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第五十八話


 戦勝の一報がもたらされた日、シャルパンティエでは夜を徹してのお祭り騒ぎ……にはならなかった。


 それどころか、冒険者のパーティーはそれぞれ表情を引き締めて斥候や見張りに出ていったし、広場には夜の戦いに備えて篝火の準備が整えられている。但し篝火を焚くのは魔物が近くに確認されてからで、わざわざ火を焚いて目立たせることはないとユリウス達は頷いていた。


「クーニベルトも『銀の剣士』殿と一緒に出撃したみたいで、連絡がまだ取れないのよ。ズィーベンシュテルンも忙しいとは思うけれど、無事の知らせぐらいはよこして欲しいものだわ!」

「そうですね……」

「今日なんてキルシュに二回も往復して貰ったのに、まだヴェルニエの街の様子もよくわからないのよ。無事は無事らしいけれど、ギルドも忙しいみたいでね……」


 ディートリンデさんが愚痴をこぼしていたけれど、勝ったからってクーニベルト様もすぐにお仕事が終わるわけじゃないだろうし、ましてや近隣をまとめるギルドのマスターなら尚更だろう。


 もちろん、ディートリンデさんもわたしも急に忙しくなった。


 ヴェルニエの状況は分からなくても、冒険者に渡す給金や、それぞれのお店への支払いを計算するお仕事は、待ってくれない。

 普段通りに仕事を再開したのは、防護柵の補強を終えた大工さん達ぐらいだろう。孤児院におやつの蜂蜜棒を差し入れた時に、もうすぐ教会が完成するんだって、ゲルトルーデが教えてくれた。


 もちろん、『我が領主様』もお忙しい様子だ。


「東寄りを重視するのは変わりなくとも、詳しい報告が来ぬのでは今決めても無駄になるか?」

「基本は東寄り、それはいい。お前の動かせる諸侯軍の規模は元から決まってるだろ? だったら二つ三つ予想に従った案を用意して、一番状況に合いそうな奴を選びゃあいいんだ。報告なんぞ待ってても、時間を無駄にするだけだぞ」


 ユリウスが地図を見て唸っていたのは、戦争が終わった後、面倒を押しつけられることになる諸侯軍の割り振りだ。今もアロイジウスさまを助手……というか先生にして、あれこれ悩んでいる。

 でも、一段落ついたのも間違いないわけで。


「ねえ、ユリウス」

「うむ?」

「聖神降誕祭、どうしようか?」

「それもあったな。だが、今は後回しにせざるを得ん」

「……そうね」


 やきもきしても仕方がないのかもしれないけれど、何と言わず、わたし達は続報を待ってからでないと決められないのだ。




 かーん、かーんと、ゆったりした鐘もどきの音が聞こえたのは、その聖神降誕祭の前日、夕方のことだった。


「ゆっくりのかんかんって、何の合図だっけ?」

「さあ、わたしは聞いてないよ。何かあったけど、慌てる事じゃない、ってことでいいと思うけど……」


 お店で翌日の荷出しの準備をしていた時だったから、アレットと顔を見合わせ首を傾げた。

 荷物を届けついでに、表に出る。


「あ、もう音が止んでる」

「そだね。……あ!」


 広場には誰もいなかった。

 けれど……代わりに馬車の音が聞こえてくる。


「ジネットさーん!」

「アリアネ!」


 アリアネを乗せたルーヘンさんの荷馬車を先頭に、五台の馬車が列を為していた。……って、あ!


 ルーヘンさんの後ろの二台は、『水鳥の尾羽根』さんと『怒れる雄牛』さんが荷台で手を振ってるし! よかった、全員無事だよ!


 それに……最後の二台は帰っていったはずの侯爵家の馬車だ。もう用事はないはずなのに、どうしてだろう!?


