挿話その三「窓の向こうの誰かさん・下」
次の日も、その次の日も。
窓辺に置いた餌は、しっかりとなくなっていた。
そんな話をゲルトルーデ達にしてしまったものだから、村ではわたしの使い魔になる予定の動物が何なのか、大きな噂になっている。
「ねこ、きてるの?」
「2階の窓じゃ、犬は登れませんよねえ……」
「一晩中起きてるわけにいかないし、まだちょっとわからないわね」
お仕事がなかったら徹夜で見張っていてもいいんだけど、流石に店を休んでまで会うわけにもいかない。
でも、その『誰かさん』が何者なのか、ほんの少しだけ絞り込みは出来ていた。……子供達の予想と大して変わらないけどねー。
まずは、空を飛んでくる鳥たち。
2階の窓辺の餌も問題なくごちそうさま出来るし、一番可能性が高い。
次に、壁を登れる動物。
イタチやネズミ、リスのような動物なら、わたしの部屋まで行き来出来る。トカゲも壁を登るけど食べるのはお肉で、今回は用意していないから除外だ。
ゲルトルーデ期待の猫は……いたとしても、このあたりだと山猫かな? でも、猫もお肉派だったような気がする。
それから……2階の窓辺まで手が届く動物。
でも大きなベアルなら、窓辺の餌よりわたしを先に食べようとするはずで、足跡もなかったしこれはたぶん違うかな。
まあ、ベアルを使い魔にしようとすれば、わたしの魔力じゃたぶん足りないし、食費も掛かりすぎるから無理だ。
「まだ3日目だし、元々気長にやるつもりだったからね。
無理につかまえる気もないし、駄目だったらギルドに頼んで犬か猫を貰ってきてくれるように依頼を出すわ」
「ねこ!」
「犬がいいと思います!」
「どっちにしようかなあ……」
ふふ、迷ってるときが一番楽しいかもね。
▽▽▽
その日の夜、ふと思いついて、堅焼きパンは砕かずにそのままの大きさで置いてみた。
「おー」
やっぱり、なくなっていた。
よし、次!
木ぎれの上にハチミツを塗って置いてみた。
「……お?」
ハチミツはなくなってたけど、木ぎれはそのままだった。
ちょっと恐いけど……今度は、『魔晶石のかけら』亭から分けて貰った豚の脂身を窓辺に乗せる。
「……」
これも、次の朝にはなくなっていた……。
▽▽▽
さあ、次は何を試してみようかなんて考えながらお店の掃除をしていると、書類束を持ったディートリンデさんがやってきた。
朝の内は店に子供達がいないので、難しい話をするのはこの時間になる。
……あと、お茶を飲みながらゆっくりしたい時とか。
「なんでも食べちゃうとは……。
脂身は残すと思ったんですけどね」
「雑食の動物も多いわ。
うちの子はお肉ばっかりだけど」
きゅわ。
キルシュも毎日ヴェルニエと往復してるわけじゃなくて、暇なときは村の上を飛んでいたり、屋根の上で何かを食べていたりする。ディートリンデさんも餌は用意してるけど、このあたりは人の手が入っていなかったから、シャルパンティエはキルシュにとっておやつ食べ放題のいい職場らしい。
「でも、私も少し気になるわね。
……泥棒退治の粉でもつかってみる?」
「泥棒?」
「ええ。
金庫のある部屋の床にね、魔法で目印を付けた秘密の粉を撒いておくやりかたがあるのよ。
靴に粉がつくと足跡が出来るでしょ?」
「はい」
「それを追っていくと泥棒の隠れ家までご案内、ってわけ」
よく知られてるから、最近は嫌がらせにしかならないらしい。
逃げる途中で靴履き替えちゃえばいいもんね……。
「鳥には使えないけれど、外れでも鳥か動物かは絞り込めるわよ」
「なるほどー」
それはいいかも。
ちょっとづつでも手がかり得ていきたいところだ。やっぱり気になるしねー。
聞けば窓辺に塗るぐらいの小量なら、大して高くないとのこと。
早速、譲って貰うことに決めた。
その日の夜、手に入れた泥棒退治の粉を振りまいて、いつものように餌を用意する。
さあ、あとは明日の朝だ!
