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第四十話

「では、行って来る」

「うん。……気を付けてね」

「うむ」


 相変わらずユリウスは(せわ)しないというか何というか、月に一度はヴェルニエに呼び出されていた。


 このお出かけは、ユリウス本人もあまり乗り気じゃない。


 今日のような大至急の呼び出しはかなり珍しいそうだけど、近隣の領主や代官全員が呼ばれる大きな集まりじゃなくても、シャルパンティエの領主様はヴェルニエ近くの住まいな上、傭兵仕事や魔族との戦にも詳しいから、冬場に呼べない分、今の季節はここぞとばかりに便利使いされているとは、本人の弁だ。


「フリーデン、留守は任せたぞ」


 ふぃ。


「ユリウスのことよろしくね、メテオール」


 ぶるる。


 お互いの相棒に一声掛けるのは、なんとなく離れがたい気分があるから……だよねえ。


 あー、だめだめ。

 今朝はルーヘンさんの馬車もないし、広場に誰も居ないから止める人も居ないわけで……。

 このままじゃ二回三回と同じやり取りを繰り返してしまいそうなので、わたしは小さく頷いてメテオール号から離れた。


「……いってらっしゃいませ、『我が領主様』」

「うむ」


 ほんと、気を付けてね……。


 かっぽかっぽとヴェルニエへと向かうユリウスを見送り、てってってと村の見回りに行くフリーデンと別れると、広場が急に寂しくなった。

 店に戻って扉に『営業中』の札をぶら下げ、カウンターに陣取る。


「……ふう」


 体の調子も悪くないし、気鬱ってほどじゃあないけれど。

 今日は一日、こんな感じかなあ……。




 ▽▽▽




 夕方、荷馬車が来る時間になったのでアリアネを帰し、今日は新しい冒険者が来るといいなあなんて考えていると、願いが聖神に届いたのか馬車は久しぶりに車列を連ねていた。


 馬車音が『魔晶石のかけら』亭の方へと回る気配がしてしばらく、静かになった広場から、小さく声が聞こえてくる。


『あれかな?』

『そのようですね。他にお店はありませんし……』

『幸い、まだ営業中のようですな』


 なんて声が聞こえてきたものだから、わたしはきょとんとした。


 ふぃ?


「ううん、大丈夫よ。でも、何だろうね……」


 フリーデンと顔を見合わせて、首を傾げてみる。……フリーデンはもちろんそこまで分かってないだろうけれど、同じ一つの魔法で結ばれた主人と使い魔、気分ぐらいはちゃんとお互いに伝わるからね。


 到着すぐに買い物に来るお客さんは、滅多にいない。


 大抵の冒険者は、ヴェルニエで当座の買い物を済ませてくる。取りまとめをしてくれるマテウスさんにも、街で買い物を済ませて貰うよう冒険者達への伝言を頼んであるし、同じ物なら馬車賃が上乗せされていない分、値段も安かった。


 かららん。


「はい、いらっしゃいませ!」


 ぱっと気分を切り替えて、笑顔でお出迎え。

 入ってきた冒険者は四人組で、見覚えのないことを確かめてから付け加える。


「ようこそ、シャルパンティエに!」


 ふっふっふ、お客さんの顔と、店頭で何を話したか、何を買って貰ったかなんて事は、割と覚えてるもんなのよ。……受け取った銀貨がプローシャのバッツェン銀貨だったとか余計なことは覚えてるのに、お名前を忘れてしまうのがわたしの駄目なところだけど。


 今入ってきたお客さんは、もちろんシャルパンティエじゃ初めて見る顔だ。


 リーダー格の男性は、ユリウスほどじゃないけれど十分に鍛え上げられた体格で、腰の剣も上等そうな装飾を隠すように、柄のところは布巻きにされていた。でも、鞘のお尻の銀金具が見えているので、あんまり意味がない……かなあ。


