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第五十五話

 もう一泊『パイプと蜜酒』亭で過ごした翌日の朝早く、わたしとアリアネは、大きな行李の他にも増えた荷物と並んで、ルーヘンさんの馬車を待っていた。


「領主様、お泊まりになられなかったんですか?」

「うん。夜の内に代官屋敷に帰っていったよ。向こうも忙しいみたい」

「大変そうですねえ」

「……ほんとにね」


 ふぃ。


 わたし達のためでもあるし、内情を知ってしまったからには、お見送りに来て欲しい……なんてわがままは絶対に言えなかった。


 だから……。


「え!?」

「領主様です!」


 街の中にしてはかなりの早さで、メテオール号がこちらに向かって駆けてくる。もちろん、その背中にはユリウスの姿があった。


 ひひん!


「ジネット! おお、まだ出発前だったか!」

「ユリウス!?」

「侯爵家の主力が動くぞ! シェーヌとヴェルニエの間、ヴェルニエ寄りだ!」

「……うん、わかった!」


 昨日の口振りじゃ、今日とは限らなかった様子だけど、魔物は人の都合なんて考えてくれやしないわけで……。


 でも、そうと決まったなら、わたしも急いでシャルパンティエに帰らなくちゃ!


「ユリウス、ちょっとだけ待っててね! アリアネ、ついてきて!」

「えっと、はいっ!」


 並べていた荷物の中からわたしの背負い袋だけをユリウスに押しつけて宿の帳場に戻り、マテウスさんに一声掛ける。


「マテウスさん!」

「おう! ルーヘンの馬車はまだ来てないのかい?」

「いえ、そっちじゃないです。しばらく、アリアネと荷物を預かってて欲しいんです」

「……おう!?」

「ルーヘンさんの荷馬車は……たぶん、来ません」


 軍隊や物資の輸送に呼ばれちゃうだろうし、こんな状況じゃ、シャルパンティエまでの護衛を雇おうにも手配のしようがない。


「……なんかあったのかい?」

「魔物の大群が来てます。ヴェルニエは大丈夫って、ユリウスは言ってましたが……」

「案の定かい」

「知ってたんですか、マテウスさん!?」


 やっぱりなとでも言う風に、マテウスさんは深く頷いた。


「いやな、なんかおかしいって思ったのはちょい前なんだが……。カールの奴がシャルパンティエだけじゃ食いきれねえほどの食料を注文してきやがったし、加えてラルスホルトの坊主は普段の倍量の倍の鉄と炭を発注書に書いてきやがっただろ?」

「は、はい」

「その上、冒険者の出入りがどうにも変だった。わざわざシャルパンティエから『水鳥の尾羽根』やや『怒れる雄牛』呼び戻すほど、ギルドが忙しくなってやがるとくりゃ、こりゃ何かあるってなるわけだよ。まあ自前で荷馬車を呼ばなきゃ首の締まるシャルパンティエと違って、こっちは辺境街道沿いだ、荷や人が止まることはまずないから、様子見だけしてたんだが……」

「はあ、なるほど……」

「まあ、そういうことだ。おお、ちっちゃい嬢ちゃんのことは引き受けた。安心してシャルパンティエに戻るといい」

「ありがとうございます、マテウスさん!」


 状況がよく分かっていないアリアネに向き直り、肩を抱く。


「ジネットさん、あの……」

「説明不足でごめんね、アリアネ。こちらから迎えを出すか、それともルーヘンさんの馬車便が再開してから送って貰うことになるかわからないけど、それまではここに居て」

「……はい、わかりました。えっと、宿のお手伝いをすればいいんですか?」

「いや、それは……」

「はっはっは、流石はジネット嬢ちゃんの弟子だ! うちはどっちでもいいが、もしも働いてくれるなら……そうさな、給金は日割りで半グロッシェン、代わりに寝泊まりは大部屋でなくて客室の方の個室、もちろん朝晩の食事付きだ。……どうだ?」

