第二十五話
騒ぎになりかけたのをディートリンデさんがぱんぱんと手を打って鎮め、冒険者が見守る中、大きな桶に移し替えたキツネをユリウスが自分で捌いていった。
手に汗握る……って程でもないけれど、今はしーんとしている。
「これを狩ったのは誰だ?」
「あ、俺達です」
狩ったのは赤銅の中堅パーティー『獅子のたてがみ』、その名にあやかって髭を伸ばしてるのがちょっとむさ苦しいけど、気っ風のいい男所帯だ。
ユリウスと並べば山賊の親分と子分……じゃなくて、歴戦の傭兵団長とその部下に見えなくもないかな。
剥皮刀を動かす手だけは止めず、ユリウスは狩りをした状況などを聞き出していった。
場所はこの集落のだいたい真東、時間は昼過ぎ。
夏だと遠くない場所でも、今は雪に足が取られてしまうから、狩り場の中では結構奥まったあたりになる。
「……心の臓にもなかったな。
腸か?」
見ていて楽しくはないけど……とても大事なことだから、茶化したり目を背けたりは出来ない。
それにしてもユリウス、すっごい手慣れてる。
カールさんと同じぐらいの手際で綺麗にキツネの毛皮を剥ぐと、腑分けした部分部分をじっくりと確かめていった。
……そうだ、狩ったベアルの毛皮を一人で剥ぐぐらい腕のいい猟師だったっけ。
「……あったぞ」
「おお!」
「マジかよ……」
『質屋の見台』は嘘をつかないんだろうけど、ほんとに出てきた。
指に乗るぐらい小粒のごくごく小さい物。でも魔晶石には違いない。
行儀悪く敷物の端っこで魔晶石の血を拭ったユリウスは、それをわたしに差し出した。
「ジネット、頼む」
「うん。
……。
12グロッシェンと4ペニヒ」
「キツネは?」
「合わせて16グロッシェンと10ペニヒだったから……4グロッシェンと6ペニヒね」
「ふむ……」
むむむと考え込んでいるユリウスに、ちらっと目を向ける。
狩りの方でそんなに儲かる───冒険者宿で食事付きの個室に半月も泊まれる値段───なんて、誰も考えてなかったはず。
ディートリンデさんも難しい顔してた。
魔晶石はギルドで独占のはずが、ダンジョンの外からも見つかってしまったわけで、どう考えても面倒くさいよね……。
冒険者は……色々だ。
次はうちの番だって盛り上がってる人もいるし、不安そうなのは……あ、『獅子のたてがみ』だけかな?
「よう」
「『孤月』、聞いたか?」
「うむ」
雪を落としながら入ってきたのは、アロイジウスさまだった。
ギルドの誰かが先に知らせを出したんだろう。
わかったような風で、二人は頷きあった。
「『銀の炎』」
「はい、領主様」
「ともかく規定を守って獲物を狩り、魔晶石を持ち帰ったという事実には相違ない。
この獲物の狩り手には、割引なしの正価……16グロッシェンと10ペニヒを出してやりたいと思うが、ギルド側に何か問題はあるか?」
「今のところはございません」
ディートリンデさんの返事に頷いたユリウスは、『竜の髭』に向き直った。
「お前達もそれでいいか?
外でも魔晶石が得られるとなれば、扱いについて問題となる可能性があるのでな、こちらで預からせて貰いたい。
今回に限り査定は正価としておくが……どうだろうか?」
「へい、それなら大丈夫です!」
「異議なし!」
この場は丸く収まった……と思う。
他の獲物と同じようにギルドが代払いするなら、狩った人も損をしたわけじゃない。
ギルドがダンジョンの外で得られた魔晶石の権利は持っていないことも、さっきのやりとりで確認した。集まっている冒険者達に聞かせる為かな?
でも、お肉と毛皮はともかく、この場合、最終的に魔晶石のお金を払うのは誰になるんだろう?
