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第二十九話



 話し合いを終えて外に出れば、早速広場には橇を作る音が響き、その向こうにはヴェルニエに一歩でも近づくべく、雪をかき分けた細道が作られ始めていた。


「よろしくお願いします、ディートリンデさん」

「ええ、もちろん」

「わたしは薬の準備かな」

「そうね、イーダちゃんの方はディトマール老とパウリーネ様に任せていいわ。

 明日明後日には戻ってくる予定のパーティーもあるから、交替出来る神官も増えるし……」


 張り出される依頼にはギルドマスターの権限で緊急の宣言がなされ、冒険者達だけでなく、シャルパンティエギルド所属のギルド員も参加する。




『緊急依頼 虹色熱の特効薬入手


 ヴェルニエの街と往復して虹色熱の特効薬を入手し、シャルパンティエに持ち帰る。またはその補助。

 参加報酬は1人に対して1日5グロッシェン。


 依頼者 『地竜の瞳』商会店主 ジネット』




 依頼書には、詳しいことが何も書かれていなかった。

 報酬だって、雪の中でお仕事を依頼する時の定番で、割増料金はなし。

 それでも合計すれば結構な金額になるけれど、依頼金は……わたしのお財布にばかり無理はさせられないってディートリンデさんも協力を約束してくれたし、まあ、なんとかなりそうだ。


 今月末に税として支払う予定のお金はまだ手元にあるし、ともかく依頼を綺麗に終わらせてから、『地竜の瞳』商会の在庫を一時的にギルドが買い上げるという型式でひねり出せることになった。


 綱渡りになっちゃうけれど、あとはユリウスが戻ってから、もう一度話し合うことになるかな……。

 ディータくんに背負わせるわけには行かない───勝手に依頼を出したのはわたしな上、パン屋さんが一気に返せる金額じゃない───し、わたしも全額だとちょっときつい。

 ユリウスは……二つ返事で出してくれるかもしれないけれど、領主様が出すのもおかしいし、冒険者にただ働きはさせられなかった。


 でもそのことは、後回しでいい。

 ……大事なことは、絶対にお薬を間に合わせること、そして正式な依頼だと発表されること。

 もちろん、その中身や状況は、いま村に居る全員が知っているから問題なかった。


 第一に橇、第二に雪かき道。


 明朝までに少しでも出来の良い───速度が出る橇を仕上げ、その後は雪かき道を出来るだけ伸ばす。


 ダンジョン探検中の冒険者には、報せを出していなかった。

 第二階層までの往復二日に冒険者を数名取られてしまうと、こっちの手筈が回らなくなる。


 とにかく今晩中に橇を仕上げて、明日の夜明けに送り出すのが肝心だ。


「ちょいと合わせてみるか」

「うっす」


 橇を作っているのは、3パーティーから集められた魔法使いたち。杖をえいっと振れば重い丸太も簡単に持ち上がるし、そのままだと使えない材料を魔力の刃で削ったり形を整えたりと、魔法の出番になる。代わりに魔力の消耗も早いから、後でポーションを差し入れしないとね。

 いまは乗る部分を作っているところ……かな? 箱じゃなくて、馬みたいに跨る形だね。


 残りの冒険者───体力自慢の戦士達は、ギルドの若手と一緒に雪かきに回っていた。もう広場からはとっくに見えなくなってる。


 もちろん、頑張ってるのは冒険者だけじゃない。

 呼び出しを受けて慌ててやってきたラルスホルトくんは、橇の大きさを聞いた後、作りかけていた剣を潰して釘を作っている。

 カールさん夫婦とグードルーン達は雪かき組に届ける夜食の準備をしていた。


「お姉ちゃんはお店? それともギルド?」

「かゆいところに手が届くのがいい雑貨屋さん……ってことで、ちょっと頑張ってくるよ」

「だよねー」

「まあ、今日は店番がどうのって状況じゃないし、戸棚に鍵掛けておくだけでいいでしょ」


 もちろん、依頼者はふんぞり返って見守るのがお仕事……なんてことはない。

 けれど、みんなの動き出した姿を見て、少しだけ心に余裕が出てきたかな。

 いつものように落ち着いたし、あれこれと考えられるようになった。


 ……わたしには冒険者のような体力もないし、雪道を往復できるような技術もない。

 それでも、出来ることはいっぱいあるんだって、思い出したよ。




 実家にいた頃にも、全然違うけど似たような緊急事態……海賊に襲われた他国の船団が、王都の港に逃げ込んできたことがあった。

 その時は王様───リシャール24世陛下が大音声で勅令を下されて、冒険者や騎士団どころか、街の人まで動かす大騒ぎになっている。

 あの時は、ともかくみんな頑張ったよ。

 怪我人の治療はもちろん、毛布や衣服の差し入れ、炊き出し、泊まるところの世話まで……おかげで多くの人が助かったし、後から王都中の家々に陛下直筆の礼状が届いた。

 うちの家族は小さい子の面倒をアレットに任せて、店主の父さんは続々と港に届く食料や毛布の仕分けの指揮、元冒険者で魔法使いの母さんは救助、わたしはジョルジェット姉さんと一緒に炊き出しのお手伝いをしたっけ……。


