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第三十四話


 翌朝、お客さんは誰も来なかったけれど、春になって河岸を変える冒険者達を乗せた馬車も出発するしユリウスもヴェルニエに用があるしで、広場は混雑していた。


「春先で忙しいと思うが、留守を頼む」

「うん」


 お見送りは、わたしたちお店持ちばかり。シャルパンティエに残る冒険者は、もう魔窟へと稼ぎに出ている時間だった。

 ギルドはアルノルトさんを筆頭に、封印魔法陣の設置に出ているし、昨夜の『魔晶石のかけら』亭では乾杯の声がたくさん聞こえていたから、仲間内のお別れは済んでいる。


「ジネット」

「なあに?」

「……いや、うむ」


 一旦はあぶみに掛けていた足を降ろし、なにやら眉根を寄せて頭を掻いたユリウスは、わたしから視線を外して天を仰いだ。


 今日は戦装束じゃなくて、剣は腰にあるけれど、服装はちょっと上等の襟付きシャツに毛織りの外套で、簡素ながらも訪問着。

 いつもと同じ貴族屋敷への訪問でも、季節や要件で服装を変えなきゃいけないそうで、なんだかなあ……。


「……土産の希望はあるか?」

「お土産?」


 珍しいなあと思いつつ、じっとユリウスを見上げる。

 一瞬だけこっち見て、また別の方を向いてしまった。


 ……あ。

 もしかすると、照れくさかったのかもしれない。


 ユリウスだってヴェルニエに行けば忙しいはずなのに、わたしにまで気を使わなくていいと思うんだけど、ちょっと嬉しい気分もあるわけで。

 ここは、ユリウスを立てて……じゃない、お言葉に甘えておこうかな。


 お土産と聞いてぱっと思い浮かんだのは、春野菜の類と調味料だった。

 ……でも、食べさせたい本人に買わせるのもどうかと考えて、すぐに却下する。


「じゃあ、お茶の葉っぱをお願い。

 ユリウスの好みでいいよ」

「……茶葉か」

「忙しかったら無理しないでいいからね」

「うむ、心得た」


 お代官さまのところだけじゃなくて、ギルドや教会のこともあるだろうし、腕防具も買い換えるような話をしてたっけ。


 街に住んでいれば小分けして済ませられるお仕事や用事も、田舎じゃちょっと油断すれば足かけ3日4日の大仕事になる。特に領主さまは大変そうだけど……代わりに余計な頼まれごとも少なくて、普段はのんびり出来るからどっちもどっちらしいけどね。


「……では、行って来る」

「はい。

 いってらっしゃいませ、『旦那様』」


 馬車と一緒に出ていくユリウスを見送り、小さくため息をつく。


 実は最近、あまり話せていなかったんだよね。

 春が近づくにつれて忙しくなったせいで、お昼に遊びに来ることもなくなって、食事時も仕事のお話ばかりになっていた。わたしも仕入れのこととか荷出しの用意だけは、準備はじめなきゃいけなかったし……。


 帰ってきたら、一緒にお茶を飲む時間が増えるといいんだけどねー。


 もちろん、ユリウスのことだけ考えているわけにもいかない。

 まだまだ堅焼きパンの樽は残ってるし、樽が空いたところには売り切れなかった冬物や出荷待ちの毛皮が積み上がってる。冬の内になんとかアレットの寝室だけは確保したけど、うちのお店が春を迎えるにはまだ数日必要だった。


「ただいまー。

 ……あれ!?」


 留守だ。

 出掛けにはアレットがいたんだけど……。


「あ、お姉ちゃん。

 ただいまー」

「あー、うん、おかえり」


 後ろから声を掛けられた。

 やっぱり出掛けていたらしい。


「ごめん、ギルド行ってたの。

 そだ、お姉ちゃん、『春待姫の外套』借りてもいい?

