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第六十話



 翌朝は、あまり心地の良い目覚めじゃなかった。……お酒が抜けてない。


「うー……」

「大丈夫、お姉ちゃん?」


 代わりにアレットはこれ以上ないほど、上機嫌だったけど。

 お祭りがお開きになるまで、ラルスホルトくんとずっと楽しそうにしてたからね……。


「うん。それより、リヒャルトを迎える準備しなきゃ……」

「広場の方は片づいてると思うけど、何を手伝えばいいの?」

「……そうだ、アレットはフランツ達に釘刺しといて。前置きなしに顔見たら、絶対に何かやらかすと思うから。お願いしていい?」

「うん。じゃあ、すぐ孤児院に行って来るよ」

「ありがと。わたしは『魔晶石のかけら』亭に行くから」

「はーい」


 ゼールバッハ家が前日に馬車二台と侍女従者を送り込んできたのは、コンラート様を迎えるためだけじゃなくて、リヒャルトのことがあったからだったんだね。

 広場が片づいていて、誰もいないのを確かめてから、井戸で大きく顔を洗う。


「ふう……」


 幸い、今日も快晴だ。




 お昼前になって……シャルパンティエは、大騒ぎになった。


 そりゃ、前もって竜騎士団が来るってみんな知っていたけれど、あの数は、ない。

 もうちょっと遠くなら、綺麗だなあとか凄いなあと思ったかもしれないけど……。


「……ひっ」


 百は下らない数の竜が、村の上空をゆったりぐるりと回っている。


 その内の数頭が広場に降り立った時は、流石にユリウスの背中に隠れた。……前に来た竜便の竜でも恐かったのに、それよりずっと大きいんだよ!?


「大丈夫だ」

「……う、うん」


 ただ、今回ばかりは逃げるわけにいかない。

 国王陛下の代理たるリヒャルト殿下に失礼があっては、逃げるより恐いことになる。


 ユリウスのマントの裾をつかみそうになる腕を必死に押さえながら、降り立った竜の手前まで歩いて跪く。


 ユリウスとわたしの他にも、『星の狩人』の三人、ディートリンデさんやアレットアロイジウスさま夫妻、まだヴェルニエに帰ってなかったクーニベルト様が、同じように進み出た。他のみんなは、広場の端っこの方で、遠巻きに跪いている。

 分乗していた四頭の竜から降り立ったのは騎士様を入れて丁度八人……かな。


「出迎えご苦労である。面を上げよ」


 皆にも聞こえるように大きな声で、進行役の騎士様が声を出された。


「臣ユリウス・フォン・レーヴェンガルト、これに」

「はっ!」


 躊躇いも不満もあるだろうに、ユリウスはそれらを一切見せずに立ち上がり、リヒャルトに近づいた。

 ちょっと顔つきが大人びたかな。ほんのふた月も経っていないのに……男の子だなあ。

 リヒャルトは小さく頷いて、すらりと腰の剣を抜き放った。ユリウスの肩が剣の平で叩かれる。


「我、ヴィルトール王が代理たるリヒャルト・フォン・ラウエンブルクは、聖神歴四二四五年の東方辺境魔族戦役に於ける臣ユリウス・フォン・レーヴェンガルトの手になる無駄のない作戦立案と諸侯軍編成に関する功績を大なりと賞し、聖神とヴィルトール国王の名において、この者に男爵号を授ける」

「……ありがたき幸せ」

「汝の忠誠と努力に期待する」


 案外簡単だなあ、なんて思ったけれど、後から戦時故の特例措置だのなんだの、難しいことを聞かされそうになったので、わたしは耳を塞いで聞かなかったことにした。

 ユリウスが元の位置に下がり、少しほっとした空気が流れた途端、リヒャルトがもう一声発した。


「さて……レーヴェンガルト家家臣ジネット、これに」

「は、はいっ!?」


 な、なんでわたし!?