 その後ろに控えている女性の魔術師は、身に付けた手甲やマントも真新しく、あまり冒険慣れしていない様子だった。わたしと同い年ぐらいかな、杖を見ればそこそこの上物で、もしかするとこれまでは街仕事専門か、貴族のお抱えだったのかもしれない。


 それから背の低い二人は……って、よく見たらまだ子供だ。


 イーダちゃんと同い年ぐらいかな、二人ともよく整った利発そうな顔立ちで、男の子がショート・ソード、女の子は聖印のついた短杖を腰に下げている。冒険者になるにはまだちょっと早いような気もするけど、保護者の二人はしっかりしていそうだし、大丈夫かな……。


 四人はそれぞれに店内を見回していたけど、しばらくして女性が躊躇いがちに声を掛けてきた。


「失礼、あの……」

「はい、どうぞお気軽に! あ、品物の事じゃなくて、村のことですか?」

「いえ、そうではありませんの」


 うん、思った通り物腰が丁寧な感じで、まだまだ冒険者らしくない。……というより、冒険者じゃなくて装備を調えた旅人、なのかもしれない。


「わたくしたちは、王都から参りました旅の者です。アルール出身の薬草師アレットに会いたいのですが、彼女の勤め先はこの店で間違いありませんか?」

「アレットですか!?」


 流石に驚いて、わたしは女性の顔をまじまじと見た。


 アレットはこちらに来る時、わたしと同じく王都グランヴィルにも寄っている。だから、知り合いが出来ていても不思議じゃないけれど……。


「……?」


 って、この人、どこかで見た覚えがあるよ!


 シャルパンティエでのお客さんじゃないのは間違いないけれど、じゃあってなるとアルールで見たか、道中で出会ったかで……ううん違う、お客さんじゃない。


 年の頃はわたしと同じくらい、まとめられている金髪はたぶん、下ろすとふわっとした柔らかな巻き毛で……って、髪留め! その髪留め、見覚えがある!


「エ、エルランジェ伯爵家の、お嬢様……!?」

「あら?」


 はい、良くできましたと言わんばかりの楽しげな表情で微笑まれてしまうと、何も言えない。


 エルランジェ家はアルール王家に代々仕える名門で、歴史だけならうちの実家の方が長いかもしれないけれど、そういう問題じゃなかった。


 あ、じゃあ、王都ってヴィルトールの王都グランヴィルじゃなくて、アルールの王都ラマディエのことで……謎掛けというか、引っかけだったのか。侮りがたしお嬢様だよ、もう!


「でも、どこかでお会いしたことがあったかしら、『ジネット』?」

「へ!? は、はい! 十年ほど前の聖神降誕祭で、レモンジュースを注いで戴いたことがあります!」


 わたしの名前まで知られているとは……。

 ああでも、そのお姿を考えればお忍び旅、わざわざシャルパンティエに寄って下さるなら、下調べくらいはされていても不思議じゃない。


「王城の前の振る舞い屋台、かしら? ごめんなさい、お顔までは覚えていないわ……」

「ええ、はい、もちろんです。いつも大賑わいですから、それはもう!」


 アルールでは聖神降誕祭の日、国王陛下よりの慈心として王城前の広場に無料の振る舞い屋台が幾つも並ぶ。この日ばかりは、普段遠巻きにしか見ることの出来ない騎士様の卵や侍従侍女の見習いさんが、手づからワインやジュースを注いでくれたり、目の前で焼き菓子を取り分けてくれた。