 今すぐじゃなくて、明日なんだけど」

「うん、いいけど……どっか行くの?」

「そろそろ春草の時期だからねー。

 『英雄の剣』にはもう頼んだし、手すきになるグードルーンとマルタにも声掛けたよ」

「そう言えば、そんな季節だったね……」


 春先……ってほど暖かくもないし、雪もまだまだ残ってるけど、今の時期は春に芽吹く薬草が根に力を蓄えている。おかげで種類によっては収穫期になるから、薬草師も季節の変わり目は忙しい。


「でもあんまり深い場所行っちゃだめよ。

 ユリウスもいないし、アルノルトさんたちは封印魔法陣の設置で数日は魔窟に潜りっぱなしだろうし……」

「うん。秋に回った場所しか行かないよ」


 兼業冒険者で魔法『だけ』が一人前のアレットに、駆け出しと初心者の5人だから、あまり無理して欲しくはない。

 かと言って、ほいほいと腕のいい───報酬の高い冒険者を雇えばすぐ赤字になるから、難しいところだ。この周辺で一番危険そうなベアルは秋のうちに幾度も狩られていたし、数日前の狩りの日にも確認されていなかったから、まあ大丈夫だとは思うけどね……。


「あとはルーヘンさんに注文した荷物が届いてからかな」

「……あー、ポーションの小瓶がそろそろ足りなくなるんだっけ?」

「使い捨てになっちゃうから、いくら仕入れてもね。

 来年はもうちょっと多めの方がいいかも」


 回収してくれる人からは引き取ってるけど、ポーションは急ぎで使うことの方が多いから、これはアレットの言うとおり仕方ない。

 逆に端切れで作った丸薬の小袋なんかは魔晶石の入れ物に重宝されていて、戻ってこないどころか別で注文が入ったほどだ。


 そうだった、わたしも端切れの追加を注文しておかないと……。


 でも次の馬車便は『魔晶石のかけら』亭の食材補充で埋まるだろうし、その次は『猫の足跡』亭の小麦粉が続く。足りないと命に関わりそうな物が先に来るから、うちはアレットのお仕事絡みの品物以外は後回しになった。

 当たり前だけど馬車の荷台には限りがあるし、別便を頼むより数日遅れても便乗で済むならそっちの方が安い。この匙加減はとても重要だ。


「じゃあ、お願いねー」

「うん」


 2階に上がるアレットを見送って、冬のうちに思いついた新たな商品の発注は済ませたけれど、これはもう一度見直した方がいいかなと頬杖をつく。


 色々やりたいことはあるんだけど、これがなかなか。


「……よし」


 とりあえずは、朝の掃除だ。

 

 


 ▽▽▽




「ジネットさーん!!」


 次の日、アレットたちを見送っていつものように───広場の雪かきは必要なくなったけど、洗濯や掃除までなくなるわけじゃない───過ごしていると、昼過ぎになって一緒に送り出したはずのグードルーンがうちの店に駆け込んできた。


「ど、どうしたのグードルーン!?」

「ベアルです!」

「ベアル!?」

「わたしたちだけじゃ……」


 流石にびっくりする。

 毛皮しか見たことはないけど、ヴァルトベアルは素人同然の数人で狩れるような相手じゃない。

 わたしは慌てて『春待姫の外套』を部屋まで取りに戻ろうとして、アレットに貸し出したことを思い出した。


 あーもう、なしでいいや!


「グードルーンは井戸で水でも飲んで、息整えてきなさい!

 わたしはディートリンデさん呼んでくるから!」


 うん、わたしもとりあえず落ち着こう。

 待ってなさいよ、アレット……。


「え、なんでディートリンデさんを!?」

「わたしじゃベアルは倒せないわ!」

「え!?

 ベアルは倒しましたけど……」

「へ!?」


 ……あれ?


「助けを呼びに来たんじゃないの!?」

「はい。

 途中まではアレットさんが魔法で運んでくれたんですけど、重くてとても村まで運べそうにないから、ジネットさんにも来て欲しいそうです。

 それと、魔法回復薬がたくさん必要で、えーっと、予備の予備まで使っちゃいそうだと伝えて欲しいって」


 はあっと大きくため息をついて、肩の力を抜く。

 ちょっとどころでなく驚いたけど、わたしたちじゃ『倒せない』じゃなくて、『運べない』だったのね……。


「えーっと……慌てなくていいのね?」

「はい。

 夕方までには帰りたいから、急いできましたけど」

「じゃあ、怪我人は?」

「いえ、誰も。

 ……一撃でした」

「一撃?」

「はい。

 ベアルが立ち上がって威嚇してきたところを、アレットさんが風の刃ですぱって!