「やります!」


 働かせる気は全然なかったんだけど、アリアネが笑顔だしどうしよう……。

 うん、マテウスさんがきちんと面倒見てくれるだろうから、まあいいかな。彼女の気も紛れるだろうし、接客も身に付くかなと、わたしも頷かざるを得なかった。


 二人には短い挨拶で別れを告げて、表に出しっぱなしの荷物の片づけを頼んでおく。


「ユリウス、お待たせ!」

「乗れ、ジネット!」


 右手一本で馬上に引き上げられる。フリーデンも、わたしの身体を使ってメテオール号に上り、たてがみの辺りに丸まった。


 ふぃあ!

 ひひん!


 わたしが鞍にお尻を乗せると、勝手知ったる道とばかりにユリウスの指示もなくメテオール号が走り出す。


「シャルパンティエには、クーニベルトの使い魔が連絡に飛んでいる。俺達と入れ替わりに、コンラートがヴェルニエに降りてくるだろう。あ奴も……放蕩者の振りには飽き飽きしていたからな」

「ユリウスはどうするの?」

「シャルパンティエの守りを固めてから、まずは魔物狩りの準備だ」


 南の門から出てシャルパンティエに向かう領道に入ると、メテオール号が駆け足になった。

 振り落とされないよう、ユリウスにしがみつく。……ユリウスもしっかり支えてくれているけど、横乗りじゃ、これが限界だ。


 それでもあっと言う間に湖を通り過ぎ、山道に入ってすぐ、コンラート様達とすれ違った。


「残り物は好きに使え!」

「恩に着る! 代官には話をつけた!」

「うむ! 急ぐぞ、シュテファン!」

「はい、旦那様!」


 騎乗のコンラート様に、シュテファンさんだけが付き従っている。箱馬車や荷馬車は置いてきたようだ。


「さあ、俺達も急ぐぞ!」

「うん!」


 流石は本気のユリウスとメテオール号、お尻は痛くなったけど、昼にはもう領主の館の城壁が見えてきた。




「領主様のお戻りだー!」


 城壁の手前で大音声が響き渡り、わたしは思わず壁の上を見上げた。


「え、ヨルクくん?」

「ヨルク! シャルパンティエ変わりはないか!」

「大丈夫っす!」

「うむ!」


 大きく手を振るヨルクくんに小さく手を振り返し、ユリウスの顔を見る。


「俺が不在でも、『孤月』や『銀の炎』がいるからな。冒険者を押さえて村の守りを固めるぐらいは、前もって手配してあるぞ」

「そうなんだ……」

 ぐるっと下の道を回り込むと、三日振りのシャルパンティエだ。

「領主様! ジネット!」

「ただいま戻りました!」


 出迎えてくれたディートリンデさんは、いつものように笑顔を向けてくれた。

 ……おかげでわたしは、自分がとても緊張してることに気が付いてしまったけれど、今はそれどころじゃない。


「『銀の炎』、契約済みの冒険者を『魔晶石のかけら』亭へ!」

「畏まりました!」


 そのまま『魔晶石のかけら』亭の前で降りて、中に入る。

 カールさんがいたので二人分の軽食を頼み、わたしは席に着いた。


 しばらくして、外から帰ってきたり、二階から降りてきた冒険者で、ユリウスの周りの席が埋まっていく。

 ディートリンデさんも、アルノルトさんやディトマールお爺ちゃんを率いて、酒場に入ってきた。


「領主様」

「うむ?」

「見張り役の『英雄の剣』の他に『荒野の石ころ』も戻ってきていますが、朝から『孤月』殿と共に鳴子を仕掛けて回っています」

「『英雄の剣』に『荒野の石ころ』だな、心得た」


 今この酒場に居るパーティーは、『黒の四弦器』と『祝祭日の屋台』で、合わせて八人。『英雄の剣』と『荒野の石ころ』を入れて十五人なら、運良く数は多い方だ。


「皆、いいか」


 ぱんと手を打ったユリウスに、視線が集まる。


「先に聞いていると思うが、ヴェルニエとシェーヌの間、その東に、魔物の侵攻が確認された。数は不明ながら、大規模と見て間違いない。だが王国は先手を打ち、予め東方辺境にゼールバッハ侯爵の軍を進めていた。彼らがこれに対応する故、こちらまで魔物の大群が押し寄せてくることはないだろう。少ないながら、ヴェルニエ周辺の諸侯軍や冒険者らも動こうしな。……数日中には勝利の一報がもたらされることと思う」



