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第四話


 予定通りのお昼前。

 『ベルヴィール』号はぎいぎいと軋んだ音を立てながら、ゆっくりとラマディエを出航した。


 いざさよなら……となると、ちょっと寂しいけどね。


「おおー!

 ……って、冷たっ! 寒っ!?」


 わたしも船縁で去りゆく王都を見送っていたかったけれど、風はきついし波しぶきも時々顔にかかるしで、港を出て早々に船室へと引き上げた。実家と違って誰が面倒見てくれるわけでなし、出発初日から風邪でも引いたらたまらない。


 一層下の船室に降りれば船客は10人ほど、ヴィルトールに商用で赴く大店の番頭さんとそのお連れさん、そして冒険者たち───それも身に着けている物から一見して一流どころとわかる───がくつろいでいた。


「今回は貴石の取引でね。

 出物があればいいんだが……」

「こっちは護衛の帰りですよ。

 船に乗ってるうちはよかったんですが、その先がまあ、大変でした」


 駆け出しの商人ですらないわたしだけが少し場違いなのかもしれないけれど、これも納得は出来た。


 侍女付き下男付きの番頭さんが旅慣れるほどの旅費を使える商会が大きくないはずはなく、依頼の帰りに船旅が出来る冒険者が二流三流であるわけない。

 馬車より安い5グロッシェンの船賃も、わたし一人が食費として使うなら半月は贅沢に食べられる金額なのだ。


「シャルパンティエ?」

「聞いたことがないねえ」

「あはは、実はわたしもなんですよ」

「お嬢さん、勇気あるなあ……」


 しばしばこの航路を使うという番頭さんや、あちこちを旅してきたという冒険者たちにも、シャルパンティエという地名には聞き覚えがないらしい。


「フォントノワの組合で調べて貰えるように算段も立ててきたから、大丈夫だとは思うんですよ。

 あとは……ご領地が多くの人で溢れていますようにって、祈ってます」


 ラマディエの商工組合で質問状を兼ねた紹介状も書いて貰ったし、大都市の商工組合で自国の地名がわからないってこともないだろう。


「それにしても……」

「はい?」

「お嬢さんも冒険者だと思ったんだがなあ」

「ふむ、私もそう思っていたが……」

「ですねえ」


 視線を注がれた先は、冬物の上から着ている灰砂色のマント、そして右手中指の白い魔晶石のついた指輪。


 マントはこんなに地味な色なのに、『春待姫の外套』なんて洒落た名前が付いている魔法の品だ。指輪は杖や魔法書と並ぶ割とあからさまな魔法の媒体で、大した魔法が使えなくても悪人避けぐらいにはなるから、店番をしていたときもはめていた。

 ちなみに母が一番大事にしていた魔法の杖は、わたしよりもそちらに才のあるアレットが受け継いでいる。


「両方とも母のお古なんですよ。

 元冒険者だったんで……」

「ああ、なるほどね」


 嫁いでくる前の母が冒険者だったのは、本当のことだ。実家にはまだ、小さい妹や弟たちに与えられる予定の品々が箪笥に眠っている。




 この冒険者という職業も、華やかなようで居て大変なお仕事だった。


 冒険者になるだけなら、ほんとに簡単だ。近場のギルドで登録すれば、誰でもその日から冒険者になれる。わたしでも大丈夫なのは間違いない。

 大きな都市だと、それこそ仕事も溝さらいや子守、薬草入手のような素人仕事も多い。


 ちょっと腕に自信がある冒険者は、ダンジョンに向かう。

 危険はあるけど実入りが全然違うので、大抵の冒険者はダンジョンを仕事場にしていた。

 普通、冒険者と言えばこちらを指す。依頼を受けて報酬で暮らす何でも屋さんに、わざわざ『冒険者』という名前がつけられている大きな理由にもなっていた。


 アルールのように、『ダンジョン』と一括りに呼ばれる古代遺跡や魔族の巣のなれの果て、あるいは本当に成り立ちどころか存在そのものがよく分からない洞窟や迷宮があれば、お宝を目当ての冒険者が独りでに集まってくる。実家のお得意さんたちがそうだ。大きな仕事には大きな報酬、一攫千金を夢見る冒険者は多い。

