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第三十話



 結果から言えば、わたしの『提案』は条件付きで受け入れられた。


「ディートリンデ君、君次第だが……いけるな?」

「はい。

 たかが橇一つ、魔力の補充が確約されているならば、何ほどの事もございません」

「ともかく、橇が出来上がってから試してみましょう。

 4人乗りに作り直すよりは早い」


 橇は改造されることになったけれど、そう手間にはならないみたいでちょっと安心。

 もともと二人乗りのつもりだったから、後ろの乗り場の左右に持ち手と上半身だけ預ける台を作って、その下に橇板を取り付けるだけで済むらしい。

 ……後ろの二人はちょっと大変そうだけど、ヤコビンさんもアルノルトさんも何も言わなかった。


「しっかしよう、おっそろしいこと考えついたもんだな、嬢ちゃん……」

「……駄目ですか?」

「いいや、駄目ってこたねえし、気分よく乗せられてやるぜ。

 俺の懐具合じゃ、こんな機会は二度とねえからな」


 ヤコビンさんは居並んだ面々を見回してから、やれやれと肩をすくめた。

 他の皆さんも似たような表情で、ちょっと居心地が悪い……かな?


「普通は橇を目的地までずっと浮かそうなんて、考えつかないわよ。

 難所だけ魔法を掛けたりすることは多いけれど……」

「それにだ、足りない魔力を魔法薬で補うのは普通だが、橇のためってのはやっぱりありえねえ。

 ……銀貨稼ぐのに金貨ばらまくようなもんだ」

「ヤコビンの言うように、並の冒険者がそんなことすれば、すぐに破産しますからな……」

「第一、そこまで急ぎの用なら、大概は竜なり使い魔なりを用意する。

 だが無い物ねだりは子供の泣き言と同じ事、ここはジネット嬢ちゃんが正解だ。

 何よりも、シャルパンティエにあるものでなんとかなるってのは気に入った」


 パイプを口から離して、ぷかりと煙をわっかにしたアロイジウスさまだけは楽しげだ。


 ……そう、わたしの提案は、ものすごくお財布に優しくないのだ。




 湖の手前までは斜面になっているから、橇は勝手に、しかも勢いよく進んでくれる。

 ここまではヤコビンさんが口にした通りで、歩くよりはずっとはやい。

 ではその先をどうするかと言えば、橇を捨てて雪の中歩くしかない……はずだった。


 思いつきのきっかけは、広場で橇を作っていた魔法使いたちだ。

 大きな丸太も、魔法で浮かせてちょいっと押せば、簡単に動いた。




 ……じゃあ、橇なら?




 大人3人の乗ったそれなりに重い橇を、ほんの少しだけ地面から浮かせること。


 これならわたしにも出来る。

 但し、この大きさなら50数える間か、100数える間か……魔法の重ね掛けなんてやったことないし、そのあたりが限界かな。


 もちろん、アレットならわたしよりもっと長い時間いけるだろうし、それ以上に魔力が強く、経験豊富で詠唱や力加減も上手いはずのディートリンデさんなら、もちろんアレットを大きく上回って浮かせていられる。


 でも……いかにディートリンデさんでも魔法を使い続ければ確実に消耗してしまうわけで、ヴェルニエまでは絶対に保たない。




 それなら不足を補う魔力回復薬を山ほど用意して、失った魔力をどんどんつぎ足していけば?




 ついでに魔法使いが橇を『浮かせて』『前に動かす』んじゃなくて、『前に動かす』のは別の人───体力自慢の冒険者が橇に身体を預けて雪を蹴ることに専念するなら、魔法使いは魔力を少し節約できるし、平地でも結構な早さで橇は進める。

 押す役目の冒険者も、足が雪に埋まらないから橇の速度は歩くよりずっと早いはず。


 もう一つおまけに、魔法使い用の魔力回復薬だけじゃなくて、冒険者用の疲労回復薬も用意すれば……。




 これだけ組み合わせたなら、もしかして、ヴェルニエまで橇でたどりつけないかな?




