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第三十三話



 狩りに出た冒険者達が、雪まみれの代わりに泥だらけになって帰ってきた春間近、春待ちの月25日。

 珍しく、シャルパンティエに逗留している冒険者の殆どが魔窟から戻り、『魔晶石のかけら』亭の酒場に集っていた。ここまで賑やかになったのは初めてかもしれない。


 ユリウスが奥手にある暖炉の側、目立つ場所でウルスラちゃんとラルスホルトくんを従えて腕を組んでいる。


 暖炉に近いあたりは冒険者で固められ、わたしたちはもちろんその後ろ。

 今日の主役は狩りに出ていた冒険者の皆さんだからねー。


「ではウルスラ、第一位の発表を頼む」

「はい。

 えー、第一位!

 獲物は全部で高地ウサギ10羽、穴ウサギ2羽、白テン2頭、シュネーフックス2頭の合計23グロッシェン11ペニヒ半!

 『青い流れ星』です!」


 そう、今日はユリウスが奨励した冬狩りの最終日。春を告げるお祭りみたいな気分でみんな楽しみにしていた。

 昨日もクーニベルトさまの使い魔が飛んできて、久々に手紙を交換できていたし、冬の終わりはほんとにすぐそこまで来ている。

 

「いやっほう!」

「おおー!」

「ちくしょうめ!」


 拍手と怒声と床を踏みならす音で、もう何がなんだか。


 まあでも、盛り上がって当然かな。

 自分たちで狩りをして稼ぐ以外にも、それぞれの間で賭事になってたみたいだし。……シャルパンティエは娯楽がないからねえ。


「全部で16匹は大したもんだ」

「半ターレル越えたか……」

「流石だな」


 うん、都合10日ほどの狩りだと考えれば、本職の狩人に負けないほどだ。

 他のパーティーはその日限りの置き罠や囲い込んだ後に魔法で仕留めるのがせいぜいだけど、たしか『青い流れ星』には、狩人の息子さんで弓の上手い人がいたんだっけ。


 でもこの冬狩り、初っ端にキツネから魔晶石が出てきたおかげで、獲物の計数は魔晶石のありなしを考えて頭数から金額になって、参加の資格が個人からパーティーになったりもしている。

 概ね成功……でいいのかな。賞金の金貨も優勝者に1枚からパーティーのそれぞれに1枚づつって変わったけど、増える分には文句を言う人はいない。


「うむ、では賞金と剣を授与しよう。

 ラルスホルト」

「はい!

 こちらが賞品の剣になります」

「うむ」


 剣を受け取ったユリウスが、皆に見えるよう抜き放って掲げた。

 天井に届きそうだ。……穴開けたらだめだよ。


「おおー!」

「チッ!

 あん時シュネーフックスが狩れてりゃなあ……」

「そいつは言いっこなしだぜ」

「えー、では説明を。

 持ち手はグレーフェン式の片手半、刀身はフリードハイムの刃鋼やいばがねの両刃で───」


 口々に好き勝手なことを言いながらも、みんな目だけは真剣だった。『いつかは俺も……』なんて声が、ちらっと聞こえてきたりする。


 ラルスホルトくんの説明にも、もちろん熱が入っていた。この場にいる冒険者の半分ぐらい───主に剣や槍をふるう戦士の人達───は、将来のお得意さん……になるかもしれないんだものね。


 専門用語がいっぱいでよくわからないけど、とにかく魔族が嫌がる呪文が刻まれてて、シャルパンティエの第二階層で稼ぐならおあつらえ向きってことだけはわたしにもわかったかな。


「では乾杯といこうか」


 ユリウスの声に応え、カールさんと手すきの冒険者が皆の前にエール樽を運んできた。


 ワイン樽より大きくて、ひと樽がジョッキに100杯ぐらいだっけ?

 とりあえず、ここにいる皆に行き渡ってちょっと余るぐらいかな。……イーダちゃんみたいにライムの絞り汁の蜂蜜割りを手にしている冒険者もいるけど、並の倍は入る大ジョッキの人も多いし。


「待ちやがれ!

