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第四十四話

 午後は大人しく、うちの店番として過ごしていた王子様とお姫様だった。……朝は大騒ぎだったけど、誰も怪我をしなかったし、あれぐらいならまあいいかって思っちゃうのが、わたしの甘いところかもしれない。


「……ふう。アリアネ、そちらは終わった?」

「もう少しです、マリーさん」


 朝の内に出来なかった倉庫の棚の掃除は、彼女たちにお任せした。

 マリーの方が少しだけお姉さんだからね、背が高い分、高いところを拭きやすいのはしょうがない。


 リヒャルトはさっきまで床の掃除をしていたけれど、今はわたしの隣で帳簿を広げている。


「ジネットさん、ここにある三角の印は何ですか?」

「それは値引きをした印。数字は金額ね。何でも値引きしていたら商売にならないけれど、それなりの理由があれば売り文句にもなるし、お客さんだって安い方が手を出しやすくなるの」

「それは確かに。でも、理由とは?」

「んー……例えば、下取り品の冬着を買って貰おうとするなら、当たり前だけど、くたびれてる方や繕い跡の目立つ方を安くしないと売れていかないの。同じ値段なら、綺麗な上着を選んだ方がお得だよね?」

「はい、もちろん」

「でも逆に、『繕い跡が目立つ分、お安くしますよ』っていう売り方をしてもいいの。最初から言っておけばお客さんだって怒ったりしないし、その分安くしてあるなら大概は納得してくれるよ」


 帳簿を見せて欲しいと言ったリヒャルトに、わたしはため息を一つ飲み込んでから、他の商人には絶対そんなこと口にしちゃ駄目だと釘を刺しておいた。


 王政府の徴税役人でもないのにそんな要求をすれば、下手な冗談と笑い飛ばされるか、店先から叩き出されるのが普通だろう。帳簿は商売人としての足跡#そくせき#でもあるし、時に商品やお金以上の扱いをされるぐらい大事な物だということも付け加えておいた。


 その上でお店の帳簿を渡したのには、理由がある。


 リヒャルトがその年にしては計数に強かったこと、昨日からとても真面目にお店のあれこれに興味を示して質問を繰り返していたこと、そして……彼が将来、アルールの国王陛下になる可能性が高いこと。


 王様が相手なら、帳簿を見せた見られたなんて、些細な話になっちゃう。それに今興味を持って貰えているということは、商売に理解のある王様が生まれる可能性だってちょっぴり高くなるわけで、うちの実家も安泰だ、なあんてね。


 ……まあ、見られて困るほどの売り上げもないし、わたしがリヒャルトを気に入ったってことも半分ぐらい入ってるけどねー。


 ほんと、王子様じゃなきゃ、弟子に欲しいぐらいだ。

 アリアネが店商いに向いた明るい性格で教え甲斐があるのとはまた違った意味で、リヒャルトに色々と教え込むのは楽しかった。なんだろう、交易向きとでも言えばいいのかな、全体を考える視野の広さと理解力は流石王族だと思っちゃったよ。


「それにしても、ユリウス殿のお帰り、遅いですね?」

「え!? あー……。あのね、リヒャルト。

 このお店はユリウスから借りているけれど、彼はここに住んでるわけじゃないのよ」

「そうなんですか!? 領主館が更地で何もなかったし、ジネットさんがこちらに住んでいるから、僕はてっきり……」


 子供らしい真っ直ぐなご意見ですこと。

 もちろん、すぐに正しておいた。……奥からマリー達が出てこない程度に、やんわりとね。




 夕方になって店を閉め、連れだって『魔晶石のかけら』亭に向かう。

 今日のところは無事終了、でいいのかなあ……。


「やあ、お帰り、リヒャルト、マリー」

「ただいま、レオ」


 守り役の方々は裏方仕事に徹していたのか、今日は一度もお店にやって来なかった。


「どうだったかしら、マリー?」

「とっても楽しかったわ、ミリィ。お昼は自分で焼いたパンを食べたのよ!」


 テーブルで二人を迎えたラ・ファーベル男爵とミシュリーヌ様に軽く会釈して、いつもの席に座れば、ユリウスはまだ戻っていなかった。……じゃなくて、一度戻って部屋にいたのかな、丁度二階から降りてくるところだった。


