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第三十五話



 封印魔法陣の設置に出ていたギルドのアルノルトさん達───往復4日の強行軍───が戻ってきても、ユリウスはまだヴェルニエから帰ってこなかった。


 ベアルが村の近くに出たことはルーヘンさんに手紙を頼んで報せたけど、帰ってきた返事は『去年と同じく討伐依頼を出してくれ。これからオルガドに行って来る』、だって。


 ……すぐに戻って欲しいなんて言えないし、お仕事なのはわかってる。


 それに、頭悩ませて考えなくても、居残り組だけで何とかなりそうだものね。

 アルノルトさんやローデリヒさんを数人の勢子と一緒に送り出せば、ベアル討伐は心配ない。

 冬に比べれば冒険者の数は減っているけれど、馬車便は確保されてるし、何かあってもヴェルニエと往復できた。


 それでも、いつも肝心なときに居ないのはなんだかなあって。

 思わないこともない。


 もちろん、冗談にして茶化せるのは、事件が起きてもなんとか無事に回ってるおかげだった。

 ……聖神のご加護と皆の努力の他に、領主さまのご威光だかなんだかもちょっぴりはあるのかもしれないけどねー。




 ▽▽▽




 待ちこがれていた春は、目まぐるしい勢いで過ぎていく。


 馬車の数に合わせて、逗留する冒険者の人数も増えたり減ったりだ。

 懐が暖かくなった『英雄の剣』は早速ラルスホルトくんに胸当てを注文していたし、アレットも蒸留器───エールやワインから蒸留酒を作る道具だけど、薬液の濃縮にも使う───の取り寄せをルーヘンさんに頼んでいる。

 うちの2階に積み上げられていた毛皮も、無事に街へと運ばれていった。


 ……いま頃は、ユリウスもオルガドからヴェルニエぐらいには戻ってるかな。


 そんな感じで春先の忙しさを片付けながらも、いろいろやることもあるわけで。


「おねえちゃん、丸薬出来たよ……って、何してるの?」

「お疲れさま。

 ……わたしもお疲れさまだけどねー」


 今手をつけていたのはユリウスが帰ってくる前に何とか形にしたかったってだけで、自分から進んで引き受けたお仕事なんだけど……放り出すことはできなかった。

 そのうち誰かがやらなくちゃいけない仕事なら、それはたぶん、わたしのお仕事だ。……きっちりとお給料貰ってるのに、お留守番だけで何もしてないのはなんだかなあって気分も、ちょっぴりあるかな。


「これ、うちの店の帳簿……じゃないや、税のまとめ?

 あ、ラルスホルトくんのもある」

「シャルパンティエにあるお店のことを、ちょっとね。

 ギルドは大丈夫として、問題はやっぱりお店持ちのわたしたちだなあ……って」

「あんまりよくないの?」

「うん。

 ……早いうちにね、てこ入れした方がいいかなあって」


 ……こっち方向には無頓着で投げっぱなしの気がある領主さま、筆頭家臣としても店持ちの一人としても、早い内に少しは手を入れておきたいところだった。




 税の届け出を見れば、申し訳ないことにそれぞれのお店の状況はわかってしまうわけで。

 ……これ、商売敵じゃないからいいけれど、筆頭家臣なんてお仕事はお店持ちにさせちゃいけないんじゃないだろうかと、わたしには躊躇いの方が先に立ってしまう。


 それはともかく、出入りする冒険者も含めた人数からお客さんの数を考えると、納められた税の額から見て売り上げはそれぞれに立派だと思うけれど、やっぱり厳しい。

 実は一番繁盛している……ように見える『魔晶石のかけら』亭でさえ、冬場はいいんだけど、やっぱり平素のお客さんが少なすぎた。

 ディータくんの『猫の足跡』亭もうちも同じだし、だからって利益を取りすぎると、そうでなくても運賃分が上乗せされているシャルパンティエじゃ、とても酷いことになる。『英雄の剣』とかヴェルニエに帰っちゃうかもしれないね。


 おまけにカールさん夫婦、そしてディータくんイーダちゃんの兄妹、それぞれのお店はとても手間の掛かる作業が多くて、今でも結構ぎりぎりだった。ほんとうは数人雇って回すぐらいが一番効率もいいんだけれど、今度はお客さんの数が少なすぎて、まだちょっと無理かな。


 ラルスホルトくんの鍛冶屋さんは少しだけ特別だ。

 大きな修理品は毎日持ち込まれる訳じゃないし、空いた時間に街に卸す商品を作り出すことで、忙しい時間と暇な時間を均してしまうことが出来る。


 うちのお店は基本的に仕入れた物を売るだけなので、仕事その物の手間は少ない。……の割に忙しい気もするけれど、お客さんの数を考えればまだ余裕がある。

 アレットの作るお薬が、売り上げに大きく貢献してくれているからこそでもあるけどね。

 でも、余所に卸せるほどの量は確保できないし、薬草畑を作っても世話をする余裕がないので、ラルスホルトくんのお店のような調整は無理だった。


 それにもう一つ、これはうちのお店……『わたし』に限ったことじゃないけれど、ユリウスに寄り掛かりすぎているのが心配かな。

 