 人が増えれば大抵の商売は成り立つわけで、ダンジョンの発見は国に歓迎されると同時に経済の基盤にもなった。


 だからこそ国や領主はギルドを重視し、日銭稼ぎの溝さらいなどとは比較にならない高額な報酬を謳った未踏破遺跡の捜索依頼を出すことも珍しくなかった。騎士や兵士の不足を補うべく、領内の巡回や夜警を依託する領主も多い。

 他にもギルドは依頼料の一部を天引きして、無頓着で風任せすぎる冒険者からの収税を代行している。各地に支部があることを活かして、郵便業務や身分証の発行、身元確認の代行もしているから、人々だけでなく国にさえ『お金を払えば面倒事を引き受けてくれる存在』と認識されていた。


 もちろん、いいことばかりじゃない。


 冒険者ギルドによって身分を保障されているけれど、安全な───楽な仕事ばかりだと貧乏暮らしのその日暮らしになってしまうし、報酬の高い仕事を選べる腕があればいいけど命の危険は商人の比じゃなかった。


 それに収入は依頼次第だから、非常に不安定だ。怪我をすれば治療費もかかるし、武器も鎧も自前で用意しなくちゃいけない。

 お母さんには申し訳ないけど、わたし向きのお仕事じゃないことだけははっきりとしていた。


 ……閑話休題。




「でも貴女、魔法が使えるなら、ほんとに冒険者の方が向いてるんじゃない?」

「そうだねえ。

 うちの先代も冒険で貯めた元手で、商会を起こされたんだよ」

「少しは考えたんですが、体を動かすのが苦手なので……」


 愛想笑いで誤魔化したけど、冒険者はやっぱり最後の手段だ。


 溝さらいや子守なら出来ても、魔物が出てくるようなダンジョンに潜るなんてわたしには考えられない。魔法が使えるからって、かならず強い冒険者になれるはずないし。

 それよりは、結局どこかの商会に雇われて事務か店番をする方が余程給金も高いわけで、経験も活かせれば安定した生活も送れる。


 営業許可証はあるけれど。

 ……最初からお店を出すより、店番に雇って貰う方がいいかなあと思えてしまうところが、出発初日にしてはちょっと情けなかった。




 ▽▽▽




「よい取引を!」

「よい冒険を!」


 天候も晩秋にしては荒れることもなく、『ベルヴィール』号は無事フォントノワに到着した。

 船中4泊は退屈だったけれど、振り返ればよい休憩になったかもしれない。少しだけ、肩の力が抜けた気がする。仕事もせずに4日ものんびり過ごせたなんて、いつ以来だろう……。


「うわあ……」


 わたしにとっては、初の異国の地だ。

 同じはずの空も海も、アルールとは全然違って見えた。

 

 それにしても、フォントノワの港は大きい。

 わたしを乗せてきた『ベルヴィール』号より大きな船が、10隻以上は並んでいる。行き交う人の数も、もちろんラマディエの比じゃない。建ち並んでいる倉庫も、やたらと数が多かった。


 フォントノワはヴィルトールの王都グランヴィルへと繋がる大河の河口に位置していて、貿易港として有名だった。内陸から送られてきた荷がアルールや西方諸国だけでなく、東に大きく広がるヴィルトールの国内へも流れていく。逆に海伝いで入ってきた荷は、平底船で川を遡って王都やその奥へと届けられた。

 ……もちろんこれは、仲良くなった番頭さんの受け売りだ。


 これだけ人が多いとお店の出し甲斐があるだろうなあと埒もないことを考えながら、おのぼりさんよろしく港の事務所で商工組合の場所を聞いて、時間も昼前で丁度いいと市中へと出る。

 大通りの幅もやたら広いし、荷馬車も多い。やっぱりアルールは田舎街だと、思い知らされた。


 でも、まずは宿屋だ。

 少し高くても構わないので、お湯を使いたい……。


 このぐらいなら許容範囲というぎりぎりの宿で食事付きお湯付きの2泊分を前払い、ぐったりとそのまま横になる。


 船でゆっくりしたはずが、疲れてたのかな?

