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第三十六話



「あのね、二人とも。

 さっき、第三階層が見つかったって報告が来たの」


 流石に驚いた。

 ダンジョンのおかげで領地が回っているシャルパンティエでは、かなりの大事件だ。


 ……と同時に、忙しくなることにも気付いて、気を引き締める。

 情報が出回ってからになるけれど、階層の様子に合わせた道具の注文なんかが入るからね。


 これは人集めのことを考えてる場合じゃなくなったかなあ……。


「第一階層と第二階層は上下に連なっていたけど、第三階層は真下にはなかったみたいね。

 距離も遠いから、何かあった時の往復が大変だわ……」


 ディートリンデさんの話では、第二階層の南西、かなり奥まった場所で降り口が見つかったらしい。


 北の方はもう一つの出入り口の件で、ユリウス達がほぼ地図を作り上げていた。

 でもそれ以外の方向は、情報があったりなかったりだ。


 シャルパンティエのダンジョンでは、適度に魔物が狩れて逃げ道も確保できるような『いつもの狩り場』がいくつか知られていて、その場所を交替で使うことがほとんどだった。

 往復の道のりが長いから、大怪我でもすると帰ってくるのがとても大変なことになってしまうもんね。おまけに治療費も高くつくし、次の日からの稼ぎに影響するから、冒険者は割と慎重……って言ってしまっていいのか微妙だけど、無理のしどころと引き際はみんな心得てる。


 特に『シャルパンティエ山の魔窟』は魔族型ダンジョンだから、冒険者は主に魔物を倒して魔晶石を得ることで稼ぐ。お陰でわざわざ奥まったよく知られていない場所───新たな狩り場は、危険も同時に孕んでいる───まで行く人は少なかった。けれど、遺跡型なら昔の宝物が出てくることもあったし、天然窟ならポーションの材料を求めてあちこちを探し回るようなことも多いかな。


 でも、たまーに『いつもの狩り場』に厭きて、あっちこっちを探検する冒険者もいる。

 そんな時に新しい狩り場や、今回のように新しい降り口が見つかったりした。


「ジネット、領主さまがご不在だから、いつもみたいに頼むわね」

「申請書類のサインですね。

 後でギルドにお伺いします」


 ギルドが本部や王国に送る書類に代理でサインして控えを預かるだけなので、これは全然手間じゃなかった。

 その代わり、新発見があるたびに報告書を作る決まりになっているから、回数は多い。


「それからアレット、発見した『青い流れ星』と組ませたギルドの調査隊が明日の朝の出発なんだけど、これ、お願いできる?」

「はい。

 えーっと……あ、これなら今夜中にご用意できると思います」

「助かるわ。

 ほんとは聖水も欲しいんだけど、あれは教会の領分だから……ここにはないわよね?」

「はい、ごめんなさい」

「あ、いいのよ。

 今回分はなんとかなったから」


 アレットに手渡された走り書きをちらっとのぞき込めば、普段は在庫を置いていない属性強化薬───例えば、『火』など特定の属性を持つ魔法を強化してくれるけれど、同時に逆属性である『水』の力が弱くなってしまうという使いどころの難しい魔法薬であまり人気がない───を四属性ひと揃いで3組のご注文だった。