 広場に入った馬車が止まる前に駆け下りてきたアリアネを抱き留め、頭を撫でる。


「おかえり、アリアネ。大丈夫だった?」

「はい! 忙しかったけど、すごく楽しかったです!」

「どう! どうどう!」

「ルーヘンさん!」

「やあ、ジネットさん! あっちもこっちも、無事でなによりだ!」

「ルーヘン!」


 あ、ユリウスやディートリンデさんも出てきた。


「先ほど連絡を貰ってな、心待ちにしていたぞ。どうだった、そちらは?」


 わたし、聞いてないんだけど……。

 お店に戻った後だったのかな。まあ、しょうがないか。


「へい、俺もエストディナントのちょい向こうまで、雇われて行きましたぜ」


 エストディナントってどこだっけ? ヴェルニエの向こうでシェーヌよりは手前だったと思うけど、出てこないや。


「確か、幾つか置かれる予定だった補給処の一つだったか」

「ええ、司令部の手前だったかと。近衛の騎士様までいらしたんでたまげたったらなかったですぜ。それに極めつけは、竜騎士の大群でさ」

「ほう、やはりか」

「ありゃヴェルニエを出て二日目でしたか、馬がびびりだしたんでこりゃ何かあると思った矢先、高い空を何十頭もの竜の群がびゅーんとね! 俺までびびっちまいましたが、お陰でお味方大勝利って話で、へい」

「それは是非、聞かせて貰わねばならんな。一杯奢らせてくれ。『水鳥の尾羽根』に『怒れる雄牛』、無論お前達もだ。とは言うものの今はシャルパンティエも警戒中でな、『魔晶石のかけら』亭は俺が買い切っているが、エールのお代わりで我慢してくれ。皆も話を聞きたがるだろう」

「へへ、喜んで!」

「ありがとうございます!」


 にやりとルーヘンさんの肩を叩いたユリウスは、わたしに向き直った。


「ジネット、聖神降誕祭を予定通り行うぞ。今日の明日では不都合もあろうが……出来そうか?」

「う、うん! みんなにも手伝って貰えるなら、だけど……」

「それならば心配あるまい」


 買い込んだ荷物も無事、アリアネと一緒にシャルパンティエへと届いたんだから……これはもう、やるしかない!


 ユリウスが侯爵家の老執事さんと何か話してるけど、呼ばれないって事はわたしはいいのかな。ちらっと聞こえてきたのはコンラート様のことみたいだ。


 よし、準備はちょっとどころでなく大変そうだけど、ここが踏ん張りどころだ!


 まずは夕方前でばたばたとする中、ディートリンデさん以外の商工組合の皆さんを呼んで、聖神降誕祭の開催を告げる。


「あ、明日ですか!?」

「でも、子供らのこと考えると……何とかしてやりたいよなあ」

「見張り付きでの庭遊びがせいぜいでしたからね……」

「先に院長先生やシスター・アリーセも巻き込みませんか?」


 去年は手作りだったけど、もちろん、降誕祭は本来、教会が中心になるべきだ。……っていうか、お菓子や料理はおまけのお楽しみだってことを忘れてたよ。


 それもそうだと夕食の準備に忙しいカールさんを残し、孤児院へと訪問したわたし達だった。




 そして、翌日。

 二回目となるシャルパンティエの聖神降誕祭は、無事に形作られようとしていた。


「それ、練って、練って、練りまくれー」

「練って、練って、練りまくれー」


 流石に午前中は、準備に大忙しで走り回った。昨夜も遅くまで話し合っていたし、わたしはかなり、眠くてだるい。今日ばかりは頑張るけど。


 祭り菓子の用意は、ユーリエさんが料理の方に抜けた代わりに、ウルスラちゃんとわたしに加えて、本職のディータくんとイーダちゃんと徒弟の二人が加わってくれた。


「おら、子供らが来る前に終えちまうぞ!」

「はい、親方!」


 表からは、机や椅子を並べる手すきの冒険者や大工さんの声が聞こえる。

 今頃は、『魔晶石のかけら』亭も仕込みの追い込みに忙しいだろう。そちらには、パウリーネさまという強力な助っ人がいらっしゃるので安心だ。


 それでいて一部の冒険者は、見張りや斥候のお仕事についていた。もちろん短時間の交代制となっているけれど、完全に浮かれるわけには行かないという苦しい聖神降誕祭でもあった。


「ジネット、そろそろ時間よ」

「え、もうですか!?」


 ディートリンデさんが『第一の行事』の始まりを教えてくれたのは、昼前だった。……って、もう昼前!?