 わたしがこのお嬢様の列に並んだのは、何を頼もうか迷っていた時、きらきらと光って綺麗な髪留めを見つけて、近くで見たいなと思ったからだった。


 ……あ。


 この方の御名前を全部思い出せば、『ミシュリーヌ』・クリステル・ド・エルランジェ。

 驚きすぎて忘れていたけど、アレットから何度も何度も名前をお伺いした、『マリー』との旅のまとめ役で……。


 アレットはわたしを訪ねてシャルパンティエへと来る道中、ギルドから依頼を受けている。

 その依頼こそが、マリー様ことアルール王国の王孫(おうそん)マリアンヌ・ラシェル殿下のお忍び旅の護衛で、ミシュリーヌ様はその旅のまとめ役だった。

 お陰でアレットは、マリー様と『マリー!』『姉さま!』と呼び合うほど仲良くなったし、妹が一人増えたよと喜んでいたんだけど……。


「……って、えっ!?」


 二人いる子供のうち、女の子。


 マリー様、目の前にいらっしゃったよ!?

 くりっとした碧玉の目に、さらっとした黄金色の髪、以前、お年始の馬車行列でお見かけしたときよりも大人びてらっしゃるけれど、間違いない。


 ぽかんと口が開いたまま固まってしまったわたしに、マリー様はにっこりと微笑んでくださった。


「ふふ、『姉さま』にはもちろん会いたかったのですけれど、わたくし、姉さまの姉さまに会えるのも楽しみにしていましたの」

「え、えっと……ありがとう、ございます。……じゃなくって、た、大変失礼いたしましたっ!」


 わたしは不敬を誤魔化すように、カウンターから出て跪いた。

 口開けて姫殿下を見つめるとか、もう、あり得ないほど恥ずかしい。マリー様相手じゃなくても、失礼すぎる。


 ふぃ。


 ……何故かフリーデンまでわたしの隣でお行儀よくしてくれてるけど、これってば、遊んでるんじゃないからね。


「今はお忍び、お楽になさって下さいな、『ジネット姉さま』」


 手を取られて立たされ、更に恐縮する。

 ……びっくりしすぎて、握られた手を引っ込める事もできなかった。




 ともかくアレットを呼んでお店とお姫様ご一行を任せ、ひとしきり、大凡(おおよそ)のご予定とご希望を聞いてから、わたしは全力でギルドに走った。


 アレットとマリー様の感動の再会! ……はいいんだけど、お連れの人が問題だ。


 後ろの方で泰然としつつ成り行きを楽しそうに見守っていた男性は、ラ・ファーベル男爵レオナール・パトリス様でこちらもアルールの貴族様、家名だけは聞き覚えがあった。……確かラ・ファーベル家は近衛騎士のお家だったかな、マリー様がお忍び旅をされるなら、その護衛に選ばれても不思議じゃない。


 でも、今回はこちらの『お二方』の護衛なのだ、なんて仰られたのでよくよくお話を聞けば、四人の訪問客のうち、最後に一人残った男の子が『僕はリヒャルトです』と名乗ってくれて……名乗って下さいまして……。


 あー、もう! 領主様はどうして肝心な時にいつもお留守なのよ!!


 虹色熱の騒動の時といい、第三階層が見つかった時といい、こうも不在が続くとユリウスは狙ってやってるんじゃないかって思えてくる。

 帰ってきたら全部押しつけよう。うん、それがいい!


 冬場以外は扉が開いたままのギルドに駆け込み、カウンターに突っ伏して息を整える。


「どうしたんですか、ジネットさん!?」

「ディ、ディートリンデさん! 大至急! 奥の間!」

「は、はい!」


 意味が通っているのかどうかのぎりぎりの線だけど、ウルスラちゃんは理解してくれた。助かるよ……。


「どうぞ、ジネットさん!」

「ありがと!」


 よいしょともう一度身体に力を入れ、ばたばたと奥の間こと応接間に走る。


「ジネット!?」

「ディートリンデさん!」


 出迎えてくれたディートリンデさんに、わたしはすがりついた。


「どうかしたの!?」

「あの、お、王子様が!」

「王子様?」

「第三王子のリヒャルト様が、うちのお店で店番をやってらっしゃるんです!! もう、どうしたらいいんでしょうか、わたし……」


 ほんと、泣きたい。


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