 ほっとした空気が流れたものの、ユリウスの顔は引き締まったままだ。

「しかし、問題はその後だ。今日明日の話ではないが、この規模の大戦(おおいくさ)では、討ちもらしが必ず出てしまうものだ。街が、村が、丸ごと一つ土に還ることはなくとも、気付けば民の誰かが犠牲になっているような、嫌らしい戦いが長く続くだろう。そこで、皆の出番だ」


 うむと一つ頷いて、ユリウスは冒険者達の顔を順番に眺めた。


「『黒の四弦器』はシャルパンティエの夜警を担当してくれ。『英雄の剣』にはまだ早いからな、昼間は彼らに任せる」

「了解!」

「『祝祭日の屋台』とギルドの面々には、村の防護柵の整備を頼みたい。その後は『荒野の石ころ』の手が空き次第、一日交代で森に入ってくれ。他の冒険者も、戻ってきた者から随時そちらに加える」

「畏まりました」

「うっす!!」

「ジネット!」

「は、はい!」

「領主の名の下、彼らに必要な食糧と消耗品の手配をして欲しい。また、孤児院にも気を配っておいてくれ。特に食糧は多めにな」

「はい、『我が領主様』」

「数日はこちらまで魔物が流れて来るはずもない……とは思うが、油断は禁物だ。魔物に関係なく、シャルパンティエの近くにはベアルもうろついていようからな。ともかく、今のうちに戦運びに身体を慣らしておいてくれ。また、戦況が落ち着いて後、皆には近隣の村々へと足を運んで貰うこともあろう。ゼールバッハ侯爵の軍は言わば借り物で、東方辺境への派遣期間はそう長くない。申し訳なく思うが、俺の下に付いたのが不運と諦めてくれ」

「領主様、よろしいですかい?」

「うむ?」


 胡乱な顔で『黒の四弦器』のリーダー、マルヴィンさんが手を挙げた。


「なんでシャルパンティエ以外も、シャルパンティエの領主様がお守りになるんで? 損ばかりって気もしやすが……」

「ああ、すまん。言い忘れていたが、ヴェルニエ周辺の諸侯軍の指揮権とやらは、俺が預かっている。指揮系統を一つにする方がいいだろうなどと理由を付けて今はゼールバッハ侯爵に丸投げ出来ているが、奴が帰れば戻ってくるのでな。ふん、投げ出すわけにもいかぬので、今から頭が痛いぞ」

「そうでやすか……。失礼いたしました、『指揮官殿』!」

「うむ、諸兄らの働きには『小官』も期待している。……頼むぞ」

「はっ!」


 ユリウスもマルヴィンさん冗談めかしているけど、本当に大変なんだろうなということは、わたしにも分かった。


 後から知ったけれど、王領の代官は当然ながら領地の経営を期待されているので文官出身、近隣の新興領主は大抵商人上がりと、本当に魔物のことを知っていて諸侯軍を指揮出来るような人が、ユリウスの他に数人しかいなかったのだ。

 実績と名声で『星の狩人』の『洞窟狼』に勝る人がいるわけもなく、ユリウスも、誰かに押しつけるよりは自分がまとめた方がまだましだろうと、しぶしぶ引き受けたらしい。


 おう! と大きく叫んで席を立つ冒険者達を見送り、そっと拳を握りしめる。


 そうだ。

 これはわたしにとっても、『戦い』なんだ。


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