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第五十六話


 その日の内に、シャルパンティエは普段の装いからがらりと姿を変えた。

 あっちもこっちも大忙しだ。


「お姉ちゃん、薬瓶は数があるけど、中身が足りないかも……」

「そう言えば、追加の注文分はまだ届いてなかったっけ」

「先週お願いしたばかりだから仕方ないけど、ちょっとだけ時の巡りが悪かったかな」


 挨拶もそこそこに、アレットと二人、ユリウスに頼まれた荷出しの準備に走り回る。


 冒険者に配る消耗品は、うちのお店が取りまとめを引き受けた。


 一人分の消耗品と一口に言っても、そのお仕事で中身も変わる。

 食べる物はもちろんだけど、日帰りでも夜に備えてたいまつも必要だし、森の中を行くなら虫避けの薬も欲しい。……かなり酷い臭いがするので、わたしはあまり好きじゃないけど。


 それに加えて、孤児院の院長先生から預けられた聖符や聖水も、今回は荷物に入れる。どちらも使い切りになってしまうけれど、デーモンなどの魔族に対しては効果がとても高かった。但しお値段もそれなり以上で、高価な回復薬と同じく切り札や奥の手に持つ人は多くても、普段ダンジョンで使うには冒険者のお財布がもたないとよく言われる。


 かららん。


「お邪魔します!」

「イーダちゃん!」


 大きな布包みをふわふわと浮かせて入ってきたのは、『猫の足跡』亭のイーダちゃんだ。彼女も最近、簡単な魔法なら上手に使えるようになっている。


「お兄ちゃんから預かってきました! 今ある分の全部、堅焼きパンが十七人前と、蜂蜜棒の小袋が二十三です! もしも足りないならもう一度仕込みますけど、どうしましょう?」

「ありがと、今日は大丈夫! あ、ディータくんには、明日は三十ずつ買い上げるから、お願いって伝えて」

「はい!」


 ディータくんのパン屋さんは、この分だといつも通りよりもちょっと忙しいぐらいで済ませられるはず。シャルパンティエの逗留者が、急に増えたわけじゃないからね。


 カールさんの宿は、夜番をどうするか……。数日に一度なら、わたしやアレットが交代しても大丈夫だけど、そのあたりも話し合っておく方がいいかな。


 ラルスホルトくんの鍛冶屋は、大忙しだった。武器や鎧の修理を無料で受け付けている。もちろん、時間のある内にって、ユリウスがお金を出してるんだけどね。


「お姉ちゃん、とりあえず……」

「うん、組み合わせが出来た分から、『魔晶石のかけら』亭に運んでしまおっか」


 わたしとアレットは、荷物を抱えてお店を出た。




 昼間は準備に走り回っていたけれど、その後はとても静かに時間が過ぎていった。


 子供達も流石に外へ出すわけに行かず、わざわざユリウスが孤児院まで訪ねて釘を刺している。

 かわいそうだけど、しばらくは我慢して貰うしかなかった。命の危険があると分かっていて子供を出歩かせるようなことは、とても出来ないし誰もさせない。


「ね、お姉ちゃん」

「んー?」

「聖神降誕祭、きちんと出来るかな……」

「どうかなあ……。子供達も楽しみにしてたのにね」


 お祭りの日まではまだ十日と少し余裕はあるけれど、買い込んだ荷物だってヴェルニエに置いてきたし、ルーヘンさんの馬車便はこの時間になってもやっぱり来ない。


 あとは……我慢比べかなあ。


 魔物の大群がやっつけられて、護衛付きでもいいから荷馬車の便が再開してくれないと、その後が続かない。食べる物があるから飢えは回避出来る。でも、それでいいわけじゃないもんね。


「今日はもう出来ることないし、『魔晶石のかけら』亭に行こっか」

「そうだね」


 一階酒場に入れば、『炎の百合』がダンジョンから戻ってきていた。

 もう契約を済ませたのか、ユリウスから仕事の割り振りを受けている。……もちろん、契約とは言うものの、半ば強制になってしまうのは仕方がない。でも辺境中がこの状況だし、国を挙げての魔物討伐ならどこにいても同じ事だった。


