第二十六話
狩られたキツネがちょっとした騒ぎを引き起こした翌日、魔晶石は無事に売れていった。
……うちに薬草師さんがいたのを忘れてたよ。
「ポーションの触媒とか粉薬に使うんだっけ?」
「そだよ。沢山はいらないけどねー。
この前の注文でだいぶ使っちゃったから、どちらにしてもギルドから買うつもりしてたし」
と言うわけで、アレットがお買いあげ。
お会計は仕入れ値と相場の差額の真ん中より少し上あたり、お店の取り分なしで税額だけ上乗せ───ユリウスの利益だけにしておいた。結局はお薬にして売るから、ここでお店の利益を計算しても意味がないってだけなんだけどね。ギルドから買うよりはちょっとお得かな?
もちろん、雪で閉ざされたシャルパンティエじゃ、今の相場なんてわからないから、ギルドで教えて貰った冬ごもり前の価格で計算してる。
魔晶石の一番多い使い道は魔導具の部品で、大きさや品質を計算しながら組み合わせたり、小さくて細かい魔法陣や呪文を刻んだりするらしい。……って、薬草師のお仕事以上に難しいので、わたしにはよくわからない。
実家の近所にも工房があったけど、うちの店は魔導具なんてほとんど扱っていなかったから、世間話はしてもお仕事の話にはならなかったっけ……。
「並品みたいだし、この大きさなら赤の魔力回復薬3本ってとこかな」
「そっちは任せるわ」
懐事情はそのまま消耗品や装備の質に直結するものの、腕がいいなら同じ仕事でも安く上げられるので、中級付近の人も赤の印がついた安いポーションはよく買っていく。
でも高い薬は効果が高いことも間違いないし、冒険者にも切り札の1本になるけれど、やっぱりお財布に優しくない。昨日売れていった黄色の魔法回復薬なんかは、たぶん切り札の方になるかな。
「赤を3本作るよりは、橙色を1本作る方が楽なんだけどなあ……」
「そのうち普段使いしてくれる人も出てくるでしょ。
『水鳥の尾羽根』さんや『青い流れ星』さん、真面目に白銀への昇格狙ってるらしいし?」
期待はしてるよーと2階に上がるアレットを見送り、わたしもユリウスからの頼まれ物を揃えはじめた。
堅焼きパンと猪の干し肉はローデリヒさんと『英雄の剣』まで数えた5人の7日分、新調したいと言われた予備の水袋、ランプ油に血止めの香油、それからそれから……金額は大口ってほどでもないけれど、結構な量になる。
ちなみに当人は、ラルスホルトくんのところで何やらやっていた。
ユリウスは左腕に怪我をしてから、愛用していた盾が使えなくなっている。引退を決断した最大の理由だし、今も重い物は持てないけれど、ないよりましの腕防具───篭手でも重いからもっと簡単で軽いもの───を作って貰うんだって。
▽▽▽
夕方になって、そのユリウスが帰ってきた。
慣らしを兼ねている様子で、腕に新品の防具をつけてるんだけど……。
「すまんな、調整が長引いた」
「……えっと、それが出来上がった防具?」
ユリウスは納得している様子でも、わたしから見るとかなり頼りない。
駆け出しの『英雄の剣』でも、もうちょっとましな小盾を持ってるよ……。
「うむ。
軽装備の兵士が使う防具の類、その簡易版になるか。
剣を受けるには少々心許ないが、これ以上重くては腕の方が負けるのでな……」
長さは丁度ユリウスの肘から手の甲まで、見かけは指よりちょっと太い金属の棒が3本並んでいて、腕に合わせて曲げられた金属棒に取り付けられている。それを数カ所、革ひもで太い腕に結んであった。
「防具一つで楽に捌ける程度とは言え、インプの素早さも馬鹿にしたものではないのだ。いらん怪我をするのも癪だろう?
