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第四十一話



 お店を放り出すようにして『逃げ込んだ』ギルドで、熱いカーミレのお茶を戴いて何度も深呼吸しながら頭の中を整理する。


 こればっかりは、わたし一人が悩んでもしょうがなかった。ギルドにも協力して貰わないと、領地が立ち往かなくなる……可能性だってないわけじゃない。

 事件や事故なんて滅多にないとは思うけれど、筆頭家臣一人きりのこの領地じゃ、何かあった時にヴェルニエまで知らせを出すことさえ無理だった。


「少しは落ち着いた?」

「はい、ありがとうございます。……よし!」


 うん、切り替えた。

 ……ユリウスが留守なら、筆頭家臣のわたしがしっかりしなくちゃ。


「えっと、まず……ヴィルトール王家の第三王子リヒャルト殿下と、アルール王家の王孫マリアンヌ・ラシェル殿下――マリー様が、お忍びでシャルパンティエに来られています。

 わたしはそんなお話、ユリウスからは聞いていなかったんですが、ディートリンデさんはご存じでした?」

「いいえ、初耳よ。ヴェルニエからも通達はなかったわね」


 わたしが泣きついて助けを求めるという前置きがあったからか、ディートリンデさんはそれほど驚かなかった。


「それから今日ルーヘンさんと一緒に来た人達の他にも、護衛が数人、もうシャルパンティエに入っているそうです」

「……たぶん、あの五人かしら?」

「心当たりが!?」

「ええ。一昨日来た『白き蛇』ね。『魔晶石のかけら』亭で誰かしらをつかまえてはワインを奢ってダンジョンやシャルパンティエのことを聞いて回っていたのに、今日もダンジョンに潜ってないのよ。

 揃って赤銅のタグ持ちで腕は白銀並でも良さそうに見えたけれど、お行儀まで良さそうだったから、少し気になっていたの」

「全然気付きませんでした。……装備が上等そうだなあとは思ってましたけど」


 赤銅のタグを持っているなら冒険者として一人前に見られるけれど、必ず腕前が赤銅の平均ぐらいってわけじゃなかった。


 つまりは最低限、このぐらいの働きは出来ますよとギルドのタグは示してくれるんであって、一部だけを見れば飛び抜けた能力や技術を持つ人もいるわけだ。

 真鍮のタグを許されてるアレットなんて、いい例かもね。


「殿下の護衛と分かっているなら、下手に触らない方がいいわね。……でもどうして、シャルパンティエにリヒャルト殿下まで来られたのかしら? マリー様とアレットが仲良しなのは、幾度も聞いていたけれど……」

「マリー様は今年の秋から王都グランヴィルの女学院に留学されるそうで、グランヴィルまで下見に来られたついでに、アレットにも会いたいとシャルパンティエまで足を伸ばしてくださったらしいです。

 リヒャルト殿下は、マリー様が行くなら僕も行くと……あ、婚約は時間の問題なので、そちら方面の心配は全くないそうですが」

「そ、そう……」

「リヒャルト殿下は、広く市井の暮らしぶりを学んでくるからと渋るお父上を説得されたそうで、是が非でも店番のやりかたを教えて欲しいと仰られてですね……。

 もちろん、マリー様もエプロンを貸して欲しいと……もう、若夫婦同然ですよ……」


 リヒャルト殿下のお父上は、当然ながらこのヴィルトールを治めるヴィルヘルム『白竜王』陛下なわけで……。

 話が無駄に大きくなりすぎて、考えるのをやめたくなるよ。

 そんなこと思ってる場合じゃないけどね。


「そのあたりはともかく、ディートリンデさんにお願いがあります」

「何かしら?」

「筆頭家臣の名で、この件についてギルドの協力をお願いしたいのと、早速ですが、キルシュに手紙を届けて欲しいんです。ユリウスには出来るだけ早くシャルパンティエに戻って貰わないと、事態がどう転ぶにしても困ったことになりそうで……」


 ユリウスに全部押しつけてしまおう……というのは冗談にしても、領主様がこの一件について全く知らないというのもまずかった。


 それに、こんな騒動の時には……やっぱり側に居て欲しい。


「わかったわ。……シャルパンティエのギルドマスター、『銀の炎』ディートリンデが宣誓します。シャルパンティエ領筆頭家臣ジネット様よりのご依頼、確かに承りました。

 ……これでいい?」

「ありがとうございます!」


 わたしはわたしに出来ることからやっていこう。

 ユリウスが帰ってくるまで、なんとか保たせないとね。


「キルシュ、戻って! お仕事よ!」


 窓を開けてキルシュを呼ぶディートリンデさんを横目に、わたしはユリウス宛の短い手紙の文面を考えることにした。




 ▽▽▽




 お姫様と王子様がシャルパンティエにやってきた日。


 夕食までに御一行の『静かな』滞在に必要な偽りの経歴の確認や口裏合わせ、夜警の手配などあらかたの用意を済ませて、わたしは『魔晶石のかけら』亭の食堂でぐったりとしていた。


 幸い、キルシュがあっと言う間にヴェルニエと往復してくれたお陰で、ユリウスとも連絡が取れている。流石ハヤブサの使い魔、シャルパンティエ最速の翼は伊達じゃない。明日、早出して帰るって返事が来たので、少しだけ肩の荷も降りたかな……。