 シャルパンティエでも、同じ事。

 領主様は留守だけど、冒険者がいて、騎士団の代わりにギルドがいて、少ないけれどわたしたちもいる。

 一人で出来ることはほんの少しでも、皆の少しを集めればそれは大きな力になるんだ。




 わたしは一旦アレットと一緒に店に戻り、じーっと倉庫の商品を見つめて考えた。


 冒険者の『武器』が体力や技術なら、雑貨屋の『武器』は品揃えだ。

 いまあると便利なもの、助かるものはないかなって、商品の使い道を思い出しながら倉庫をうろうろする。


「よし!」


 まず、蜂蜜入りの壷を持って向かったのは、『猫の足跡』亭。

 中を覗けば、半分泣きだしそうな表情のディータくんが、夜食分のパンをこねている。

 もちろんイーダちゃんのことは心配でも、彼は今出来ることをやってるんだ。……えらいよ、ディータくん。


「……ディータくん、いま大丈夫?」

「ジネットさん!

 あの……」

「あー、うん……」

「いえ、本当にありがとうございます」


 そのことは後でと言って、蜂蜜の壷を手渡す。

 もちろん、それだけじゃ意味が分からないだろうから、わたしは説明を付け加えた。


「蜂蜜棒、ですか?

 聞いたことありませんね……」

「こっちじゃあまり作らないのかな?

 大きさはこのぐらいで、堅焼きパンに蜂蜜混ぜてあるだけなんだけど、うちの実家だと割と人気だったの。

 甘いから食べやすいし、力も出るわ」

「味付けの堅焼きパンならシェーヌの店でも作ってましたけど、ものすごく不評でしたね」

「えっ、そうなの!?」

「はい。

 ……って言っても、生地に塩混ぜただけのきっつい味で、あんまり美味くなかったです。

 けど、汗を掻く仕事の人は、仕方ない仕方ないって言いながら、よく買ってくれました」


 ああ、そうだった。

 アルールだと海に近いから、冒険者や汗かき仕事の人達は魚の干物を食べてたっけ……。

 軽く塩煮したタラを干したやつが定番で、次がカッチカチのニシン。

 きちんと塩抜きして料理すれば美味しいけど、そのままだともちろん塩辛い。 


「じゃあ、それも作ってくれる?

 ちょうど汗を掻いてる人達もいるし、味違いならやる気も段違いになるよ。

 ……出来る?」

「ええ、最後に生地を分けて混ぜるだけなら、大した手間にもなりません。

 まだ余裕がないんで作ってませんけど、一度、こっちでも聞かれたことあります」

「んー……あ、そうだ。

 例えばさ、蜂蜜入りのと塩入りのをまとめて、一つの袋にしてみたらどうかな?

 堅焼きパンなら日持ちもするから、シャルパンティエの定番になるかもね」


 ……蜂蜜棒の話題を振りにきたのは間違いないんだけれど、実はそっちにあまり期待をしていないのは内緒。


 ディータくんの気鬱が少し張れて、ちょっとでも元気を出してくれたらそれでいいんだ。

 お兄ちゃんまで倒れたら、イーダちゃんが泣いちゃうからね。

 負けるな、ディータくん!




 さあ、次だ次!

 イーダちゃんの見舞ってパウリーネさまに顛末を話し、わたしはギルドに向かった。


「おじゃまします」

「おう、ジネット嬢ちゃん」

「いらっしゃい、ジネットさん」


 『獅子のたてがみ』のヤコビンさんとギルドの隊長アルノルトさんは、ヴェルニエに向かうことに決まったので、雪かき組から外されて体を休めていた。

 パーティーをばらしちゃう組み合わせだけど、今ここにいる体力自慢の冒険者達の中でも、二人とも特に飛び抜けているからこその人選だ。


「こっちはもう一通りの用意が調ってるぜ。

 後は一杯引っかけて、しっかりぐっすり寝るだけだ」

「いま、橇にもう2人ほど加えるかどうか話してたんですよ」

「え?」

「伝馬代わりの冒険者も橇に乗せて行こうかなと」

「まあ、どっちにしろ途中で捨てるんだがな」


 苦笑しているアルノルトさんと、にやっと凄んだヤコビンさん。


 もしもクーニベルトさんの使い魔が間に合わなかったら、雪の中を戻ってこないといけない。

 そのことはちゃんと考えておかないと、万が一の時大変なことになるね。


「そうだ、ヤコビンさん、アルノルトさん。

 あんまり自信ないんですけど、ちょっと考えたことがあるんです」

「む、なんでい?」

「魔法使いも連れていきませんか?」

「魔法使い!?」

「どういうこった?」


 ほんのさっき、もしかしていけるかなって思いついただけなんで、そんなに恐い顔されると困る。


 それでも……上手く行って、一刻でも半刻でもはやくヴェルニエに着けるなら……。


 わたしは奥の部屋で指示書を書いていたディートリンデさん───本職の魔法使いと、同じく手紙を認めていたアロイジウスさまも呼んで、思いつきを話し始めた。



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