 『第三階層、発見される!』の一報はわたしたちを驚かせただけでなく、もちろんシャルパンティエ中を騒がせた。

 夕方、店を閉めてから向かった『魔晶石のかけら』亭にも、どことなく浮ついた空気が流れてる。


 ギルドの人は調査隊の準備に忙しいのか誰もいなかったし、逗留中の冒険者たちも、第一発見者の『青い流れ星』に1杯奢ってあれこれと情報を聞きだしていた。

 わたしやアレットはもちろんダンジョンに潜らないけれど、お仕事にも関わるからね、ちゃんと聞き耳たててるよ。


「よう、聞いたぜ」

「どんな様子だったんだ?」

「岩の質も穴の径も二層と変わらねえ雰囲気だったが、降り口にな、岩を削りだした階段があった」

「階段か……」

「魔物はどうだったんだ?」

「インプが数匹出たぐらいだな。

 まだ何とも言えねえ……」

「食料も心許なかったしな、降り口すぐのあたりをうろうろしただけだぞ」


 インプには背中に生えた羽根があって飛び回るから、階段はいらなかった。

 つまりそれは、階段を使うぐらいの大きさか、あるいは階段を作るような知恵のある相手がいるってことで……強い魔物が出てきそうな雰囲気だね。

 『身の程を知る者だけが命を持ち帰る』って、ギルドの受付にも新しい張り紙が張ってあったっけ。


「『青い流れ星』はもう一度行くのか?」

「おう。

 ギルドからも声掛かってるしな」

「うちは様子見をさせてもらうぞ。

 ……クルトがまだ本調子じゃねえんだ」

「おう、任せな!」


 新しい階層が必ず稼ぎ場になるかどうかは分からないし、第二階層と同じ装備を調えていれば大丈夫とも限らないから、流石にそのまますっ飛んでいくような冒険者は少ない。

 遺跡型のダンジョンなら、宝物の先陣争いで一気に冒険者宿の酒場が空になることもあるけどね。


「アレット、インプの上位になる魔物ってなんだっけ?」

「レッサーデーモンあたりが有名だけど、固有種もいるよ。

 怪我人増えたらやだなあ……」

「みんなすぐには行かないとは思うけど、ちょっと心配だよね」


 大抵のダンジョンは、下層に行くほど強い魔物がうろうろしてる。

 その代わり得られる物もいいものが多いから、いまシャルパンティエにいる赤銅持ちの冒険者達が倒せるぐらいだと、冒険者もうちの店も潤うんだけど……まあ、そこまで都合良くはいかないかな。


 この数日で見極めがつけばいいなあと思いながら、わたしはユリウスの居ない酒場に、少しだけ寂しさを感じていた。




 ▽▽▽




 ところが困ったことに、そのユリウスと連絡がつかない。


 第三階層発見の報告は、わたしがルーヘンさんに手紙を預けただけでなく、ギルドからも知らせが行くことになってるんだけど、翌日マテウスさんから『まだ戻っていないので手紙は預かっておく』と返事が来ている。


 仮にもダンジョン持ちの領主さま、何かあれば噂話ぐらいは届くはずで、事故や事件なんかじゃないとは思いたい。

 

 でも心配が先に立って、便りのないのは良い便り……と言い切れないのがつらいところだった。


「いらっしゃ……あ、お帰りなさい、アルノルトさん。

 どうでしたか?」


 一週間ほどして、調査隊のアルノルトさんが戻ってきても、ユリウスはまだ戻ってこなかった。


「まあまあでしたよ。

 後で『青い流れ星』の連中も来るとは思いますが……どうです、いい感じでしょう?」

「えーっと、魔晶石と……こっちは鉱石粒ですか?」


 アルノルトさんが今回の『収穫』らしい小袋の中身───わたしが端切れで作った丸薬入れ───を、カウンターの上に広げてくれた。


 魔晶石は小粒のものが殆どで、それより少し大きい金属の粒は結構な数がある。ちょうど、靴の中に入ってたら嫌な大きさの小石ぐらいのが多い。

 銅粒銀粒だけじゃなくて、色々混じってる。朱色のは……名前忘れたけど、顔料の元になる鉱石かな?


