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第三十八話



 わたしが辻裁判の開廷を宣言すると、広場には緊張が走った。


「フランツ、こちらに来なさい」


 フランツは10歳から12歳ぐらいの男の子で、イーダより少し年下に見える。

 さっきまでの勢いはどこへやら、今は青い顔で首を横に振っていた。

 ……わたしが恐い顔で低い声出してるからかもしれないけど、雰囲気に飲まれたんだろうね。


「もう一度言います。

 フランツ、こちらに来なさい」

「い、嫌だ!」


 ……仕方ない。


「【魔力よ集え、浮力と為せ】」

「う、うわ!?」


 そのまま広場の真ん中に連れて行き、向かい合う。


 野次馬冒険者達も、これは本格的に良くない流れと思っているのか、目つきがさっきのユリウスみたいになってきていた。


 子供達は……わかってる子もいるみたいね。

 騒いでいた男の子達も、いまはフランツと同じく青い顔をしている。


 ユリウスもこちらに歩いてきた。

 頼んだ通り、『できるだけ恐い顔』をしてくれてる。


「咎人フランツは、これに」

「……うむ。

 我ユリウス・フォン・レーヴェンガルトは、我が臣ジネットにこの裁判の仕切りを一任すると宣言する」


 わたしは身体ごと振り返り、ユリウスに礼を取った。


「この者、聖神歴4245年芽吹きの月第19日の朝、シャルパンティエ領主ユリウス卿と結ばれた誓約を破り、行われていた勝負に水を差しましてございます」

「うむ」




 ……ぶっちゃけてしまうと、この裁判は茶番劇だ。

 落としどころはユリウスにも了解を貰ったし、筋道もきちんと立っていた。


 大人達には、ユリウスが厳格ながらも理不尽ではない領主であることを知らしめつつも、気を引き締めて貰う。

 子供達には貴族に逆らうことの怖さと、生きるための知恵の一つを教える。……もちろん、フランツにはしっかりと反省させなきゃね。


 後で二言三言、それぞれに声掛けて回れば、大体は丸く収まる……はず。


 ただ、わたしにもやりきれない気分はあった。

 怒りにまかせてこんな事思いついたところまでは、仕方がないかもしれない。

 でもそれを実行に移したのは、必要だと分かっていても……ちょっとどうかなって思う。


 広場の真ん中に泣き顔の子供が魔法で吊されていて、冷たい声のわたしと、怒り顔のユリウスがその前に立ってるわけだ。


 誰がどう見ても、大人が二人がかりで子供をあげつらって苛めてる図にしか見えないよね……。

 これじゃほんとに、悪徳商人ならぬ悪『役』商人だ。


 それはともかく。

 領主に対する反抗や破約は、重い罪になるとされていた。本当に切り捨てられても、名分が立ってしまう。

 ただ、流石にそのままじゃ重すぎると世間でも認識されていて、大抵は何某かの理由がつけられて減刑される。例えば杖打ち刑と裁定されても、罰金を支払って免除や減刑がされるようなことが多い。けれど捕縛の時や裁判中に抵抗しようものなら、本当に首斬り役人や杖打ち人が呼ばれることもあった。


 じゃあそれが理不尽かと言えば、全部が全部そうとは言えない。

 領主の特権には、わたしが代理で使った領主裁判権の他にも、収税の権利や軍権が含まれている。


 小さな領地が国だとすれば、即ち領主は王様で。


 叛乱を起こしたことと同じって、見なされちゃうわけだ。


 もちろん、道理の通らない理由で領民を切り捨てたり鞭や杖で打ったりするような悪い領主は、それなりの罰……って言っていいのか微妙だけど、ちゃんと苦しい立場に追い込まれるようになっている。

 悪い噂話が流れれば色々とやりにくくなるし、領民も夜逃げするだろう。領民全員を見張るなんて、出来やしないと知られている。


 それに、領主の上にはきちんと王様がいた。ヴィルトールでは、辺境巡察官を通り越してその上の貴族院から審問官が派遣されてくる。小さなアルールじゃ、近衛を率いた国王陛下が直接お出ましになるらしい。


 逆に、重い罪に軽すぎる罰で済ませるような領主さまも、よくなかった。

 支配力の弱い領地と見られて悪人がつけ上がると、小さな不正が横行してそのうち大きな悪事に繋がっていくし、そうでなくても他の貴族から排斥されたり横槍を入れられたり……。