 もちろん、お薬はうちの店の在庫をありったけ。

 ギルドに魔晶石を分けて貰えたなら、出発までに今以上の薬が用意できます。


 ……って、わたしは提案したわけだ。




「ともかく、やりきるしかあるめえよ」

「自分は橇の方に声を掛けてきます」

「ディートリンデくん、こちらは引き受けよう。

 行ってきたまえ」

「ありがとうございます、『マスター』・アロイジウス」


 決まってしまえば動くのも早い。

 この場はアロイジウスさま達に任せ、わたしはディートリンデさんと連れだって店に戻った。


 絶対助けるから、もうちょっと待っててよ、イーダちゃん……。

 



 ▽▽▽




 夜半過ぎまでに橇の改造は終わって、わたしも出来ることを全部済ませた。ディートリンデさんたちは早朝の出発に備えて引き上げたし、雪かき組の半分も交替に備えて仮眠を取っている。


 広場で行われた橇の試験も上手く行って、これなら大丈夫だろうとアロイジウスさまたちも頷いてくれたよ!


 おかげでヴェルニエまでの片道は、大凡2日まで縮まった。帰りもやっぱり2日分は縮まりそうで、クーニベルトさんの使い魔が使えなくても何とか間に合うぎりぎりのところ。

 もちろん、みんなの顔はだいぶ明るくなったよ。


「忘れ物はないよね?」


 わたしも少しだけ仮眠を取った後は、夜通し灯りがついたままの『魔晶石のかけら』亭で、夜食の仕上げをお手伝いをしていた。


「はい!」

「よっこい……しょ」


 雪かき組まで一緒に夜食を届けに行くのは、錬鉄のグードルーンとマルタ。彼女たちの背負子には、食べ物や蒸留酒の瓶がくくりつけられている。

 そのまま背負うには面倒な汁物を運ぶのは、魔法の使えるわたしの役目だ。蓋をした鍋にパン種で封をした後、冷めないように毛布でぐるぐる巻きにしてあった。


 ……運ぶだけなら3人もいらないけれど、夜の雪道を往復するなら、油断は禁物。

 わたしも道の出来が気になるし、何かあっても光の魔法を放って集落か雪かき組に報せることが出来るしねー。


「行ってきまーす!」

「おう、頼んだぞ!」


 外に出れば、広場から見えるわたしのお店も、まだ灯りが点いている。

 腐躯呪草ふくじゅそうがいつ届いてもいいように用意を終えたアレットには、魔力回復薬の作成をお願いしてあった。わたしの『提案』には彼女の頑張りがどうしても必要───在庫だけでは心許なかった───で、ギルドからも魔晶石が提供されている。