ユリウスになるのかギルドになるのか分からないけど、お金を払った人に所有の権利も移るから、それが誰なのかというのはとても重要だった。
……うん、わたしも呼ばれそうだ。
「聞いてくれるか。
この事態はこちらも予想外でな、ダンジョン外で得られた魔晶石の扱いは決めていなかった。
今回は一旦狩り手の物とした上でこちらで一切を預からせて貰ったが、今後の対応は……そうだな、数日中、遅くとも次回の解禁日までには触れを出すので、その様に心得てくれ」
皆が素直に頷いて、その場はお開きになった。
ウルスラちゃんが並んだ冒険者達からタグを受け取り、魔道具をごそごそと動かして入金していく。
わたしは考え込むユリウスの隣で、同じように考え込むふりをしながらその表情を眺めていた。
ここはシャルパンティエ『領』で、領主様であるユリウスの言葉は絶対だ。
許可をしたのは狩人と同じ獲物を狩る権利で、魔晶石のことまでは許可していない……って言い張れば、さっきの魔晶石だって領主の特権を振りかざして取り上げることが出来るほど。
もちろん、そんなことを平気でするような領主様なら、わたしどころかアロイジウス様やディートリンデさんがシャルパンティエにやってくるはずもない。
ただ……ちょっと微妙なのは、シャルパンティエに住む皆から受けている信頼や尊敬は、魔銀持ちの元冒険者って言う部分が大半を占める。
もちろん、悪いことじゃない。
冒険者優先なところはあっても、ユリウスはしっかりと領主様のお仕事をしている。
でもね。
そのまま意気投合して洞窟に入っていっちゃいそうで、わたしはいつも心配なんだよね……。
「……食いながら話すか」
「うむ」
「ディートリンデ君、部屋を借りるぞ」
「畏まりました。
ウルスラ、カールさんに4人分の食事を頼んできて貰える?」
「はい、マスター・ディートリンデ!」
「ジネット、用意の方を頼む。
俺は桶を始末してくる」
「はい」
解散の合図に、わたしも気持ちを切り替えた。
早めに決めてしまわないとね。……って、やっぱり数に入ってたか。
わたしも一旦戻ろう。
アレットにお店のこと頼んでおかなきゃ。
真面目な話し合いがある時は、口約束や覚書を通り越して公文書や契約書にまで繋がることが多い。
もちろん、下書きのまとめから清書まで全部わたしのお仕事で、その為の道具は全部うちのお店の奥の棚に揃っていた。
おかげで紋章の刻まれた指輪さえあれば、ユリウスの用意は済んでしまうのだ。
▽▽▽
「この魔晶石が腸から出てきたのは間違いない。
ジネットの見立てでも、シュネーフックスと出ていたからな」
「肉身に取り込まれて魔変する前だったのだろう?」
「うむ」
「まだ大事にはせんでよいか……」
冒険者を帰し、ギルドの店じまいが終わってしばらく。
ギルドマスターの部屋にはユリウス、アロイジウスさま、ディートリンデさんにわたしの4人が集まって、ウサギ肉の『入っていない』シチューをつつきながら話し合いを続けていた。
……さっきまで毛皮のついてたウサギを捌いて煮込んで料理にしようと思えば、いくらカールさんでも小半刻はかかる。ちょっと惜しいけどそれどころじゃないし、忙しい時間に出前を頼むのも気が引けるので今日は我慢だ。
机の上には、件の魔晶石。
重さは3グレン……麦3粒ほどだけれど、この小さな石が重さ以上に深刻な話を持ち込んでくれたわけで、少々憎たらしい。
「しかし……。
魔雪狐ではなかったが、今後出ないとも限らないのが厄介だな。
ルードヴィヒスブルクの闇穴みたいに、そこかしこにぼこんぼこんと穴が開いてやがるわけでもねえだろうが……」
「流石にルードヴィヒスブルクほど目立つなら、夏の内に気付いているぞ。
まあ、もう一つ二つダンジョンの入り口が開いているのは間違いなかろうな。
……ふむ、中から探す方が早いか」
