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第四十七話



 久しぶりのヴェルニエは、やっぱり賑やかだった。雑踏の……っていうか、雑踏がまず素晴らしいと思う。シャルパンティエには、そんなもの何処探してもないもんね。いつかはそのぐらい、賑やかになってくれるといいなあ。


「お疲れさまでした、ルーヘンさん!」

「おうよ、じゃあ明後日の朝にまた!」

「はい、よろしくお願いします」


 ふぃ!


「おう、ちんまいのも乗り遅れんなよ!」


 西通りの真ん中あたり、『パイプと蜜酒』亭に近い場所で降ろして貰ったわたしは、のんびりと通りを歩き出した。


 一応、半年ぐらいは住んでたからね、それなりに懐かしい気分だよ。

 夕暮れに近いから、今の時間じゃ露天市場も店じまいしてるだろうし、今日のところはマテウスさんに挨拶をしてゆっくりさせて貰おう。


 ふぃ?


「うん、ここがヴェルニエだよ。人がいっぱいだから、勝手に出歩いちゃだめ。約束ね」


 ふぃあ。


 フリーデンには首輪もしていないし、飼い主抜きでうろうろすると、上等の毛皮が歩いてるぞって獲物扱いされてしまいかねない。ほんと、この子の撫で心地、極上だからね。

 今日明日の為だけに首輪を買うのも躊躇われるし、長い飾り紐でも編んで、結んでおこうかな。


「ねえフリーデン、わたしとずっと一緒なら飾り紐つけなくても大丈夫だけど、飾り紐するなら、宿の中だけは動き回っても大丈夫になるよ。……どうする?」


 ……ふぃ。


「そっか、やっぱり嫌だよねー」


 そりゃ首回りが締まるし、フリーデンも嬉しいわけがないか。


「さあ、着いたよー」


 ふぃ!


 開けっ放しの扉をくぐれば、相変わらず、ここ『パイプと蜜酒』亭の酒場は賑やかだ。特に夕方は、街仕事を終えた冒険者達のたまり場になるからね。お仕事のはけ時が違うから、シャルパンティエとは混む時間も全然違うんだ。


「おじゃましまーす。お久しぶりです、マテウスさん、ロルフさん」

「お? おお、ジネット嬢ちゃんじゃないか!」

「ジネットさん、いらっしゃい! 弟夫婦は元気にやってますか?」

「もちろん、去年より繁盛してますよー」


 帳場で迎えてくれたのは、もちろんご主人マテウスさんと、ご長男でカールさんの兄、ロルフさん。この宿に居着いていた頃は、本当にお世話になってたよ。もちろん、今はシャルパンティエに来る荷物のまとめ役として、あの頃以上に助けられていた。


「お湯付きで二泊、小さい方の個室でお願いします。……ってそうだ、去年の秋、妹がお世話になりました! ありがとうございます!」

「いいっていいって。……内緒だが、シャルパンティエにゃそれ以上に儲けさせて貰ってるからな。礼を言いたいのはこっちの方さ。ルーヘンと二人、専業の商会でも立ち上げるかなんて笑い話にしてるところだよ」


 って、わたしまで無料にして貰っちゃったよ。いつもお世話になります、マテウスさん。


 部屋に荷物を置いて戻れば、久しぶりに見る顔がわたしを出迎えてくれた。


「ジネットさん、こっちです!」

「わ、マルタ! グードルーン!」

「さあさ、どうぞどうぞ!」


 彼女たちは、この冬、シャルパンティエで一緒に過ごした仲間だった。素人同然の新人で、しかも女の子の二人組だったから多少は気を使っていたし、おかげで二人からも懐かれている。


 ふぃー。


「わ、かわいい! 抱っこしてもいいですか?」

「使い魔、羨ましいなあ……」


 あんたはどこに行っても女の子にもてもてだね、フリーデン。


「でも、突然どうしたんですか?」

「わたしは冒険者じゃなくて商人だからね、仕入れと挨拶回りもお仕事の内だよ。なかなか街に降りる機会がないから、ちょっと疎かになっちゃってるけど……。二人はどう? 上手くやれてる?」