「ユリウス、お疲れさま」

「世話を掛けたな、ジネット。……そちらの様子はどうだった?」


 いつものシチューに、銘有りのワインが一本。腸詰めの盛り合わせと、黒パンの籠のむこうには、ユリウスが座っていて……。


 昨日は食べた気がしなかったけど、今日はきちんと味がする。いつも通りっていうのは、とても大事なことなんだね、きっと。


「うん。普通、かなあ。面白かったけど」

「面白い、とは?」

「アルールの未来は安泰だなって」


 褒めすぎかもしれないけど、たった一日のお店見学だったのに楽しい未来図を見せてくれた二人には、褒め過ぎなぐらいで丁度いいんじゃないかな、なんて思ってしまう。

 ラ・ファーベル男爵とミシュリーヌ様を相手に、楽しかった今日の出来事をこれでもかと語る二人は、本当にいい笑顔だった。


「明日は僕、ラルスホルトさんの鍛冶屋で仕事を見せて貰うことにしたから」

「わたくしは、この『魔晶石のかけら』亭で、丸一日ユーリエさんについて回ります」


 ほらね、明日の予定を自分達で交渉して組んでしまうぐらいだし。

 シャルパンティエを気に入ってくれたのが分かって、とても嬉しい。


「ユリウスの方はどうだったの? 何か問題はあった?」

「いや、ジネットが昨日の内に手配を済ませてくれていたからな、大筋では問題ない」

「そうだ、お昼に聞くのを忘れてたんだけど……」

「なんだ?」

「お代官様の急なお呼び出しって、結局何だったの?」

「あれか……」


 ふむうと大きく息を吐き出して、ユリウスは杯を空にした。


「……第三王子殿下が東方辺境シャルパンティエ領を目指してお忍び旅をされているので、貴殿は特に注意を払うようにとの、内々の忠告だった。王家との関係を根ほり葉ほり聞かれて、実に困ったぞ。どう考えても思い当たる節がなかったのでな」

「あららー……」


 残念、行き違いになっちゃったわけだ。 

 王子様のお忍び旅なんて内容、手紙一つで済ませるわけにもいかないだろうし……。


「代官殿には来週の予定と知らされていたようだが、代官屋敷を辞して宿に帰れば、ギルド員がキルシュを連れて飛び込んできたのでな、流石に慌てた。騎士ウーヴェの話では、誘拐などを計画されてはたまったものではないので、予定を前後させることは『よくある』らしいが……変更を押しつけられる方はたまったものではないな」


 まあ、俺が護衛でもそうするだろうから恨み言までは口にせんぞと、ユリウスは大きな腸詰めにフォークを突き刺した。後半は小声だったけど、そのげんなりとした表情には『お察しします』としか返しようがない。


「別に恨みを買ったりしてはおらずとも、貴人は誘拐すれば大金になると決まっている。おかげで護衛の仕事が俺にも回ってきていたのだから、今になってツケを払う羽目になっているともとれるか。……世の中は上手く出来ているようだ」


 そりゃまあ、損は得の裏返し、なんて言うぐらいだし、そういうこともあるだろう。悪いことをしてるわけじゃなくっても、巡り合わせってあるよね。


「でも、二人ともすごく楽しそうだったよ。だからさ……」


 空になったユリウスの酒杯に、ワインを継ぎ足す。


「シャルパンティエはいい村なんだよ、きっと」

「……そうだな」


 さてさて残り二日、どうなるやら。

 領主様がのんびりとワインを傾けていられるぐらい、何事もなく終わればいいなあ。




 王子様お姫様シャルパンティエご滞在の中日、三日目。


 リヒャルトはラルスホルトくんの鍛冶屋へ、マリーは『魔晶石のかけら』亭の厨房へと向かったので、わたしはとりあえず手が空いていた。


「じゃあ、マリー様は秋からグランヴィルで過ごされるんですね。アレット、喜ぶと思います」

「王立アウレーリア女学院は、わたくしも通っていましたの。レオナールが大使館付きの武官として、殿下の警護役を仰せつかりましたから、わたくしも秋からはこの国に……」


 冒険者レオことレオナール様がユリウスやウーヴェ様と何やらやっていて、ミシュリーヌ様は休憩しておいでと宿を追い出されたらしい。もちろん、シャルパンティエには遊び場所なんてないので、うちで引き取ることにした。


「あ、お茶のお代わり、いかがです?

 東方辺境だとカミールやミントが人気なんですよ。お好み、仰られて下さいな」

「じゃあ、カミールをお願いしましょうか」


 それにしても、夏に結婚式、秋からは旦那様と一緒に赴任先で新婚生活。順風満帆で羨ましいなあ……。


 ミシュリーヌ様を引き取ったおかげで、午前中はアルール王国の近況やレオナール様との惚気話を聞きながら、久々にのんびりしてお茶とお喋りを楽しめたよ。


 ……あれ?


 昼にアリアネが来てからは、何故か三人でアルール式の飾り紐を作ることになったけど、こっちも楽しかったー!


 ……あれれ!?




 幸いにして、お二人もそれぞれに楽しまれていたようで、食事時に顔を合わせても心苦しくなったりはしなかった。


「では、ナイフを一から全部作ったのですか?」

「うん。鉄を何度も折り返して、かんかんと鍛えて、魔法を込めて……。鞘と持ち手はラルスホルトさんにお任せだったけど……はい、あげる」

「え!? せっかくお作りになられたのに……わたくしに?」

「ここにほら、マリアンヌ・ラシェルと君の名を彫り込んであるんだ。受け取って貰えないと……僕が困ってしまうよ」


 照れ隠しにリヒャルトが口にしたシチューの仕込みは、もちろんマリーが仕込みと味付けを手伝っている。


 ほんとにもう、この子達は……。


 あまりの初々しさに、大人達は顔を見合わせた。皆で走って逃げ出しそうになるぐらい、嬉し恥ずかしたっぷりの恋物語に仕上げちゃうとはね。ごちそうさまでした。




 実質は最終日になる四日目は、ちょっと大事#おおごと#になっていた。


 リヒャルトやマリーだけでなく、フランツやアリアネら子供達全員とユリウス、アレット、ギルドの救助隊、興味を持った冒険者……の振りをした護衛の皆さんら、大勢が更地になってる領主館の一角に集まっていたそうだ。わたしもお店がなかったら、見に行きたかったんだけどね。残念。

