第二十四話
年暮れ月も半ばの第15日。
日の出前からシャルパンティエは騒がしくなっていた。
こんなに賑やかな広場を見るのは初めてだ。
「おっしゃ、一番は俺っちのパーティーがいただくぜ!」
「なんの、こっちには弓使いが居るってのを忘れんなよ!」
「賭けっか?」
「いいぜ!」
ユリウスの出したお触れは、早速効果を発揮していた。
雪もまだ浅いし、着込んでいれば寒さもそれほど苦痛じゃない。……らしい。
わたしは出来れば店から一歩も出たくない。流石にお見送りぐらいはするけど。
ユリウスから狩りのことで頼まれものもしてるし、みんな大事なお客さんだものね。
「いってらっしゃーい!
気をつけてー!」
手製のかんじきや巻脚絆を用意し、羊の脂をたっぷり塗った指覆い───ミトンや手袋のまだ上に被せる防寒具───をつけた冒険者達は、山中に散らばっていった。
流石に全員が狩人に転職したわけじゃなくて、数は20人ぐらいかな?
面白そうな顔でお触れを見ていた人は多かったけど、案外少ない。
ちなみに狩猟免状で狩れる『野獣』と、冒険者が免状なしで狩ってもお咎めのない『魔獣』の線引きは、わたしからすれば実に微妙だった。
『野獣』は魔力のない動物で、兎や鹿なんかはもちろん野獣だ。でも出会うと危険なヴァルトベアルもこっち側で、ちょっと首を傾げてしまう。
『魔獣』は魔力を持った動物で、大きさはあまり関係ない。でも困ったことに魔法を使うので、吼え声に魔力が乗っていたり邪眼を持っていたりと、面倒な相手だった。『魔虫』って言う昆虫の魔物もいるけど……こっちは心底出会いたくない。
それはまあいいんだけど、例えばシャルパンティエのダンジョンに出るモグラとネズミを合わせたような魔獣アントモールは、魔力で身体を強化してるから、大きさはわたしが片手で持てるぐらいなのに動きも素早いし、運悪く体当たりされると大柄な冒険者でもぶっ飛ばされるそうだ。見かけに騙されて油断しちゃ駄目なんだって。インプはこれまた別の区分で、『魔族』にされていた。
アロイジウスさまによると、昔の偉い学者さんや貴族様が大枠を決めたそう。
でも、ギルドの図鑑にも載ってる同じ種類のはずが、それほど強くない魔獣だとダンジョンなら『魔獣』で野原で狩ると『野獣』とか、そんなのはましな方で季節で変わる困ったさんもいるらしい。
ついでに言えば、シャルパンティエでは、ダンジョンの中で出会うのは全部魔獣で一括りにしてあった。
他のダンジョン持ちの領地を参考にユリウスとギルドで取り決めたそうだけど、専業の狩人さんがダンジョンに入ることはないし、税金の取り方で区別してるんだって。
なんとも世知辛いお話だよねえ……。
「さて、アルノルト……」
「ええ、行きますか」
「気を付けてね、ユリウス、アルノルトさん」
「うむ、行ってくる」
「お見送りありがとう、ジネットさん」
ユリウスとギルドのアルノルトさんは、雪慣れしていない冒険者達の補助だ。
暇があったらウサギぐらいは手土産に持ち帰ってくれるそう。でもね、無事ならそれでいいんだよー。
二人を見送ったわたしは、店に戻って驚かされた。
アレットが起きてる。
「おはよう、お姉ちゃん」
「おはよ、アレット。
……まだ寝ててもよかったのに」
彼女は昨晩、夜中まで薬草師のお仕事を頑張っていたので、お寝坊でも怒ったりはしない。
昨日、狩りをせずダンジョンに向かうと言う『水鳥の尾羽根』さんから、朝の出に間に合わせて貰えれば助かるって、特別な注文を受けていた。戻って2泊、間に休憩日を挟むシャルパンティエでは典型的な中堅さんたちの行動だ。