「えへへ……」

「つい最近、二人とも青銅のタグに上がったんです!」


 おおー。

 シャルパンティエに来た頃は、一番下の錬鉄のタグを得たばかりの新人だったもんね。その割に、ギルドの緊急依頼やベアル退治なんていう貴重な経験をしてるけど……。


「おめでとう、二人とも。……乾杯、しよっか」


 二人が頑張り屋さんなことは、よく知ってるよ。女将さんに銘有りワインの上等の方を一本、新しく頼んで封を切る。


「来年は、ダンジョンに入れるぐらいになってると信じて!」


 ふふ、乾杯。

 そうだね、冬はまた、シャルパンティエに来てくれると嬉しいな。




 次の日、二度寝をしてゆっくり目に一階へと降りれば、冒険者が出払った後で食堂も帳場も閑散としていた。

 狙い目というか予定通りというか、ここで暮らしていた頃も、わたしは少し時間をずらして窓際の明るい席で食べることが多かった。


 肉団子入りのスープに、山羊のチーズ。ディータくんのそれとはちょっと違う、小振りの黒パンが懐かしい。フリーデンの為に、生の鶏肉も分けて貰った。


「おいしい?」


 ふぃあー!


 ユリウスのこと、コルネリエさんのことは、なるべく考えないようにしていた。

 そりゃあ……今だって、昨日の夜だって、気になりすぎるほど気になってたけど、気分転換に来てるんだから頭を切り替えないとね。


 よし、今日は一日、買い物三昧だ!


 食後、まず近い牧場を紹介して貰おうと、帳場のマテウスさんをつかまえる。頼まれものは、一番最初に片付けておくに限るよ。


 今になって気付いたけど、下手すると、牧場との往復だけで一日仕事になっちゃうね。挨拶回りまでは、やってられないかもしれないなあ……。思いつきと勢いだけで街に降りてきたわたしが悪いんだけど、不手際すぎて情けなくなる。


「羊を丸一頭? ……なら大丈夫か。ロルフ! ジネット嬢ちゃんとモリッツの店まで行ってくるから、こっちを頼まあ!」

「はいよ! 今日はルッツ爺さんが来る日だから、あんまり遅くまで油売ってんなよ、親父!」


 フリーデンを肩に乗せ、マテウスさんと二人、西通りを北に向かう。

 上手く街中で手に入るなら嬉しいんだけど……。


「モリッツの肉屋は、週の頭に仕入れた羊を売れた分だけ肉にしていくからな、まだ一頭や二頭は残ってるだろう」

「助かります!」


 モリッツさんのお店は一つ目の角を曲がって二軒目、あっと言う間に到着だった。


「毎度です、マテウスの大旦那!」

「よう、ハンス。モリッツは奥か? 羊を一頭分けて欲しいんだが……」

「はい、ただいま!」


 うちのお店は生肉を扱わないから、このお店は初めてだった。干し肉の仕入れは、冒険雑貨の卸商も兼ねている『雪の森』商会さんに頼んでいる。


「どした、マテ公。なんかの祝いか?」

「ひっ!?」


 血塗れの皮エプロンを身につけた老人が、牛刀を手にのっそりと奥から出てきた。……『お仕事』中だったらしい。お肉屋さんなら仕方ないよね。分かってても驚くけど。


「違う違う。こちらはシャルパンティエの筆頭家臣、ジネット殿だ。羊を一頭お求めだそうでな、まだ残ってるか?」

「おう? ……おう、こりゃあ失礼を。一頭なら大丈夫でさあ」

「い、いえ。お世話になります」


 羊の両前脚には紐を通して、人で言うなら肩と背中のところに結び目を作って引いて歩けるようにして貰った。手間賃を上乗せした十二グロッシェン半を払って、紐を引っ張られながらお肉屋さんを後にする。


「ほら、こっちだって!」


 ぎゅわあ!


 べうぇ。


 言うこと聞かない……。


「なかなか強情だな、こいつは……」


 牧羊犬よろしくフリーデンに追い立てて貰いながら、紐を引いて『パイプと蜜酒』亭まで帰るのは、ほんとに大変だった。




「今度、ディータくんに頼んで作って貰おうかな……」


 ふぃあ。


 羊を『パイプと蜜酒』亭に預け、晴れて自由の身になったわたしは、『雪の森』商会、『朝告げ鳥』靴工房と、近い順に仕入先を幾つも回って挨拶を済ませ、屋台で買ったふわふわもこもことしたジャム入りの甘パンをフリーデンと分けながら、東通りの向こうにある露天市場を歩いていた。お昼はとうに過ぎちゃったけど、何とか顔出しだけは済ませることが出来て良かったよ。