 それはともかくとして、これが一番大事かな。

 『まともな』領主さまや代官さまに反抗すると、巡り巡って損をするのは結局わたしたち領民なんだ。

 そのことだけは、きちんと伝えたい。




「───このように領主さまとの誓約を一方的に破りたる罪、その咎軽からず。

 王国の法に照らし合わせても……」


 一旦言葉を切って周囲を見渡し、もう一度フランツを見下ろす。


「死罪が順当かと申し上げます」


 ひっと言う声が聞こえたけれど、まさか途中でやめてしまうわけにはいかなかった。

 ここでこの茶番を止めれば、本当に首を切り落とさないと収まらなくなってしまう。


 見回せば、広場はお葬式のような雰囲気になっていた。

 ……でも、何人かは茶番だって感づいてるね。アレットとか、ディートリンデさんとか。後からお越しになったのかな、アロイジウスさまはとても面倒くさそうな顔をされてる。ごめんなさい。


「うむ。

 では……フランツとやらの言い分も聞いてまいれ」

「畏まりました」


 わたしはもう一度ユリウスに礼をして、フランツと向き直った。


 ……もしもこの少年が変な言い訳をしても、わたしが間に入ってユリウスに言上するというかたちを取ることで、助け船は出せるからね。


 魔法を解いてフランツを地面に降ろし、わたしもしゃがみ込んで視線を合わせる。


「フランツ、どうしてあんなことをしたの?」

「え?」


 嘆息一つ分の時間で、わたしは態度を切り替えた。

 ここまでが『筆頭家臣』のお仕事なら、ここからは『大人』の役割だ。


「わたしに泥団子を投げつけたことじゃないよ。

 領主さまとの約束を破ったから、こんな騒ぎになったの。

 子供だからって、許されることじゃないんだよ」

「……」

「あのね、貴族さまとの約束を破るってことの意味、ちゃんと知ってる?

 誰にも教えて貰わなかった?」

「え、えっと……」

「それからもう一つ、悪徳商人には石を投げてもいいって、誰かに教わった?

 わたしが本当に悪徳商人か、どうやって確かめたのかも気になるわね……」


 考えさせることこそが大事。

 そして、その意味を心に刻ませること。


 フランツの歳だと、まだ早いかもしれない。

 でも、そんなに遅いとも思わない。


「ゲルトルーデを勝たせたいって気持ちは、わたしにもわかるよ。

 でもね、下手すると院長さまも含めたあなたたち全員が首を切られても、全然おかしくなかったんだからね」


 子供を叱るのは久しぶりだった。

 ちっこい弟たちが割ったお皿を隠したのって、いつだったかなあ……。


「……こら!

 俯かないで、ちゃんとわたしの目を見なさい!」


 でも、ここできちんと教え込んでおかないと、一人立ちした後で必ず問題を呼び込んで後悔することになる。……後悔だけで済めばいいけど。

 だからわたしがお説教しているのは、フランツであってフランツじゃない。この場にいる子供達、全員だ。




 しばらくして……っていうには時間が掛かったけれど、フランツが自分のやったことの重さを理解して素直にごめんなさいと言えるようになったのを見計らい、わたしは立ち上がった。

 もちろん、周囲の子供達もしゅんとしてる。あ、院長さまが復活した。こっちに向かって聖印を切って下さってるね。


 ……って、なんで野次馬にきてただけの大人───髭面の『獅子のたてがみ』までしゅんとしてるの!?


 ま、まあいいや。


「領主さま。

 フランツは罪を認め、殊勝にも反省をしている様子でございます」

「うむ。

 他に留意すべき事柄はあるか?」

「はい」


 とっとと終わらせよう。流石にへとへとだし、服も着替えたい。

 ……子供を叱るのって、ものすごく疲れるんだよ。本気じゃなきゃ伝わらないからね。


「まず……この者は成人前の少年であり、反省もしております。

 また、領地に来たのは昨日とのこと、調べるまでもなく初犯でありましょう。

 更には、シャルパンティエ領では教会の新築を近日中に予定しており、領地を罪人の血で汚すことは控えた方がよいかと思われます」

「……ふむ」


 わたしは回り込んでフランツの後ろに立った。


「ではそれら全てを勘案して、この者に与うる刑罰は何とする?」


 ……これでも、必死で頭働かせたんだからね。


 不当な減刑は他者からもユリウスが舐められる結果を呼ぶし、かと言って四角四面に罰を言い渡してると、息苦しい領地になってしまう。もちろん、無罪放免にするのは最悪だ。

 教会の新築って理由を思いつかなかったら、罰金を課して後から寄進って形で補おうかとか考えてたよ。


「はい。

 これらの故を以て、咎人フランツに対する刑罰は斬首より等級を減じ鞭打ち25回を妥当と判じ、その上で教会新築による慶事の赦免を与え、周知刑1日のみを宣告したく存じます」


