が義父殿、オトフリート」


 オトフリート様は、ゼールバッハの前侯爵閣下にして現当主でいらっしゃるそうで、ユリウスも冒険者時代、お世話になったことがあるそうだ。


「シャルパンティエ領筆頭家臣のジネット……ヤネット・フォン・クラウスでございます」


 実はもう、自己紹介の時点でややこしくなっている。


 ユリウスの……レーヴェンガルト家を訪ねていらした大貴族家の当主様に『地竜の瞳』商会の店主だと名乗るのもおかしいし、ついさっき、わたしの名はヴィルトール式の家名を下賜されたことで、書類上はヴィルトール王国の勲爵士『ヤネット・フォン・クラウス』となっていた。


 使い慣れた『ジネット』という名前がどうなるのか心配だったけど、読みと綴りが違うだけなので偽名とはされず、普段はこれまで通りジネットのままで誰も困らないと聞かされて、肩の力が半分ぐらい抜けたよ。


「余がオトフリートだ。義息より、『洞窟狼の懐刀』は良く切れると聞いておるぞ」

「……は、はい!?」

「からかい半分でゼールバッハに引き抜こうかと口にしたところ、間髪入れず『洞窟狼』より噛みつかれたなどと義息は笑っておったが……ふむ、今は余まで惜しい気がしてきたところだ」


 ……『洞窟狼の懐刀』?

 それって、わたしのこと!?


 ユリウスに尋ねようと横を見上げたら、視線を逸らされてしまった。……何か言いたくない理由でもあるのかしらね、今はお客様の前だし、後で問いつめてみよう。


 疑問を消せないまま、もう一人のお客様へと向き直る。


「そして我が愛する妻、ユリアーネ」

「わたくしはユリアーネ、コンラートの妻です。ふふ、ジネット殿、貴女が作ってくれた旦那様のお人形、素敵でしたわ!」

「ありがとうございます、ユリアーネ様」


 改めて見るまでもなく、ユリアーネ様は可憐にして繊細な、超のつく美人さんだった。手も華奢なら肌も綺麗で、正に侯爵家のお姫様だなあと頷いてしまっても仕方ない。


 今は竜に乗ってこられたおかげで乗馬の装いをされているけれど、舞踏会で着飾ったお姿さえ想像してしまえるほど、整った顔立ちをしていらっしゃった。


「それで、あの……」

「はい、ユリアーネ様?」

「わたくしの人形も、作っていただけませんか?」


 いつぞや、コンラート様に頼まれてお作りした人形を気に入って戴けたみたいで、嬉しい。

 ユリアーネ様の申し出には驚いたけれど、これだけの美人なら、さぞ作り甲斐があるだろう。今すぐに作る余裕はないので、後日、お送りすることを約束する。


「是非、旦那様のお人形の横に、その……」

「お任せ下さいませ!」


 なんて理由を思いつくのよ、ユリアーネ様……。

 かわいい物や綺麗な物は、わたしももちろん嫌いじゃない。

 そして、こんなにかわいい理由を思いつけるユリアーネ様のことを、わたしはすぐ気に入ってしまった。




「おい、『洞窟狼』。諸侯軍引継の話を先に済ませるぞ。その他は……後回しだ」

「うむ。……ジネット、後で呼びに行くかもしれないが、その時は頼む」

「はい、『旦那様』。私#わたくし#は店におりますので」


 ユリウスが侯爵様ご一行と共に、椅子や机が元に戻された『魔晶石のかけら』亭へと入って行ったので、わたしもお店に戻ることにした。


 リヒャルトら子供達は護衛の騎士様と共に孤児院に向かってしまったので、今はもう、広場も静かになっている。


「帰ろっか、フリーデン」


 ふぃ。


 アレットはいつの間にか見あたらなくなっていたけれど……たぶん、ラルスホルトくんの工房にでも行っちゃったのかな。


 かららんと扉を開け、カウンターに入らず店表の椅子に座り込む。

 もう数日は半休の予定だけど、これもユリウスの予定がかっちり決まってからでないと、お店の本格的な再開は難しい。


「……あーあ」


 まだ……ううん、今になって落ち着かなくなってきたかな。


 ユリウスが男爵様になって。

 そのおまけのようにして、わたしまで貴族になっちゃうなんてね。


 さっき、リヒャルトからは、『今年中に、家紋の代わりに使う個人の紋章を用意して下さいね』なんて言われてしまった。


 一代限りで許された貴族だから子孫には引き継げないし、領地持ちの勲爵士じゃないので普段から使うようなことはないけれど、用意していないとそれはそれで困るらしい。主に、貴族院の紋章を管理している部署から催促されるわたしが……ってところが、なんだか情けない気もするけれどね。


 ただ、功績に絡んで王国から感状が与えられるそうなので、なるべく早いほうがいいかもしれませんと、付け加えられてしまった。


 まあね、領地を持っているわけじゃないからユリウスのように貢納金や税を納めなきゃいけないこともないし、仕官もしていないから当然、国からお給金は出ない。このあたりは、今まで通りでいいのかな。


「でもほんと、びっくりだよねえ」


 ふぃあ?


 心配してくれたのか、テーブルに上ってきたフリーデンを抱え直して目を合わせる。


「……ユリウスのは、獅子の横顔だっけ。わたしはあんたにしようかな」


 ふぃー。


 ユリウスの場合、獅子の横顔は正しくはレーヴェンガルト家の家紋で、面倒くさがって個人をあらわす紋章も同じ物を使っている。初代で当主だから、どこからも文句は出ないそうだ。


 テンの紋章なんてあんまり聞いたことがないし、他の部分の意匠をユリウスにお願いして借りられれば……。


 かららん。


「ユリウス?」

「ジネット。……ああ、フリーデンもいたか」

「もう引継は終わった?」

「うむ、そちらは……もういいのだ」

「……どうかしたの?」


 ふぃあ?


 慌てた様子で入ってきたユリウスは、迷い顔というか、困り顔だった。こんな表情を見せるのは、とても珍しい。


「えっと、ユリウス……?」


 ユリウスは一瞬だけわたしに視線を向け、大きく息を吐いて目をつむった。

 もう、何がしたいのやら……。


「……うむ」


 しばらくして目を開けたユリウスは……。


「ユリウス!?」

 ものすごく気合いの入った、恐い顔になった。

 ただ、ベアルを倒した時のような凄みと一緒に余裕のある表情でもなく、かと言って殺気立ってるってわけでもなくて……。


 でも、慣れてるわたしじゃなかったら、逃げ出すよ、きっと。


「ジネット」

「……なあに?」


 三歩、ゆっくりと進んだユリウスは、わたしに『跪いた』。




「俺と、結婚してくれ」




 なんで跪いたのかとか、考える間もなかった。


 わたしは一瞬で真っ赤っかになって、かっちこっちに固まった。

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