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第五十一話


 コンラート様率いるパーティーがダンジョンに潜った翌日から、シャルパンティエには冒険者以外の人が増え始めた。


 もちろん彼らは侯爵家のご一行様で、シュテファンさんと同じような服装の従者さんだけでなく、馬に乗った兵隊さんや可愛いお仕着せのメイドさんまでいる。


「シャルパンティエまで来ているのは最低限ですよ。道中での仕事を割り振られている者も多いのです」

「わたしはこの人数でも驚きです……」


 シュテファンさんの口振りでは少人数に絞ったようだけど、昨日は三人、今日は二人って具合で、あっと言う間に十人ものお付きの人がシャルパンティエに揃ってしまった。


 ついでに馬車三台分の大荷物がシャルパンティエに持ち込まれ、『魔晶石のかけら』亭で借り切った続き部屋と、ディートリンデさんが気を利かせて許可を出したギルド二階の宿舎の空き部屋へと振り分けられている。


 ……流石に天蓋付きのベッドはなかったけれど、衣装箱や旅行李は外から見るだけで圧倒されるほどの装飾が施されていて、わたしは窓に張り付いて広場で行われていた荷役を見入ってしまったぐらいだ。


「それはともかく……」

「はい。先ほどお話しさせていただきましたように、最低でも必ず三日遅れ、ヴェルニエの街に品物がなければそれ以上の納期がどうしても掛かってしまうことをご理解いただけるなら、『地竜の瞳』商会としましては、これ以上嬉しいことはございません」

「ええ、それは仕方ありますまい」


 シュテファンさん、なんと大急ぎ以外の品物全てをうちのお店で買ってくれるという……わたしとしてはこれ以上ないほど素敵なご依頼を、与えて下さった。


 シャルパンティエにうち以外のお店がないってせいでもあるけど、それでも十人からのお客様がいきなり増えたわけで、とても嬉しい。


 注文を受けたお品の入荷に時間が掛かることは最初に断りも入れたし、本当の本当に急ぎなら、シャルパンティエに来ている侯爵直属の魔法使いが鷹便でヴェルニエやシェーヌに逗留する別の家臣の元へと手紙を送れば、時間最優先で馬車を仕立ててシャルパンティエへ品物やってくるそうなので、そのあたりはわたしが心配しなくてもいいらしい。


 かららん。


「ジネットさん……っと、お話中ですか?」

「はい、いらっしゃいませ!」

「では、頼みます。私はこれで」

「お疲れさまです、シュテファンさん! はい、お待たせしました!」


 彼ら侯爵家の人々が忙しくしているのはともかく、わたしも少し、お仕事が増えていた。




「えーっと、今日はわたしの方から相談といいますか、提案というか……ちょっと聞いて貰いたいことがあって、改めて皆さんに集まって貰ったんです」


 ディートリンデさんに相談した上で、わたしはその日の夜、久々にシャルパンティエ商工組合の全員に声を掛けた。


 もちろん、毎日挨拶もすれば話もするけれど、きちんと話し合って意識するのが大事な時は、少しぐらい忙しくても、なるべく全員で集まるようにしている。


「ゼールバッハ侯爵家のご一行がシャルパンティエに逗留されていることはご存じだと思いますが、もう少しと言わず人数が増えそうだとシュテファン氏は仰っています」

「今は領主様と一緒にダンジョンに入っておられる侯爵様含めて、十一人だったかな……」


 宿の主人であるカールさんが指折り数え、パン屋のディータくんは心配そうな顔をこちらに向けた。


「まだまだ増えそうなんですか、ジネットさん?」

「うん、少なくとも、近日中には倍になりそうだよ。それから、荷物や人が出入りするのに合わせて、御者さんや伝令の兵隊さんもシャルパンティエに一泊することになっちゃうから、そちらも見越して欲しいんだって」

「そりゃあ、うん、ちょっと考えた方がいいなあ」


 カールさんとディータくんはシャルパンティエの食事情を一手に握る二人だから、逗留する人が増減すると特に大きな影響を受けてしまう。うちやラルスホルトくんの鍛冶工房は、在庫の積み上げがなんとか出来るなら、それほど右往左往しなくていいんだけどね。


「なのでわたし達もそれを見越して、仕入れを増やすべきかなって考えていたんですが、皆さん……どうでしょうか?」

「……正確な人数は、わからないんですよね?