 新たに建てられた店舗の代金は徐々にお家賃で相殺されていくにしても、お店持ちの全員が結構なお金を借りている。

 わたしも危うくその日暮らしになりかけていたし、ディータくんなんかは孤児院出身のパン屋の見習いで、自分でお店の資金を用意するのはとても無理だった。

 必要なお金が段違いだったカールさん夫婦の『魔晶石のかけら』亭は、お父さんのマテウスさんがかなり後押ししていたものの、それでも大きな金額をユリウスが用意している。


 もちろんユリウスにはユリウスの狙いがあって、『さあ店を出してくれ』と言われてぽんとお金を出せるような大店や豪商とは、距離を置きたがっていた。

 シャルパンティエ最大の後ろ盾はギルドで、そのギルドと領主の関係に横槍を入れられそうな力のある相手を、わざわざ自分から呼び込みたくなかったそうだ。


 そんなこんなで……今のところ、日々の暮らしは成り立っているけれど、借財の返済とまでなると、やっぱり手が回らない。

 ついでに、誰かが病気や怪我をしてしまうと、もうそれだけでお店がお休みになってしまう。これもなんとかしたいところ。


 開村1年目の村の悩みとしては、相当に贅沢な部類に入る───開拓が失敗して捨てられる領地もないわけじゃない───らしいけれど……。


 ここまで突き詰めれば、もちろんわたしにも答えは見えてくる。


 幾ら冒険者のお陰で仕事が成り立ってると言っても、冒険者『じゃない人』がシャルパンティエにはぜんぜん足りないんだ。




「そっか……。

 税は安いけれど、だからって人が来るわけじゃないもんね」

「うん、すぐは無理だろうね。

 ユリウスも色々頑張ってるけれど、普通の人は冒険者ほどぽんぽんと働く場所を変えられないだろうし……。

 まあね、ちょっと特殊な成り立ちの領地だからって選り好みをしてるせいもあるけど」

「うちだって人を雇う余裕なんてないよね?」

「アレットが居るだけ恵まれてるよ、うちは。

 ……まあ、言ってる間に鍛冶屋さんに嫁いじゃうんだろうけど?」

「お姉ちゃんが領主夫人になるのと、どっちが早いかな?」


 二人でにらめっこして、それから笑い合う。


 結婚して、子供が出来るなんて事になったら当分はお仕事にならないから、実は割と深刻なんだけどね。カールさん夫婦とか、ユーリエさんのお腹がいつ大きくなっても驚かないよ。


 ま、まあ、わたしやアレットはもうちょっと先のお話って言うか、まだそんなところまで考えなくていい。

 ……考えたいけど、その勇気がないって言うか待ってるって言うか、あー、うん、お互い忙しいから今は無理ってことにしておこう。


「おねえちゃん?」

「……と、ともかく、人集めのことは早めに考えておかないといけないなって。

 んー、例えばさ、昼間は『魔晶石のかけら』亭でお手伝いをして、夕方はうちの店番をしてもらうかわりに、お給金はわたしとカールさんで折半するとか」

「夕方は『魔晶石のかけら』亭の方が忙しいと思うけど……」

「例えば、よ」


 一軒じゃ無理でも、複数のお店でお金を出し合って人を雇うなら、負担も少ない。

 最初は仕事も少ないだろうし、商工組合の名前で雇い入れて、忙しいようならグードルーンとマルタのようにどこかのお店が専属で雇い入れてしまえばいいかな。


 ただ、ぱっと思いつく問題もあった。

 明らかに雑用と分かっている仕事を、わざわざシャルパンティエまで来てやるような奇特な人はものすごく少ないと思ったりする。

 冒険者に限らず、ヴェルニエの方が生活するにも便利だし、仕事も選べるしからね。


「でも、そんな大事なこと、勝手に決めちゃっていいの?

 いくら筆頭家臣でも……」

「勝手には決めないし、ちゃんと相談するよー。

 『こういうこと考えたんですがどうですか?』って提案する分には、まあ、真面目な内容だし、耳を傾けて貰えるでしょ」


 あれこれ考えるだけなら、店番をしながらでも出来る。

 ユリウスだけじゃなくて、アロイジウスさまやディートリンデさん、カールさん達にも聞いてからでないと穴がありそうで不安だし、どちらにしても相談なしで進めていいお話じゃない。


 第一今のままじゃ、『わたしに都合よく考えた』案にしかなっていなかった。働きに来てくれた人の住む場所は宿でいいのか、仕事と給金の分配はどうするのか……。

 わたし以外の人から見て誰かが困るようなら失敗だし、他にもっといい考えがあるなら、わたしもそっちを選びたい。


「どちらにしても、もうちょっとまとめてからかな、みんなに見せるのは……」

「頑張ってねー」


 かららん。


 戸鐘の音が聞こえた瞬間、わたしは広げていた紙束をさっと片付けた。

 扉が開ききる前に接客の準備を終え、笑顔を向ける。


「はい、いらっしゃいませ。

 って、ディートリンデさん」

「こんにちはー」


「二人とも。

 さっきね、───」


 前置きなしにとんでもない一言を告げたディートリンデさんに、わたしとアレットは顔を見合わせた。


「……」


 突然の巡察官来訪には、慌てた。

 イーダちゃんの虹色熱は、大騒動になった。


 まったく。

 領主さまが居ないときに限って、何かが起きるんだから……。



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