「シェーヌ産の燻#いぶ#しチーズ、切り売りもしてるから寄ってきな!」

「奥さん、こいつは王都で流行してるって評判の銀の色糸なんだが、生地と一緒にお買い上げならうんと安くするよ!」


 露店もたまには出したいなあ……。

 結局、王都で仕入れた化粧道具は、ヴェルニエにいる内に露店を出せなかったのと、シャルパンティエじゃ買ってくれる人が居ないおかげで、まだ一つも売れていない。女性の冒険者もいるけれど、化粧道具は最小限にするどころか持たない人も多いし、当のわたしだって、四年も前にアルールで買った紅が使い切れてないもんね……。


 貝皿に入った紅の色落ちが少し心配になるけれど、二年や三年は……どうだろう、顔料でも持ちは変わるし、流行から外れて値落ちする方が先かな。


 でも、やっぱり市場はいいなあ。ぶらぶらしてるだけで、ほんと楽しい。

 そのうち、シャルパンティエにも……。


 ふぃ!


 どたっと音がして振り返れば、くたびれたローブ姿のお爺ちゃんが、尻餅をついていた。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、すまないね。落とした小銭を拾おうとして、足がもつれたんだよ」


 思わず駆け寄ったけれど……って、うわ!?

 お腰の魔法杖に、目を奪われる。どこにでもありそうな木の枝を折っただけって見かけなのに、なんだろう……力を感じずにいられなかった。


「爺さん、気ぃつけなよ。そりゃお金は大事にしねぇと祟られるがよ、銅貨一枚を拾うのに骨でも折っちゃあ、それこそ骨折り損だぜ」

「まったくだよ。驚かせて悪かったねえ」


 露店の小父さんが拾ってくれた荷物を受け取りながら、お爺ちゃんは頭を掻いて立ち上がった。


「お代がまだだったね。助け起こしてくれた駄賃だ、釣りは取っておいておくれ」

「ありがとよ! 爺さんの行く先に幸あれってな!」


 お爺ちゃんは、丁寧にもわたしに向き直って、お礼を言ってくれた。

 ちょっと頭が薄くなってるけれど、人好きのする笑顔がとても素敵だ。実家のあるジャン・マチアス通りの長老、いつもにこにこ顔のジローお爺ちゃんを思い出しちゃったよ。


「お嬢さんもありがとう」

「いえ、どういたしまして……」

「ふむ、お嬢さんも魔法使いなのかね?」

「え!? あ、この子は確かに使い魔ですが、お仕事は商人です」


 もう一度お礼を口にしたお爺ちゃんは、あまりしっかりしていない足取りで、角の向こうに消えていった。……大丈夫かな?


「ありがとな。嬢ちゃんも何か買ってくかい? ご覧の通り、うちは香味酒#こうみしゅ#の仕込みについちゃ、ヴェルニエでもちょっとしたもんなんだぜ」

「へえ……」


 敷物の上には小振りの酒瓶がずらーっと並んでいて、漬け込まれた果実や香草が中に見えている。……これ、ユリウスが喜びそうだ。わたしも嫌いじゃないけどね。


 香味酒は、作るだけならそれほど難しくない。蒸留酒を買ってきて適当な果実を突っ込んで台所の隅にでも寝かせておけば、大概は勝手に出来上がってくれる。但し、漬け込む果実の割合や熟し具合、寝かせる部屋の温度、その期間……『美味しい』香味酒が飲みたいなら、専業の酒屋さんの出番になった。


「味見していきな」

「ありがと」


 ふぃ?


「フリーデンはだめよ。……前にワインを舐めて寝ちゃったでしょ」


 目を惹いた桃色の香味酒を手の甲に数滴垂らして貰い、ぺろりと味見する。……おお!?


「どうだい?

 こいつぁ黒サクランボを、わざわざ取り寄せた北海産の麦の蒸留酒で漬け込んでんだ。キルシュほど甘ったるくねぇのに香り豊か、まろやかな仕上がりが味の濃い酒肴と抜群に合うってぇ評判なんだよ」


 うん、確かに香りはふわっと強くたっているのに、舌触りは甘すぎず辛すぎずだ。たまに飲む変わり種なら、かなりいいかも。


「じゃあ、一本貰っていくわ」

「へい、毎度!」


 ……結局、手で瓶を持っているのがつらくなったので蔓編みの手提げを買い、手提げがあるならと干した香草やお茶、色糸なんかも買い込んでしまい、『パイプと蜜酒』亭へと帰る頃には大荷物になってしまった。


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