やれやれとため息をつくユリウスに、わたしもやれやれとため息を重ねる。
外の魔晶石を誰が買い取るかという話は、ユリウスが宣言してディートリンデさんとアロイジウス様が頷いただけで終わった。
重い話になったのは、魔晶石持ちの『何か』が領内をうろついているかもしれないこと、そしてその『何か』が対処しきれないほど多かった時どうするかということ。
ベアルなんかが魔晶石を飲んで魔変───取り込んだ魔晶石のお陰で、普通の獣が魔獣化することがある───すると、今のユリウスでもちょっと荷が重いのだ……。
春になればアレットが薬草を採りに山に入るだろうし、魔法は出来る子だけど、護衛付きでもやっぱり心配だよ。
「次の狩りは予定通り行うんだろう?」
「うむ。
……ああ、注意の喚起だけというのもいかんか。
春までの限定で正価買い取りも続けることとしたいが……どうだ?」
「構わんだろう。
塞いでしまうまでの一時だ」
「はい。
それにこちらが外の権利まで預かれば、逆効果になりますわ。
直接お預かりになる方が宜しいかと」
「そうだな、不満も溜まるか。
儲けはほとんど出ないだろうが、俺が一切を預かろう。
よし、それで行くぞ」
たぶんもう一つ、どこかにダンジョンの入り口があって、そこから迷い出た『何か』───たぶん、インプ───をキツネが食べたんだろうって、ユリウスは見立てていた。
インプはすばしっこいって聞くけど、魔獣でもないキツネに狩れるんだろうかと、わたしは少しだけ不思議に思う。そりゃあ、中には運の悪いインプもいるかもしれないけど……。
ともかく。
別の入り口が開いていても今は雪でわかりにくいだろうから、あたりをつけてダンジョンの中から探し当て、春になったら魔法陣で封じてから埋めてしまうことに決まった。
「領主様、第一層だけでも正確な地図作成を急がせましょうか?
今後のこともありますし……」
「……俺が出よう。
第一階層なら、問題あるまい」
ユリウスは左手を閉じたり開いたり───やっぱり完全には治らないらしい───して、感触を確かめている。
今も大まかな地図はあるし徐々に埋められているけれど、全ての分かれ道を記録した完全な地図はなかった。
それにしても、ユリウスは自分で行くつもりなのね……。
インプはベアルより弱いらしいから、それより弱い魔物しか出てこない第一層なら大丈夫……かな?
「ではギルドからも……そうですわね、ローデリヒを出しましょう」
「ついでだ、『英雄の剣』でも連れて行け。
あの様子だと、そろそろよかろう?」
「……ふむ」
これはわたしも大賛成。
パーティーを組むなら、一人よりはずっと安心してユリウスを送り出せる。
救助隊のローデリヒさんはユリウスと同い年ぐらいの元冒険者で、ディートリンデさんと同じく魔術師だ。
『英雄の剣』は真鍮持ちの駆け出しだけど、第一階層に限っては一番慣れているパーティーかもしれない。
……アロイジウス様の口振りから、前に聞いた『新人を育てる』っていう意味があるような気もした。彼ら『英雄の剣』以外のパーティーは、直行で第二階層に出入りしているものね。
「今日のところはこのあたりか」
「うむ。
では……明日は準備、明後日から潜る。
『英雄の剣』には俺から声を掛けておこう」
「はい、こちらもそのように」
ユリウスとアロイジウス様が頷いてお開きだ。
わたしはお触れの下書きに必要な内容をまとめた紙を、とんとんとまとめた。
「ああ、忘れていた。
ジネット」
「なあに?
……え!?」
件の魔晶石が、わたしの手に乗せられる。
「任せた。
売れそうなら売ってくれ」
「……うん」
……そういうことね。
頷いて懐に仕舞い込む。
この雪じゃ誰も買い付けに来ない筈で、春までは預かりになるかなあ。
お得意さんたちには怒られてしまいそうだけど、狩りで持ち帰る魔晶石は、なるべく少ない数で済ませて欲しいところだよ……。