翌朝、かなり早起きして、動きやすい編み上げのサンダルを履いて表に出れば、ユリウスがわたしを待っていた。
もちろん、用意していた餌は昨日までと同じく消えている。
「おはよう、ユリウス」
「うむ」
いつもならユリウスも馬小屋の側で剣を振っている時間だけど、今日はこっちにつきあってくれるらしい。
あんまり森の深い場所なら諦めるつもりをしていたけど、ユリウスがいるならちょっとぐらいは平気かな。
「一応、気を引き締めておけよ?」
「うん」
「窓に来ていたのは大方小動物や鳥だろうから、危険はないとは思うが……そいつらを食う連中がうろうろしていないとも限らんからな」
それは確かに。
油断は駄目だよね。
シャルパンティエでの暮らしが街よりも色々と厳しいことは、身に染みている。村の近くにベアルは出るし、足りない物があっても気軽に買いに行けない。
「いいお天気だねー」
「ああ。
今の時期はいいな」
とりあえず、このままお喋りしてても仕方がないので、わたしの部屋の窓の下まで移動する。
さあ、上手く行ってるといいけど……。
「じゃあ、早速やってみるね」
「うむ」
「……【魔力よ集え、導に宿りて存在を示せ】」
一度指輪に集まった魔力が、さあっと風が吹くように散っていく。
壁や地面に、小さな足跡が光って見えるようになった。
「やった!」
「ほう……。
これはイタチの類だろうな。
壁登りはともかく、地面では足跡の大きさの割に歩幅が大きい」
「イタチかあ」
イタチなら家の中に寝床を用意してあげられそうだ。
尻尾がふさふさしてるから、可愛がるのも楽しそう。
それに確か、農家の鶏を襲うぐらいだし、ネズミ取りも頼めばやってくれるかな?
「とりあえず、後を付けてみるか」
「うん」
一度に足跡が浮かび上がる範囲は、残念ながらそんなに広くない。
20歩ほど進んでは詠唱を繰り返す。
足跡は、3回目の詠唱でで広場の反対側に出て、6回目で背の高い木の幹に登っていた。
「ふむ、あれか?」
「……どれ?」
「丁度このあたりの直上に、樹洞がある。
それが巣だろう」
「ちょっと高すぎるなあ……。
よし……【魔力よ集え、浮力と為せ】」
わたしは自分に魔法を掛けて───もちろん、恐いから下は見ないし、高さも考えない───ふわふわと浮きあがり、そっと樹洞をのぞき込んでみた。
出入り口は運良く日差しが入る方向で、中にも少し光が入ってる。
さあ、ご対面……。
中には毛玉が3つに襟巻きが1つ、眠っていた。
あらら……。
「……」
これは……うん。
わたしはやれやれという気分で微笑み、地上に降りた。
「どうだった?」
「んー……。
居たには居たんだけど、ちょっと使い魔には出来ないかな」
「ほう?」
「うちに来てた子は、お母さんだったみたい」
ユリウスもふむと頷いて、わたしの頭を撫でてくれた。
子供達には、追跡失敗ってことで通す方がいいかなあ……。
巣の周りを騒がせるのもよくないし、『親子連れだった』と口にするのは躊躇われる。
「では、使い魔はどうする?」
「そだね……。
もうしばらく、子供が巣立つぐらいまでは餌付けを続けるよ。
それから、失敗だったって公表して、もう一度考えてみる。
みんなには期待させちゃって悪いけど……」
「ふむ……。
ああ、こういう手は、どうだ?」
ユリウスは意味ありげに、にやっと笑った。
数日して、ユリウスはヴェルニエに降りて行き、孤児院の番犬としてカルテ・ツォーネ種の猟犬ギプフェルと、同じく食料倉庫番としてブラウ・オーア種の飼い猫クラリスを貰い受けてきた。
▽▽▽
もちろん、ギプフェルとクラリスは村の人気者になったし、わたしも使い魔のことを聞かれることが少なくなって、一応は肩の荷が下りたんだけど……。
「お姉ちゃん、おやすみー」
「うん、おやすみー」
寝る間際、いつものように堅焼きパンを手にして窓辺に立つ。
餌付けは続けてるけど、これもいつまで楽しめるやら。
ヘビに食べられてやしないかとか、お腹空かせてないかとか、いつも少しだけ気になってしまう。
それに、巣立ちもそろそろかな……。
「……あら」
窓の外を見れば、小さい毛玉……がちょっとだけ大きくなったようなのが一匹、こっちを見ていた。
ふぃー。
「……催促?」
窓を開ければ逃げるかと思いきや、大人しいものだ。
そっと堅焼きパンを置くと、毛玉がにゅっと伸びて短い襟巻きになった。
ユリウスの言ったとおり、イタチの仔……でいいのかな?
