第四十八話
「カールとユーリエにもよろしくな!」
「お世話になりましたー」
翌朝早く、マテウスさん達にお礼を言って宿の表に出れば、二台の荷馬車が待っていた。
御者さんの一人はもちろんルーヘンさんで、もう一人は時々シャルパンティエに来てくれるルーヘンさんの弟ロゲールさん。もちろん、大変お世話になっている。
荷台には『猫の足跡』亭に向かう小麦粉の袋や、『魔晶石のかけら』亭が注文したエール樽に混じり、昨日買った羊が短い縄で結ばれていた。
「わたしはルーヘンさんの馬車に乗せて貰うんですよね? ロゲールさんの方は?」
「昨日予約を頂戴してな、こっちは一組とお一人さんを運ばせて貰うんだ」
「おおー」
冒険者が一組増えれば、それだけシャルパンティエも賑やかになるわけで……。
どうぞよろしくと挨拶がてら、幌の付いているロゲールさんの荷馬車をのぞき込めば、見知った人がいた。
「あ、昨日、市場で……」
「あの時のお嬢さんかな? これは奇遇だね」
駆け出しに見える若い冒険者に混じり、笑顔のお爺ちゃんが小樽に腰を掛けていた。
「――ジネットさん、ジネットさん、もうそろそろ到着だよ!」
「……へ?」
……ふぃー?
ルーヘンさんに起こされると、そこは見慣れた領主館の下を通る道だった。ぐるっと小さな森を回れば、もうシャルパンティエの広場に着いてしまう。
「お疲れかい?」
「昨日、ちょっと寝付けなくて……。馬車のゆらゆら、気持ちよかったです」
「ははっ、俺も時々寝そうになるよ」
寝付けなかったというか、考え込んじゃったというか……。
結局、ユリウスの顔を見てからもう一度考えよう、なんて結論にたどり着いてしまい、一晩を無駄にしてしまった。
でも、それしかないよね。元々気持ちの問題だし。
「はいや、はいや! ようし、無事到着っと!」
ふぃあ!
「おつかれさまでしたー。えーっと……羊、先に引き取りましょうか」
「おう、そうしてくれると助かる!」
「お姉ちゃん、おかえりー」
「おお、戻ったか」
「おかえりなさい」
固く結ばれた縄を解いていると、お店からアレットに続いてユリウスと……コルネリエさんまで出てきた。……むう。
「た、ただいま……」
「あのね、お姉ちゃん、あの――」
「ギーゼルベルト!?」
アレットの言葉を遮るようにして、滅多に出さないほどの大声でユリウスが怒鳴った。
その視線の先には、馬車の荷台から降りようとしている例のお爺ちゃん。って、え!? まさか、ギーゼルベルトって『氷槍』の……!
「やあユリウス、久しぶりだ」
「あ、ああ……」
「お待たせ、コルネリエ」
「もう、三日も待ったわよ、『あなた』!」
あなた!?
コルネリエさん、いま、あなたって言った!?
「ごめんよ。例の会議が長引いたんだ」
「ふうん、そうなの。そりゃあ、あなたは真面目な人だし、会議も真面目なら、議題も真面目だったんでしょうけどね!」
「本当にごめん。ああ、ほら、ここに美味しそうな香味酒があるよ。コルネリエは香味酒が好きだったよね。これで機嫌を直してくれると嬉しいんだが……」
「もう……直りまし、た!」
情熱的な口づけに、わたしだけでなく、ユリウスでさえぽかんと口を開けて固まっている。
「コ、コルネリエ!? それに……」
「改めて報告するわね。去年の秋かな、ギーゼルベルトと私、結婚したのよ」
「なん、だと……!?」
「本当だよ、ユリウス」
「ねえ、驚いたかしら? ギーゼルベルトが着いたら、二人で報告しようって決めてたの」
コルネリエさんとギーゼルベルトさん、か……。
三日前も綺麗な人だと思ったけれど、コルネリエさんは旦那様と腕を組んでいる今の笑顔の方がずっと綺麗だった。
……。
それにしても……この三日間は、わたしにとって、どんな意味があったんだろう。
「お姉ちゃん、あのね」
「……アレット?」
「もう今更なんだけど、さっき言おうとしたんだよ、コルネリエさんが新婚さんだってこと。領主様には内緒って約束したから、こっそり耳打ちしようとしたんだけど……」
「あー、うん、ありがと……」
べぅえええぇ。
荷台から降ろした羊にもたれかかりながら、わたしは夕暮れの空を見上げて脱力した。
「わざわざ北方辺境からシャルパンティエに来た理由?
もちろん結婚の報告よ。貴方と『孤月』殿相手に手紙を送ってはいおしまいなんて、流石に失礼だもの。同じ村に住んでるなら、手間も省けるでしょ」
「どちらかと言えば、久しぶりに顔が見たくなったと言うべきなんだが、まあ、報告もしておく方がいいだろうね」
新婚……というにはギーゼルベルトさんの顔は老け過ぎているけれど、後でユリウスに聞いたら、四十ちょいだったので驚いた。
それにしてもこの新婚夫婦、よく食べる。ユリウス並じゃないのかな。……あ、この間、アロイジウスさまも大食い聖女とか何とか言ってたっけ。
……ちなみにわたしが買ってきた羊は、やっぱりコルネリエさんに食べて貰う予定だったんだけど、鬼ごっこをしていた子供達に見つかってしまって可愛がられているうちに、なし崩しで孤児院へと寄付されることになった。
肉屋で一回、広場で一回命拾いをしたけれど、これで助かったと言い切るにはまだ早い。秋口までゆっくりと太らせたところを食べられちゃう可能性も、無くはないからね。がんばれ、羊。
「しかし、組んでいた頃は気付かなかったな。お前達二人が、その、そういう関係だったとは……」
「あら、そうだった?」
「コンラートには気付かれていたが、だからと何かを言われたこともなかったなあ」
「ふむ、あ奴が揃えば久々の勢揃いだったが、まさか侯爵を呼びつけるわけにもいかんか」
「そのうち来ると思うわよ。暇が出来たら顔を見に行くって言ってたわ。……ほらジネット、杯が空いてる」
「ありがとうございます、コルネリエさん」
実は……なし崩しでわたしも『星の狩人』のテーブルに引っ張り込まれてしまい、逃げ出すわけにも行かず、大人しく香味酒をちびちびと飲んでいた。
でも、いいんだ。
昔話には入り込めないけれど、聞いてるだけで楽しいよ!
身体はどっと疲れてるけど、心は軽やかになっていた。今はコルネリエさんと視線が合っても、息苦しくなったりしない。むしろ、色々聞きたくってしょうがないくらい。
「ねえ、ジネット」
「はい?」
酒杯を置いて、男二人をしっしと追い払ったコルネリエさんは、わたしの耳元に唇を寄せた。
「貴女、私に焼きもち焼いてたでしょ」
「!!」
一瞬で頬と言わず耳と言わず、真っ赤になる。
「すごく嬉しかったわ。……朴念仁の大食い狼のこと、見捨てないであげてね」
もう一つおまけに、貴女しかいないんじゃない、って言われた。
ちなみに翌日のお昼過ぎ、『銀の剣士』が馬を飛ばしてユリウスを訪ねてきたことで、伝説のパーティー『星の狩人』がシャルパンティエに勢揃いすることになった。