彼らの注文は、世間では『黄色の魔法回復薬』と言われるちょっとだけ上等のお薬でこれを3本。売値も1本4グルデンと、『魔晶石のかけら』亭で半月も個室に泊まれる金額だった。その分、手間も魔力も材料費も掛かるけど、朝から大商いが出来たよ。
「んー、なんか表が騒がしかったし……」
「今日は狩りの日だからね」
「……そうだったわ」
今夜はお肉だねーと笑顔を見せるアレットを、広場に誰もいないうちに井戸で顔洗っておいでと送り出す。
たしかに今日はちょっと賑やかな朝だったなあと思い返し、わたしも笑顔になった。
▽▽▽
夕方まではいつも通り───アレットは依頼を出していた毒蛇の頭が入荷したので何やらやってたし、わたしは店番をしながら雪が降る前に掘り起こして寒干ししていたケアベルの根っこを砕いていた───で、がやがやと賑わいだした広場の様子に気付いてやっと夕方だとわかったぐらいには暇だった。
窓越しに覗くと、ギルドのあたりが騒がしくなっている。
無事に獲物が捕れたのかなあ。
あ、ユリウスだ。
こっちに来るね。
わたしも用意しておかないと……。
懐に入れた魔法の眼鏡『質屋の見台』があればそれだけでいいんだけど、外はとても寒い。
「アレットー!
お迎えが来たから店番お願いねー!」
「はーい!」
にわか狩人の人達も帰ってくるし、そうでなくても夕方は忙しい。
でも、前もって頼まれていたからには仕方がない。
かららん。
「ただいまだ、ジネット」
「おかえり、ユリウス。
……大丈夫だった?」
「うむ、先ほど最後のパーティーが戻ってきた。
雪慣れて居ない者には、早めに戻るよう告げていたからな。
ふふ、洞窟とは段違いに寒いし、次回からは参加者も減るだろう」
そう言いつつも楽しそうなユリウスに首を傾げつつ、煎れたばかりの茶を差し出す。
「減るだろうって、減ってもいいの?」
「ん?
ああ、減らしてからの方が煽り甲斐があるからな」
「……賞品にしたラルスホルトくんの魔剣?」
「そういうことだ」
ユリウスはにやりと笑みを浮かべてから、ふうふうと冷ましてからお茶を一口飲んだ。
意地悪、ってほどでもないんだろうけど、男の人はこういうの好きだよねえ……。
一枚余計に羽織った上から母さん譲りの『春待姫の外套』───寒さを防ぐ魔法が掛かっているのでこの季節は手放せない───を被り、ユリウスの後ろをついてギルドに向かう。……広場を横切った向こうに行くだけなんだけど、やっぱり寒い。
「……わたしはいつもと同じでいいんだよね?」
「ああ。
行けばわかるが、立ち会いがつくぐらいで大して違いはない」
「うん。
……寒っ」
靴についた雪を払ってギルドの扉をくぐれば、狩りに行ってない人まで集まっていてとても賑やかだった。
シャルパンティエには遊び場所もないから、ちょっとしたことでも気になるよねえ……。
「ジネット嬢ちゃんが来たぞ!」
「お、待ってたぜ!」
ギルドも『魔晶石のかけら』亭も、将来を見越して大きめに作ってあるからまだまだ余裕あるけど、そのうち狭くなるときが来ると嬉しいね。……もちろん、ユリウスが喜ぶからってだけじゃなくてね。
「今日のところはヤコビンところかオスカーところのシュネーフックスだろうが……」
「なに、数ならうちも負けちゃいないぜ!」
受付の床を汚さないように敷物が広げられていて、左からウサギが9羽にキツネ───シュネーフックスが2頭並んでいる。
一応は、ウサギの毛皮とキツネのそれじゃ値段が全然違うから、大物……になるのかなあ?