ラルスホルトが居らねば、ロープを何重にも腕に巻く羽目になっていたところだった」
「皮の盾の方がいいと思うんだけど……。
一番小さいのなら、そんなに重くもないでしょ?」
「……一番近い防具屋はヴェルニエだ」
「……あー、ごめん」
うん、金属の鎧や篭手ならラルスホルトくんが何とかしてくれても、シャルパンティエには皮職人がいない。補修用の革ひもは在庫にもあるけれど、本体も仕入れた方がいいのか迷うところだ。春になれば廊下にまではみ出てる堅焼きパンの樽もなくなるし、皮防具の在庫も考えようかな。
わたしが用意した荷物を確かめながら、それもこれも我が身の不徳だと、ユリウスは鼻を鳴らした。
「……昨日、な」
「ユリウス?」
「俺が行くとは言ったが、もうダンジョンに入るつもりはなかったのだ」
「そうなの?」
自分の中に、何かの決め事があるような雰囲気のユリウス。
でも……。
「……わたしには、いつも行きたそうにしてたように見えたけど?」
「む、ジネットにはそう見えていたのか?」
「うん」
いっつも冒険者のことが一番だし、冒険者と話をしている時のユリウスは、楽しそうな様子を見せることが多い。
わたしの見間違いじゃないと思うんだけどなあ……。
それに決め事にしておかないと我慢できそうにないなら、やっぱり行きたいんじゃないのかなとも思う。
本当にダンジョンどころか日常生活に支障が出るような状態なら、わたしも止めようとするだろう。……って言うか、ギルドに依頼出して監視役雇ってでも止める。
でもユリウスは引退した今でさえ、小雪降る中、一人でベアル狩ってくるような力量を持っていた。無茶さえしないならそこらの冒険者よりずっと頼りになるはず、真鍮の3人を連れていても、シャルパンティエの誰よりも稼いできそうなぐらいだ。
頼りない防具にしても、きちんと用意を調えると言うことは、魔物の癖や行動と、それのあるなしで結果が変わることを良く知っているってことだもんね。
店先で沢山の冒険者を見てきたわたしには、そのぐらいわかっちゃうんだよ。
でもそのユリウスは、複雑そうな顔で頭をがしがしと掻いていた。
……言い当てられたのが悔しかったのだとしたら、ちょっとだけごめんなさいだね。
「あれ?」
「どうした?」
「わたし、『英雄の剣』を連れていくから第一階層を探索するんだとばかり思ってたんだけど……もしかして、第二階層にも行くの?」
そうだった。
小さな魔族インプは、第一階層には出なかったはず。
でも外に出てるのは魔晶石を持った『何か』───インプの可能性が高い。
つまり、地上への穴が開いているのは……第二階層。
「無論、第一階層の地図にもまだまだ空欄は多いが、今回は第二階層が主となる。本格的な踏破ではないし、北側の地図が埋まれば引き上げるがな。
その為の俺とローデリヒだ」
駆け出しの『英雄の剣』に、地図作製にかこつけた野営訓練をさせるのは変わりなくても、やっぱり第二階層に到達させる気なんだ。
そっか、わたし以外は、第二階層のつもりで準備進めていたのか……。
出発前に気付けてよかったよ。
「俺はともかく、ローデリヒは引退者と言っても腕が鈍って冒険者を辞めたわけではない。
アルノルトと同じでな、腕を買われてギルドに職を得た故に形式上引退しただけの現役だ。
確か白銀で長くやってたはずだぞ」
「ローデリヒさん、いい腕してるんだ」
「冒険者としてなら、シャルパンティエの三番手だな」
暗に自分が一番だって言ってるし……。
ローデリヒさんは、ギルドの中だと護衛隊長アルノルトさんに次ぐ副隊長さんだ。
当然アルノルトさんが一番なんだけど、そのアルノルトさん自身、まだまだユリウスに及ばないって酒場でぼやいてたのは聞いたことがある。アロイジウスさまが、そうほいほいと魔銀持ちに肩並べられるかって、茶化してたっけ。
