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第二十七話



 早起きってほどじゃないけれど、広場の井戸まで軽く雪かきをした後、お店を開けるのはアレットに任せ、わたしはギルドの裏手にある魔窟の入り口までお見送りに来ていた。


 最初はもっと小さかったという入り口は、人が立って入れる大きさに広げられている。魔法陣が目立つ鉄格子付きの重い扉と詰め所が設けられていて、背景が山肌と洞窟じゃなかったら立派なお屋敷の表門に見えるかもしれない。


 ユリウスは、いつもの黒い鎧に、禍々しい装飾の剣。

 引き締まった表情は気合い十分。


 お陰で左手の防具が妙に安っぽく見える。……まあ、ほんとに安かったらしいけどねー。


「大丈夫?」

「うむ。

 問題ない」


 慣れていないだろう『英雄の剣』と久しぶりに潜るユリウスのこともあって、出発はちょっと早めだ。


 今も魔窟には40人ぐらいが入っているはず。第二階層で方々に散らばって稼いでいるか、往復の途上かな。

 青銅や真鍮の冒険者もいるけれど、『英雄の剣』以外のパーティーは赤銅の冒険者が率いていて、しっかりと奥で稼いでる。駆け出しの子たちに無理はさせられないにしても、彼らも徐々に慣れていかないとね。


「領地のことはジネットに任せるが……変に意地を張らず、何かあれば『銀の炎』と『孤月』を頼るのだぞ」

「うん」

「『銀の炎』も頼んだぞ」

「はい、領主様」


 改めてユリウスを見ると、みんなより背が高いのですごく目立つ。まあ、それだけじゃないけど。


 ……あと、顔もいつもより恐いかな。

 前よりは慣れたし、やる気になってるのはわかるけど、イーダちゃんには見せたくない。


「皆さんも気を付けて下さいね」

「ありがとうございます。

 ……よし、皆、準備は良いな?

 出発するぞ!」

「はい」

「うっす!」

「いってきます、ジネットさん!」


 もちろん、ローデリヒさんと『英雄の剣』も見たところ疲れている様子はないし、気合い十分。


「ヨルク、たいまつを掲げてくれ」

「はい!」

「……【小さき火よ、集え】」


 ローデリヒさんが短い呪文を唱えると、先頭ヨルクくんのたいまつがぽんと着火された。

 わたしより段違いに手際がいい。本職の人はやっぱり集中力が違うね。


「ヨルク、たいまつはもう少し身体の軸からずらせ。

 後ろの視界が全然違ってくる」

「はいっ!」


 それぞれが担いだ片掛けの背負い袋───魔物が現れたら、すぐ地面に置けるようになってる───は、ぱんぱんに膨らんでる。堅焼きパンは嵩張らない方だけれど、7日分なら結構な量になるから仕方ない。

 これでも水場があるおかげで、随分とましな方だった。奥深い迷宮だと、水と食べ物を運ぶ為だけに別のパーティーを雇ったりする。


「……【封印の鍵言葉、『*****』】」


 ヨルクくんのたいまつとローデリヒさんのランプの灯りがダンジョンの奥に消えると、ディートリンデさんは杖の代わりに専用の鍵札───扉に対応した魔法陣が描かれている───を掲げて扉を閉じた。


 戻りの時は昼間なら詰め所の誰かが対応するけれど、入り口のすぐ奥に魔導具があって、ギルドの中にも出入りの知らせは届くようになっている。だから怪我で引き返して夜中に戻ってくるような時でも、扉が開かないってことはない。


「さ、戻りましょう」

「はい」

「……心配?」

「えーっと……、はい」


 ディートリンデさんはそれ以上何も言わず、わたしの肩をぽんぽんと叩いてくれた。


 ……大丈夫だとは思っていても、やっぱり気になるわけで。

 心配のし過ぎって言われたら反論できない、かな。




 ▽▽▽




「おかえりー」

「ただいま。

 無事出発したよ」

「そりゃ出発で躓いてたら問題だよ……」

「まあね」


 一度馬小屋でメテオール号の顔を見てから───今はカールさんが一手にお世話を引き受けているけど、忘れられないようにわたしも時々顔を出している───雪を踏み踏みお店に戻り、仕事で気を紛らわそう……なんてこともちょっと考えそうになりながら、アレットと店番を交替してカウンターに陣取る。


「誰も来なかったよ」

「うん」


 今日はユリウスもいないし、お陰で面倒くさい仕事にも手が着けられそうだなあ。

 昨日の夕方は、帰還が重なってちょっと混んでいた。ほぼ毎日顔を出してくれる『英雄の剣』も泊まりがけだし、今日は誰も来ない予定だった。




 そんな調子で、昼までは指南書を見ながら徴税関係の書類を用意していた。

 税が出揃った時に穴埋めだけで済むように、暇のある今のうちに用意しておくのが、よく出来た家臣というもの。……年始から溜まってきていたギルド関係の契約書だけは手を着け始めたけれど、慣れない桁と慣れない単位の連続に、お兄ちゃんから貰った計算尺が大活躍だよ。感謝感謝!