「はぁ、吹雪かなくてよかった……」

「星がきれいですねー」

「おかげで寒いけどね」

「雲のお布団がないと、大地が寝冷えする……でしたっけ?」

「そうよ」


 雪かき道は星明かりで照らされていて、薄暗い中に山陰がしっかりと見えた。足下が恐いから全員ランプを持ってるけど、そんなに危なっかしい感じもしない。


 しばらく進んだ林の陰、雪道の側に旗───その辺の木から折った枝と赤い手ぬぐいで出来ている───が立ててあった。

 ここは一つ前の便が、夕食を届けた場所だ。

 帰りに食器を持って帰らなくちゃいけないからねー。


 それを横目にさくさく歩いて半刻ちょっと。


「あれかな?」

「結構進んでますね」


 今度は灯りがともってる。

 ……たった半日ほどなのに、ずいぶん先まで道が出来上がってて驚いたよ。


「こんばんはー」

「お疲れさまです!」


 小さく揺れていたのは、たいまつとランプが1つづつ。

 基本通り、疲れる雪かきと休憩半分の灯り持ちを交替でやってるんだってわかる。


「おう、メシが来た!」

「待ってたぜ!」


 こっちを仕切っているのは『獅子のたてがみ』の神官戦士、アヒムさんだ。もちろんお髭。


 グードルーンたちが荷物を降ろして敷き布を広げる間に、わたしも魔力を止めて毛布を開け、お鍋を確かめる。うん、まだ熱い。

 ギルドから借りた野営用の木椀に、シチューをたっぷりよそう。

 あったまるよー。


「お夜食はカールさん特製、鹿のハムと晒しタマネギのはさみもの、ライム風味です!」

「さっき『孤月』さまが、とっておきの鹿のハムを持ってきてくださったんですよ」

「こっちはいつものシチューだけど、半日煮込んだウサギ肉がたっぷりなんです。

 この袋は『猫の足跡』亭の新作、蜂蜜棒と塩入り棒ですから、お腹が空いたら適当に食べて下さい。

 あとおまけで黄色の疲労回復薬も置いていきますから、飲み終わったら瓶は食器と一緒にまとめておいて下さいねー」

「……」


 表情だけで返事をしながら夜食をがっつくアヒムさんたちに、にっこりと微笑んでおく。

 これで急ぎの雪かきじゃなかったら、ピクニックにしては贅沢すぎるぐらいのおもてなしだけど、こんなにお腹が空くぐらい頑張ってくれてるっていうのはよーくわかったよ。




 ▽▽▽




 集落に戻ったわたしたちも、シチューの残りを貰ってお夜食を食べてから少し休憩。

 アレットにもお夜食を届けてから、今度は厨房で洗い物や仕込みを手伝っていると、空が少しづつ明るくなってきた。


 表が騒がしくなったのに気付いて、広場に出る。

 橇のまわりには、もう人集りが出来ていた。


「おはよう、ジネット」

「……ディートリンデさん」

「大丈夫よ。

 この『銀の炎』を信じなさい」


 微笑んだディートリンデさんはいつものローブじゃなくて、魔銀───ギルドのタグにも使われているけれど、刻まれた呪文や魔法陣の効果がよく出るとても高価な金属───の胸当てに、銀象眼でびっしりと呪文が彫られた短杖、黒いマントと脚甲付きの編み上げ靴も凛々しい戦装束だ。

 小さな腰袋には、たぶんわたしが預けた魔法薬。

 蜂蜜棒や水袋、アルノルトさん達の武具なんかは、まとめて橇にくくりつけられている。


「では、行って参ります」

「うむ。

 ……頼んだぞ」

「はい」

「へい」


 お見送りのアロイジウスさまに、ヤコビンさんとアルノルトさんが頷いて、橇の左右───台の上に寝そべった。


「……【魔力よ集え、浮力と為せ】」


 ディートリンデさんの杖が振られると、橇はほとんど『浮かなかった』。

 つまり、魔力の無駄がほとんどないながらも、必要な力はきっちりと込められているわけで、流石は二つ名持ちだ。


「いっ、せい、の、せい!」


 後ろの二人が雪を蹴ると、橇はすいっと動き出した。


 道から少し外れた方向だけれど、これは予定通り。

 いつもの道は馬車が進めるぐらいなだらかな代わりにうねうねと曲がっているから、そのまま橇で進めば遠回りになる。


 だから木の少ないところ───雨の時だけ川になる小さな谷筋───を選んで一気に降り、湖の畔まで一直線。

 そこから先は道に合流と言いつつも、邪魔者が大してない雪原が広がっているだけだから、真っ直ぐヴェルニエ目指して進めばいい。


「頼んだぞー!」

「無事についてくれ!」

「いってらっしゃーい!!」


 集落の端まで、橇を追いかけるようにして見送る。


 どうか、間に合いますように……。


「……おい!」

「ちょっ!?」


 カールさんたちが、谷の方を見下ろして驚いている。


 橇の向かった先に、魔法の光が幾つも浮かんでは消え、しばらくして小さな音がこだましてきた。

 ……わたしは知っていたけれど、ディートリンデさんが橇の左右に風の魔法を飛ばして、邪魔になりそうな木を避けてるんだ。


 斜面で行き足をつければ、後ろの二人───今はお荷物になっているけど仕方ない───が雪原に入るまで楽を出来るし、ヴェルニエ到着も早くなる。


 アレットが徹夜で用意してくれた魔力回復薬は、ギルドが魔晶石を奮発してくれたお陰もあって、ディートリンデさんにも余力を与えてくれていた。


「……ふう」


 少しだけ肩の荷が下りたせいかな。


 ……急に、ユリウスの顔が見たくなった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白く読み進めております。 [一言] リニアだコレ……!
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