 いや、ほんとに、わからないんだけど?


「……ジネット」


 小声でユリウスに促され、わたしもその真似をするように進み出て跪いた。


 リヒャルトの剣が、同じように、わたしの肩に触れる。……って、この位置に刃物って、かなりの怖さだよ、これ!

 頭を垂れたまま目をつむって、我慢することしばし。


「我、ヴィルトール王が代理たるリヒャルト・フォン・ラウエンブルクは、聖神歴四二四五年の東方辺境魔族戦役に於けるレーヴェンガルト家家臣ジネットの後方支援に関する努力を大なりと賞し、聖神とヴィルトール国王の名において、この者に一代勲爵士の栄誉を授け、『フォン・クラウス』の家名を贈る」


 えっ!?

 ……えええええええ!?

 じゃないよ! じゃなくて!!


「……あ、ありがたき幸せっ!」

「汝の忠誠と努力に期待する。……本当にお疲れさまでした、お二方」


 剣を納めたリヒャルトに手を取られ、呆然としたまま立ち上がる。


「えっと、あの……えっ?」

「ジネットさんの名前、本当に作戦会議でも出てたんですよ」

「へ!?」


 くすっと笑ったリヒャルトが、先を続けてくれた。


「……魔族の侵攻の事を領主衆に広める前から、市場で食糧を買い込む流れがあるって話題に上がってました。内密に調べてシャルパンティエと確認を取った上でコンラート殿にも鷹便でお伺いしたのですが、まだ表の話だけで内情は話していないと仰るし……でも、お陰で作戦が進む前からシャルパンティエを待避場所に確定することが出来ました。十分な功績ですよ。……ふふ、流石はジネット『姉様』です」


 シュテファンさんから半ば無理矢理聞かされていた……ような気もするけれど、確かに『魔族が東方辺境に来る』と正面から言われたわけじゃない。ユリウスの様子や言葉の端々から、みんなそのつもりで動いてるから、わたしも頑張ろうってなっただけなのに……。


「……まあ、貰えるものなら貰っておけ」

「ユ、ユリウス……」


 ぽんと肩を叩かれ……うん、そうだったと思い出す。

 ユリウスだって、面倒を受け入れたんだもの。


 わたしも少しぐらいなら肩代わりできるようにって、リヒャルトが授けてくれたのかもしれないね。


 ……でも、わたしが貴族、かあ。


 たまに豪商が貴族の位を手に入れた、なんて話は聞くけれど、自分がそうなるとか、考えもしなかったよ。爵位の購入なんて、ユリウスだって確か騎士爵位に……一万ターレルだったかな、支払っていたはず。永代の騎士爵と一代限りの勲爵士じゃ、どのぐらいの差があるのか想像もつかないけれど、そうお安くはないと思う。


「ふふ、ユリウス殿にはそうでないと困りますよね。王国貴族令の、第何項だったかな……」

「で、殿下! 今は、今だけはご容赦を!!」


 気が付けば、顔を真っ赤にしたユリウスが、しどろもどろでリヒャルト殿下と何かやっている。

 でも、リヒャルトがすっごくいい笑顔で、つられてわたしまで笑顔になってしまった。


「お姉ちゃん、すっごーい!」

「ジネット、おめでとう!」

「ふむ、よいことだ」


 なし崩しに、みんなが集まってくる。

 なんだかユリウスの男爵号授与の発表の時より、今のわたしの方が祝われてるけど……。


 面倒なことはこれからも増えていくだろうなあって、最初から分かってる。

 魔族討伐も、シャルパンティエが忙しくなるのはこれからだし。

 お金だって、ユリウスのお財布からは、領地の経営が傾きそうなほど出ていった。

 男爵領になって何が変わるのかは、これから調べなくちゃいけない。

 お店は十日ほども続けて半休のままだ。


 でも今だけは。

 シャルパンティエにいるみんなが、笑顔だった。

 

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