 すごかったですよー。……血しぶきが」

「うええ……」


 ……あんまり想像したくない。


 それにしても、素人パーティーがベアルやっつけちゃうのか……。

 『英雄の剣』もこの冬はユリウスたちに鍛えられてたし、魔法の威力や切れだけなら中級冒険者に見劣りしない我が妹さまがいれば、油断さえなかったらこのくらい当たり前……って言っちゃっていいのかな?


「あー、ともかく準備するわね」

「はい、お願いします」


 まあ……放っておくわけにもいかないわけで。


 アレット達を迎えに行くにしても、一言断りを入れてからでないとみんなが困るよね。

 わたしは伝言を言い含めたグードルーンをギルドに送り出し、腰袋やポーションの準備をはじめた。




 ▽▽▽




 ベアルを丸々持ち帰るのは、ほんとに大変だった。


 お肉を捨てて肝と毛皮だけ持ち帰ろうにも、手際よくベアルの解体が出来る人がいなかったし、アレットはともかく、『英雄の剣』や錬鉄のマルタとグードルーンにとっては今冬の利益が何割って勢いで増えるかどうかの瀬戸際。


 もちろん、危険なほどシャルパンティエと距離があるなら、わたしも───あんまり使いたくはないけれど───筆頭家臣の権限なり何なりを使ってでもベアルを諦めさせただろう。

 でも諦めるにはちょっと惜しい距離までどうにか頑張った彼女たち、わたしが少しお手伝いをすることで自信や成功に繋がるなら悪い事じゃない。


『お姉ちゃんおくすりー……』

『はいはい。

 一旦降ろすよ』


 シャルパンティエに戻れたのは夕暮れぎりぎりで、夕食を食べてからギルドを通した依頼って型式を取って『狩人』のアロイジウスさまを呼び、広場ではお小言付きでベアル解体の実習が行われている。

 面白そうな表情でジョッキ片手にベアル狩りを論評していた酔っぱらい達は、邪魔だと追い払われてしまったから今は静かだ。


 ……頑張ったのは間違いないけれど、真鍮持ちや錬鉄持ちだけで相手するには不相応な危険と向かい合ったわけで、締めるところは締めておかないと、自信が過信になっちゃうもんね。


 そのあたりは数多くの冒険者を見てきたアロイジウスさまの出番だし、彼らの成長を見守る役得や楽しみの一つらしいのでお任せしている。


「でも、すごいですね、アレットさんたち」

「ほんとにね。

 誰も怪我をしなかったから笑い話で済んだけど……」


 もちろんわたしはイーダちゃんと二人、のんびり食後のお茶を楽しんでいた。

 冒険者じゃないわたしがお小言を口にしても、どこかに意識の差が出てしまうからねー。


「でも重たかったよー」

「おっきかったですよねえ……」

「あしたのシチューはベアルかな。

 あ、すこーしにおいと味に癖があるけど、ステーキも割と美味しいのよ」

「ベアル肉のステーキって、食べたことないです」

「香草塩塗って数日熟成させるからちょっと時間掛かるけど、カールさんも乗り気だったわ」

「わ、楽しみです」


 毛皮とか卸すのはわたしになるから、明日は忙しくなりそうだ。嬉しいけど。


 ポーションの代金と解体の依頼金、後付ですぐに発行された人数分の狩猟免状───ギルドとユリウスの抜かりない手配りには驚くばかり───の手数料を差し引いても、アレット達のお財布はずいぶん潤ったはず。

 

 これからも、無理しない程度にしっかり稼いでくれるといいんだけどね……。

 いつでもちょっとだけ、心配は尽きなかった。



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