アルールで見たのとはちょっと違うような気もするけど、まあ、そんなような姿だ。胴体が細長くて、尻尾も長い。色は綺麗な黄色と金色の中間ぐらいで、愛嬌のある顔をしている。
「……もっと食べる?」
ふぃあー!
嬉しそうに大きな口を開けちゃって、まあ……。
わかってるんだか、わかってないんだか。
「はいはい、ちょっと待っててねー」
まだ子供だから仕方がないのかもしれないけど、もうちょっと警戒心を持って欲しいところだ。
わたしは台所まで降りて、堅焼きパンにハチミツを塗って戻った。
「はい、どうぞ」
ふぃ。
おー。
礼儀正しいねー。
食べ終えるのを待ち、もう一度声を掛けてみる。
「いっそ、うちの子になる?」
ふぃあ!
……もしかして、ほんとにわたしの言うこと分かってる!?
イタチの仔は、わたしのベッドに潜り込むと、もう一度ふぃと啼いた。
▽▽▽
次の日。
わたしとユリウスは、ギルドでものすごく怒られた。
「ジネット、あなた下手すると死んでたのよ!
ギルドにその子連れてきたときは、心臓が止まるかと思ったわ!」
「はい、ごめんなさい、デイートリンデさん……」
「お前もだ、『洞窟狼』。
一緒について行きながら確認を怠るなど、あり得んわ。
お前自身が魔法を使えずとも、嬢ちゃんに注意を促すぐらいは出来るだろうに」
「うむ……」
ふぃあー?
「あ、うん、大丈夫よ、『フリーデン』」
朝になってからフリーデンと名付けて、アレットと一緒に朝食も食べたけど。
ユリウスに紹介して、イタチではなくテンだとわかったけど。
ギルドに行ったら大騒ぎになって、すぐに使い魔の契約をすることになったけど。
「最初の対応が良かったから、こうして無事だったけど……あまり心配させないでね?」
「はい……」
どうやら餌付けのお陰で、わたしは命が助かったようだ。
ディートリンデさんには一目で分かったらしいけど、フリーデンはどこで飲み込んだんだか、魔晶石を食べちゃって魔変───魔獣化しており、知恵もついていたそうだ。
お母さんがうちの窓辺を餌場として教えたのかな、わたしの家に行けば餌が貰えると知っていたし、わたしにも襲いかかったり暴れたりしなかったわけで……子供とはいえ、普通の野生動物が餌付けだけで懐くなんてほぼあり得ないと断言されてしまったけど、確かにその通りだね。
お母さんや他の子のことも気になるけど、またダンジョンに穴が空いてるかどうか調査しなくちゃいけなくなったので、ギルドもそれどころじゃない。
お陰で、わたしとユリウスへのお説教は。
とても短くなったけど、とても厳しかった。
数日の間、ダンジョンの調査でシャルパンティエ中が忙しくなったけど、フリーデンも新たな村の一員として、皆に名前と姿が知られるようになっていた。
わたしもディートリンデさんを見習って、ギルドと『魔晶石のかけら』亭に張り紙をしたし、みんなの処を回って紹介している。
寝床にする蔓編みの篭も取り寄せて、わたしのベッドの脇に並べた。
手触りは極上だし、よく懐いてくれているので、とてもいい気分だ。
やっぱり……使い魔を探そうとして良かったのだと思う。
小さいのに何でもよく食べるので、ちょっとだけ食費が上がっちゃったけど。
結構強力な雷の魔法を使えることが分かって、かなり慌てたけど。
キルシュとなかなか仲良くなってくれなくて、ディートリンデさんと頭つき合わせたりもしたけど。
子供相手には魔法使っちゃ駄目って、おやつで釣って言い含めたりもしたけど。
でも、まあ。
「いくよー、フリーデン」
ふぃあー!
わたしの後をついてまわったり。
「おお、高いところが好きなのか?
そうか、木登りは得意だったな」
ふぃ。
ユリウスに登ってみたり。
「……おいしい?」
ふぃ!
急に姿が見えなくなったと思ったら、バッタやトカゲをくわえていたり。
フリーデンが楽しそうなので、まあいいかと思うことにした。