……この秋はお店に持ち込まれる獣皮のお陰で大変だった。
血抜きと解体はカールさんがやってくれるけれど、毛皮の手入れはうちの店の仕事だ。当然、お肉代はカールさんで毛皮代はわたし。もちろん解体の手間賃もわたし持ちだ。
実家でもお祭りの日とかに家鴨や鶏は捌いていたから、慣れてないってわけじゃない。
でもねー、冬は臭いがきつくなくてほんとに助かるよ。
毛皮もね、種類によっては脂抜きとか陰干しとか、工房じゃなくて出荷前の店の方がやっておかないと値段の変わるものがあって大変なんだ。
「あ、今日は助手やります!」
「ありがと、ウルスラちゃん」
今日に限ってはギルドが一度預かって冒険者に代金を支払い、毛皮はうちの店が、肉は『魔晶石のかけら』亭が引き取る。
公平な値付けが一番で……って、そこいつも通りなんだけど、値付けするわたしには誰の獲物かわからないように番号が振ってあった。
「それじゃ、こっちからね」
「はい」
<固有名称『高地ウサギ』。
対象の種別は動物、相対価値0.041。
一般的な冬場の獲物で、初心者にも狩りやすい。
生息域は大陸全域で、高地に多い。
夏は黄褐色、冬は灰白色に体毛が生え替わり……>
余計な部分はもちろん聞き飛ばす。
相対価値は昔の銀貨1枚と同じだから、今の半金貨と同額になるんだけど、つまりは半分にして1000を掛けたのが銅貨での売値、その半分が同じく買値ということで……。
「……これは10ペニヒ半」
「はい、1番10ペニヒ半です」
「おっしゃ!」
「初の狩りにしてはまずまずだな」
喜んでるのは『英雄の剣』だ。
この子たちはまだ駆け出しで、雪山でも大丈夫なのか心配だったけど、無事ならいいか。
「次は11ペニヒ」
「はい、2番11ペニヒ」
「やりい!」
「な、やっぱ俺っちの方がちょっと大きかったじゃねえか!」
「ちょびっとだけだろ!」
わたしが値段を告げるたびに大騒ぎだ。
皆で値付けを聞いて一喜一憂するのも、賑やかしの一つなんだろうなあ……。
『魔晶石のかけら』亭の1泊分にちょっと足りないけど、飲み代ぐらいにはなるもんね。
ウサギの値付けを終えれば、次は注目のキツネだ。
「こっちのキツネは4グロッシェンと8ペニヒ」
「ほう……」
「結構な儲けになるな」
「ウサギとは違わあな」
毛皮はもちろんキツネの方が高くて、お肉はウサギの方が高い。
キツネの肉はそのまま料理するとちょっとどころじゃなく臭いがきついから、これは仕方なかった。でも細裂きにして丸一日茹で汁を変えながら煮た後、香辛料に絡めて干し肉にすれば美味しいんだよね。
「あら……?」
「どうしたんですか、ジネットさん?」
目の前の獲物は一番最後、一つ前のと同じ真っ白なキツネ。
同じ種類の獲物なら、大体は大きい小さいで話が終わる。
終わるんだけど……。
ベアルの皮ほどじゃないにしても、キツネにしてはおかしな値段───16グロッシェンと10ペニヒ───を囁いてきた『質屋の見台』に首を傾げる。けれど、触れた手を戻してやり直しても同じ値付けだ。
「……ジネットさん?」
説明をそのまま聞いていくと、核心にぶちあたった。『質屋の見台』が壊れたわけじゃないらしい。
「……これ、ギルド預かりか後回しの方がいいかも」
「……ジネット?」
訝しげなユリウスに頷き、耳を寄せる。……っていうか、耳を寄せて貰う。
「ユリウス」
「む?」
「この獲物……『質屋の見台』が、魔晶石飲んでるって」
「何だと!?」
ユリウスは目を見開いて大声を出した。
騒ぎになったら困ると思って耳打ちにしたのに、台無しだよ……。