「シャルパンティエにはまた、どうして?」

「これは内密に願いたいが、あの二人、男爵家の若君とその従妹のお嬢様でな」

「へえ……」

「領主の跡継ぎが世間知らずでは困るので、市井の暮らしなどを経験させてやってくれと、男爵様より直々に頼み込まれたのだ。このシャルパンティエならば、ダンジョンもある。

 中に連れて入るつもりはないが、その空気は感じることも出来よう。俗に言うお忍び旅、というものだな」


 冒険者レオことラ・ファーベル男爵は、主筋からの依頼は断れぬし、護衛兼業であればこれもまた修行と、エールの大ジョッキをぐいっと呷った。


 相席した『英雄の剣』のヨルクくん達は大仰に驚いたりしているけれど、実はわたしが声を掛けている。冬越し以来シャルパンティエにとどまっている冒険者じゃ一番の新米だからね、噂をまいて貰うのと同時に、彼らにも本物の騎士から話を聞く機会を贈ったんだ。


 その隣のテーブルでは、魔法使いミリィことミシュリーヌ様と『水鳥の尾羽根』のルーツィアさんが、チーズ入りの腸詰めが乗ったサラダを肴にワインを傾けていた。『水鳥の尾羽根』はシャルパンティエの冒険者パーティーじゃ一番手だからね、王家の二人とまでは言ってないけど、彼女にも話を通してあるよ。


「へえ、ミリィもいいところのお嬢さんなんだね」

「お恥ずかしい限りですが、我が家も騎士の家系ですのに、わたくしは剣よりも杖を選びましたもので……。魔法にはそれなりの自信もありますけれど、普段は家庭教師や研究助手ばかりで、護衛のお仕事は今回が初めてなのです」

「でさ……」

「はい、ルーツィアさん?」

「あっちのレオってのは、あんたの恋人かい?」

「え、えっと……はい」


 流石に王族のお二方を街の子と偽るのは、最初から無理があると分かっている。


 だから真実を織り交ぜてそれらしく作った『偽の噂』をこちらから広め、何となく察することが出来るようにし向けてやれば、お互い静かに距離を置けるのだ。……とは、ラ・ファーベル男爵とは別に、ヴィルトール側の守り役としてやってきた騎士様のお話だった。わざと内容に穴を空けておくところが決め手らしいけど、本当に大丈夫かなあと、わたしは少し心配だ。


 まあ、そこまで簡単に騙されるような冒険者はいないとは思うけれど、『な、分かるだろう?』的な嘘をささやくわけだし、貴族絡みのお話なら、下手に首を突っ込んで火傷するよりは大人しくしていようってなるよね。


 そんな手配をした上で護衛の皆さんが厳しい目を向けているわけだから、悪いことを考えて近づいてきた人はものすごく目立つそうだ。

 いつもの手だという騎士様にディートリンデさんも頷いていたから、そういうものなんだろう。


 それで、肝心のお二方はと言えば……。


「姉さま、こちらには何人ぐらいの人が暮らしておいでなのです?」

「そうね、子供まで入れると、住んでいるのは全部で六十人くらいかな。

 後は……ギルドの空き部屋に泊まっている大工さんもいるけど、残りはみんな冒険者よ」

「前より賑やかで、とても楽しいの。うちも焼き上げるパンの数がだんだん増えてるよ」


 アレットを中心にして、マリー様、リヒャルト殿下、それにイーダちゃんという組み合わせのテーブルは、楽しそうに盛り上がっていた。


「喧嘩などは多いのですか? いつぞやグランヴィルの市街に降りたときは、その、酷い目に遭いそうになって……」

「ほとんどないわ。お酒の入る夕食時は領主様もこちらで食べてらっしゃるし、ほら、シャルパンティエには近隣のギルドどころか国中のギルドに顔が利く、もっと恐い方がいらっしゃるでしょ」

「ああ、『孤月』殿が……」

「そうよ。リヒャルトくんとアロイジウスさまがお知り合いだったのは、あたしもびっくりしたわ」


 こっちもびっくりだよ。

 アロイジウスさまが方々に顔の広い方だっていうのは知っていたけれど、そりゃあ冗談でも『玉座以外のありとあらゆる椅子に座ってきた』なんて豪語されるはずだ。お爺ちゃんと孫みたいな仲の良さも気になったけどねー。


 あ、ディートリンデさんが戻ってきた。


「ジネット、ユーリエに部屋替え頼んでおいたわ。続き部屋を三つ、『白き蛇』が入れ替わってくれるそうよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言ってから、小声にする。


「雑用みたいなことまで頼んじゃって、すみません」

「いいのよ。それにジネットがあっちこっちに動いてしまうと、報告する方が困るわ。それから、夜警の方は『白き蛇』と今日来た『月夜の風』が動いてくれるから、こちらからは案内以外に人を出さなくていいそうよ」

「はい、そちらの方のやり取りは、よろしくお願いします」


 とまあ、警備や裏方仕事の大半は護衛の皆さんとギルドにお任せ出来たけれど、実は肝心なことはわたしの手元に残されたままだった。


 店番をご希望だからって、そればっかりというのも味気ない。

 あちらこちらを見て回って貰おうにも、集落一つの村じゃ限界がある。

 マリー様のことも、全部アレット任せっていうのは情けないよね。


 滞在は三日間と期限が切られているけれど、どうすれば楽しく過ごしていただけるのか……。

 これはもちろん、領主であるユリウスとそれを支えるわたしの役回りだった。


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