 順番だ、順番!」

「杯は足りてるか?」

「おう!」


 このひと樽だけは、特別なひと樽だ。

 『青い流れ星』を称え、春の到来を祝する意味を込めて、ユリウスの奢りになっていた。

 この暖かさだと、明日再開予定の馬車便も春雪で立ち往生することもないだろうし、そうなれば去っていく冒険者もいる。この冬最後の賑やかし……かな。


「皆、杯を掲げよ!」


 この冬は、ほんと色々なことがあったなあって。


 冬狩りに魔窟の入り口発見、イーダちゃんの虹色熱。

 年末に、税の計算が合わなくて慌てたりもした。

 年明けに大雪が降って、しばらくは窓が出入り口になったっけ……。


 でもこんな事ぐらいじゃ、シャルパンティエはびくともしないよ-だ。


 色んな事を思い返しながら、わたしも口々に言祝ぐ冒険者の輪に加わった。




 ▽▽▽




 と言うわけで翌日、馬車の訪れがそのまま春の訪れに。

 花が咲くのはもうちょっと先だけどねー。


 夕方、いつものルーヘンさんを先頭にヴェルニエから到着した馬車は4台で、新たに見つかった魔窟の入り口を封印する為の材料や、予備の魔物避けの魔導具、ギルド預かりの医薬品───虹色熱の一件で、流石に後回しは出来ないとみんな頷いた───なんかの、出来れば急いで取り寄せておきたい品物が山積みになっていた。……おまけのようにして届いた実家からの手紙は、とても嬉しかったけど。


 もちろん、雪で閉ざされていたシャルパンティエ、日持ちのするものは限られているから、冬の終わった今、青物や嗜好品なんかも早く欲しい。

 けれど、贅沢を言わなければ食べ物の蓄えはまだまだあるし、お店の在庫もまだ切羽詰まって右往左往するほどじゃなかった。我慢すれば何とかなる品物は、流石に後回しになる。

 ……ついでにルーヘンさんには帰りに冬狩りで集まった毛皮を引き取って貰いたかったんだけど、これももちろん後回し。シャルパンティエから降りる冒険者が優先だった。


 もうちょっと近いか、冬でも雪かき道を維持できるぐらいシャルパンティエが大きな街ならよかったんだけどね。


 今日なんかはちょっと大変だったし。

 明日、空の荷馬車に乗ってヴェルニエに降りる人達から、不用になった冬物や生活用具───季節ごとに買い直すと結構な出費になるけれど、夏場は護衛専業で旅続きの人も多い───の大口買い取りがあって、これも春らしいなんて思ったり。

 逆に同じ宿屋に長いこと居座って荷物を貯め込む人もいるから、まあ、それぞれかな。


「どうしたの、お姉ちゃん?」

「ん、……春だなあって」

「だねー。

 暇になっちゃうかな」

「今日明日は忙しいけどね」


 仕事を終えてアレットと二人、『魔晶石のかけら』亭に顔を出す。

 ちょっと遅くなったけど、食べられない時間じゃなかった。酒場の開いてる間なら、いつも熱々のシチューを出して貰える。


 あ、先に挨拶を済ませよう。


「お久しぶりです、ルーヘンさん」

「おう、元気だったか、ジネットさん。

 今日のところはギルドの特注品だから、また次な!」

「はーい。

 注文書きは今夜中に揃うと思います」


 各店の注文は、宿のカールさんが取りまとめてくれることになっていた。

 ルーヘンさんもその方が楽だし、結局はヴェルニエのマテウスさんが仕切るから手間も少なくなる。……一人立ちした息子さんに花を持たせたいからだって聞いたけど、実は手間賃をだいぶ安くして貰ってるので少々申し訳ない。

 

「ユリウス」

「来たか」


 相変わらず隅っこのテーブルで、ユリウスはエール片手にパンを齧っていた。大皿が並べられているのにも、とっくに慣れっこだ。


 一度、なんでわざわざ隅っこに行って食べるのか、不思議に思って聞いたことがある。この酒場なら、特等席は暖炉のそばとか、天井からつり下げられたランプの近くになるんだけど、首を動かさずに全体を眺められるからなんだって。

