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第四十五話


 王子様王女様がシャルパンティエを去り、その分だけ少し寂しくなった春の終わり。


 大工さん達が頑張ってくれたおかげで、田舎にしてはかなり立派な孤児院が完成した。

 教会は後回しになっちゃっているけれど、それは仕方がない。子供達の住むところを先に何とかしないとカールさんとユーリエさんだって大変だし、宿にいる冒険者達も多少以上に気を使ってくれていたものね。


 場所は広場からギルドの脇を抜けた奥、アロイジウス家のお隣さんで、今日は子供達を含めた大勢が何度も孤児院と『魔晶石のかけら』亭を往復している。


「こら、ぶら下がんな! 重てえだろ!」

「えー、らくちんじゃん!」

「兄ちゃん、俺も!」


 束にした毛布の山を抱えた『英雄の剣』に、子供達がぶら下がっている。

 お引っ越しには、その日が休憩日だった冒険者も集まってきて、教会への奉仕なんて口にすると荷物運びや庭の整地を手伝ってくれた。


「【魔力よ集え、浮力と為せ】。よっしゃ、行ってくれ!」

「へい、親方!」

「おう、ちょい右ちょい右……」

「いいぞ、その下に石噛ませてくれ」


 引っ越しで賑やかな孤児院の隣では、大工さん達が魔法を使って教会の基礎を工事していた。

 孤児院が完成してもそのまま休憩なしで頑張ってくれてるわけで、頭が下がる。たまに買い物にも来てくれるし、このまま居座ってくれると嬉しい……なんて思ってしまうよ。


「ジネットさん、ユーリエさんがお昼の用意手伝ってって!」

「はーい、すぐ行くわね」

「こっちはわたしがやります。ゲルトルーデ、グレゴール、お手伝いして」

「お願いね、アリアネ」


 わたしは荷ほどきをしていた手を止め、短い道を広場へと戻った。


 一昨日は土砂降りの雨が降ってちょっと慌てたけれど、今日はいいお天気になってよかったよ。

 落ち着けばアレットが薬草畑の指導に行く予定だし、わたしも何か、お店のこと以外でもお手伝い出来ればいいなあ。


 そんなのんびりとした気分で過ごしていた日の夕方、『彼女』はやってきたのだ。




 急ぎで飛ばしてきたメテオール号に跨ったユリウスや、竜に乗ったマスター・クーニベルトでもない限り、シャルパンティエに誰かが来る時間は夕方と決まっている。


 だから広場から聞こえる馬車の音と微かな話し声から、新しい誰かさんがシャルパンティエやってきたと分かった日は、夕食時、わたしも新しい出会いを楽しみにしながら『魔晶石のかけら』亭に向かう。


「女の人が乗ってきたのは間違いないけど、他にも誰かいたのかはちょっと分からなかったよ」

「ふーん。戦士っぽい? それとも魔法使い?」

「どうかなあ……」


 いつものようにアレットとそんな雑談を交わしながら、扉をくぐれば……くぐれば……。


「……えっ!?」

「うっわあ……」


 ユリウスが。

 妙齢の美人と。

 相席していました。


「お、お姉ちゃん、しっかり……」

「だ、大丈夫。わたしはいつでもしっかりしてるよ」


 いやまあ、冗談やってる場合でもないんだけど、多少以上に驚いたのも本当なわけで、静かに近づいて声を掛ける。


「あら? ユリウス、お客さんよ」

「失礼いたします、『旦那様』」


 側まで行くと、その女性は身につけた装備から冒険者と分かったけれど、かなり高位の神官様であることも同時に見て取れた。無礼のないように気を引き締めておかないと、どんな問題を引き起こすか……。


 って、ほんとに綺麗な人だ。


 顔立ちその物も整って美しいけれど、その目の力と表情も相まって、とても神秘的に見える。

 ……なんだか、気持ちがしぼんでいきそうになったよ。


「ジネット、丁度紹介しようと思っていたのだ」


 その席、わたしのいつもの席なんですけど……なんて言える雰囲気じゃなかった。

 しかもユリウスが、とても嬉しそうな顔をしてるのがもうね……。


「彼女は俺が引退前に組んでいた『星の狩人』の神官戦士、コルネリエだ。『ワーデルセラムの聖女』などという名で呼ばれることもあるか」


 え、『星の狩人』の聖女様!?