「お疲れさま、ユリウス」

「ジネットも来たか。消耗品の手配を早目に済ませてくれて助かった」

「うん、こっちは大丈夫よ。『炎の百合』さんも、お疲れさまです」

「ああ、大変なことになっちまったなあ……」

「傭兵仕事も久しぶりだよ」


 やれやれという態度ではあっても、『炎の百合』さん達は目がらんらんと輝いていて、やる気十分。ふふ、よろしくお願いします。


 今日のところは食事をしてすぐに寝るという彼らを見送り、入れ替わりでユリウスの前に座る。


「書類があるなら、お手伝いしようか?」

「いや、大丈夫だ。冒険者達はギルドを通して集めたのでな、費用も後から『銀の炎』がまとめてくれる。食糧や消耗品はジネットに任せて不足ない。……俺の出番はもう少し先になるか」

「コンラート様、大丈夫かなあ」

「今頃は、コルネリエとギーゼルベルトも合流しているはずだ。それに魔物の主力の位置が判明すれば、近衛や王軍も動く。あちらは何とでもなるさ」


 そりゃ、ユリウスも含めてすごい人達だっていうのは知ってるけれど、心配は心配だよ。


「今はまだいいのだ。コンラートは先ほどの鷹便で、魔物の進路が定まった故に王国から切り札を借りることが出来たと書いていたしな」

「切り札って?」

「知らぬ。大方近衛の中でも腕のある連中か、王軍の魔術師をまとめて借りられたか……。だが……待てよ、まさか……」


 ユリウスは何か思い当たることがあったのか、少し首を傾げてから表情を弛めてわたしに向き直った。


「いや、いい。上手く行けば早く解決するだけのこと、俺の勝手な想像で決め付けることもなかろうさ。ジネットをぬか喜びさせるのもどうかと思うので、答えが出てから話す。まあ、どちらにせよ、予定ならば俺達が苦労するのはその後、残った魔物の掃討だ。ところでジネット」

「なあに?」

「村の様子はどうだ? 『祝祭日の屋台』らを手伝って、教会を建てていた大工達が防護柵の面倒を見てくれたのでな、一安心ではあるのだが……」

「広場から子供の声が聞こえなくて、ちょっと寂しいかな。大人はまあ、それなり。みんな忙しくて、あれこれ愚痴を言ってる暇ないもん」

「孤児院の方も、先ほどもう一度様子を見てきたが、子供達も落ち着いたものだ。しばらくは護衛代わりに『英雄の剣』が泊まると聞いて、随分と喜んでいた」

「子供達の人気者だからね、ヨルクくん。……あ」


 足音に振り返れば、『荒野の石ころ』を引き連れたアロイジウスさまが戻っていらした。


「おう、戻っていやがったか」

「『孤月』、そちらは?」

「東側は一つ向こうの峰、湧き水のちょい先から村の手前まで、動物避けの匂い袋をつけた『光玉#ひかりだま#』と『音筒#おとづつ#』の鳴子仕掛けを張ってきた。ついでに炎の聖符付きの罠も仕掛けといたが……フン、助手が優秀だと仕事が楽でいいな」

「助かる」


 光玉は壊すと明るい光を出す使い捨ての魔導具、音筒はやっぱり壊すと大きな音が出る魔導具だった。ちなみにうちのお店では扱っていない。あまりダンジョン向きのお品じゃないし、シャルパンティエじゃ注文を受けたこともないかな。


 聖符の罠は……まあ、人が引っかかっても大丈夫だから、アロイジウスさまも選ばれたんだろう。炎の聖符は書かれた呪言を唱えるか、魔物に触れると聖なる炎がぶわっと燃え上がるけど、人や普通の動物が触っても熱くないし火傷も負わず、山火事にもならない。


「『孤月』の旦那、俺達はせいぜい荷運びにしか役に立ちませんでしたぜ」

「十分だ。明日も頼むぞ。下の道沿いにも幾らか仕掛けておきてえんだ」

「へい、旦那」

「お疲れっした!」


 一つ向こうのテーブル、『炎の百合』の隣に座った『荒野の石ころ』が、お互いにそっちはどうだとか、明日の予定なんかを交わし出す。


「……『孤月』」

「あん?」

「光玉や音筒はギルドの備品か? それとも、コンラートの置き土産か?」

「いいや。大食い聖女の旦那が、ここを出る前にどっさり置いていきやがった。ついでに聖符も聖女謹製の上物だ」

「あいつら……」


 ふっと笑ったユリウスは、楽しげに目を閉じた。


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