 うちは小麦粉の袋を積み上げていくだけならまあ、ヴェルニエに頼めば送ってくれると思いますが、カールさんのところは……」

「うちも根菜や塩漬け肉なら先に確保出来るが、生の野菜と肉の類はなあ。

 冒険から帰ってきてもまた煮戻し肉にニンジンだらけのシチューじゃ、雪に閉ざされる冬場はともかく、若い連中と言わずやる気が萎れるだろう」

「そうですよね。でも、見越そうにもちょっと……」

「うーん」


 在庫を増やしたい本当の理由は、まだ話せなかった。




 せめてユリウスとコンラート様に確認が取れればいいんだけど、内密な王命と最初に聞かされているわけで、やっぱりみんなには話せない。


 わたしの一番の心配は、軍隊同然の大勢……ううん、飾っても仕方ないけど、『軍隊』がもう東方辺境に向けて動いてる、ってことなんだよね。


 シュテファンさんは言葉を選んでいたけれど、ゼールバッハ家の前侯爵様と若奥様の『護衛』とは言いつつも、東方辺境に魔物が攻めてきた時、何とか出来るぐらいの人数がいるのは間違いない。……その為に王様の命令をくだされたのだし、わざわざコンラート様は演技をしているんだものね。


 その人数はと言えば、専門外のわたしじゃとても推測のしようもなかったけれど、現役時代は傭兵仕事を数多くこなしていたディートリンデさんが教えてくれた。


『王命による従軍って、基本的には最低限の人数が決まっているの。騎士爵なら騎士一人に従者一人、男爵なら騎士と従者に加えて兵士が一隊……領地の規模に合わせて数人から数十人って具合ね。とても大変よ。

 でも、軍功が欲しくて借金をしてまで大人数を揃えるお家もあるわ。ご褒美に、領地や爵位が下賜されることもあるもの』

『本当に大変そうですね……』

『ゼールバッハ家なら……そうね、自前の衛兵や警備兵だけでも数百は揃えていたはず。その全部が来ないにしても、傭兵も集めるでしょうから最低でも一千、荷駄を運ぶ輜重隊や家臣団も含めれば、千五百は動いてるんじゃないかしら。

 ……そのぐらいの人数がいないと、大規模な魔物の群が来た時、まともな戦いにならないせいもあるけれど』


 千五百人の全員がシャルパンティエにやってくるわけじゃなさそうだけど、その道中にはヴェルニエやシェーヌ――わたしが頼っている仕入先があるわけで……。


 あ。


 これって、魔物が攻めてきても攻めてこなくても、麦を含めた食料品の値段が上がってしまうってことなんじゃ……!


 今年の春麦はもう収穫も終わっているけれど、不作とも豊作とも聞こえてこないから平年並みとみていいはず。だから、品物その物が足りなくて困っているわけじゃない。


 でも当然、千五百人の人達は、千五百人分の食料を毎日食べる。馬だって飼い葉がなきゃ、動こうとしないだろう。

 だから、足りないなら何処か余所から運ばれてくるにしても、ここシャルパンティエと同じく運賃分の上乗せされた値段で取り引きされるんだ。


 ゼールバッハ家だって、自分の領地から運んでくるより現地で買う方が安ければ、そちらで入手するだろうけど……。


 ……ううん、どうかな?


 民心の安定が目的なら侯爵家の方で別の手を打たれてるかもしれないけれど、それにしたって全てを運んでこられるわけじゃない。


 うー……早めに気付けて良かったのか、そうじゃないのか。

 逗留する人数の見越しどころじゃなくなっちゃったかも……。


 上げ幅はゼールバッハ家の対応次第だけど、間違いなく東方辺境で食料品の値段が上がるし、普段遣いの消耗品だってそれに引きずられてしまうはずだ。




 特にシャルパンティエは……食糧事情という一点に関して言えば、とても特殊な領地だった。


 普段はあまり話題に上らないけれど、ここには農家が一軒もない。もちろん、湖があっても漁師さんは住んでおらず……。

 お肉は頑張れば自前で何とかなるけれど、休憩半分で兼業の冒険者以外じゃ猟師さんはアロイジウスさま一人きり、食べられる野草ぐらいは探せば見つかるけれど、孤児院の子供達の分にさえ届かない。