「インプの魔晶石はともかく、リビングロックが色々吐いてくれたんでね」

「リビングロック?」

「見かけは岩そのものの、のっそりと鈍くさい魔物ですよ。

 気付かずに近寄ると酷いことになりますし、身体の一部……というか岩を飛ばしてくるので少々厄介ですが、慣れてしまえば大したことはありません。

 まあ、剣では相手にし辛いので、次は戦鎚か何かが欲しいところですな」


 この面倒くさそうな金属粒の取引も、今後はシャルパンティエの名物になるのかなあ。

 わたしに限っては、『質屋の見台』ですぐに鑑定できるけど、引き取った粒を種類ごとに分けて卸売りに出す作業があるから……うん、やっぱり面倒そうだ。


「助かりますよ。

 普通の道具屋なら、半日仕事を覚悟しなきゃならんでしょうから」

「これも領主さまの御威光の賜物です」


 わたしは目に掛けた『質屋の見台』をくいっと持ち上げた。

 天秤さえも使わないで済むのは、ほんと助かる。


 一旦小袋に戻してから鑑定し、今度はそれぞれの種類に分けて再鑑定、数量と価格を走り書きしたものを作っていく。金属粒と一緒にまとめてギルド本部に送られ、報告の一部になるらしい。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。

 ……あー、ジネットさん、鑑定料金が書かれていないようですが?」

「引き取りはうちの店になるでしょうから、特に考えていなかったんですけど……。

 そっか、報告書じゃそうもいきませんよね」


 鑑定は実家じゃ滅多になかった上に父さんやお兄ちゃんの仕事だったし、シャルパンティエにお店を構えてからは全部うちにそのまま品物が来るからね。


「ユリウスと相談した方がいいのかなって思ったりするんで、仮の料金でいいでしょうか?

 単品で鑑定料金を出していくと、回数が多すぎて損が出るかもしれませんから、今回は一括と言うことで鑑定価格の……」


 落としどころになりそうな金額を考えつつそこまでを口にしたとき、表から急に騒がしい声が聞こえてきた。


 おかしい。

 子供の声がする。

 それも、1人や2人じゃない。


 アルノルトさんは不思議そうな表情で窓越しに広場を見て、えらく驚いた顔つきに変わった。

 流石に気になって、わたしもカウンターから立ち上がる。


「……何ゆえ!?」

「子供、ですよねえ……」


 窓の外を見れば、数台の馬車が丁度広場に到着したところだった。

 積み荷は全部、子供だ。


 ルーヘンさんは今朝シャルパンティエを出たから別便だということはわかるけど、冒険者と荷馬車ぐらいしか用事のない領地なのに……。


 でも、何かの間違いというのも考えにくい。

 ヴェルニエからシャルパンティエに続く道の先には、ほんとにシャルパンティエしかないからだ。


「おお、『洞窟狼』殿が!

 ちょっと聞いてきます!」


 あ!

 馬車列の最後尾に、メテオール号に乗ったユリウスがいる!


 身を翻したアルノルトさんに続き、もちろんわたしも鑑定のことは放り出して表に出た。




 メテオール号がいつもの場所に到着する頃には、広場はもう子供で埋まっていた。

 全部で40人ぐらいかな、数えるのが面倒になる人数だ。

 あーもう、走り回っちゃあぶないよー。


「ジネット!」

「ユリウ……ス?」


 ……おおー。


 ユリウスは、鞍の前に女の子を乗せていた。

 去年、わたしがユリウスに連れられてオルガドと往復した時も、こんな風に横座りで抱えられてたっけ……。


 それにしても、雰囲気からするとずいぶんな懐かれようだ。

 ……4、5歳ぐらいの子だから、嫉妬よりも苦笑の方が先に来るけどね。


「おかえりなさいませ、『旦那様』」

「うむ、ただいま戻った。

 ジネット、第三階層の件はマテウスに聞いたが、他に───」


「おまえがジネットか!」

「え!?」


「きしユリウスをたぶらかそうとする、あくやく……じゃない、あくとくしょうにんめ!

 わたしとしょうぶだ!」


 ユリウスの腕の中、栗毛を短い三つ編みにした小さな女の子は、わたしをしっかりと指差した。




 ……えーっと。


 オルガドに行くことは聞いたけど、どういう経緯いきさつで時間が掛かったのかとか、こんなに沢山の子供をシャルパンティエに連れてきた理由とか、ユリウスに聞きたいことは山ほどある。




 でもね、今一番聞きたいのは。


 何がどうなって、わたしが悪徳商人なんてものにされてしまったかだよ!



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