 その名前は、当然聞いたことがある。


 ユリウスとアロイジウスさまの掛け合いや、パウリーネさまの昔話には必ずと言っていいほど『星の狩人』の名前が出てくるし、もちろん、ディートリンデさんからも教えて貰っていた。


 ユリウスを含めた四人組のパーティーで四人全員が魔銀持ちの超一流、主に北方辺境で活躍していたけれど、しばらく前に解散した有名人……。


「初めまして。アツェット教会預かりの神官、コルネリエです」

「は、はい、こちらこそ初めまして! シャルパンティエ領筆頭家臣、『地竜の瞳』商会の店主ジネットと申します!」


 何故かじーっと見られていたので、すっごい緊張した。

 こっちも見てたからおあいこだけど、何だか負けた気がするのは……気のせい、だといいなあ。




 結局その日の夕食は、ユリウスの隣のテーブルで食べる羽目になってしまった。


「ほう、ではギーゼルベルトは無事に私塾を開いたのだな」

「ええ。子供ばかりで騒がしくて大変だから、助手が欲しいって言ってたわ」


 同じパーティーで冒険していた仲間が久しぶりに会うのなら、積もる話もあるだろうって、わたしは気を使ったんだよ、うん。


 確か十何年、一緒に過ごしてきたんだよね。

 名前だって、何度も聞いてちゃんと覚えたよ。


 北方辺境でも一、二を争う手練れで、『洞窟狼』ユリウス、『銀の剣士』コンラート・フォン・レーデラー、『氷槍』ギーゼルベルト、そして、『ワーデルセラムの聖女』コルネリエの四人組、受けた依頼は侯爵令嬢の護衛から魔族討伐まで、一つ残らず全て成功させてきたという半ば伝説のパーティー、それが『星の狩人』だ。


 解散前は、傭兵仕事にも強いし護衛も任せて安心だけど、その本領が発揮されるのはダンジョンで、誰も入ったことのない迷宮の奥底を、よく整備された王宮の庭園でも散歩するように踏破する……なんて噂話が冒険者酒場で語られるぐらいの凄腕だったそうだ。


「コンラートはどうしている?」

「ゼールバッハの新侯爵様ってば、相変わらず忙しいみたいよ。ほら、北の方って、まだ騒がしいでしょ」

「うむ、その話はこちらにも届いている。時折俺も、代官屋敷に呼ばれる羽目になっていてな」

「あら、本物の領主様みたいなこともするのね」

「……あの時も言ったが、本物だ」

「嘘でしょう!? この領地、みんなの顔が希望に満ちているわ。『洞窟狼』のユリウスが領主なら恐怖支配にならないはずがないのに……別に領主様がいるのよね? そうでしょ?」

「お前な……」


 ああああっ、ユリウスがワイン注いでるし……。

 当然、コルネリエさんもごく自然に受けてるよ。


 でも、付き合いの長さで勝てるはずもないし、戦場で肩を並べて戦っていた仲間なら、このぐらいは普通だよね……。


「だがコルネリエ、お前自身はどうしているのだ?

 先ほどから、誰かの近況ばかり聞かされているが……」

「私は相変わらずよ。アツェットの預かりのまま、神官長様からご許可を頂戴して辺境を中心に修行の旅、ってね」


 やきもきしたところで、気心の知れた二人の会話に入っていけるはずもなく、わたしは追加で注文したワインを手酌で呷った。


「お、どっかで見た顔だな、おい!」

「あらまあ、コルネリエ!」

「『孤月』殿! それにパウリーネ小母様! お久しぶりです!」

「まったく、どいつもこいつも……来るなら来るで手紙ぐらい寄越せ。フン、『星の狩人』は揃いも揃って筆無精で困る」

「あら、私は『孤月』殿からお手紙を戴いた事なんて、ただの一度もありませんわ。師の薫陶によるものでしょう、きっと」

「抜かせ、この大食い聖女」


 そりゃあ旧知の仲、アロイジウスさまやパウリーネさまと親しげなのは当然だよね……。


「ディートリンデ、こっちいらっしゃい! 久しぶりに貴女とも飲みたいわ!」

「はい、コルネリエ殿!」

「下の街のギルドにクーニベルト君もいたから、首根っこつかんで引っ張ってこようと思ったんだけど……ごめんなさいね」

「もう! 彼のことはいいんです!」


 ディートリンデさんまで懐いてるー!?

 コルネリエさんのお見かけはユリウスと同い年ぐらいで、冒険者としてもディートリンデさんの先輩格になるんだろうなあ。マスター・クーニベルトのこともよくご存じのようだし……。


「お姉ちゃん、ほんとに大丈夫? 飲み過ぎてない?」

「うん、もちろん、へいき、だよ」


 このままじゃ、心をへし折られそうだけど。

 なんて、冗談にしていられる内が花だよね……。


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