 雪で外界と閉ざされるシャルパンティエでは、年明けすぐに貢納金───領主様が国に納める税金のようなもの───を用意しなくても大丈夫ってことになっていた。春先、ヴェルニエと行き来できるようになってからで間に合う。


 でも、絶対に誰も訪ねて来ないかと言えば……王国の竜騎士団は季節も距離も雪深さも関係なく飛んでくるからなと、ユリウスは渋面を作っていた。シャルパンティエはダンジョンがあるおかげで、新しい地方領の中では目立つ方なんだって。

 緊急で援軍や救助に出る時の訓練も兼ねてるから悪戯半分ってわけじゃないけれど、ドラゴンに乗ってくるし騎士さまたちも中央貴族の子弟が多く、抜き打ち検査でおなじみの巡察官のお偉いさん版みたいなもので、皮肉を込めて『小さな災厄』って呼ばれてるらしい。


「あとで確認して貰えばいいか……」


 まだまだ終わりそうにないけれど、そろそろお茶でも煎れて、軽いお昼にするかな。

 そんなことを考えながら、アレットに声を掛けようか考えていた時。


「ジネットさん!!!」

「ウルスラちゃん!?」


 雪まみれのウルスラちゃんが駆け込んできた。……転んだね?

 それにしても随分と慌てている様子、何かあったのは間違いないみたい。


「す、すぐ!

 アレットさん呼んで下さい!!」

「う、うん!?

 アレットー!!」


 勢いに押され、大声で仕事場の妹を呼ぶ。


「……なあにー?」

「すぐ降りてきてー!」


 ばたばたと階段を駆け下りてきたアレット、調合用の革の前掛けもそのまんまだ。


「はーい、おまた───」

「アレットさん、虹色熱のお薬ってありますか?

 イーダちゃんが倒れたんです!」

「虹色熱!?」

「イーダちゃんが!?」


 ……あれはつらい。


 同時に、治らない病気じゃなくてよかったと、少しだけ肩の力を抜く。


 虹色熱は、魔力を持って産まれた子供が幼い頃に罹る病気で、世間にも良く知られている。普通は7、8歳ぐらいまでに済ませるけれど、たまに遅い人もいた。……わたしとか。

 10歳の時だったから良く覚えてるよ。


 急に熱が出て、ふらふらっとして、気が付いたら寝かされてた。

 神官さんを呼んで魔法をかけて貰った後、やたら苦い薬を飲んだことも覚えてる。

 熱が下がってからでも、数日はだるくてベッドから起きあがれなかったっけ……。 


 一度罹ると二度と罹らない病気だし、神官さんか治癒術師さんを呼べば大丈夫。だけど、手当が遅れるとそのまま亡くなってしまう子供もいた。行き場のない魔力が体の中で暴れて熱を出すから、体力がどんどん奪われていくんだ……。


 でも幸い、雪に閉ざされていても、シャルパンティエは冒険者の集う村だった。神官として活躍してる人もいるし、ギルドには治癒術師のディトマールお爺ちゃんが控えてる。


「ギルドの薬品庫には置いてなくて!

 原料が足りないって、ディトマールさんが……」

「え!?

 あ……」


 そうだった……。


 ギルドは冒険で怪我をした人への対処を主に考えているから、重『傷』者には十分な対処が出来る。でも街の人が病気になったとき、まず頼るのは教会だ。そしてこの領地に教会は……ない。

 当然、次に頼られるのは薬草師、シャルパンティエならアレットの出番だった。


「アレット、すぐ作ってあげて!」

「……虹色熱の薬は無理だわ」

「え!?」

「うちも材料が足りないの」

「そんな……!」


 はあっと大きなため息が三つ、店内にこだました。




 とりあえずアレットをギルドに送り出し、わたしもすぐ店を閉めて『猫の足跡』亭に駆け込んだ。


「ディータくん!」

「あ、ジネットさん!」

「イーダちゃんは!?」

「いまはパウリーネさんに見て貰ってます」


 ちょっとお疲れ気味のディータくん。……でも彼が仕込みの手を止めると、皆にパンが行き渡らなくなってしまう。


「上がらせて貰うね」

「はい、心配かけてごめんなさい」

「いいのよ」


 とんとんと駆け上がろうとして、眠っていたらかわいそうかなと足音を押さえる。

 2階に上がって扉をそっと開けば、パウリーネさまが濡らした手ぬぐいを片付けてらした。


「……パウリーネさま」

「大丈夫よ、ジネット。

 ディトマールさんが熱冷ましの魔法を掛けてくれたところなの」


 ベッドに寝かされたイーダちゃん、息は乱れていないけれど顔は赤くほてってる。


 しんどいだろうなあ……。


「お薬は大丈夫そう?」

「いえ、その……」


 眉根を寄せて耐えるイーダちゃんの前で、『お薬はないんです』なんて……言えるわけがない。


 ……。


 よし、決めた。

 この際、難しいことは後回し!


「……ちょっと頑張ってきます!」

「ええ、お願いね」


 わたしはパウリーネさまにしっかりと頷いて階段を……そっと下り、ギルドへと駆け出した。

 


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