ユリウスによれば、魔法ならディートリンデさんがシャルパンティエの一番でも、叛乱や魔族の討伐なんかの傭兵仕事が本領で、ダンジョンはローデリヒさんの方が経験豊富らしい。
そこいらの冒険者より強いギルド関係者ってどうなのかなとも思うけれど、『シャルパンティエ山の魔窟』はまだ底が知れなかった。でも万が一何かあったとき、それなりの働きが出来る人が居ないと……うん、確かに困るよね。
「まあ、7日丸々潜るつもりはないが、その間の事は頼むぞ」
「うん。
そうだ、ちょっと待ってて」
2階の部屋に駆け上がって、寝室の小物入れをごそごそ。
すぐに戻って、ユリウスの手に『それ』を握らせる。
「うむ?」
「一応、持っていって。
わたしが旅立つときアレットに貰った緑の万能薬よ」
千切れた足ぐらいならその場でくっつけられる───時間が経ってると駄目───って言う、シャルパンティエの第二階層には不釣り合いなぐらい超強力なポーションだ。
うちの店では、『扱っていない』ことになっている。……買う人がいないって実状もあるけどね。
ユリウスぐらいの冒険者なら、こういうのを1本持っていると行動の端々に余裕が出来るはず。
「……いいのか?」
「もちろん」
心配はしているけれど、余計なことは言わない。
流石にダンジョンの中のことは、わたしよりもユリウスの方が良く知っているはずだった。
▽▽▽
昨日は狩りの日でこの冬一番の賑やかさだったけれど、ダンジョンからは数日に一度しか戻らない冒険者がほとんどのシャルパンティエ。
今日の『魔晶石のかけら』亭は15人ぐらいの入り、これでも普段よりは多い方かな。
「まずこの奥、第二階層の降り口すぐにわき水がある。
ここが第一の目標だ。
明日は一気に進むからな」
「げ!?」
「あの、いきなり第二階層っすか!?」
「他のパーティーもここを根城にしているぞ。
知った顔ばかりだ、万が一のことがあってもここに逃げ込めば助かる可能性が高い」
その日の夕食は、久々にユリウスとは別のテーブルになった。
リーダーを引き受けたローデリヒさん───訓練で第二階層にも潜ったことがある───を中心に、ユリウスと『英雄の剣』が地図を囲んでお茶を片手にパンを齧っている。冒険前日の打ち合わせだから流石にお酒は抜きの様子、今日の夕食も『お勉強』のうちかな。
「お姉ちゃん、よそ見してるとこぼすよ」
「あー、うん」
気にはなるけどあっちの邪魔をする気はなかったので、アレットとイーダちゃんのお席にお邪魔してる。ユリウスたちと隣り合わせだけどね。
「そうだ、イーダちゃん」
「はい?」
「お兄ちゃんは?
いつもならラルスホルトくんと一緒に食べにくる頃だと思うんだけど……」
「そう言えば、ラルスホルトくんも遅いね」
最近は若い男の子同士仲良くなったみたいで、ディータくんとラルスホルトくんは二人で夕食を食べていることが多い。アレットとイーダちゃんを加えた4人でテーブルを囲っているのもよく見るかな。
「お兄ちゃんは、ラルスホルトさんと新しい天板のお話ししてました。
お腹が空いたらこっちにくると思います」
「お仕事じゃしょうがないか……」
「あっちもこっちも、忙しそうだね」
わたしも店番だけってわけにはいかなくて。
そろそろ年末のお話───税金の徴収と、その後の準備もしておかなきゃならない。
「……くしゅん」
「イーダちゃん、風邪?」
「いえ、熱もないし頭も痛くないから、大丈夫だと思いますけど……」
「やっぱり平地に比べて寒いもんね」
「今日は早めに解散しよっか」
うちも含めて営業許可証を持つのは5軒きり、『猟師』のアロイジウスさまご夫妻含めても20人足らずの集落だけど、貴族院に出す書類の清書までは……わたしがやるんだろうなあ。
もちろん、税制度の雛形さえ丸投げしてきた領主様だ、こっちも投げてくるに違いなかった。