 夕食まで、ぐっすりだった。




 翌日、幾度か道行く人をつかまえて道順を聞き直しながら、わたしはようやく第一の目的地、フォントノワの商工組合へと辿り着いた。……よくよく考えればラマディエの何倍も人が住んでいるフォントノワ、いつもの感覚で歩いて目的地に着けるはずがなかった。


 もちろん、商工組合の建物も例に漏れず大きかった。いやいや、貿易港なら大きくて当たり前かと気を取り直し、貴族屋敷のような入り口ホールを呆れ半分恐れ半分で見上げる。

 しばし天井画などをじっくり見学してため息をつくと、数多い受付の一つ、優しそうな雰囲気のおば……お姉さんがいるところが空くのを待って、わたしは紹介状と作ったばかりの鉄札を差し出した。


「失礼します。

 フォントノワは初めてなのですが……」

「遠路ようこそ、北海中の船と荷の集まる我らが港フォントノワへ。

 ……あら、紹介状をお持ちなのですね。

 この場で中身を改めさせていただいてもよろしいですか?」

「はい、お願いします」


 ちょっとだけ緊張するが、他に出来ることもない。

 待つことしばし。

 紹介状を読み終えたお姉さんが上役に取り次いでくれると言うので、わたしは大人しくついていった。


「……おおー」


 ちょっと上等な応接室で茶を振る舞われ、飲んだことのない味だなあと香りとともに楽しんでいると、身なりもいいが恰幅もいい五十絡みの男性がお姉さんに案内されてきた。


 流石にわたしも立ち上がり、偉い人には大抵こうしておけば問題ないと教えられた礼法通りに、右手を胸にあてて軽く膝を折る。……もちろん、偉い人向けのご挨拶なんてこれしか知らないので、格好がつかなくても仕方ない。


「儂は当フォントノワ商工組合の議員、『千本槍』商会のバチストと申す者。

 貴女はアルール王国ラマディエのジネット殿で間違いないかな?」

「はい、わたくしがジネットでございます」


 どうぞとバチスト議員に促されて、わたしももう一度ソファに腰掛けた。

 ……別に意地悪をされているわけでもないと思うけど、いらない緊張で落ち着かない。


「シャルパンティエのことは今調べさせている。

 件の営業許可証を拝見させていただいてもよろしいか?」

「は、はい、ありがとうございます。

 どうぞご検分下さい」

「失礼致す」


 丁寧に扱われているけど、別にわたしが偉くなったわけじゃない。お互いが得意先でもあるアルールとフォントノワ、紹介状を持ってきた相手は上客と見なされる。


 バチスト議員はふむふむと指で許可証の字を追いながら、ぽつりと呟いた。


「……本物だな。

 ジネット殿」

「はい?」

「失礼でなければ、入手の経緯を教えていただけるかな?」


 隠すことでもないので、お兄ちゃんが取引先───ベルトホルトさんの鍛冶屋で出会った騎士様から頂戴したことを話し、騎士様がお爺ちゃんの縁者であったと付け加える。


「なるほど、ベルトホルト殿か……」

「あの、バチストさまはベルトホルトのお爺ちゃんのこと、ご存じなんですか!?」

「お爺ちゃん!?

 むう……」


 お爺ちゃんの名前を出すと、バチスト議員は恐ろしく微妙な顔になった。笑みを我慢しつつも多少呆れている様子だ。


「ジネット殿は気軽に『お爺ちゃん』と呼ばれたが、鉄商人の間ではそれなりに著名な鍛冶師殿でな」

「お爺……ベルトホルトさんって、そんなに有名なんですか?

 もちろん、うちの近所じゃ一番腕のいい鍛冶屋さんだとは思いますけど……」

「……貴女の仰るうちの近所をアルール周辺の西方数カ国と置き換えても、反対する者はほぼおらぬ筈だ」

「うわあ……」


 もう大剣や戦斧などは鍛えられない───現役じゃないって言うお爺ちゃんだけど、腕はほんとにご近所で一番。鉄鍋と包丁は特に評判がいい。

 知らなかったとは言え、そんなすごい人から守り刀を贈られたわたしは幸せ者なんだろうなあ……。


「失礼いたします。

 シャルパンティエ領の資料の写しです」


 バチスト議員とは幾らも世間話をしないうちに、先ほどのお姉さんが戻ってきた。

 やっぱりヴィルトールの領地なら、きちんと調べがつくのだ。……よかった。


「ご苦労。

 ……ふむ。

 ジネット殿、こちらを」

「ありがとうございます」


 手渡された紙片には、えらく簡単な略図とともに、シャルパンティエ領のことが記されていた、のだけれど……。


「……」

「心中、お察しする」


 予想通りというかなんというか、シャルパンティエ領はヴィルトールの東の端っこ、つまりは相当な田舎にあるらしかった。



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