 ま、間に合うのかな、この祭り菓子……。


「火の番は僕がやりますから、みんな行ってきて下さい。ほら、イーダもエプロン外して」

「ありがと、お兄ちゃん。後で交代ね」


 ディータくんをお留守番にして、みんなで連れだって『教会』へと歩く。


 アロイジウスさまのお宅のすぐ向こう、孤児院のすぐ隣。


 大工さん達、聖神降誕祭に間に合うように頑張ってくれたんだよ!

 魔物との戦争がなかったらもう少し時間に余裕があったそうだけど、親方さんが昨日の夜まで内装にこだわっていた……って、ちらっと聞いた。


 ヴィルトール聖神教会東方辺境管区シャルパンティエ聖堂、なんて長い名前が付いてるけれど、わたし達は教会って呼んじゃうんだろうなあ。

 でも、こじんまりとした清い雰囲気の教会は、一目でわたしも気に入った。


「おお、皆様! お集まり頂きありがとうございます」


 お出迎えしてくれたのは、院長先生とシスター・アリーセと、そして……早朝から馬を飛ばしてこられた、『ワーデルセラムの聖女』コルネリエさん。傍らには、ギーゼルベルトさんだけでなく、コンラート様もいらっしゃる。


 子供達は言い含められているのか、少し遠巻きに見ていた。その後ろには、冒険者達。

 聖神降誕祭の祝福とは別の、新しく建てられた教会のお祝いに授けられる祝福が皆の目当てだ。全く意味が違うって事もないんだろうけど、なんとなくありがたくて嬉しいので、アルールにいた頃も何故かみんな集まってたっけ……。


「聖神の祝福あれ。許しあれ。幸あれ」


 ユリウスを先頭に並んだわたし達は、順に祝福を授けられた。




 午後からは、もちろん本番のお祭りが始まった。

 院長先生に降誕祭の祝福を授けられた子供達から順に、祭り菓子が配られる。


「ほら、祝福が先! ちゃんと並びなさい!」

「ジネットさん! わたしにも!」

「レモン水はこっちよ!」


 去年と同じく、聖槍をかたどった焼き菓子はたっぷりと用意した。わたし達シャルパンティエの住人の全員分より確実に多いけど、余るなんて筈もない。


「その時、王国の竜騎士団が、三十も四十もまとめて飛んできてな!」

「おじさん、そ、それでどうしたの!?」


 魔物がもしも現れた時のことも考えて、昼間のお祭りは子供達の時間に決めていた。広場で笑っている冒険者達だって、お酒は一滴も飲んでいない。


「そりゃおめえ、竜が来たら隠れるに決まってるだろうが。……恐いからな」

「おじさんも、こわかった?」

「味方でも恐いもんは恐いさ。冒険者ってのはよう、何が恐いか、何が危ないか、ちゃんと知ってないとすぐ死んじまうんだ。特に大きな戦じゃ、竜だって興奮しやがる。そうなりゃ、敵も味方も関係ねえ。みんな火だるまか氷漬けだ」


 武勇伝のような、冒険者の心得のような、戦の話を語っているのは、昨日帰ってきた『怒れる雄牛』さん達だ。


「うわ」

「こわい!」

「それでそれで?」

「おう、そっからがまたすごかったぞ!」


 いっぱい食べて、いっぱい笑って。


 来年はもしかすると違う形になるかもしれないけれど、今年はこれが精一杯だった。

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