 つまりシャルパンティエは、いついかなる時も、領地の外から食料品を買い込まなくちゃいけないっていうとても重大な欠点を抱えてる領地だった。領主の指南書の第一番に書かれている自給自足の重要性なんて部分を紐解くまでもなく、わたしだって……もちろん領主のユリウスだって、食べる物がなきゃ人は生きていけないって事はとてもよく分かってる。


 ただただ、ダンジョンのお陰で余所から十分な食料品が買えて、冒険者も住人も極端な苦労なく食べていけるから問題になっていないだけだ。農家を育てる余裕は、まだなかった。


 だからヴェルニエを中心とした東方辺境で食料品が値上がりすると、ものすごく困るどころか、冗談抜きで首が締まりかねないんだ。


 じゃあ、どうするか。


 可能な限り貯め込んでおくしか今のところは出来ないけれど、それだって無理を押し通すにはそれなりの理由が必要で……。




 なんとか本当の理由を告げずに、お話を持っていきたいところだ。

 でも、どう切り出せばいいのか、すぐには思いつかない。


「……ジネットさん」

「はい?」

「もしかして、シュテファンさんから何か吹き込まれたのかい?」

「い、いいえ……」


 カールさん、鋭すぎるよ!?

 動揺を悟られないよう頭をお仕事気分に切り替え、じっとカールさんを見る。


「いやね、ディートリンデさんも黙ったままだし、ジネットさんもいつものジネットさんらしくないんで、ちょっと考えてたんですよ」

「……あら」

「だから少し気になってたけど……でも、うん、まあいいか」

「カールさん!?」


 うん、と一つ頷いたカールさんは、にやりと笑った。


「ディータ、お前んところは冬越しの前みたいに小麦粉の袋を積み上げろ」

「はい、カールさん」

「ラルスホルトはそれ以上に炭と鉄塊を積んでおけよ。俺達のところと違って、腐らないから大丈夫だとは思うが……」

「分かりました」

「金の心配は後でいい。うちも余裕はないが、親父には一声掛けておく」

「お願いします」

「理由は……そうだな、孤児院どころか他のお客さんも増えてるし、『シャルパンティエ山の魔窟』も名が売れはじめてるんでちょいと仕入れの見通しが立たない、だが商機を逃すほど俺達は馬鹿じゃない……ってところでどうだろう?」

「いいんじゃないですか」

「おかしくは……ないですね。本当に人は増えてますし」


 よし、決まりだとでも言うようなカールさんの一言に、ディータくんもラルスホルトくんも頷いた。

 わたしは視線をさまよわせ……もう一度頷いてくれたカールさんへと向けた。


「ジネットさんが何を理由にして焦ってるのか、俺には分からないけど……ジネットさんの『商人の鼻』がこのシャルパンティエって小さな村にはもったいないほど優秀だってのは、俺達みんなが知ってますよ」

「あー、その……ありがとうございます」


 カールさん、持ち上げすぎだ。

 この『商人の鼻』って言葉はやり手の商人を指す言葉だけど、初めて言われたかも。


 でもこの言葉、今のような褒め言葉だけじゃなくて、逆の意味に使われることもある。

 商売上手には違いなくても、敵か味方か、それとも余所で荒稼ぎしてるのか。やっかみが入ることもあるし、感謝の言葉になることもあった。


 でも今は、みんなから認めて貰ってるんだってことが嬉しい。


「それに日持ちする食料品なら、そこまで大損になるわけじゃない。何なら生野菜だって生肉だって、腐る前に干してしまえばいいんです」

「うちも夏場はカビとネズミが恐いですけど、しっかり気を付けていれば大丈夫ですから。……フリーデンも頑張ってくれますって」


 よし!

 じゃあ、わたしも遠慮なく、みんなを信頼しよう。


「それじゃあ皆さん、そのつもりでお願いします!」


 詳しい数字はともかく、わたし達お店持ちは去年の冬ごもりに匹敵する在庫の確保を決定し、その日の会合を終えた。


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