 でも、危険なことがあっても対処できるようにとか、背中を壁にして身を守るためじゃなくて、冒険者を見ているのが楽しいらしい。アロイジウスさまと気が合うわけだよ……。


「ね、明日は早いの?」

「いや、馬車と同じぐらいの出でいいだろう。

 どちらにせよ、挨拶伺いのための伺いを立てねばならんからな、最低でも2日は掛かる」


 馬車が通れるぐらい雪が解けたので、ユリウスはヴェルニエの代官に今年の税の払い込みに行くことになっていた。お金そのものは先に預かったギルドがヴェルニエギルド経由で納金するけど、挨拶伺いと代納した証明書の提出は領主本人のお仕事だ。


 代官の男爵さまに会うのはあまり乗り気じゃないらしく、馬車は無理でもメテオール号なら出発を早められる───ヴェルニエまでの道は、大きな雪溜まりを避ければ馬ならもっと早く通れるようになっていた───ところを、まだ雪が残ってるからと先送りにしていた。


 幸い、成り上がり者と嫌がらせを受けているわけではない様子だけど、新人領主への教育は近隣諸領を監督する自分の仕事と張り切る男爵さまのお陰で、挨拶の筈が一日仕事になってしまうそう。真面目な講義なので逃げ出すわけにも行かないらしい。

 頑張ってねって慰めるぐらいしか、わたしは役に立たないかなあ。


「お待たせです、ジネットさん」

「ありがと、グードルーン」

「明日は少し豪華になるそうですよ。

 ルーヘンさんが荷台の余ったところに野菜を積んできてくれたんです。

 それも、この春で一番早い出荷の葉野菜を!」

「おー」


 わたしの夕食は、いつの頃からか注文なしにシチューの深皿と空の小皿が届くようになっていた。メニューが少ないせいもあるけれど、相席するときはパンや副菜はユリウスの皿からほんのちょっと分けて貰う。


「そうだ、ジネット。

 明日からのヴェルニエ行きだが、少し長引くかもしれん」

「えーっと?」

「ついでに教会の話も通しておこうと思ってな」

「あ、前に言ってたこと?」

「……うむ」


 イーダちゃんが虹色熱で苦しんだ一件に、ユリウスは色々と思うところがあったらしい。

 少し落ち着いた年明けからは、アロイジウスさまたちともよく相談を重ねていた。


「領主の館はまた遠のくが、まあ、いいだろう。

 ジネットのお陰で借財を春まで持ち越さずに済んだからな」

「わたしは何もしてないって。

 あれは道の工事費用が予定より安かったからだよ……」


 シャルパンティエとヴェルニエを結ぶ道路工事に予定されていた総工費2000ターレルはギルドが『最大』と見積もった金額で、実際には1700ターレル弱で済んでいた。

 ここから年額1200ターレルになる昨年度分のダンジョン貸与料を引いて残りは500ターレルなんだけど、砦の再建費用は半額で済んだし、領主の館よりは宿屋とお店3軒の方がずっとお安い。加えて秋の熊狩り、僅かながらと言いつつも結構な税収とお家賃、毎月入ってくるダンジョン貸与料で、ユリウスのお財布は晴れて自由の身になっていた。


「……ふむ。

 まあともかくだ、こうして順に問題を潰しておかねば、また次の冬誰かに往復させることにもなりかねん。

 あの往復5日の離れ業は見事だったが、寄進の方が余程安くつくからな」


 彼に曰く。

 いまもシャルパンティエには、神官の資格を持った冒険者がいる。『魔晶石のかけら』亭も皆の集まる場所として十分だし、立派なギルドだってあった。

 でもそれは冒険者にとっての十分で、わたしやイーダちゃんのような村に住む者───狭い意味での村人、あるいは領民───のことは後回しになっている。


「現状、領民の数倍もの冒険者が常駐するシャルパンティエだ、冒険者中心の領地経営になってしまっている。……まあ、間違いではないが。

 だが教会は人々の心の拠り所で、発展という観点から俯瞰すると領民を蔑ろにしているようにも見えるな」


 わたしはそこまで深く考えていなかったけれど、パン屋があるのに教会がない領地は相当珍しいとまで言い切られてしまうと、そうかなあとも思えてしまう。

 ここしばらくは不信心者で通していたわたしでも、実家にいた頃は月に数度はお祈りしていた。だから、教会があるだけでなんとなく安心感するっていう気持ちは分かる。


 ただ、少しだけ『らしくない』と思うこともあった。


 実利優先って言えば、それまでなんだけど。

 ……ユリウスって、そんなに信心深かったかな?



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