 昼間からずっと気になっていたので、夕方の食事時、早速ユリウスに聞いてみた。


「結局、何やってたの?」

「丸一日かけて、ダンジョンがどれほど危険か、子供達に説明をしていたのだ。まあ、余興も含めてだが」

「何でまたこの忙しい時に……」

「ダンジョン村に逗留されているのに、それらしいことが一つもなしではお二人にも思い出とならぬだろう?」


 二度行おうとは思わぬがと、ユリウスは多少疲れた顔でエールを一息に飲み干した。


「まあ、当分は悪戯小僧共も大人しくしているだろう」

「だといいけどね……」


 二、三日もすれば元通りじゃないのかなと、わたしはフランツの顔を思い浮かべた。

 隣のテーブルに耳を傾ければ、リヒャルト達も今日の昼のことを話している様子だ。


「マリー、確かアルールにも大きな迷宮があるんだよね?」

「『アルールの王都迷宮』、ですわ」

「あたし、第四階層までは潜ったことあるよー。……無理矢理だったけど」


 ……うーん、なんか普通だね。


 明日の朝にはお別れなのに、湿っぽい雰囲気なんて全くない。

 そりゃあ……泣かれても困るけど、ちょっと不思議だなって、その時は思っていた。

 



 翌朝も快晴で、お見送りにも旅立ちにもいい。

 わたしもみんなから別れを惜しまれているマリーとリヒャルトに、そっと声を掛けた。


「ジネット姉様、また遊びに来てもいいですか?」

「もちろんよ。でも、今度は先触れが欲しいかな。歓迎の準備があるからね。

あ、お忍びの時はお手紙じゃ駄目なんだっけ? ユリウスならそういうのにも詳しいと思うから、聞いておくね」

「はいっ!」


「リヒャルトも元気でね。……でも、あなたの『お父様』にはあなたの頭を洗ったこと、内緒にしておいてね。今更だけど、怒られるだけじゃ済まないような気がしてきたわ」

「大丈夫ですよ。お忍び旅の間のことですから」

「ふふ、ありがと!」


 もちろん、わたし達だけじゃない。子供達全員を引き連れたフランツが、数日前と同じようにふんぞり返っていた。


「おいみんな、準備はいいか! せーの!」




 ▽▽▽




いろいろ悔やんで泣くのもいいのさ

それこそ酒場に帰れた証さ


あやしげな依頼を得ても 我ら挑まん

罠をくぐり 野獣を討ち 木陰で休み

毒蛇ごとき 魔族ごとき 切り裂き行けば

宝の山 輝いて 我ら待ち受けん



たまには飽くまで飲むのもいいのさ

今夜はあいつを肴にしてやれ


そして明日は 冒険の旅路を行こうか

傷だらけの 身体庇い 笑顔浮かべて

『大丈夫か、少し休め』 『俺は平気だ』

行く手に 黒い影 待ち受けていようとも



それでもお前は行くだろう 俺もだ

事なき祈って 一杯 奢るよ 


時の河は 遅く 早く 流れ たゆたう

友と呼んだ あいつらの背 俺は忘れん

そして俺も いつかある日 そっと逝くだろう

思いのうち 秘めた心 明かせぬままに



剣をふるい 槍突き立て 指輪かかげて

弓をしぼり 杖を構え 魔導書ひらき

我ら 立ち止まることを 忘れ挑み行く

力尽きて 倒れるまで ともに進まん


力尽きて 倒れるまで ともに進まん




 ▽▽▽




 これって……『冒険の歌』、かな?


 国どころか地域でも歌詞違いに調子違いがあるけど、わたしがそのことを知っているぐらいには、有名な歌だった。っていうか、明らかにアルールのそれと歌詞が違う。


 歌が終わると、リヒャルトとマリーは甲を前にして右手を掲げた。


「ともに!」

「進まん!」


 同じようにフランツが手の甲を掲げ、互いに軽く合わせていく。

 それが全員分、繰り返された。


「リヒャルト、マリー。また遊びに来いよ!」

「うん、必ず!」

「はい、必ず!」


 やがて。

 馬車の列が木々の向こうに見えなくなり、見送っていた子供達も宿に戻っていった後。


 ユリウスが、にやりと笑って口を開いた。


「あれはな、歌詞の一部分でもあるが、パーティーを結成するときの挨拶でもあるのだ」

「……ユリウス?」

「昨日、教えた」


 ほんと、冒険者って……。


 時々、どうしようもなく格好いいので、困る。


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