 周知刑は羞恥刑とも呼ばれるけれど、要は『立たされ坊主』のことだ。

 罪状を書いた木の板を胸元にぶら下げて街の目立つところに立たされる刑罰で、スリや詐欺師なんかには致命的。顔が覚えられちゃうからね。

 他の刑と組み合わされることもあるけれど、周知刑のみが言い渡されるなら、ほぼ『領主さまに怒られた』と同じような意味で受け取られる、一番軽い刑だった。


「……よかろう。

 ジネットの言を是とし、咎人フランツに周知刑1日の罰を与えることを認める。

 皆に閉廷を告げよ」

「畏まりました」


 よくわかっていないフランツを立たせ、再び銀札を掲げる。

 ……言葉が難し過ぎたかもね。喋ってたわたしだって、これでいいのか自信ないもの。


「傾注せよ!

 聖神とヴィルトール王家とレーヴェンガルト家の名の下、シャルパンティエ領筆頭家臣ジネットが告げる!

 咎人フランツには、周知刑1日の罰が与えられた!

 これにて閉廷とする!」


 さあ、これでやっと、辻裁判はお終いだ。


 ……茶番だって分かってても、もう二度とやりたくない。

 次は全部、ユリウスに任せるからね!




 ▽▽▽




 さて、後はそれぞれに声かけておかなきゃね。じゃないと何のために頑張ったんだか……。

 まずはもちろん、当のフランツだ。


「フランツ」

「は、はい!」

「明日の朝は、日の出とともに起きること。

 用意はこちらでしておくわ」

「はい!」


 ……返事だけは立派だけど、今ひとつ心配だなあ。

 でも、あとの事は、駆け寄ってきた院長さま達にお任せしたい。

 何と言っても親代わり、わたしより上手く諭してくれると思う。


「フランツ!」

「寛大なるお裁きに感謝します!」

「お疲れさまでした、院長さま、シスター・アリーセ」


 ほんと、やれやれだ。

 振り返ればユリウスも少し顔をゆるめ、普段通りの表情で頷いてくれた。


 でもね。


「そうそう、フランツ」

「は、はい!?」

「次は守ってあげられないからね。

 それから……」

「……」

「わたしはまだ、泥団子を投げつけたこと、許してないよ。

 あとでたっぷり、院長さまとシスター・アリーセに怒られなさい」


 じっと睨み付けてから、にやっと笑ってやる。

 もうあんまり怒ってないけどね。さっきので怒り疲れたもの……。


「そうでした。

 女の人に泥団子を投げつけるのは、ちょっと許せませんわね。

 フランツ!」

「うぇ!?」


 シスター・アリーセに引っ張られていくフランツを見送って、わたしはユリウスにちょっとごめんと声を掛けてから、ゲルトルーデの元に歩み寄った。


 逃げだそうとしたので、追いかけてつかまえる。

 ……そりゃさっきの今なら、恐いよね。


「ひっ!?」

「……怒られるって、思った?」

「う、うん……」

「それは、どうして?」


 涙目のゲルトルーデを抱き上げて、目線を合わせる。


 もちろん、わたしのすねを蹴り飛ばしたことは、きちんと叱る。

 けれど……。


「けった、から」

「そうだね。

 かけっこの約束だったよね」

「……うん」

「蹴ったことはいいこと? 悪いこと?」

「……わるいこと」

「じゃあ、悪いことをしたら、どうするの?」


 5歳の子供相手に、魔法を使って勝ったわたしがそれを聞かなきゃならないのは、心が痛い。

 ……それこそが、わたしに対する罰かもしれないね。


「ごめんなさい。

 もう、しません」

「うん、よく言えたね。

 ゲルトルーデはいい子だ」


 彼女はそのままわたしに抱きついて、大きな声で泣き出した。




 朝からの騒ぎは、これにて一件落着……でいいかな。


 仕事がいっぱい溜まってるけど。

 ユリウスやディートリンデさんと話し合わないといけないけど。

 そうだった、裁判のことも書類に起こさなくちゃならないけど。


 このままゲルトルーデと一緒に昼寝がしたいよ……。



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